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4.貴方の望む輝きは、私の願いとともに

レッスンルームは僕と若月一澄の2人だけで、どこか張り詰めた空気が漂っていた。

「さぁ、レイ君。君の証明とやらを私に披露してくれ。」

パチン、と若月一澄が指を鳴らすと部屋は一瞬の暗闇に覆われる。暗闇になったのはものの数秒程度で、部屋の中心部を一直線にライトが点灯した。最後のライトはちょうど真下に立っていた僕を照らしている。

「この光の筋をファッションショーの舞台だと見立ててランウェイをしてみてほしい。」

「…はい。わかりました。」

僕が今いる場所は変哲もない在り来りな部屋の一室だが、若月一澄にそう指示された瞬間にこの場所は舞台の定義に当てはまる。一歩足を踏み入れた瞬間にこの場所はファッションショーの舞台。四方八方にいる観客が、ただ一人、僕を見つめている。観客一人一人の息遣い、思惑、そしてオーラがある。何人くらいの観客がいるのだろう。…ふとイメージできたのは1,000人。なんとなく、それくらいの人がいるイメージが浮かんだ。

思いのほか臨場感のある構想が出来てしまい、僕は思わず「ふぅ」と息を吐いた。自分を落ち着かせるために深呼吸をしようと大きめに息を吸い込むと、微かに先程まではしなかった"匂い"がした。

なんだか、どこかで嗅いだことのある落ち着く香り…。


◆◆◆◆◆


「へぇ、すごいね。君って空想家?」


僕の真後ろから、聞き慣れない女性の声がして反射的に振り返る。

「誰?!」

声の主である女性は、それはそれは強い輝きを放つオーラを身に纏っている。段原晶のオーラも美しいが、それとは比べものにならないほどの眩い光。暗闇で輝く光に群がる虫の気持ちが今なら分かる。女性の輝きは何色とも例え難いもので、こちらが瞬きをする度にその色を変えて見せるようだった。強いて例えるのであれば、太陽の光にあたる度に様々な色を見せるダイヤモンドのような、そんな輝き。

「初めまして。滝レイ君。」

目の前の女性は僕のフルネームを知っていた。しかし今の僕はあらゆる情報を飲み込み整理することに必死になっていて、名前を知られているくらいじゃ動揺するほどの余裕を持ち合わせていなかった。

「こうしてあなたに会うのは初めてね。改めて見ると背も随分伸びているし、そろそろって感じね。」

女性は僕の辺りを一周しながら独り言を呟いている。

「あの、貴女のお名前は?」

僕の問いに女性は足を止め、小首を傾げた。

「名乗るほどの者ではないわ。ただ、今日の私は気分が良いの。だから"今日にしよう"と思って。」

女性はたしかに表情が柔らかく、目尻は穏やかに垂れていて口角も上がっている。

オーラの輝きに圧倒されていて最初は気づかなかったが、女性はかなり整った顔立ちをしていた。色白で髪の毛は栗毛色。睫毛が長く、瞳はキラキラと輝いている。

「えっと…今日にしよう、とは?」

「こっちの話よ。もう決めたことだから。そんなことより、あなたこそ大丈夫?かずみのこと待たせてるんじゃないの?」

そうだ。一澄さんに僕のランウェイを見せるんだった。でも今この空間にいるのは僕と貴女だけで…一澄さんは急に居なくなっていて…それで…。


僕は急激な睡魔に襲われ、立っていられなくなりその場でがくんと膝をつく。

立ち上がろうと片足に力を入れるが、立とうとすればするほどに瞼が重く、開けなくなる。


眠りなさい、少年。

そして目覚めなさい。


私の果たせなかった夢を、あなたは思う存分、描きなさい。


…あの子を頼みましたよ、レイ君。



ほんの少しだけ、優しい抱擁をされた。そんな気がした。


◆◆◆◆◆


「レイ君、レイ君!」

今度は聞き覚えのある男性の声が遠くから聞こえてくる。

「ダメだ、全く目を覚まさない…。美瑠、救急車呼んでくれ。くるりはここでレイ君を見ていてくれ。」

大丈夫、僕はちゃんと起きている。そう口に出しているつもりだがあたりは騒々しく、僕の声が届くような状況ではないようだ。いつもは冷静な若月一澄も動揺しているのか大きい足音でレッスンルームを飛び出していった。


「レイくん、大丈夫?」

ふわりと優しい声が耳元で囁かれる。

「ごめんなさい。もしかしたらずっと体調悪かったかもしれないのに気づいてあげられなくて。私、あなたに助けてもらったのに何もお返し出来てないね。」

声の主は"くるり"だ。くるりは僕の前髪を軽く掻き分けて額に手を当てる。「冷たい…」と小さく呟いた彼女の声は、今にも泣き出しそうな声をしていた。

僕は次第に軽くなってきた瞼を少し開けてくるりの方に目を向け、「もう大丈夫と代表に伝えて」と言いながら彼女の手に触れようと手を伸ばす。

そして彼女の手に触れた瞬間、ビリビリと強い衝撃が僕の身体に走った。

くるりは目を丸く大きく見開いて僕を見つめていることから、この衝撃は僕の内部だけで起きていることではないことが分かる。

割れるように頭が痛む。目がチカチカする。太陽を直視しているかのように視界は眩しい。自体が把握できない僕は咄嗟に起き上がったものの、力が入らず2、3歩歩いてすぐにその場でうつ伏せに倒れ込んでしまう。

「レイくん、大丈夫?!」

いたいいたいいたい…熱い…頭だけじゃない、全身が痛い…。

激しい痛みの中、あの柔らかな匂いが微かに鼻の中に入り込む。


「うぅん…まだ早かったかしら。もう十分だと思ったんだけどなあ。それとも本当に適性がない…?」


この声の主は先程の女性だ。女性が僕の辺りを彷徨いている気配を感じるが、僕は目を開けられず、その姿を確認できないほどの息苦しさに襲われていた。

意識が朦朧とする中で、女性が僕の背中に触れる感触があった。そして何かに気づいたのか「はっ」と小さく息を吸い込む音が聞こえた。

「違う。これは…この痛みは別物…」

そう言うと女性は手を僕の背中からゆっくり離す。

「ふふ。"それ"が原因でのたうち回ってるなら大丈夫ね。」

そう言い残し、彼女は匂い諸共気配を消した。

それと同時に僕はあんなにも酷く痛んだ全身の痛みも驚くほどに消えていってしまった。

うつ伏せになっていた体を起こし、目を開けようとしたが視界が眩しくて上手く辺りを見渡せない。

30秒くらいが経った辺りからようやく僕は異変に気づき始める。

先程まで目を瞑っていたから辺りが眩しく感じたと思ったのだが、それは間違っていた。

僕が眩しいのだ。

正直自分でも訳がわからないが、僕の手が、腕が、いや全身がギラギラと発光している。それが今僕が認識できる事実であり、その状況に驚く人物が他にも居た。


「レイくん…えぁ…オーラが…」


目の前には明らかに腰が抜けた状態でその場でへたりこんでいる"くるり"が居た。くるりは眩しいはずの僕を凝視していた。つい先程までオーラの無かった人間が突如オーラを纏う瞬間を目の当たりにしたのだ、動揺するのも無理もない。彼女は何度も何度も目を擦っては開け、擦っては開け、を繰り返し、5度目でようやく現実であることを受け止めたのか視線を少し落とした。

そんなくるりの様子を見て、僕はようやく事態の重要性に気づき、自分の体のあちこちを見れるだけ何度も確認した。

間違いない…あの不思議な"女性"と全く同じオーラだ。


ガタン。


なにかの物音がして、その音がした方に目を向ける。

「…すみれ?」

そう発言したのはレッスンルームに戻ってきた若月一澄だった。それに続くように、

「そうだ…このオーラ、"あの人"のオーラにそっくりだわ…」とくるりが呟いた。

くるりは若月一澄の一言で何かを思い出したようで、同時に頭を抱えだした。

「私の記憶が正しければ、このオーラは未だかつて"あの人"以外身に纏う人物は現れたことがなかったはず。そうですよね、代表。」

くるりの問いかけに若月一澄は神妙な面持ちで頭をゆっくりと1回、縦に振った。

「…レイ君。今日は一旦この事務所に泊まりなさい。今この状況下で人前に出たらとんでもない騒ぎになる。」

そう言って、若月一澄はズボンのポケットからスマートフォンを取り出し「すみません、急病人の体調は良くなって救急車は不要です。ご迷惑おかけしました。」と話しながら、再びレッスンルームを後にした。


"あの人"とはおそらく僕の意識が飛んでいた時に出会っていた女性のことだろう。しかし僕はあの女性の顔を見たことは初めてだった。

美しい顔立ちをした女性だったし、なにか有名な人だったのだろうか。

いや、この強すぎるオーラを持っていて有名にならない方がおかしい。あの女性は芸能人かなにかなのだろう。

ただ、女性の顔を思い出そうとした時に気づいたのだが、ぼんやりと誰かの雰囲気に似ていることに気づいた。しかし、誰なのか思い出せずにいた。


◇◇◇◇◇


-若月一澄の視点-

まずい。非常にまずい。

滝レイ…。君はオーラがないだけで、既にモデルとして出来上がった人物だということは、初めて君を見た瞬間から感じ取ってはいた。

ファッションショーで用意された花道でなくとも、ただそこら辺の砂利道を歩いていても様になっていた。レイ君はきっと私たちの想像も出来ないほどの果てしない努力の積み重ねで今がある。もしレイ君に元々オーラがあるのならば高校生になるくらいにはそこらじゅうで声がかかっただろう。ただ「オーラが無い」、それだけで今まで無所属だっただけ。そんな君を見つけられた私はかなり運のある男だと確信したよ。

ただそれがどうして、私がほんの少し目を離したらあのオーラを身に纏うんだ?

"あの人"が旅立って早20年。この20年間あのオーラを身に纏った人物が現れたことは1度たりともなかった。


そもそもオーラに関しては様々な研究が行われてきた。なぜその色のオーラが出るのか…。性別や生活環境、性格なのか、それとも遺伝なのか…。しかし、オーラは現時点では「運」ただそれだけ。

オーラがある物が人類の9割。そこから99%が七色のうちのどれかに分類されていることだけが判明している。しかし、赤色のオーラだからこういう人物、という傾向にあるわけでもない。ただただ人間が光を纏っているという事実だけだ。

その中でも私や"彼"のように"異色"とされるオーラを纏うものは限られている。それもなぜ私が異色とされるオーラを身に纏うのかは未だに解明されていないのだから、滝レイのオーラの開花理由なんて以ての外。なんならなぜオーラのなかった彼が19歳という歳でオーラが出現したのかさえ不明だ。もしこれが七色のうちのどれかだとしても奇跡に近いのに、滝レイがようやく手にしたオーラが…。


"あの人"同じ《アンジュベール》だなんて、きっと"彼"には受け入れられないだろうな。


◇◇◇◇◇

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