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3.どんなに季節が巡ろうとも、貴方だけを想うから

上羽雅は名の音と同じく「蝶のように美しく雅な人物」のようだ。

駅までの歩く最中、僕は彼より斜め後ろでその凛とした佇まいを見ていた。頭の先からつま先まで、糸のようにピンと張るようにして歩く姿はまるでモデルに近い。しかし西園寺さんから彼が現在モデルをやっている、とは聞かされていない。もちろん元モデルである可能性もあるが、どことなく「オリジナリティ」を感じる歩き方なので、彼が様々なブランドを背負ってきたという雰囲気が感じられないのである。もちろんただただ姿勢が良く、気品のある歩き方をする人というだけかもしれないが。僕は彼の素性が気になって仕方なかった。

「あの…上羽さんって僕の先生、ですよね。一体どんなお仕事をされてきたのですか?」

僕のたどたどしい口調に、上羽雅はくすっと小さく笑う。

「なによ〜。レイちゃんってば、威勢のない面接官って感じね。まぁそうね、これといって自慢できるようなものじゃないけれど、軽くダンスを嗜んでいた…くらいかしら。今は向かっている事務所のスタッフよ。なんならアタシが事務所の唯一のスタッフ。」

スタッフ…スタッフ…?

「えっ、講師じゃないんですか?!」僕は思わず彼の前に飛び出して足を止めさせる。

「えぇ。講師じゃないわよ。モデルなんてやったことないし。」上羽雅は毛先を軽くいじり「そもそもアタシ一言もレイちゃんに"モデルとしての"先生とは言ってないけど?」と言って、どこか含みのある微笑みを僕に向けたと思ったら、颯爽と再び駅の方へ歩き出した。

僕は事態が把握できず、その場で数秒フリーズしていたが今の僕にはこの人に着いていくことしか出来ないことを思い出し、少し離れてしまった彼の背中を追いかけた。

「えっと、ではモデルとしての講師は別に居る、ということですか?」

「ええ、そうよ。」

彼の答えに少しだけ安堵する。なんというかフラグのようなものが立っていた気がするが、講師がいるのであれば安心できる。

「まあ講師っていうか事務所の代表っていうか?良いやつだし実力は確かだから!まあ小さい事務所だし所属している子がまだヒヨコちゃんだから事務所としては全然赤字なんだよね!」上羽雅は明朗に笑いながら話していたが、かなり笑い事ではない。どういうことだ?講師は居る、けれど講師は事務所の代表?訳が分からない。正直なところかなり信用出来ない…しかし周りの他人はさらに信用出来ない。僕は今、上羽雅orその他大勢を天秤にかけるしかない。つまり答えは…

「着いた着いた!タクシーは…お、あれ空車じゃん!レイちゃんラッキーだよ。いつもはここ空車なんて10分は見つからないからね。」

「は、はぁ…。」

僕は貼り付けた笑みを浮かべてタクシーに乗った。それが今出せる僕の唯一の答えだった。


◆◆◆◆◆


タクシーの窓から見える駅周辺の景色は人がごった返していて、僕は"色酔い"してしまいそうで見るのをやめた。そんな僕とは裏腹に、上羽雅は街を行き交う人々を見ては「あら、あのマダムのストール、珍しい柄ね」とか「最近の女子学生のトレンドは水色って聞いていたけど紫もかなり多いのね」など、話すような声量で独り言を言っていた。

「ねえ、レイちゃんはどんなモデルになりたい?」上羽雅は窓の外を眺めながら自然に問いかけてきた。

「僕は…僕には憧れている人がいるんです。いつかその人と並ぶくらいのモデルになりたいです。」

僕がそう答えてから体感で5分くらいの沈黙が続いた後、彼は口を開いた。

「憧れね。素敵だと思う。アタシも小学生くらいの時かな、居たよ。そういうキラキラした憧れが。ただ、憧れだけを見てるとね、いつか見失うよ。本質を。」

上羽雅が流したような目で僕をちらりと小さく覗き込んでいた。覗き込んでいたのは顔ではない。僕の胸の内だ。彼の言葉はほんの少し尖っていて、僕の心をちくりと刺していた。その傷がどれくらいのものかを確認するように覗いていた。

「でもね、憧れだけを見ていたっていうのが完全なる過ちではないわよ。レイちゃんの姿勢、歩き方、それを憧れから全て独学で吸収しているのなら大したものだわ。いや、吸収したのよね。ひとりで、何年もかけて…」

淡々と話していたはずの彼は、どこか申し訳なさそうな表情をしながら言葉を詰まらせていた。

かなり長い間、重さのある沈黙が続いていたように感じる。街の風景もいつの間にか人よりも木々が増えていて、色酔いもだいぶ落ち着いてきた。ただ今度は車内の空気が気持ち悪くて、でも寝てしまうのもどうかと思うし、僕はただただ流れる空に浮かぶ雲を眺めていた。

暫くすると「お客さん、お客さん、着いたよ。」と言うタクシーの運転手の低い声が車内に響く。

「あら、ごめんなさい。レイちゃん降りましょ。」

「お客さん、お代忘れとる。」タクシーの運転手は少し不審そうに上羽雅に声をかける。

申し訳なさそうにペコペコと走り去るタクシーに向かってお辞儀をしている上羽雅の姿は、どこか僕に対しても申し訳なさを向けているようだった。

「あの、さっき仰られていたこと、気になさっているんですか?」僕は挙動不審になりつつある上羽雅に単刀直入に問いかけた。

「…そうね。ごめんなさい。いじわるで言った自覚はある。ただ、あなたの背景を忘れてしまっていたの。申し訳ないわ。」

「なるほど。でも、僕の背景を鑑みても、上羽さんが僕に言ったことが間違いだとは思えないというか…。むしろ、オーラの無い僕を、オーラのある人とで差別せずに注意してくれたのかなって思うと僕は正直、嬉しかったです。」

「レイちゃん…ありがとう、だけど、そうじゃなくて…」

ほんの少し泣きそうな顔をしている上羽雅が話している途中、突如彼の頭が何者かの手で掴まれた。その"何者か"は僕と同じくらいの背丈でガタイのいい男性だ。

「み〜や〜び〜…。新人いじめするなって言ったよなぁ…。」

ガタイのいい男性は声質もかなり良く、まるでテレビで見た司会者と呼ばれる人と似ていた。よく見ると顔立ちも良く、健康的なイケメンといった印象を受ける。

「いじめてない!アタシ、ちゃんとフレンドリーに接したわよ!ね、レイちゃん…?」上羽雅は泣きそうだった表情を、子猫がおやつをおねだりする時のような甘えた表情に変えて僕に擦り寄っている。

「は、はい。上羽さんはかなり良い方だと思いました。」

「うーん…君がそう言うなら良いけど…。」少し怪訝そうな顔をしていたガタイのいい男は、なにかを思い出したかのように瞬時にシャキっと背筋を伸ばし、片手を自身の胸にあてて軽く会釈をした。

「挨拶がまだだったね。はじめまして、滝レイくん。私は若月一澄。"スターリブートプロダクション"という事務所の代表をやらせてもらっているよ。」

そう言って微笑んだ若月一澄の瞳は非常に煌めいていて、どこか懐かしさを感じた。しかし、僕は彼を見た時からとある重大なことに意識がいっていた。

「あの…若月代表は、オーラが無いのでしょうか。」

そう、彼は僕と同じく、オーラを纏っていなかった。

「そうだね。"今"は。」

今は…?過去にはオーラを纏っていたということか?オーラが出て、そのあと消失したなんて現象、習ったことないのだけれども…。

「まあまあ、私のことはあとからでもゆっくり知るといいさ。まず、レイ君に事務所と愉快な仲間たちを紹介させて欲しいな。」

言われるがまま、僕は若月代表と上羽さんに連れられて事務所まで案内される。向かっていると、事務所までの道は所々に花が咲いていることに気づく。チューリップとか菜の花だとか定番の春の花が咲いている。その中でも一際目を惹く花があった。

「これって…菫ですか?」僕は凛と咲く、小さな菫の花を指さして若月一澄に問いかける。

「そうだよ、菫。レイ君は花が好きかい?」

「好きというか、いつの間にか視界に入っている気がします。特にこの菫の花は小さいのに惹き付けられるというか…なんだか不思議な感じです。」

そう僕が話すと若月一澄は心無しか寂しそうに笑った。何故"寂しそう"だと思ったのかは、感じ取った僕自身も上手く説明出来ないけれど。

「花ねぇ。菫の花も、とっても可愛いしアタシも好きだけど、ここの事務所には目印になるパワースポットみたいな花があるわよ。」

上羽雅がそういって更に奥を指さした。

「パワースポット…?」

僕は上羽雅が指さす方へ目をやると、うっすらと薄いピンク色の何かが見える。"なにか"は風でゆらゆらとゆっくりと大きく揺れているようだ。その姿はまるで僕を手招きしているかのようで、自然と体が動いて走り出していた。近づくにつれてその"なにか"は非常に大きな桜の木であることが分かった。ただ僕はその存在よりも先にとあることに気づいた。桜の樹の下に少女が1人、立っていた。少女はこちらの存在に気づいていないのか、伸び伸びとした様子で歌を歌っている。その歌はどこか聞き覚えがあり、綺麗な声色を纏っていた。駆け寄るにつれ、僕ははっとした。それと同時に胸の内が圧迫されたような感覚に襲われる。足を止めると少女がこちらに気づいたようで、歌うのを止めて少し後ずさりしていた。こちらを数秒、警戒するように見つめていた少女も同じくはっとして、こちらに数歩、近寄った。

「あなた…先程の方、ですよね?」

少女は艶のある黒髪を軽く触りながら、ほんの少し不安そうにこちらに問いかけてきた。

「そう、です…。」

僕は思いのほか弱々しい声しか出なく、自分から出た声かと思うと情けなくて恥ずかしい気持ちになってしまう。そんな僕とは裏腹に、黒髪の少女は顔を輝かせて笑みをこぼしている。

「嬉しい…私あなたにお礼が言えてなかったことが心残りで…。」

黒髪の少女は白くて細い腕をこちらに伸ばし、僕の手をとった。少女の手は小さくて指は細いはずなのに、不思議と柔らかさがあって…。

「さっきはありがとう。会えて、嬉しいです。」

少女がにこりと微笑んだ瞬間、無いはずの少女のオーラが見えた気がした。後光が差し込むような、眩しい光が僕の目を覆う。体が熱い。僕は軽く少女の手を解いてたじろいだ。

「あ、いや、そこまで感謝されるほどのことじゃないと思う。」

そんなつもりはないのに、あまりにもぶっきらぼうで味のしない返答をしてしまう。違う、そんな言い回しがしたかったわけじゃない。ただこの少女を前にすると、考えているはずの受け答えが上手くできない。

「あ、そうですよね、同意もなくいきなり握手なんて…すみません。」

華奢な印象を受ける黒髪の少女は、一段と小さく縮こまるように顔を伏せた。

「そうじゃなくて…。あの状況は誰だって助けるだろうなと思ったんだ。だからそこまでお礼を言われる必要もないかなって。握手が嫌とかじゃなくて…」

弁明している姿、傍から見たら滑稽なんだろうなぁ。そんなことを思った時、「ふふ」と少女から小さな笑みがこぼれる。

「誰だって、じゃないですよ。あの時私を助けてくれたのは貴方と…」

「ウチだったよね!」

黒髪の少女の言葉を遮るように、また聞き覚えのある声が聞こえる。弾けるように明るくて快活な印象を受ける声。

「えっ、えっ、お昼に会った人じゃん!なんでここにいんの?」

声の主は黒髪の少女とともに歌っていた金髪の少女だった。彼女は僕と黒髪の少女を交互に見て、驚きを隠せていない様子だった。

「実は上羽さんと僕の知り合いが友人で、ここを紹介してもらったんだ。」

「紹介…ってことはあなたもこの事務所…"スタリブ"に入るってこと?!」

金髪の少女は僕の返事を待たずに「ウソー?!」「新入りじゃん!嬉しすぎるんだけど!」とわたわたと辺りを動き回りはしゃぎだした。なんなら両手を上げて万歳までしている。

「美瑠ちゃん、まだ入るとは言ってないと思うよ…!」

黒髪の少女は騒がしく小躍りしている金髪の少女に軽く耳打ちする。金髪の少女は「たしかに」とだけ言うと動きを止めた。

「んで、あなたは入るの?入らないの?」

「彼はこれから審査するんだよ。」

「代表!おかえりなさい!」

若月一澄は2人の少女の肩を軽く叩き、「そういうことだから君たち2人はレイ君を案内してあげてくれ。」と言い、それを聞いた少女たちは僕の腕を掴んで小走りで事務所に連れて行く。

事務所の外観は真っ白で真四角で、こだわりがないのか、むしろありすぎるのか分からないくらいシンプルな見た目をしている。事務所の出入口の門の横にも花が植えられていて、代表はかなりの花好きであることがここでようやく確信を持つことができた。それにしてもここの空間は不思議だ。よく見ると咲いている花が春や夏の花だけではない。秋や冬に咲く花も綺麗に咲いている…。

孤児院で習ったことがあるのは温度調節の出来るビニールハウスという存在くらいで、こういった"The家"のような見た目で温度調整出来るものは習った記憶が無い。そもそもここは広々とした木々に囲まれた空間。ビニールハウスのようになにか設備の中にあるわけでもない。ただ先程歩いてきた部分も含めて、ここ一帯の敷地が全て代表のものなのだとすれば彼はかなりの富豪である。そう考えると、僕が知らないだけでなにか特別な農薬みたいな肥料みたいなもので育てれば、四季折々の花を同時期に咲かせることも可能なのかもしれない。

「レイ、ここがレッスンルームだよ。レイ?」

金髪の少女の声が脳内で再生されて、いつの間にか事務所の中に案内されていた。

「ごめん、ちょっと考え事していて。」

「ふーん?緊張でもしているのかと思ったけど、そういうわけではないのね。」

緊張。そのワードを耳にして、僕はようやく代表が言っていた「審査する」の発言を思い出す。

「え、待って、これから僕、審査受けるの?」

「そうだよ。あはは、なんかずっと上の空だなとは思ってたけど、ようやく現実味を帯びてきた感じかな?」

金髪の少女は口を大きく開けて笑ったあと、黒髪の少女に呼びかける。

「そういえばくーちゃんは自己紹介したの?」

金髪の少女に"くーちゃん"と呼びかけられた黒髪の少女は首を横に振る。

「じゃあ緊張をほぐすためにも軽く自己紹介しよ!私は鳥籠美瑠!みるるんって呼んで貰ってることが多いけど美瑠でもとりっぴーでもなんでもいいよ。」

とりっぴー…。あまりにも彼女に似合わない渾名で、僕は思わず吹き出してしまう。

「いや、とりっぴーってキャラじゃない気がするよ。美瑠って呼ぶね。」

「え〜。とりっぴー可愛いじゃん!まあなんでもいいんだけどさ。次はこの子!」

美瑠は黒髪の少女の両肩を掴んで軽く揺らす。黒髪の少女は揺さぶられたまま、それを制止することもなく少しかしこまった表情で口を開けた。

「初めまして…じゃないね。私は都城くるり。美瑠ちゃんからはくーちゃんって呼ばれてるけど、都城でもくるりでも、呼んでくれるだけでも嬉しいな。よろしくね。」

黒髪の少女、もとい都城くるりは黒髪と同じく黒い瞳をした目を緩ませる。少し垂れ目な子だという認識はあったが、笑うとより一層その目は垂れて、子犬のように愛らしい。

なんだろう。彼女はいたって"素"であり、ごく普通の挨拶なのだろうが、根っこにアイドルらしさがあって、この少女が天性の素質の持ち主であることがひしひしと伝わってくる。

「あのさ、君は…都城さんは、どうしてアイドルになろうと思ったの?」

問いかけられた都城くるりは心無しかほんの少し顔を曇らせたような表情をしたが、こちらが疑問を持つ前にすぐににこやかな表情に切り替えた。今の質問は、彼女にとって不都合な話題だったのだろうか。

そんな僕の考えとはうって変わって、都城くるりは穏やかに話し出す。

「初めて"憧れる"って気持ちを知ったのが、アイドルだったの。」

なにかを思い浮かべているのか、都城くるりの口元は緩んでいる。

「その人とはいつ出会ったの?」

「そうね、私が小学校低学年の時、テレビをつけた時に彼女が歌っていたの。妖精みたいに軽やかに踊りながら歌っていて、すごく楽しそうで。あんなに輝いている人は今も昔も彼女だけ。」

都城くるりはその時のことを今でも鮮明に思い出せるのか、天を仰ぐように手をあわせ、その"憧れ"を崇拝しているようだった。

「くーちゃん、引かれてる引かれてる。」美瑠に再度揺さぶられ、都城くるりは我に返ったように頭を抱えるような仕草をしている。

「大丈夫、僕も憧れの人がいるから。都城さんの気持ち、すごく分かるよ。」

そう言うと彼女は「えへへ」と無邪気に笑った。


「レイ君の憧れの人、私も知りたいなあ。」

背後から全く気配のしなかった若月一澄が僕にそう声をかけると、美瑠は「じゃ、また後で」と小さい声で僕に囁いて都城くるりの手を掴んでレッスンルームを出て行った。あ、そういえば僕の自己紹介、ちゃんと出来てないや。

「それで、レイ君の憧れの人って、誰だい?」

若月一澄は純粋に僕の憧れの人物を知りたがっているようだった。特に隠すような話でもないので僕は彼の問いにさらりと答える。

「段原晶というのですが。」

若月一澄は「へぇ、彼に憧れているのかぁ。知っているよ。」と答える。

「知っているのですか!」

若月一澄は僕の嬉しそうな声に一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに「もちろんだよ。彼を知らない者は生まれたての赤ん坊くらいだよ。」と言ってくれた。

「彼はモデル以外の仕事をほぼしないけれど、モデルという人の入れ替わりの早い業界で第一線の先頭を何年も歩み続けた人…。名の通り、彼はスーパースターです。」

「あはは、レイくん、晶の話になった途端に饒舌になるね。彼のファンは沢山いるよ。」

孤児院では段原晶を知るものは僕ただ1人のみだった。こうして段原晶の話題を穏やかに、そして聞き入ってくれる人は初めてだ。

「代表は芸能事務所の代表をやっているわけですが、段原晶に会ったことはあるんですか?」

「うーん、内緒かな。」代表はそう言って口の前で人差し指を出した。

「段原晶の話で盛り上がるのは良いけれど、そろそろ私はレイ君の実力を見させてもらいたいかな。」

そうだ。ここはレッスンルーム。そしてこれから僕が審査される場所。

「君のことは雅から話を聞いている。つまり君の育ての親にあたる西園寺さんからの話も。」

西園寺さん。そういえば孤児院でずっと働いている西園寺さんがこうして僕をこの場所までたどり着かせたわけだが、西園寺さんはいつ上羽さんと知り合ったのだろう。ここまで僕は思いの外すんなりと足を進めて来たわけだが、西園寺さんがいなければ、僕がこのレッスンルームに立つ世界線は無かったに等しい…。

「西園寺さんはかなり君に世話を焼いていたようだね。ただ、レイ君にはガキ大将のようなイメージはないけれど、反抗期とかがあったのかい?」

「反抗期という反抗期はありません。僕は常にあの世界…色の無い世界に反抗していましたから。」

「反抗…あぁ、孤児院を抜け出したんだっけ。その話を聞いた時は驚いたよ。普通はみな、色のある世界に怯えるものなんだけどね。」

代表を口角をきゅっとあげ、興味ありげに僕の話を聞いている。

「僕には理解できなかったんです。色のない、可能性の無いあの世界に、留まり続ける方が恐ろしいはずなのにって。たしかに色のない僕がこの世界に来たら当たり前のように差別されて、当たり前のように存在は無視された。でも、この世界に足を踏み入れなかったら、それこそ僕自身まで無くなっちゃう気がして…。」

そう、僕は僕の存在を許して欲しい。認めて欲しい。オーラが無くったって、いつか必ず段原晶のような人物になれると。オーラがなくとも、自由に生きていけるのだと。

「自分の力で僕自身を証明したいんです。」

そう告げて、無意識に俯いてしまっていた顔を上げると、先程とは打って変わって鋭い目で僕を見ている代表と目が合う。

「分かった。まずは私に証明してみてくれ。君の段原晶に対する憧れが本物かどうか。さっきも言ったけど、晶を憧れにしている者は多い。しかし大半は生まれ持った自身の素質に胡座をかいている。背が高い、手足が長い、端正な顔立ち…。晶に似た点が幾つかあればこの業界でやっていけると過信して、無意識に晶と自分を重ねている。そんな自分が「段原晶に憧れています」なんて言えば「君もなれるよ!」なんて周りに持ち上げられて自惚れる。つまり"段原晶に憧れている自分に酔っている"ということだ。君がそうではないという証明を私にして欲しい。」

代表はそう語りながら、鋭い目をより一層ギラギラと輝かせている。その輝きは彼の隠した本性から漏れ出ているものなのか、それとも、僕に対する期待が溢れているのか現状は分からない。ただこの輝きを懐かしく感じた理由が、僕には分かってしまった。


若月一澄の瞳の輝きは、

段原晶が放つオーラと似通ったものだということに。

金髪の少女(鳥籠美瑠)の一人称が変更になりました。

私⇒ウチ

となります。

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