再会のはずの日
みじかいお話ですが、楽しんでいただければ幸いです。
「アルンは精霊の国なんだよ、リセラ」
淡い金の髪に彩られた優しげな顔で微笑みながら、ディオルは教えてくれた。
彼は川辺で怪我をして倒れていた人だった。
淡い金の髪を長く伸ばしている彼は、生成の地に青や緑に赤を交えた鮮やかな色柄の織りの上着を着ている。それを黒の帯で締め、その上から銀のコインを連ねたような飾りを絡めた装束から、彼がアルン人であることはすぐにわかった。
アルンは今、リセラの住むヴェルテラ王国と紛争中だ。
けれどアルンに接する領地を持つ父に、アルン人のことを折にふれ聞いていたリセラは彼を迷い無く介抱した。
彼らは山に囲まれた土地に生きる、白き神を奉じる一族。恩義に篤い彼らは、本来とても穏やかで律儀な人々なのだ。
予想以上に感謝してくれたディオルは、傷が癒えるまでリセラにねだられるままアルンのことを話してくれた。リセラの子鹿色の髪を撫でながら。
「人も動物も、全ては死ぬと国を守護する精霊となるんだ。なにより白い生き物は珍重される。兎熊が神の使いとして大切にされているのもそのためなんだ」
そして彼は語った。
アルン王国の神様の話。
その翼から舞い散る羽が花となって降り注ぎ、アルンの大地に緑をもたらした伝説。
人々を守る精霊や、それを守る精霊司達がいること。そして神に捧げる歌を、謳えばアルンの神がリセラを守ってくれるだろうと言って教えてくれた。
新しい世界を見せてくれたディオルに、リセラが恋するのに時間はかからなかった。
ディオルの方も、自分を助けてくれたリセラに好意を抱いてくれた。たとえリセラが敵国ヴェルテラ王国の辺境伯の娘でも。
――それから三年。ヴェルテラ王国とアルン王国の紛争は、和睦によって終結した。
和睦の立役者となったのは、紛争を止めようとしていたリセラの父、ローム辺境伯だ。
そして和睦に応じたアルンへ、ヴェルテラ王家はは和睦の証しとしてローム辺境伯の娘をアルンへ嫁がせるように命じた。
実質的には人質だ。父親は嫌がったが、アルンの第二王子の名が『ディオル』だと聞いたリセラは、意気揚々とアルン王国へ旅だった。
彼はきっと、自分を覚えていてくれていると信じて。
しかしアルンへやってきたリセラは、衝撃的な事実を前に言葉を失っていた。
ヴェルテラとは違う、削りだした状態のまま積み重ねたような石の柱や壁の玉座の間で、彼女を迎えた第二王子ディオル=イルドは言い放った。
「あちらの言いなりに、正統なる王女ではなく格下の伯爵子女を我が花嫁として迎えては、アルン王家の名折れ。七日後の成婚の儀をまたず、送り返すべきです」
アルンで神聖とされる白地に、緑や青の刺繍がほどこされた装束をまとった彼は、顔と髪の色合いは『彼』に似ていた。
けれど年齢が違う。
『ディオル』はリセラよりもと年上だったが、ディオル=イルドは同じくらいの年齢に見える。何より『ディオル』は翡翠のように綺麗な緑の瞳ではなかった。
結婚する相手が、ディオルではない。
イルド王子の言葉よりも、そのことに衝撃を受けたリセラは、その場で思わず泣き出してしまった。