第29話「回復魔術は、専門性が高いらしい」
対策会議の翌日、エイバスの宿屋・野兎亭の一室。
ダンジョン行きの疲れが溜まっていたせいか、それともダガルガやウォードと遅くまで飲み過ぎたせいか、俺とテオは珍しく昼前まで寝ていた。
寝たいだけ寝て、スッキリした気持ちで目覚めた俺。
共同洗面所でサッと顔を洗ってから部屋に戻ると、ちょうどテオが頭から布団をすっぽりかぶって小さくうんうん唸っているところだった。
「……頭いてぇ…………」
自分のベッドから出ようとしないテオ。
こいつ寝過ぎか二日酔いだな。
そう思った俺は【収納】から水筒とコップを出し、水を注ぐ。
「テオ、水でも飲むか?」
「……飲む」
テオは寝起きの少し低い声でぶっきらぼうに答えると、もぞもぞ起き上がってコップを受け取り、ゆっくり水に口を付ける。
「大丈夫?」
飲み終えて一息ついた頃を見計らい、声をかけた。
「……ちょっと落ち着いた。後は魔術で何とかなりそう」
「え? 頭痛って、魔術で治せるもんなのか?」
「うん…………風癒」
――ふわっ
瞳を閉じて集中したテオが魔術を使う。
うっすらと緑を帯びた風が彼を包み、そして溶けるように消えていった。
「……よっし!」
ぱぁっと表情が明るくなるテオ。
「治ったのか?」
「ああ! で、魔術で頭痛が治せるかってことだけど……」
テオによると、頭痛だけでなく病気や怪我や疲労なども回復魔術で治せるとのこと。ただしスキルLV・術式・術士の腕などによって回復できる程度が変わる。
スキルLVで変わるのは回復量。
スキルLVが高ければ高いほど、合わせて回復量も上がる。
そして回復魔術使用時には、攻撃魔術よりも非常に詳細なイメージをしなければならないので、人体の構造についての知識が無いと大怪我などは回復できない。
専門性が高い魔術であり、ちゃんと勉強して回復魔術をある程度使いこなせるようになった術士には『回復士』という称号がつくのだ。
仲間に回復士が居ない場合、用途別に細かく分かれた回復アイテム――怪我治療、解毒薬、頭痛薬など――を持ち歩き、目的に合わせて使い分ける形で対応しなければならず面倒で、お金がかかってしまうことも。
そのため回復士もまたパーティーメンバーとして重宝されている。
まるで元の世界の医者みたいだな。
ゲームでは『回復魔術=HPを回復する術』という認識で、他魔術同様イメージは必要なかったんだけど……どうやらここにも『神様補正』が働いていたのだろう。
「……で、さっき俺が使った風癒は『癒系』って呼ばれる術式だよ。それぞれの属性魔力を癒しの力に直接変える、回復魔術の基本とされてる術式なんだ!」
『癒系』自体はゲームにもあった術式だ。
ただし魔法攻撃力やLVが低い術者が使っても回復量はほとんど0に近く、「下手な術者に癒系を使わせるぐらいなら、安いHP回復薬を使わせたほうがまし」というのがプレイヤーの常識になっていた。
「回復魔術の中じゃ癒系の回復量って申し訳程度なんだけどさ。擦り傷とか、火傷とか、軽い頭痛とかみたいな“ちょっとした怪我や体調不良”ぐらいだったら、専門知識がなくても『だいたいこんな感じ!』っていうザックリしたイメージで治せるんだよね~」
「へぇ、そりゃ便利だな」
「だから俺みたいに『回復士じゃないけど、癒系だけは使える』っていう術者がいっぱいいるんだ。本格的な回復魔術は勉強大変だけど、癒系魔術ならすぐできるはずだし、タクトも練習してみれば? いざって時に役立つかもよ?」
「……そうだな」
特に回復手段に関しては、現状はテオへ任せっきりになってしまっている。
手札が多いに越したことはない。
何が起こるか分からない以上、やれるだけはやっておこう。
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朝食兼昼食の軽めな食事をとり、街の外へと出かけた俺とテオは、元々魔術練習によく使っていたおなじみのエリアに腰を据える。
この辺りは他の冒険者達が寄り付かず、かつ魔物がほとんど出現しない上、森の中にも関わらず木々が開けた空間になっている。人知れず何かを試してみるにはうってつけの場所なのだ。
1週間後出発の『小鬼の洞穴』リベンジに向け、急いで光魔術の攻撃威力UPを図らなければならないところではあるけれど……ウォーミングアップも兼ね、先にほんの少しだけ『癒』系を試してみることにした。
テオいわく回復魔術のポイントは、「元の状態をはっきりイメージし、それに近づけたいと強く思うこと」らしい。
だからこそ大怪我――特に体内の損傷――を治す際には、人体の構造を知っておく必要があるのだとか。
俺は早速、剣を振るい続けているうちにいつの間にかできた『右手の小さなマメ』の治療に挑戦することにした。何気に痛くてちょっと気になってたんだよな。
自分の右の手のひらをじっと見つめながら、「マメが出来ていなかった頃の姿」をしっかりと思い出していく。大体イメージが固まったところで、事前に攻略サイトで確認しておいた詠唱を丁寧に唱えた。
「……穢れなき光よ。癒せ、光癒」
――ほわっ
白い光がうっすら現れたかと思うと即座に消える。
と同時にさっきまであったはずのマメも、感じていた僅かな痛みも、跡形も無く消え去り、俺の手のひらは元通りになっていた。
「あ、治った……」
「すごいじゃん! 慣れたらこれも光球みたいにもっと早く発動できるようになるからさ、ちょくちょく練習しておくといいぜっ」
「おう!」
初めての回復魔術。
まさか1回で成功するなんて……。
喜びと驚きが混じる中、俺は角度を変えつつ治したばかりの手のひらを眺めた。