彼なりの考えもあったけれど
「本当にあなたは、見た目に似合わず乱暴で困るわ」
王妃がむくれながら茶器を手に取る。
彼女は息子を部屋に呼びつけ、先ほど花嫁となるべき少女を詰ったことをちくちくと責めていた。
王妃が持っている茶器は、細い持ち手の花弁のような曲線を描いた儚げな印象の陶器だ。
ヴェルテラ王国辺境伯令嬢リセラの輿入れが決まった際、贈り物としてもたらされた物だ。
捕まえた牡鹿に乗り、山を駆け上がる姿を王に見初められたという王妃が持つと、より、壊れそうなほど繊細な茶器に見える。
この茶器を手に入れて以来、母である王妃は毎日こればかり使うようになった。
茶器一つにほだされて……。
そう不機嫌に思い返しながら、イルドはアルンで作られた藍青石のちりばめられた無骨なカップを手にする。狩りのために山谷を駆け回るアルンの民には、この壊れなさそうな所が合っているとしみじみ思う。
だから妻も、アルン人の頑丈な娘を貰うべきだと考えていた。
あんな細くてかよわげな女では、アルンで生きて行けないとイルドは思うのだ。王妃の持つ陶器のように白く可愛らしい物は、アルンの風土に合わない。
だから言った。
「妻になるというなら、これぐらいは慣れてもらわないと困ります。ただでさえ敵国の人間。紛争で家族を亡くした者になじられることもあるはずです。そこで傷ついて泣き暮らすようでは、とてもこの国で生きてはいけないでしょう」
「たしかにか弱い人でしょうけれど。でも彼女はレパスの信を得たでしょう? 敵国から来たことで不満を感じていた者達も、否とは言えなくなったのではない?」
「偶然に頼ってばかりもいられないでしょう」
イルドは王妃の言を切り捨てる。
「逆に、あの者の立場がより危険になったともいえるのではありませんか?」
「どういうことかしら?」
少し驚いたように王妃が問い返す。
「戦争推進派は、あの娘が輿入れしてくることを望んでいなかったはずです。いずれ、なんらかの形で追い出そうとしてきたでしょう。けれど神の使いに認められたとなれば、嫌がらせ程度の生半可な手は逆に使えなくなる。泣いて自分から故郷に帰るよう仕向ける手がとれないのですよ」
なにせ相手は神の寵愛を受ける者。
嫌がらせなどは、逆に神への不敬として戦争推進派の立場を悪くするのだ。
「だからあの女が『神の寵愛を受けていない』と証明するために、殺す可能性が高い。殺されてしまえば、神はあの女を守らなかったのだから、真実寵愛を受けていたわけではなかったと言えるし、皆信じるでしょう。しかも成婚の儀まで七日あります。婚姻を結ぶ前に始末しようとするかもしれない」
アルンの人々は様々な物事を、神の御心に沿うものか否かで考える。
戦に負ければ神の意に反していたと考え、勝ち戦でも死んだ兵士は神の守りが薄い人間だったと思われるのだ。ゆえに彼女が死ねば、神が守らなかったからと言い訳ができる。
「我が息子ながら、良い所に気がついたようだな」
母子二人だけの部屋に入ってきたのは、国王だった。
そもそもそこは、王妃と国王共用の居室だ。家族という絆を大切にするアルンでは、王と王妃が離れた部屋で暮らすことはない。国王一家が同じ一角に住むのだ。幼い間は王子王女もこの居室と繋がった部屋に住むのだ。
イルドは立ち上がって父王を迎えながら言った。
「では早くあの女を故郷へ帰すべきです。このまま死ねば、せっかく父上が結んだ和睦が壊れてしまいます」
父王も家族を亡くし、あの紛争を早く終わらせようと努力してきたのだ。和睦の証としてやってきたリセラが死んでは、今度は紛争ではおさまらなくなる。それは避けたいだろうとイルドは思ったのだが、
「いや、ならん」
「なぜ!?」
国王はにやりと笑みを浮べて応えた。
「イルドよ。彼女を帰せば、お前は女一人守れないと国民に喧伝するようなものだぞ。アルンの男としてそれで良いのか?」
「……くっ」
イルドは奥歯を噛みしめる。
戦う力は充分にあるし、訓練も欠かしてはいない。けれどまだ父王に力は及ばず、細い体格のせいで弱々しいと思われている事を、イルドは非常に気にしていた。
そのせいで、家族を亡くしたようなものなのだ。
あげく、さらに弱いというレッテルを貼られてはかなわない。
「わかりました」
うつむいて不服そうに返事をしたイルドを、国王夫妻はほっとした表情で見ていた。