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1.始まりを告げる光(きみ)

※本編をご覧いただく前に「アンジュベール〜あらすじ・人物紹介〜」をご一読いただくことを推奨いたします。


では、アンジュベールの世界へ。いってらっしゃい。

真っ暗闇の中、齢九つの僕は誰かを探して懸命に走り回る。心の何処では、本当は、見つけてもらいたかったのかもしれない。

「ねえ、君、どこから抜け出したの?」

背後から、ふいに声をかけられて僕は振り返る。そこには見たこともないほどの絢爛な輝きを纏って放つ、背が高くて線の細い、そんな美少年が立っていた。まるで宝石で造られたような人。

「君、見つけたのが俺で良かったね。君の帰る場所はどこ?そこまで送ってあげる。」

「やだ。僕、帰らない。」

幼いくせにいっちょ前に反抗してきた僕に、美少年は少し顔を怯ませたが、少し屈んで僕と同じ目線にしてこう言った。

「大丈夫、いつかそこからは抜け出せる。それまでに君は1人でも生きていけるように強くなるべきだ。今の君は俺には勝てない。」

美少年はそう言い切ると僕を軽々と持ち上げて背中におぶる。一瞬暴れて彼から降りようと試みたが、

「ふふ、俺、ひょろくて弱そうでしょ。これでも武術では良い成績をとったことがあるんだよ。」

僕はその言葉を聞いて暴れるのをやめた。彼は僕をおぶろうとした時も、おぶって歩く今も、一度もよろけていない。僕は年齢にしては背が高くて大きい体格をしているのに、そんな僕をおぶってもよろけず真っ直ぐに歩く彼は凄まじい体幹の持ち主であることは明白で、きっと彼の言葉に偽りはないのだろう。「あまり疲れてる様子もないし、そこまで遠くないとすれば…あそこかな。」ぼそぼそと呟く彼におぶられていると、いつの間にか眠気が襲う。彼の背中は温かくて、そしてどこか懐かしい。もう少し意識のある中でこの温もりを感じていたい。しかし幼い僕はこの心地よい眠気に抗えず、ゆっくりと瞼を閉じでしまう。

「いつかまた俺を見つけに来てよ。君が探しに来るのなら、俺は必ず会いに行くから。」


◆◆◆◆◆


「レイ君、レイ君。起きて、レイ君。…レイ!起きなさい!」

聞き慣れた女性の声に棘があり、僕は飛び起きる。ほんの一瞬、窓の方に目をやると、光は差し込んでいない。ただ真っ暗という訳でも無く、薄ら明るい。

「あれ、僕いつの間にここに…」

「いつの間にはこっちのセリフですよ!ここを抜け出すだなんて…もう何十年も外出禁止のルールだけは破られたことは無かったのに。」

僕の目の前で何度も何度も大きい溜息をつくこの女性は、僕にとって母の代わりのような人物だ。そう、代わりであって本当の母では無い。

「西園寺さん、その…ごめんなさい。」

「あのねぇ、レイ君。これは私に謝って済む話じゃないのよ。」

「え…」

確かにここを抜け出すのは、他の禁止事項を全て行ってもカバー出来ないくらいやってはいけないことだと、口酸っぱく言われてきた。しかし僕にとってどれくらいのことなのか正直イメージ出来ていなかった。

「僕、どうなっちゃうの… ?」

西園寺さんはじっと僕を見つめて、しばらくして「はぁ…」と1回、ため息をついた。

「通常ならば1年、ここを出る期間が延長されます。」

一年。想像以上の罰則に、僕は呆然として口を大きく開けたまま固まってしまう。

「"通常は"と言ったでしょう。今回は特別に、罰則は一ヶ月トイレ掃除担当です。」

トイレ掃除…。

「トイレ掃除?本当にそれだけ?」

僕は正気に戻ると、あまりにも罰則の軽さに驚いて西園寺さんの顔に自分の顔を近づかせる。

「ええ、トイレ掃除よ。でも今回だけ。次ここを抜け出すような真似をしたら延長年数を二年伸ばしますからね!」

西園寺さんは語気を強め、眉間に皺を寄せていた。

「でもっ、でもどうして?なんで今回は許してくれるの?」

「今回はレイ君が抜け出していることに気づいたのが私だけだったこと。それと…」

「それと?」

「頼まれたのよ、今回は見逃してやってくれとね。」

「誰に?誰に頼まれたの?」

「レイ君、あなた1人で帰ってきたと思ってる?」

「えっと、えっと…。たしか、キラキラしたお兄ちゃんにおんぶして貰って…そのまま寝ちゃったんだった…。」

「そうよ。あのお兄ちゃんがレイ君を許してと頼んできたの。私もそう言われたら断れないじゃないの。それにあの子は…」

「ねえ、あのキラキラ何?もしかしてあれが…?僕もキラキラになれるの?西園寺さんは、ここにいるみんなは、なんでキラキラ無いの?」

僕は西園寺さんの言葉を遮り、気になっていた事、思いついたことを全て口に出す。知りたいことが頭にいっぱい浮かんで疑問が溢れて止まらない。すると見かねた西園寺さんが僕の口を優しく手で覆う。

「全く、あなたは興味のあることになると本当にお喋りになるわねぇ。そうね、あの少年のキラキラこそが"オーラ"よ。」

「あれがオーラ…。オーラ凄い!!!あのお兄ちゃんの周りだけすっごく綺麗で明るかったの!!お星様がくっついてるみたいだった!!」

徐々にあの美少年を見た時の記憶が蘇ってきて胸が高鳴る。

「ただオーラと言ってもあの少年のオーラは普通では無いの。」

普通では無い。と言われても、僕にとってオーラがあること自体が普通では無いのだ。

「そうだ、レイ君に特別に見せてあげる。まだオーラを知るには早いけれど、直で見てしまったのなら知る権利はあるからね。」

西園寺さんは立ち上がり、部屋のドアを開ける。すると首を何度も左右に振り、廊下を用心深く見渡す仕草をした。そしてゆっくりドアを閉め、部屋の中にある「いつも施錠されている棚」の方向に向かう。いつも彼女が持ち歩いている鞄から小さな鍵を取り出し、その鍵で施錠された棚を開けた。すると黒くて四角いものが出てくる。本では見たことがあるが、実物を見るのは初めてだった。

「もしかしてその黒いの、テレビ…?」

「そうよ。普段はここを出る少し前に、"あっち"の世界のことを勉強するために使うんだけれどね。」

そう言って西園寺さんはおそらくリモコンと呼ばれる縦長の黒い物に付いたカラフルしたポツポツを押してテレビを操っているようだ。テレビから微かに「プツ…」と音がして真っ黒だったテレビに彩りが生まれる。テレビの中は人々で賑わいを見せる「ショッピングモール」と呼ばれる場所。

「凄い!テレビってこんな感じなんだ!」

テレビの中で人々が現れ行き交う。そしてそこにいる人はみな、体に色を纏っていた。赤、橙、黄、緑、藍、紫、桃。一人一人がこの七色のうちのどれかの色を纏っている。これが西園寺さんたちが教えてくれていた「オーラ」。そのオーラで彩られた世界がこのテレビの中では広がっていた。

「でも、なんかちょっと違うかも。」

「違う?」

「みんな綺麗だけど、キラキラが無い。」

僕の言葉に西園寺さんは何かを思い出したようにリモコンを再び握りテレビに向ける。すると先程までの映し出された世界があっという間に違う場面に切り替えられた。今度は本では見た事のない、よく分からない空間。不自然に一本道のような空間を作るようにして、その左右に人々が椅子に座っている。みな謎に開けられた中心部の道の方向に体を向けている。構造的にはバージンロードと呼ばれるものに似ているが、結婚式を挙げるような雰囲気では無い。しばらくすると奥からキラキラと輝く何かが手前に向かってくる。よく見るとそれは人間だった。そしてその人はつい先程見た覚えがあった。

「さっきのキラキラのお兄ちゃんだ…」

一際輝くオーラと顔立ちは先程の美少年そのものだが、雰囲気が全くの別人で、なんだか壁を感じる。オーラの無い者がこの人に触れてしまって良かったのだろうか、会話をして良かったのだろうか。幼い僕でもこのテレビの中にいる彼とは住む世界が違うと感じ取れてしまうほど、美しすぎるそのオーラと佇まいは脅威だった。歩く姿はまるで神がこの地に舞い降りてきたかのようで直視出来ない。いや、直視すること自体が烏滸がましいとさえ思えるくらい、美しい。

「これはね、ファッションショーって言ってね、お兄ちゃんは"モデル"と呼ばれるお仕事をしている方なの。お洋服を着て、このランウェイと呼ばれるファッションショーでの花道を歩いてこの会場にいる人達に服の良さを伝える素敵な職業よ。」

モデル。あっちの世界に存在する職業として耳にしたことはあったけれど、こうして動いている様子を見るのは当たり前だが初めてだ。だってこっちは服なんていつも同じ様なものを着て過ごすから。外に出ることが無いならめかし込む必要はない。そうか、だから僕は先程の彼を見た時と違って、テレビの中の彼を直視出来なかったんだ。だってあまりにも、僕が惨めに思えてしまうから…。

「僕は、この人みたいにはなれないのかな。」


「…なれるに決まってるじゃない!」

僕の零した言葉に、意外にも西園寺さんは手を差し伸べて受け止める。

「あっちの世界がどんな場所なのか分かっていてもこの場所を飛び出したくらいなんだから、弱気になってる暇はないわよ。あの少年のように、いえ、あの少年を越える人になりなさい。レイ君。」

「僕、あのお兄ちゃんを越えられる?」

「ええ。必ず越えれるわ。」

西園寺さんは今まで見たことがないくらいのとびきりの笑顔を僕に向けていた。もしかしたら外の色が明るく変わっていたからかもしれないけれど、彼女の笑顔はキラキラと輝いて見えて、僕も釣られて笑みが溢れる。

「あ、もうみんな起きる頃ね。レイ君、今日のことは内緒よ。みんないずれは知る未来だからこそ、あなたの胸のうちに秘めておきなさい。」

「うん。」

僕は西園寺さんに片付けられているテレビをずっと見ていた。次このテレビを見る頃、僕はどこまで成長出来ているのだろうか。テレビの中にいたあの美少年のような人間になれているのだろうか。いや、ならないといけない。彼への憧憬と劣等感が入り交じる、ぐちゃぐちゃになった心の色を変えられるのは自分しかいないのだから。


◆◆◆◆◆


あれから10年の月日が流れ、僕は19歳になった。

「レイ君、立派になったわね。」

随分と小さくなったようにみえる西園寺さんに、僕は目を合わせるために少し屈む。

「まだまだです。これからもっと成長していくので。」

「レイ兄!もう行っちゃうの…?」

手前の部屋からひょっこりと顔を出した少年は、子ヤギのように可愛らしい目で僕を見つめている。

「リクト、いつも遅起きなのによく起きられたなぁ。」僕はそう言いながらリクトの小さな頭をわしゃわしゃと撫でる。

「みんな起きない方がおかしいんだよ。レイ兄と次会えるの、いつになるか分からないのに…。」リクトは今にもこぼれ落ちそうな涙を堪えながら口をへの字に歪ませる。

「昨日のレイの送別パーティは遅くまで続いたから、みんな遊び疲れて起きれないのよ...。レイ、そろそろ出る時間ね。」

「うん。」

僕はリクトの頭を今度は優しくと撫でたあと、立ち直してキャリーバッグのハンドルに手を伸ばそうとした時、西園寺さんの唇が動いた。

「…10年前のあの日を境にあなたは変わった。まだ見せるべきではない現実を幼いあなたに見せてしまったと、本当はずっとずっと後悔していた。でも、あなた自身は落ち込むどころかどんなに些細なことでも進む足を止めなかった。」

「まだオーラは出ませんけどね。」

僕のツッコミに彼女は眉を下げながら控えめに微笑む。

「そうね。だけど、あなたはこの10年でオーラ以上の力を手にしたと私は確信してる。申し訳無いけれど、これからあなたが向かう先こそが本物の現実。今までも何人もの子供たちがここへ帰って来ようとしたわ…。」

どんどん西園寺さんの顔色が深海のように光を失い暗くなる。僕が見かねて彼女の肩を軽く叩いた。

「西園寺さん、僕の門出は明るく送り出すんじゃなかったの?昨日あんなに盛り上げてくれたのに。」

西園寺さんはどこかはっとした表情を見せて、目を潤ませた。僕もつられて視界が滲むが、少し上を向いて誤魔化した。

「僕、絶対に西園寺さんを後悔させません。西園寺さんの言動の一つ一つにちゃんと意味があったと確信を持たせます。次に顔を出す時はきっと…いや、必ず『オーラ』を手に入れて見せます。だから笑ってください。」

その言葉に西園寺さんは自身の目から零れそうになった涙をハンカチで拭い、優しい紅藤色をした唇を動かした。

「いってらっしゃい、レイ君。」

この作品を見てくださり、本当に本当にありがとうございます。

この作品は私にとって、子どものような存在です。

こうして世に出せることを幸せに思います。


「アンジュベール」という作品は、夢を持つ全ての方の味方になることを願って書いております。

かなりの長編になる予定ですが、是非「レイ」と、レイを取り巻くキャラクターたちの成長を見守っていただけますと幸いです。


ここまで読んでいただき心から感謝いたします。

皆さまの明日も素晴らしい一日でありますように。


※誤字脱字ございましたら、お手数ですがコメントにてご指摘いただけますと幸いです。

よろしくお願いいたします。

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