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神翼の花  作者: 奏多
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あなたが歌を教えてくれたのは

「あたしが、敵国の子だったから?」


 ヴェルテラとアルンは領土争いをしていたのだ。だからリセラを警戒してもおかしくはない。それならなぜ、何度も会いに来てくれたのだろう。リセラの恋愛感情につけ込もうとしたのだろうか。


「私からお父様達の情報を引き出すために?」


 けれど彼が自分を騙したとは信じられない。そもそも、リセラに広い辺境伯領の一隅で行われていた紛争の詳しい情報など知らされていなかった事は『ディオル』もすぐにわかったはずだ。


「それにディオルが教えてくれた通りだった」


 アルンという国に住む人々、彼らが持つ神話、精霊司もレパスもちゃんといた。

 何一つ嘘はなかったのに。どうして。


 苦悩したリセラの脳裏に浮かんだのは、歌を口ずさんでおしえてくれるディオルの姿だ。彼は何度も繰り返し、会う度にリセラに歌ってみせた。

 アルンの神が守ってくれると言っていた歌。嘘をつくなら、どうしてリセラにアルンの歌など教えたのか。


「白き翼で降り立つは、恵みもたらす天の神」


 リセラは小さく歌ってみた。

 何かが起こることを期待したわけではない。歌詞の中に何か彼の意図でも隠されているのかと思ったのだ。けれど細部を思い出すのに書き出すのは億劫で、だから歌ってみた。


「その羽は風に舞う。そして清けき大地へ降り注ぐ」


 神がアルンの地へ光臨した、神話をなぞる歌だ。

 不毛の地だったアルンに恵みをもたらした白き鳥の姿をした神。だからアルンの人々は白い色を神聖なものとして扱う。

 アルンが緑に溢れた土地になると、神は天へと帰っていく。アルンの人々に、いつでも見守っているという証に、白き獣を使わして。


 歌い終わりそうになったその時、リセラは吹き込んでくる風を感じた。

 どこか窓が開いたのだろうかとリセラは思った。

 アルンの城は高くそびえるというより、横に平べったい形をしていて、リセラの部屋もすぐ庭に出られる一階部にあるのだ。強風が吹き込む立地ではない。だから大きな掃き出し窓があり、そこを閉じるのが甘かったのかと思ったが。


「う……わっ!」


 いつの間にか部屋の中に白い生き物が大量にうごめいていた。

 右を見ても左を見てもレパスレパスレパス。振り返ればそこにもレパスがいた。背の高いレパスに遮られ、壁も見えないほどだ。


「な、何これ!?」


 驚くリセラの元に、さらに珍客があらわれた。

 レパス達が入ってくるために開けたのだろう。大きくあいた掃き出し窓から、人が飛び込んできたのだ。


「い、今の歌は!?」


 それは淡い蝋燭の光でも輝く金の髪の王子イルドだ。彼はレパスを無造作にかきわけ、リセラの前へ来ると彼女の両肩をつかんだ。

 リセラは怯えて息を飲んだが、イルドはそんなことなど気にせずリセラを詰問してくる。


「お前どうしてそんな歌を知ってる!? 異国の人間なのに!」


 彼はリセラの歌を聞きつけて飛び込んできたようだ。理由はわかったが、イルドの剣幕に怯えたリセラは、上手く応えられない。


「あの、教えて、もらったから」


「誰だそんな不心得者は!」


「だ、誰って」


 心の中では不心得者はそっちだと、リセラは言いたくてたまらなかった。

 夜、婚約相手とはいえ女性の部屋に無断で入ってきたのだから。けれど口も体も震えて、言ったとたんに泣いてしまいそうで、思わず口をつぐむ。

 それを拒否したのだと勘違いしたのだろう、イルドがさらに責める。


「言え! 王家の者だけに伝えてきた歌を、なぜ知っている!」


 王家だけ。その言葉に、リセラは「そうか」と理解した。


「ディオルは本当に、ラグランだった……」


 王家の人間しか知らない歌。それを知っていたのならば、恋した彼は間違いなく『ディオル=ラグラン』だったのだ。そして歌えばアルンの神が守ってくれると言った『彼』の意図がようやくリセラにもわかった。

 彼は紛争相手国の人間であるリセラを守ろうとしてくれたのだ。

 ヴェルテラにいる間は、辺境伯の娘であるリセラに危険が及ぶことはない。だが万が一、アルンに領地が占拠された場合、王家の者と繋がりがあるとわかれば身の安全を保証されるだろうと。


「ラグラン……」


 自分の知らなかった名前をつぶやくと、やけに泣けてきた。

 もうこの名前で呼ぶことはできない。気付かないうちに自分を守ろうとしてくれていた彼は、死んでしまったのだ。


「お、おい?」


 突然泣き出したリセラに、イルドも困惑したようだ。


「ちょっ、泣くなよ。ラグランって、兄上か? 兄上が歌を教えたのか?」


 今度は優しく尋ねられたが、リセラは嗚咽するばかりでまともに返事もできなかった。

 だから伝わるようにと大きくうなずいた。

 あなたのお兄さんが、自分に教えてくれたのだと知らせるために。

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私は騎士団の紅茶師です

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