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神翼の花  作者: 奏多
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近づく距離と不穏の影

 それからリセラは、少しずつイルドと交流を深めていった。


 主に話すのは、ラグランの思い出だ。

 イルドから聞くラグランの姿は新鮮で、だけどやはり彼らしいと思えば懐かしい。

 なによりイルドは、出会った頃のラグランと同じ年頃だ。イルドを見ていると、ふとしたしぐさが似通っていてリセラはどきりとさせられる。


 そうして楽しい時間を過ごしていたものの、ただ一つ、彼には不安があるようだった。


「お前が神の使いに慕われていることで、良い効果と悪い効果があった」


 イルドは馬に乗せて連れ出してくれた王城の外にある丘で、そう切り出した。

 良い効果というのは、もちろん神を信奉する人々から、リセラが好意的に見られるようになったことだ。


「なら悪い効果って?」


「この国にも、戦争推進派がいる」


 イルドは苦々しく告げた。


「アルンは山岳の国だ。山合いの台地しか平坦な場所がない。川もあり、山の恵みも豊富だからこそそれほど不自由はしないものの、やはり飢饉の時もある。だから平地のより多くの実りをもたらす土地を得るべきだという者がいるんだ」


 彼らは、アルンを神の国と教えられたからこそ、尚のこと領土拡張を唱える。新たな領土を得れば神の国をより繁栄させることができる。そして神の教えを広めることもできるのだ。


「そういった者は精霊司にもいる。奴らが神の意志だと喧伝すれば、アルンの民は従う者も多く出る。

だからこそ奴らにとって、お前はとても都合の悪い存在だ」


 リセラはようやく『悪い効果』の意味に気づく。


「外国の人間が、神の使いに慕われているのは都合が悪いのね? でなければアルンの神の元にその外国へ戦争をしかけるんだって、人々に納得させられないから。そのために、私を殺したい?」


 イルドがうなずく。


「お前が死ねば、神の恩寵は異国の人間には無い事にできる。神の使いが懐いたのは、偶然だと言い張れるだろう。それに明日の成婚の儀式は最も危険だ」


 儀式を行なうのは王城ではない。

 一族に新たな家族が加わった事を示すため、古来から王族の儀式は王都の広場で行なわれるのだ。


「人が沢山見に来るのに、一番危険なの?」


「王都の中だからこそだ。神域を背に負う王城と違い、王都にはレパスはほとんどいない。お前を庇うために神の使いは現れないとなれば、神の意は異国の人間を排除する事にあると喧伝することは可能だ」


 リセラは唇を噛みしめる。


「お前が殺されたら、鉱山をほしがっているヴェルテラはアルンへ再度攻撃をしかけてくるだろう。そうなれば戦争推進派の思い通りだ」


「でもどうすればいいのか……。わたし剣でも習っておかけば良かった」


 そうしたら自分の身ぐらいは守れたのに。

 殺されたらどうしようと怯えるリセラに、イルドが「お前は戦力として数えていないさ」と笑う。


「大丈夫だ、俺が必ず守る」


 リセラの腰を抱える腕に、力が込められた気がしてリセラは顔が赤くなりそうになる。


「アルンの男は妻子を自分で守れなければ一人前とはいえない。だからお前は俺の言う通りに、大人しく守られていればいい」


 力強い言葉に、不安がさらさらと風に流されて消えていく。

 そうして出来た心の隙間に埋まっていくのは、イルドを信じようという気持ちだった。

 自分はこれからもずっとここで生きていかなければならないのだ。しかも彼は守ってくれると言っている。もうすぐ夫になる人を信じなければと、リセラは固く決意した。


「信じています」


 素直な言葉が口から滑り出した。


「も、もちろんだ」


 イルドの声が少し慌てたようだったのは、どうしてだろう。

 嫌だったのかなとリセラが顔を見上げようとしたら、イルドが急に馬を歩かせはじめた。


「わっ!」


 慌てて彼にしがみついたリセラに見えたのは、イルドの赤くなった耳だけだった。


 ※※※


 城に戻ると、イルドは部屋の前までリセラを送った。

 嬉しそうに笑ってくれる彼女と別れた後、イルドはため息をつきながら彼女の部屋の周囲を回る。

 そして先ほど巧妙に避けた場所に、仕掛けられていた毒針を回収。

 庭に周り、闊歩していくレパスの背に茂みの間から小さく一礼していた男を捕まえ、呼びつけた衛兵に回収させた。

 その衛兵が去り際にほほ笑みながら言う。


「姫君のためにお忙しいことですな。陛下も王妃様も、王子殿下が姫君を大切にしている事をお聞きになって、ことにお喜びのようですよ」


 そう言われると、両親の言いなりに動いているようで不愉快だったイルドは、渋面になる。

 これは兄上のためなのだ。けれどそう思った瞬間、リセラの「信じています」という言葉を思い出し、胸が痛む。


「うるさい。それより明日の警備を強化しろ。この調子では、何が起こるか分からん」


 イルドの命令に、衛兵はうやうやしく頭を下げた。

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私は騎士団の紅茶師です

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