第6話「エイバスの街の、冒険者ギルド(1)」
翌朝8時過ぎ。
野兎亭で朝食をとった俺は、開いたばかりの冒険者ギルドを訪れた。
ギルドの入口扉を開けた瞬間。
集まっていたのは、大勢の冒険者たち。
数人ごとの塊は、それぞれパーティを組んでいるのだろう。
しゃべりながら掲示板を物色していたり、カウンターに並んでいたり。
種族も性別もバラバラだ。
しかし誰もが、凄みある強者のオーラを漂わせていた。
荒々しい空気にのまれた俺は、思わず立ち尽くしてしまう。
「おいコラ!!! ぼけっと突っ立ってんじゃねぇよッ!!」
急に背後から聞こえた女性の怒鳴り声。
驚いた俺は、間抜けに「へ?」と振り返る。
「入口前だ! 入るか、出るか、どっちかにしろや!!」
怒鳴り声の主はイラついた様子の戦士風の女性。
「す、すみませんっっ!」
慌てて入口前から離れる。
女性は「ったくよぉ」とぼやきつつも冒険者ギルドの中に入っていった。
ほっと胸をなでおろす俺。
ゲームでは、わざと喧嘩を買って発生させるイベントもあった。
だけど現実で不用意に争うのはどうかと思う。
そもそも今の俺が、あんな強そうな戦士に勝てるわけないって……。
「……にしても、混んでんな」
2つしかないカウンターの窓口には、常に十数名の冒険者が並んでいる。
列の進み具合から見て、1組あたりの処理スピードは早い。
誰もが慣れたふうに手続きを済ませ、パーティごとにギルドを出ていく。
ゲームでは何度も何度も訪れてきたエイバス冒険者ギルド。
だけど、こんな混雑は1度だって無かったはずだ。
――取引先への訪問は、忙しい時間帯を避けろ。
社会人になった頃、先輩に口を酸っぱくして言われた言葉が頭をよぎる。
「今、ダガルガを訪ねるのは迷惑かも……?」
とはいえ、待てば解消されるとも限らない。
この混雑がずっと続くなら、いくら待っても無駄になる。
「状況がわからないと、何もできないか……まずは情報収集だな」
辺りを見渡したところで。
1人だけ、話を聞けそうな男がいるのに気が付いた。
隅のテーブル席で本を読んでいる、整った顔立ちの吟遊詩人。
のんびりとした空気感は、殺伐としたギルド内だと明らかに異質だ。
「…………間違いない、アイツだ……」
俺は、その金髪の青年をよく知っていた。
知っているからこそ相反する気持ちがせめぎ合う。
話しかけてみたい――いや、話しかけないほうがいい。
だが現在、ここの人々は皆忙しそうで、そもそも話せる相手は彼しかいない。
情報を得るための選択肢は、これしか無いようだ。
「ま、ちょっと喋るだけなら問題ないだろ」
高を括った俺は、その青年に話しかけてみる。
「あのう……ちょっと聞いてもいいですか?」
「ん、俺?」
にこやかな表情のまま、吟遊詩人は本から顔を上げた。
「冒険者ギルドって、いつもこんなに混んでるんですか?」
「いや、朝一だけだよ。あと夕方もちょっと混むかな。君、ギルドって初めて?」
「ええまぁ」
「そっか……ほら、あれ」
青年が指さしたのは、多数の冒険者たちが群がる掲示板。
「あれは依頼内容が書かれた紙が貼り出される掲示板だよ。冒険者は受注したい依頼の紙を選んではがして、あっちのカウンターで手続きをすると受注完了。各自依頼をこなしに出かけて行くって感じだねー」
青年の言う通りだった。
冒険者たちは慣れた様子で仕事を受注し、ギルドの入口から出かけていく。
「依頼が貼りだされるのは朝一だけ。受注は基本早い者勝ちで、みんな我先にと美味しい依頼を求めるから、この混みっぷりになるんだよ」
「じゃあ夕方は、なんで混むんですか?」
「受注した依頼をこなしたら、窓口でその証拠を見せてチェックしてもらって、OKが出れば晴れて報酬を貰えるってわけ。ほら、朝に依頼を受けて出かけて、夕方に帰ってくる冒険者が多いからさ」
「なるほど……教えてくださりありがとうございます」
俺は軽く会釈をして、その場を後にしようとしたのだが――
「待って」
呼び止める青年。
振り返った俺が見たのは。
――完全に獲物へロックオン済な満面の笑み。
本能的にまずいと悟った。
「今度は、僕が質問する番だよ。いいよね?」
やっちまった。
だがここで下手に逃げると、逆に面倒な事態になりそうだ。
「……はい」
退散は諦め、おとなしく質問に答えることにした。
「名前は?」
「……タクト・テルハラです」
「装備からすると、剣士なのかな?」
「そうです、まだ見習いですが」
「へぇ~。ちなみに俺は旅の吟遊詩人、テオドーロ・コーディー。気軽に『テオ』って呼んでいいからねっ。よろしく、タクト!」
「よろしくお願いします」
その青年・テオは右手を差し出してきた。
俺も素直に握手に応じる。
「ちなみにタクトは何でまたこのギルドへ?」
「えっとですね……」
ドキドキしながらも、なるべく顔には出さぬよう。
神殿で打ち合わせた通り『倒れていた自分を、神官が見つけ介抱してくれた。その前の記憶は一切無い。紹介されてダガルガに会いに来た』という旨を説明。
テオはその間、笑顔を崩さず穏やかに相槌を打っていた。
「……ふ~ん、大変だったねぇ」
「いえ……」
「それでタクトは、ダガルガに会ってどうするの?」
「剣術等を教えていただければなと……今の俺じゃ生きていくのも難しいので」
「そうだろうね。まぁ確かにダガルガなら困ってる人をほっとかないだろうし、しょっちゅう初心者指導もやってるから適任だとは思うよ。ただ……」
と言って、ギルド内の様子を手で示すテオ。
「この混みっぷりだからさ、今は忙しくて無理じゃないかな。1時間……いや、念のため2時間ぐらい待って出直しといで!」
「……そうですね。色々ありがとうございました」
俺は再び会釈をして、すぐにその場を後にしようとしたのだが――
「待って」
再度呼び止めるテオ。
思わずビクッとする。
同時に交わしたばかりの会話の断片が脳内を走り抜けるが――
――ボロは出てないはず……たぶん。
しっかり、自分自身に言い聞かせてから、なるべく平常心を保って振り返る。
「…………どうしました?」
「ううん、何でもないよ♪ じゃあねー」
片手をひらひらと振る、笑顔のテオ。
俺は無言で頭を下げ、急ぎ足で冒険者ギルドから立ち去った。
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およそ10分後。
逃げるように冒険者ギルドを去った俺は『エイバス中央広場』に到着。
ギルドからはだいぶ距離がある。
ここまでくれば大丈夫だろうと広場のベンチに座りこんだ。
「はぁ……変な汗かいたし……」
一息ついたところで。
ゲームの中での彼のことを思い返す。
謎多きゲーム『Brave Rebirth』。
その『最大の謎』は、あれほど隠し要素だらけなのに、魔王討伐後のエンディングが1種類しか確認されていないこと。
他にも大小さまざまな謎が存在している。
その解明が、新たなイベント等の発見につながることも珍しくないため、プレイヤーの中には『謎』を解き明かすことに燃える者が少なくなかった。
そしてテオドーロ・コーディー。
彼は、(ある意味)存在自体が謎なのである。
ゲームのテオは、旅の吟遊詩人だ。
人々の前で『伝説をテーマにした自作曲』を歌いながら、各地を巡っている。
メインストーリーだと、テオと勇者が初めて会うのは、エイバス冒険者ギルドで発生する『剣士弟子入りルート』のダガルガ面会イベントだった。
――勇者、つまり生ける“伝説”。
その姿を直接見たテオは「創作意欲が湧いてきた~」と叫びギルドを飛び出す。
以後は、各地を転々としながら『勇者の偉業』がテーマの自作曲を歌うテオの姿を様々な場所で見られるようになる。
そこまでは、まだいいのだが……。
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●テオの歌のレパートリーは随時増えていく。しかし中には、彼が知らないはずの内容――過去の周回での勇者の行動など――も。
(プレイヤーの声:「お前何で知ってんだよ」)
●魔王討伐すると、勇者を除くキャラの物語進行度・ステータスは全てリセットされるのに、テオの歌のレパートリーだけリセットされない。
(プレイヤーの声:「全キャラ中コイツだけ特別扱いw」)
●テオは時々ありえない事をやらかし、勇者一行を強制的にトラブルに巻き込む。
(プレイヤーの声:「それワザとだろっ!」)
●ある条件をクリアすると、魔王城の豪華なホールで、凶悪なはずの魔物相手に、テオが大規模なワンマンコンサートを開き拍手喝采を受けている。観客には感動して涙する魔物や、『魔王派』を辞め『勇者派』へ改心する魔物の姿も。
(プレイヤーの声:「そこ、ラスボス直前……」)
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……などなど、テオの予想外過ぎる行動の目撃情報は尽きない。
仲間に入れる方法もステータスも確認されていない、謎多きキャラ・テオ。
プレイヤーたちの間では『テオ=開発陣が仕込んだ遊び心』説が濃厚だ。
何だかんだで話題に上がるたび「テオさん流石ですw」「何やってんすかw」などのコメントが大量に飛び交う、愛されネタキャラなのだ。
俺も別にテオのことは嫌いじゃない。
むしろ、気に入っているほうだ。
先ほど話しかけたのも、親近感と興味あってのことだしな。
常に各地を放浪するテオが、ゲーム通りに動くとは限らない。
世界は広いし、さっきを逃せば2度と話せなかった可能性だってある。
「ただ……今の状況とテオって、よく考えたら相性悪すぎなんだよなぁ……」
俺は安全のため、自分の正体を隠すことにした。
だがもしテオに正体がバレでもしたら……アイツはすぐに「♪原初の神殿にぃ~降り立ったぁ勇者様はぁ~エイバスでぇ修・行・中ゥ~~」などと、各地を歌って回るに違いないわけで――
昨日決めたばかりの「できる限り安全第一!」という方針。
それが早くも崩れそうになっている現状に、思わず頭を抱えてしまう。
「話しかけるんじゃなかった……たぶんまだ正体はバレてないはずだけど……テオが相手じゃ、嫌な予感しかしねぇよ……」
想定外をやらかしまくる規格外へ、どう対処するのが正解なのか。
俺はしばらく、中央広場のベンチで悩み続けるのだった。




