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辺境領主の三男坊、妖術使いの日陰もの令嬢を娶る  作者: 冴吹稔
第一章 家督(いえ)を継ぐもの

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9/10

ニルダの小さな援け

呪詛の言葉を吐きながら次の策を講じようと集まったところへ、野営地の方角から早馬が駆け付けた。


「どうした、何があった?」


 馬と共に肩で荒い息を衝く使者に、ボジルはいら立ちを隠しもせずに問いかけた。


「野営地の周囲に、ザリアの騎兵が現れました……!」


「何だと……数は?」


「それが、わずか十騎ばかりです。しかし軽装で異様に動きが早く、こちらの騎馬隊は追い付けず……おかしな方法で火を放ち、天幕が二つ焼け落ちました」


「クソッ!」


 ボジルは激昂し、胸の前で拳と掌を打ち合わせた。おかしい。ことごとく裏をかかれ、上をいかれている――ザリアは悪魔でも呼び出したのか?


「やむを得ん。いったん戻るぞ……野営地を焼き払われては元も子もない」


 必死で平静を取り戻そうと努めながら、ボジルは部下たちと共に草原を駆け戻り始めた。

 彼は気づかなかった――背後に遠ざかるザリアの荷馬車陣地から、ひし形をしたそれぞれ違う色の凧が三つ、一本のロープに連なった形で空に舞い上がっていたことに。



  * * * * *



「ギリアム様。輸送隊の凧を確認しました」



 なめし皮を貼った黒い筒を片目にあてたまま、騎兵の一人が報告した。

 ギリアムたちは丈の高い草むらに馬を伏せさせ、一時の休息をとりつつ身を潜めていた。そろそろ、キルディス族の野営地を発った伝令の早馬か何かが、件の隘路の罠で待つ敵に届くころだ。


「でかした、マシュウ。凧の色と順番はわかるか?」


「ええと…上から順に、赤、緑。それに白黒の縞模様です」


「そうか。どうやらデレクたちは上手くやってくれたようだ」


 彼らがこの平原に持ち込んだ凧とは、あらかじめ取り決めた内容を色と順番で構成し遠方へ送る信号だった。ニステルで学んだ、かの地の海軍が使う信号旗を応用したものだ。

 それに騎兵が目に当てている筒「望遠鏡」も、ニステルの海軍で近年使われるようになった最新の道具だった。ギリアムは迷宮で得た小金を使い、これを何本か買い求めて持ち帰っていた。


 信号旗の赤は「敵と接触」。緑は「勝利」。白と黒の縞模様は「敵は後退せり」である。素早く用意できた染め布に当てはめて、ギリアムが思うままに指定したものなので、これはニステルの信号とは一切の互換性がない。


 つまり、現時点ではデレクとギリアムの間でしか意味が通じないものだ。使い続けるのなら、いずれはザリア軍の中にこれを扱う専門家を養成し使用法を調練しなければならないが、それはまあだいぶ先の話だろう。


「よし、休息は終わりだ……動くぞ。今度はまた、別の野営地を探して引っ掻き回そう」


「了解です」


 短い作戦行動の間に、騎兵たちはギリアムへの信頼を強めていた。


 彼らの装備は一撃離脱を主眼としたごく軽量なもので、キルディス騎兵と真っ向からぶつかればまず壊滅を免れない。しかし、ギリアムにはここで必勝の策があった。迷宮探索を通じて習得、洗練した、戦闘補助のためのごく簡単な魔法だ。


 彼が学んだ系統の魔法には、冒険に赴く際の一分隊(パーティー)に対して、移動速度の向上、あるいは器用さ――つまりさまざまな操作の練度を底上げ、また全般的な運気の向上といった、地味だが非常に有用な作用を持つ術法が用意されている。


 迷宮での分隊の人数には制限があり、魔法の効力範囲もそれに合わせて限定されているのが難点。

 だがギリアムは指揮下の騎兵を敢えて十人に抑えることで、これを不足なく運用できていた。


 軽量な騎兵の速度と熟練度と、それに運まで強化すれば後方かく乱のためには絶好の戦闘単位が出来上がる。そういう計算が見事にはまった形だ。

 現状、彼らを捉えて戦闘に持ち込むには、敵は技量のみで同様の条件を揃えて追いすがるか、あるいはまったくの偶然に期待して草原を駆けまわるしかあるまい。


「よし、では行こう――」


 周囲の安全を確認してから、ギリアムたちは馬を立ち上がらせ、草むらをかき分けて外の平原へと出た。同時に空を見上げて小さくつぶやく。


「『(ダブ)』。もう良いぞ、降りてこい(カムヒア)


 すると、聞こえるはずもない距離から、ニルダの生み出した魔法の鳥は翼を縮めて石つぶてのように急降下してきた。そうしてギリアムの頭上でパッと翼を広げてブレーキをかけ、ふわりと宙を舞って彼の肩に降り立った。


 当初は伝書鳩程度にしかなるまいと甘く見ていたが、この生き物は存外に役に立つ。余人に怪しまれることなく上空にいることができるし、「鳩」が降りてこない限り「周囲に異常はない」という判断が可能になるわけだ。


 しばらく「鳩」を肩に乗せたまま進むと、魔法の鳥は再び何の合図もなく飛び立って彼の頭上を旋回しはじめた。


「どうした……?」


 訝しむ彼の耳、いや、頭の中に。不意にニルダその人の声が響いた。


〈ギリアム様、その進路は危険です。一旦そこから北に見える小高い丘の、西斜面に廻ってください〉


「何だと……?」


 驚いて上空を見上げ、胸の内で何度もニルダに呼び掛けた。だがそれきり、返事はない。


(何だ今のは。こちらから話せないということは、例えるなら手紙を一通送るような塩梅だったのか?)


 どうやら、自分はその文通のために必要な、紙やペン、インクを持っていないわけか。妙におかしくなってクスクス笑いながらも、ギリアムは騎兵たちに指示してニルダの案内通りに進ませた。

 

 斜面に潜んで数分後。稜線の向こう側を、数十騎規模の部隊が蹄音をとどろかせて通り過ぎるのが聞こえ、ギリアムは内心ひどい衝撃を受けた――


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