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2.世界は今、あなたに微笑む

オーラのある世界に飛び出すにはうってつけの、雲一つない晴天。満開の桜の木々。見上げていると桜の花びらがちょうど目の前に落ちてきて、地面に着く前に手のひらで受け止めた。花より団子なんて言葉があるけれど、僕は団子よりも花に惹かれる質だから、この辺りが屋台から流れてきた食べ物の匂いで充満していることにようやく気づく。親子連れで賑わう周りで、オーラのない者はただの1人、僕だけだ。あたりをゆっくりと見渡していると背後から何者かにぶつかられる。

「すんませ…うわ、色無しかよ。縁起が悪い…」ぶつかってきた中年の男は首元に真っ赤なネクタイが結ばれていて、ぶつかった後でもスーツは型崩れしておらず、パッと見ただけでも縫製が綺麗なのが分かる。そんな服装には見合わないような横柄な態度をとる男は、己の肘を僕の肘に強くぶつけ、ドスドスと足を鳴らして去って行った。こんなのまだまだ可愛い方だ、そう自分に言い聞かせ、僕は手の中でしわくちゃになってしまった桜の花びらを軽く息で吹き飛ばした。吹き飛ばされた桜の花びらはすぐに失速したが、あるチラシの上にぽとりと落ちる。チラシをみると、2人の少女の写真が中心に大きく載った、ライブの宣伝チラシだ。日付は今日。時刻は12時スタート。西園寺さんから貰った銀色の腕時計を確認すると、チラシに載っている開始時刻の12時より5分ほど過ぎていたが、30分ほどのミニライブと書かれている。すぐ近くでやっているみたいだし覗いてみようかな、そんな軽い気持ちで指定された場所に向かう。指定された場所は桜の木が集まった「桜の広場」と呼ばれる場所。広場に近づくにつれ楽しげなリズムが刻まれ、今の僕の心情とリンクしているようで無意識に足取りも早くなる。広場に着き、人だかりができた先に目をやると、チラシに載っていた二人の少女が歌って踊っていた。それと同時にあることに気づき、僕は空気が抜けたような間抜けな声が漏れた。

♪『今日 君と出会えたこと 生まれる前から決まってた 女神サマが結びつけた運命(さだめ)なの』

そう歌う彼女に、オーラは無い。オーラのない少女は艶のある黒色の髪の毛を靡かせている。ふと少女と目が合う。少女は透き通るような黒い瞳をほんの一瞬丸くして、音とダンスにズレが生じたが、少女は周囲に悟られないようにすぐに音の軌道に乗る。水面に映る朝日のようにキラキラと輝く笑顔を僕達観客に向けていた。

なんとなく、僕はここに居てはいけない気がして少女たちの立つステージに背を向けると、見覚えのある人物とすれ違った。直ぐにそいつのことを思い出しステージの方に振り返ると、少女からは先程の輝く笑顔は消え、代わりに黄色い液体と卵の殻の破片が顔に張り付いていた。

「色無しはステージに立つな!」

そう言い放ったのは少し前に僕にぶつかってきた横柄な中年男だった。卵を投げつけられた少女は恐怖からかその場で硬直していたが、一緒にステージで踊っていたもう一人の少女が盾になるように中年男の前に立った。もう一人の少女は桃色に輝くオーラを放っている。耳より上に結ったツインテールは金色、幅の広い二重の目の中のその瞳は碧眼に輝いている。

「おっさん、未だに"色無し"なんて古臭いこと言っちゃってんの?クソださいんだけど!」金髪の少女が言い返す。西洋人形かのような綺麗な顔立ちをした金髪の少女の口から出たとは思えないワードチョイスに、僕を含めた観客は少しの動揺と、そんな言葉を向けられた中年男に対して小さな嘲笑の眼差しが向けられている。

「な、なんなんだよ、色無しを擁護して偽善者ぶるな!不愉快だ!」

中年男は顔を赤くして拳を振りかざす。よく見ると卵を握っている。僕はこの男が威嚇ではなく、確実にその卵を彼女たちに投げつけると確信する前に、僕は卵が握られた側の男の腕を止めていた。

「やめましょう。これ以上はあなたの品位が落ちますよ。」

僕のじっとりとした声に中年男は反応しこちらの顔を見ていた。最初こそ僕の手を解こうと試みる動作をしたが、びくともしないことに気づいた男はみるみるうちに顔が青くなっていった。「わかった、すまなかった」男はそう言って金髪の少女にだけ軽く頭を下げ、罰が悪そうにその場を去った。

「なんなのあいつ。私じゃなくてクーちゃんに謝りなさいよ。」金髪の少女は遠くなる中年男の背中が見えなくなるまで睨みつけていた。

「美瑠ちゃん、ありがとう。あと…お名前は存じ上げないのですが、あなたもありがとう。」オーラのない少女は目をすぼめ、小さな口の口角をキュッと上げて僕にはにかんだ。オーラは無いはずなのに、彼女の周りの空気は他とは違っていた。風に吹かれてちらちらと舞う桜の花びらと似たような儚さと、美しさが入り交じるような切なさが漂う。

「すみませーん、ステージの使用時間過ぎちゃってます〜。」寝癖の直されていない20代くらいの冴えない男性がステージ脇からぬるっと姿を現した。「すみません、撤収します」金髪の少女はそう言って軽く僕に会釈したあと"るーちゃん"に手招きしてステージ裏に消えた。


"彼女"の幻影がぼんやりと僕の心に残るなか、ふと"今日の目的"を思い出し腕時計に目をやると、短針はほぼ「1」を指している。おそらくこの時の僕は先程の中年の男よりも顔が青くなっていただろう。まずい。西園寺さんの顔が脳裏に浮かぶ。慌てて財布を開き、少ない小遣いを確認しつつもタクシーを呼べる場所を探すために公園から急いで抜け出した。タクシーどころかまともに車に乗ったことがないので"タクシーを呼ぶ"という行為がよくある話なのかイレギュラーなのか分からないがとにかく僕は車道を見つけるとこう叫んだ。

「タクシー来てくださぁぁい!!!」

僕の視界に入る歩道を歩く人々はみな僕の方に振り向いていた。しかし僕が叫んだのだと分かると各々元の方に体を向きを戻し歩いて行った。誰も彼も無反応に僕に構わず去っていく。"なにか変な言動をしているやつ(僕)がいる"、そう認識して僕に向けて指をさし、馬鹿にしてくれた方が精神的には助かるくらいだ。それにしても、かなり大きい声でタクシーを呼んだが、タクシーらしき車は見えないのでおそらく呼び方は間違っているのだと思われる。しかし正しい呼び方など知らない僕はさらに大きい声を出すために両手を口元に添えて大きく息を吸った。その時だった。僕は背後から肩を優しく二度と叩かれた。

「ちょっとあなた、もう一度叫ぼうたってここら辺じゃ来やしないわよ。もっと駅の近くへ行かなくちゃ。」

そう言われて振り返ると、僕の肩を叩いたであろう右手をひらひらと振ってみせる、紫色のオーラを纏った顔立ちのはっきりした綺麗な男性が立っていた。20代くらいに見える男性は、緩く巻かれた黒髪を、薄紫色の光沢感のあるシュシュで結っていた。耳よりも高い位置で結われていて、いわゆるポニーテールというやつだ。耳元にはさりげなく蝶の形をしたピアスが付けられている。背丈は僕よりも低いが170cmはあるだろう。男性にしてはだいぶ肩幅が狭く、全体的に横幅が無くかなり華奢だ。そもそもなぜ華奢だと分かるのかというと、この男性は体のラインがわかりやすいスキニーパンツにショート丈のパーカーを着用していたからだ。上下ともに動きやすそうなストレッチ素材の服はピンクと紫を基調としたカラーリング。胸元には大きくアゲハ蝶のイラストがプリントされ、ラインストーンで囲われている。インパクトのある男性だったので思わず凝視していると、このアゲハ蝶の男性もこちらをかなり凝視していることに気づいた。彼と目が合うと彼は「うんうん」と言いながら何処か満足げな表情をしている様子だった。それと同時に僕は本来すべきことを思い出す。

「あの、すみません、僕急いでいて。タクシーってどう呼べばよいのでしょうか。」

「ちょっとちょっと。その必要はないでしょう。あなた、誰と待ち合わせしていたか思い出せない?」アゲハ蝶の男性はほのかに笑みを浮かべている。

「えっと、確か、"人魚姫のように美しい女性"と会う予定です。」

僕の言葉にアゲハ蝶の男性は目を輝かせて「ちょっとあの人、そんなこと言ってたの〜?ハードル上がるじゃない!」と少し困ったような、満更でもないような表情を僕に向けていた。

「あの、もしかして」僕は自然と瞬きが多くなる。

「ふふ。やっぱりあなたが"滝レイ"ね。」

"滝"。僕がこのオーラのある世界に行くために西園寺さんがつけてくれた苗字。初めてオーラのある人間にフルネームを呼ばれたことは、僕がこの世界に来たことを最も実感させた瞬間だった。

「ん?滝レイ?たーきーれーいー?」

「あ、すみません。考え事をしてしまいました。ところであなたが"上羽雅"さんでしょうか?」僕が確認のため名前を述べると、目の前の、男性だと思われる人物は縦に二度首を振る。

「あの、失礼を承知でお聞きするのですが、その、上羽さんは女性でしょうか…。」僕はどうしても上羽雅を女性として認識できずにいた。"よく見ると男性に見える"のではなく、初めて見た瞬間から男性だと思ったので、どうしても上羽雅を女性として見ることが出来ないのである。

「あんた、本気で言ってる?」上羽雅は先程までの豊かな表情ではなく、口角の上がっていない怪訝な顔で僕をじっと見ている。

「あ、あの、すみません。もちろん初対面の僕へ答える義務は無いです。」

僕は上羽雅の表情に狼狽え、早々に及び腰になってしまい追求を諦めようとした。すると上羽雅は自身の長いポニーテールの毛先を、細長い指でくるくると弄りながらこう言った。

「やるじゃん。あたしが男だってことを初見で見破ったのはあなたが初めてよ。滝レイ。」

彼はどこか満足げな表情をしながら、いじっていたポニーテールの毛先を指で払い除けた。

「僕はそういった類には疎いのですが、上羽さんが女性だろうが男性だろうが、僕はあなたを色眼鏡で見ることはないということだけお伝えしておきます。」

「あら、そうなの?」

「僕は事実を知りたいだけです。それが小さい疑問であれ、有耶無耶にしたくないだけなので。それに、見えるものだけが全てじゃないと思っているし…思われたい。」僕の語気が先程よりも強かったからなのか、上羽雅は僅かに眉毛を上げた。

「奇遇ね。あたしもあなたと同じ考えよ。ところであなたのことは何と呼べばいいかしら。」

「そうですね…。お好きなように呼んでください。」

「じゃあレイちゃんね!親しみをこめて」そう言って上羽雅は僕に人差し指を向けながら星が弾けるようなウインクをした。もちろんレイちゃんなど呼ばれたことは今の今までないので少しばかり動揺したが、彼がレイくんと呼んでくる姿が何故かイメージできないので、僕は軽く愛想笑いをして了承した。

「では、僕は上羽さんと呼びますね。」僕がそう言うと「えぇ、可愛くない。」と彼はあからさまにぶーたれる。そんな彼を見かねて、僕は軽く咳払いをした。

「そもそも上羽さんは僕の"先生"なのですから…」

「あ、そうだったわね。まあ多少の威厳は持ち合わせてないとレイちゃんにはすぐに舐められそうだし、今は"上羽さん"で辛抱するわぁ〜。」

上羽雅は腕を上に伸ばしながらそう言うと、くるりと体の向きを右に変える。

「じゃっ、行きましょうか!」こちらに上半身だけ振り向いた彼は白い歯を見せて笑う。

「はい!よろしくお願いします!」

心地よい風が、桜が、僕の背中を押していた。

貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございます。

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