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神翼の花  作者: 奏多
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本当の彼の名前を

「あのようなレパスのお姿を、私も初めて拝見いたしましたわ」


 白い花を小さな赤い硝子杯に生けてくれた女官のスピナは、そう言って頬を紅潮させた。


「神に寵愛されている方は、レパスにも好かれるのだとは聞いておりました。が、自分がその様子を拝見することができるとは……」


 そう言って彼女はため息をつきつつ、椅子に座ってお茶を飲むリセラに微笑んでくる。

 スピナは女官とはいえまだ若い少女だ。生粋のアルン人らしい淡い髪色だが、栗色に近い感じだ。それを左右二つに纏めて刺繍入りのリボンで飾るのは、アルン人の少女の一般的な装いらしい。


 リセラも今は、アルン人らしい装束をもらって着ている。

 薄青の長衣は、淡い赤や黄の糸で装飾されていた。その下にも詰め襟の白い長衣を重ね、裾はふんわりと広がっている。


「その……神の寵愛を受ける人というのは、アルンではそんなに珍しいの?」


 スピナはうなずいた。


「そうです。神の使いより寵愛を受けた方は、私が知っているだけでもほんの数人です」


 スピナは『その数人』を数え上げる。


「ほとんどが王族ですわ。四代前の王弟殿下ラジエ様。三代目前の王にとって姉妹となる双子の王女方。先代の王妃様もそうでしたが、この方は体が弱くてすぐ儚くなられたのです。そして三年前にお亡くなりの、ディオル=ラグラン様」


 最後の名前にリセラは「え?」と声を上げた。


「最後の……方は、ディオル?」


 するとスピナは「ああ、異国から来られたのでしたらご存じないのは仕方ありませんね」と教えてくれる。


「ディオル=ラグラン様は前第二王子ですわ。イルド様の兄上にあたられます」


 イルドに、兄がいた?


「前……第二王子?」


 わけがわからず反芻するリセラに、さらに詳しい説明が与えられた。


「第一王子殿下やイルド様とは腹違いになるのですが、陛下が庶子でありながらディオルの称号を授けた方です。レパスと一緒にいらっしゃる所ではありませんでしたけれど、一度お見かけしたことがございます。立派な方でしたが、まだお若いのにお亡くなりに……」


 彼が死んだから、イルドが第二王子になったのだ。けれど、もしそのラグランが死ななければ、彼が第二王子ディオルだったはず。


「その……方は国王陛下に似ていらっしゃったの?」


 ディオルと名乗ったのは『彼』の嘘かもしれない。だから外見についたたずねると、スピナは夢見るような眼差しを虚空にむけて語った。


「ラグラン様は王家の方らしい陽の光に似た美しい金の髪に、瞳は空のような青で、成長したならばどんな美丈夫になるかと言われていたほどです」


 リセラの知る『ディオル』も青い瞳だった。


(まさか……)


 その人が、リセラが会いたいと願っていた『ディオル』なのだろうか。


(でも、死んだ?)


 衝撃の事実に呆然とするリセラを、スピナが戸惑うような眼差しで見ていた。


「リセラ様? どこかお加減でも……」


 尋ねられてリセラは我に返る。


「え、いいえ違うの。あの、今日は早めに休みたいんだけど、いい?」


 そう頼むと、スピナは笑顔でうなずき、灰色の木戸の向こうに消えた。

 ほっと息をついたリセラは、木目を引き立たせるようなささやかな彫刻と色石がはめ込まれた部屋の扉に、リセラは別な国へ来たんだとしみじみ感じた。


 城の東向きの一室を与えられたのだが、部屋の内装もヴェルテラとは全く違う。

 石の壁の内側を更に木板で床や壁を覆っているのは、山脈の中にある土地だから寒さ避けのためだろう。窓に揺れるのはカーテンではなく、白地のタペストリー。

 日が落ち、蝋燭の明かりだけでは昼間ほどよく見えないものの、タペストリーにも典雅な刺繍がほどこされている。

 寝台も支柱のあるベッドではなく、台座のように作り付けた木製のもので、少し固めだ。上掛けも、青と薄紅の糸でアルン特有の華やかでありながらうるさくはない刺繍がほどこされている。


 ふらふらと寝台まで移動し、そこにどさっと座った。

 リセラは嫌な事を忘れるためにも、美しい上掛けの中に潜って眠ってしまおうとしたが、嫌な考えがぐるぐるとリセラの頭の中をめぐって、目が冴えていくばかりだった。

 ディオルから聞き知っていたものばかりだが、けれど実際に目の当たりにすれば、文化の違いに圧倒されそうだ。


「ああ、でももうディオルって言っちゃいけないのかな」


 それは第二王子のための称号だと聞かされた。個人名ではない。


「あの人が死んだなんて……」


 リセラは唇を噛みしめる。

 以前神の使いに慕われていた王族、ディオル=ラグラン。死んでしまった前の第二王子。

 死んだのが三年前と聞いた。それはディオルがリセラを尋ねてくれなくなった時期と重なる。更にイルドの兄ならばリセラよりも年上で、年齢も一致する。

 スピナが言っていたラグランの容姿も、記憶の中の彼と一致する。


「ラグラン……」


 初めて知った、その名を呟いてみる。ずっとディオルだと思っていたから、知らない人の名前のように口に馴染まない。

 それに『ラグラン』が個人名だとしたら、なぜ彼はリセラに教えてくれなかったのだろう。

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私は騎士団の紅茶師です

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