本質を見抜け!
試験が始まってからどれくらいの時が流れたのだろうか。
俺たち四人は、一言も言葉が飛び交うことなく延々と、無口のままゴール地点を目指していた。
12時間以内に50kmの距離を目指せ――
これだけで見ると、何の変哲もない簡単な試験内容なのだが、もちろん試験なのでそう簡単に、事運ぶわけがなく、これに設けられたルールが、かなり厄介なのだ。
俺は改めてグループメンバーを見る。この中から一人を見捨てる……か。相手側からすれば俺も候補に入っているだろう。
正直に言ってこんな試験は糞食らえだ。けれど、俺には成し遂げないといけない事がる。だから
こそ、こんなところでチャンスをみすみす棒に振るわけにはいかない。何かあるはずだ。この試験のからくりが。突破口が。
そんなことを考えてはいるのだけれど、無言のままではそれどころですらない。誰一人として話しだそうという雰囲気が感じられない。仕方がない。ここは俺が……
「あ、あのさ――せっかく一緒のグループになったことだし、これも何かの縁って事で話しでも……そうだ! 自己紹介やろうぜ」
「あっそれいいですね! 試験の間とは言え、一応仲間なんですし、会話がないってのは寂しいです」
天使が俺に賛同してくれた。天使はここにいました。
「はあ? 仲間だと? ただ単に軍のお偉い様方が振り分けただけの共同作業者にしか過ぎないだろ。第一、最終的にこの中から一人、選ばねければいけないんだ。仲間なんてそんな生ぬるい事がよく言えたもんだ」
うわあ……いるよねこういうの。無口で自分以外の人間はどうでもよさそうな、相手の意見を真っ向から否定するやつ。
「おいおい、いきなり揉めるのはやめてくれよな。君も否定的になるんじゃなくて、流れに身を任せとけば何も問題ないんだから 、ね。カルシウム足りてる? そんなカリカリしてちゃ、人生やっていけないよ」
俺たちの会話に入り込んできたそいつは、一見頼りなさそうな奴に思えたけれど、意外と肝が座っていて驚いた。
「ま、まあ気を取り直して……俺はアレン・ターナーって言うんだ。短い間だけれど、よろしく」
「アレンさんですか! 私はマリナ・ミリオーネと言います。アレンさんに同じく! よろしくお願いいたします」
続いて自己紹介をしたのは天使だった。腰あたりまで伸ばされた黒色の艶やかな髪と、鼻が高くてまるでお人魚のような顔が特徴的な天使は、マリナという名前だった。
「ミリオーネ……だと? どうしてまた貴族様がこんなとこにいるんだ」
へ? 貴族?
「貴族とは言っても落ちぶれ貴族です。今や私の家系は、この世界を支配している忌々しい国王の言いなりです。だから私が……私自身が力をつけて、この世界に平和と秩序をもたらします。最終的に私が求めるのは…………王権復興です」
「そうか。しかし随分とたいそれた事を。あんた一人の力でこの世界を変えるなんて、石の上に花が咲くくらいに夢物語だ」
「分かってます! けれどやるしか……やるしかないじゃないですか 」
この男はまた否定から入るのか。それにさっきからマリナの事ばっか否定しやがる。でも、マリナが貴族ってのには驚いた。
「はいはい、さっきも言ったでしょ。いちいち他人様の言うことに突っかかんなくていいから。それにしても貴族がいるのには驚いたよ。だからと言って、僕の態度が変わったりする事はないけどね。じゃ次僕の番ね。アルフレッド。アルフレッド・ライアーが僕の名前、よろしくね」
アルフレッド――
一言一言の語調が強くて、なんと言うか堂々とした佇まいには、最初に抱いたへらへらしたイメージとは、だいぶかけ離れていて頼れるような、そんな雰囲気が出ており、人は見かけによらないなと感心した。
「で、最後に残ったのは君だよ。自己紹介、早く」
やっぱりこの人、肝座ってる……
「チッ、いちいちうっせーな。ライノットだ。ライノット・エドガー」
「ライノットか、じゃあライノね。よろしくライノ!」
「はあ? 何、人の名前略してんだよ」
「だってライノットってすごく長いじゃん。ライノの方が呼びやすい」
「だったらてめーのアルフレッドだって大差ないじゃねーか。」
「僕の名前は響きがいいからね。わざわざ略すよりもそのままの方が、名前を呼ぶ側だって気持ちがいいでしょ」
「ったく言ってろ。とにかく、俺はライノットだ! ライノなんて呼ぶんじゃねえ!」
「んもう、カルシウム足りてないぞライノ!」
「てめえ!!!」
なんか……すごく気が合ってますね……二人の会話に俺とマリナは置いてけぼりです……
そんな俺と同じ考えを持ったマリナも「あの二人すごく仲いいね」と言ってきたのだが、それが二人の耳に届いたのだろうか。息ピッタリの「誰がだ!!」という二人の突っ込みにマリナは肩をすくめていた。
俺はマリナにさっきの事を聞いてみた。
「マリナは……じゃなくてマリナさんは貴族って――それと落ちぶれってどういうことなの?」
初対面の女の子をいきなり、呼び捨てにしてしまった。ああ、穴があったら入りたい。
「ふふ。マリナでいいよ。私もアレンって呼ぶね。」
笑顔でそう言ったマリナは、本当に天使のように美しかった。
「うん。私の家系はね、代々ミラージュって国を束ねる一族だったの。けれど、三十年前に四つの超大国が一つの国に統一されてからは、酷い扱いを受けてて……だから、私は取り戻したい。ミラージュという国を。」
「そっか……言葉で表すとすごい薄いけれど、大変なんだな」
「ううん、そんなことないよ。そう思ってもらえるだけでも嬉しい。あっでも同情してほしいとか、そういう事じゃないからね!」
「分かってるよ。俺も同情とかじゃなくて、純粋にそう思った気持ちだから」
俺たちは目が合った。そしてお互いに笑い合う。
それからは、他愛もない会話をしたり、また沈黙が流れたりと言うのを繰り返している内に四人全員の顔が引き攣り始めていた。
どれくらい歩いただろうか。足がそろそろ限界に近づいている。すると、到着地点までの距離と、試験の残りの時間を知らせるタイマーが目に入った。
・麓まで5km
・残り時間 1:30
残された猶予は極わずかで、考えなければいけない。突破口を。
「そろそろだな。麓」
一番言ってほしくない奴がそれを口にした。ライノだ。
「俺は先に言っておく。何が何でも俺は麓まで辿り着く。その為には手段は問わない。それが例え力づくになったとしてもだ。まあ、それは最終手段ではあるが、だからこそ手を挙げて欲しい。今この場で、リタイアする奴は挙手してくれ」
やっぱりライノは自分のことしか考えていない。もちろん、こんな奴の言うことに誰も反応をするわけがない。
「やっぱり誰もいないか……なあ、分かってくれよ! 俺の村は、スカイ・ア・ウェイの偉いさんが居座ってんだ。そいつは毎月毎月、巨額な納金を村に命じている。みんな寝る時間なんてなくて身を摺削る思いをしながら働いてんだよ! 毎日毎日死にものぐるいで必死になってるのに、そいつは、さらに納金を上乗せしやがった。緊張の糸が途切れたように、村の人たちはパタパタと過労で倒れていく人が続出した。もう限界なんだよ……もし、納金が収められなくなったら村はどうなる!? 虐殺が始まる。だから俺は、スカイウォーカーとなって村を守りたいんだ! 頼むから誰か手を挙げてくれ……」
初めて見た。あのライノの弱い部分。ライノが感情的になって叫んだ悲痛な声は、俺の胸の奥底をノックした。
俺……別に今すぐにスカイウォーカー軍になろうって急いでもいないし。こんな人たちがいるなら、俺がいなくても近い内にこの国は崩壊するんじゃないか。世界を救うなんて重荷は他の人たちに任せて俺は、シノとのんびり気ままに旅をしていればいいんじゃないか……
「はあ!? バッカじゃない!!? 自分だけ悲劇気取って、同情誘おうっての!? とんだ卑怯者ね。あなたは、名誉や誇りのためだけにスカイウォーカー軍に、入隊したい人がいると思う? 答えはノーよ。入隊したら最後。待っているのは戦争よ。みんな何かを守りたいから、失いたくないから、だからスカイウォーカー軍の入隊を志願する。今日ここに来ている人たちは、全員何かを抱えている。苦しいのはあなただけじゃないの」
マリナが声を張り上げている。俺はハッとした。何を考えているんだ俺は。俺も、守るために今ここにいるんだろ!
「貴様に何がわかる!! 落ちぶれても貴族の貴様に、俺たち貧しい村の人間の事がわかるわけがない! 」
感情と感情とが、ぶつかり合っている。こんな争いしても、何も解決しないのに……
「なあ、アルフレッド……止めようぜあれ。さすがに時間もないしそろそろ、その……」
「別にいいんじゃない?」
「え?」
「僕たちには、あの二人の争いなんて関係ないだろ。それに、あの争いでどちらかがそのままフェードアウトしてくれれば、試験もクリア同然じゃないか」
なにを言っているんだアルフレッドは……関係ない……のか? 確かに、一理あるかもしれない。けれど。
「二人ともやめてくれ! そんな不毛な争い意味無いだろ! それよりも考えよう。全員が合格できる方法を」
「そんなの無いって。あるわけないよ。軍隊だよ? そんな甘いわけないじゃないか」
淡々と告げるアルフレッドに俺は少し恐怖した。さっきから余裕綽々で、まるで自分だけが外側にいるような、その振る舞いに。
「仕方がない。これだけは避けたがったが、力づくでいく。恨むならこんな糞な試験を企てたスカイウォーカー軍と、自分の非力さを恨むんだな」
ライノは地面に落ちていた太い枝を拾い上げると、それを剣に見立てて軽く素ぶりをした。
どうする? 時間が無い。ライノを止めるのはもう無理だ。どうする? どうする?
考えろ。思考を巡らせて考えるんだ。何かがあるはずだ。思い出すんだ。これまでの事を。何か答えがあるはずだ。からくりを見つけ出せ。この試験に隠されたからくりを……
人間が追い詰められた時の可能性は、二倍にも三倍にも跳ね上がる。火事場の馬鹿力と言うのだろうか。おおよそ、人間とは言うのはこういう時に、能力を発揮できのだろう。
突然頭に降ってきた一つのキーワード。それがきっかけで、パタパタとパズルのように脳内て組み上がっていった。
「そうか。そういうことか。なんだ簡単じゃないか……」
俺の囁くような声に三人はきょとんしている。
「分かったんだ。この試験のからくりが」
三人が一気に駆け寄ってきた。俺は、思わず後ずさってしまう。
「それで! どういうことなんだよ!」
「考えてみたんだ。これまでの事を。そうだな、クレイグが、試験官が『試験を開始する』と言った時から。言うなれば、グループ分けを行う前から文字通り始まっていたんだよ。試験が。そしてクレイグは言った。『簡単な試験だろ?』と。その通り。とても簡単だ。子供騙しのような、言葉遊びだ。さらにクレイグはこう言った『入隊試験者三人で麓まで辿り着く。たったそれだけの事だ』とね。そう、たったそれだけの事なんだよ」
「おい、てめぇは、さっきから回りくどい言い方ばっかで何がいいたいんだ!」
ライノは待ちきれないと言うように急かしてくる。全く、早漏が。
「つまりさ、入隊試験者三人で辿り着くってのは、言葉通りの意味で、振り分けられたこの四人の中には三人しかいないんだよ。入隊試験者が」
「は?」
「えっそれって?」
二人が驚きの声を上げている、一人を除いては。
「俺が言った事はそういうことだろアルフレッド。いや、嘘つきと言った方がいいかな。なあ、ライアー」
他の二人は未だ唖然とした顔でただ、ただ呆然としているだけだった。その側でクスッと笑ったアルフレッドの目つきが変わる。
「ご名答! そう、僕は入隊試験者じゃない。試験官だ。でもどうして分かったんだい? 」
「本当に何の捻りもなく、グループの中の一人を見捨てるような試験内容をスカイウォーカー軍はやらないと思ったから。まあ、やってほしくないって願望もちょっとあったけれど。だから何か、からくりがあると思った。正直ちょっと不安だったけど……読みは当たった。」
「君は最後まで、諦めなかったね。ずっとからくりを探そうとみんなに持ちかけてた。けれどそれに水を差したライノ君。君は、アレン君がグループメンバーじゃなかったらとっくに失格だよ」
何が起きたのかまだ正確には把握してないのか。いきなり、自分に振られてライノが慌てる。
「うっすいません……俺、ついついカッとなっちゃって自分のことしか頭になくて……」
「分かればいいさ。でもこれからは気をつけてくれ、何よりも仲間を大事にすると言う事を」
「ウッウッす……」
「それとマリナ君。君の言葉には思わず僕も心打たれた。まさか貴族とは思わなかったけれど、そう。みんな大切な者を守りたいから、失いたくないから、そのために戦うんだ。マリナ君、君は素晴らしい感性をお持ちだ。これからもその気持ちを忘れずにいてくれ」
ライノ同様、マリナもまだボーっとしていた。けれどアルフレッドの言葉に元気よく相槌を打っていてこちらも元気になった。
「さっ、もう時間がない。こっからは走った方がよさそうだ。スカイウォーカー軍は、君たちが思っているよりも、ずっとずっと大変なことが多い。けれど一緒に戦おう。麓まで行けば、僕と君たちは、同士だ。とにかく、最後になったけれどこれだけは言わせてくれ。おめでとう」
俺たちを到着地点で待ち構えてくれてたのは、仁王立ちしたクレイグだった。
「やっときたな、お前らで最後だ。とにかく並べ」
言われて見ると、試験前と同じように隊列が組まれていた。これもしかして全員合格者? 俺たち三人も……アルフレッドがいなくなった俺たち三人も列に並んだ。
「まだ12時間経っていないが、これで全員揃ったのでこれにて入隊試験を終了とする。みんな本当におつかれだった」
クレイグの口から心にも思っていない労いの言葉が発せられる。
「それでは、これより結果を発表する。我が軍が投入した仕掛人、アルフレッド・ライアー君たちよ、立ち上がれ」
その言葉が合図となり、周りの人たちが一斉に立ち上がった。
「今、立ち上がった人たちが自分のグループにいるとこ、残念だがそいつらは試験官だ。ご苦労さまだったな、と仲間を見捨てた糞共に言うわけがない。とっとと尻見せて失せろ! あっうち三ヶ月にいっぺん、一年で4回も試験やってるからまたいつでもチャレンジしにこいよなあ~」
みんな何が起きたのか分からずきょとんとしている。それもそうだ、ルール通りに仲間を一人見捨てた。そして12時間以内に麓に辿りついた。自分たちはとっくに試験に合格していると思っていたはずだ。それがいきなり、不合格だ帰れと言われたんだ。頭の整理が追いつくわけがない。
しかし、やっとクレイグの言っていることを理解できたのだろうか。一人がトボトボと、背を向け始めたのに釣られて一斉に不合格者たちが背を向けて歩き始めた。
「よし、アルフレッド・ライアー君たちもお疲れ様だったな。今日は帰っていいぞ」
一気に人が消え辺りはかなり寂しくなった。てか、仕掛け試験官の名前全員アルフレッド・ライアーかよ……やるな
残ったのは俺たちも含めてたったの六人だけだった。大丈夫かよ……
「まっここまで残ったお前ら、本当におめでとう。これで晴れておまえらも今日からスカイウォーカー軍の三等兵となった。ちなみに俺は大佐だ。お前らより遥かに偉い」
胸を張って俺たちを見下したクレイグは、とても大人げなかった。
「この試験の本当の狙いは仲間を大切にすることができるか、それといたるところにちりばめられヒントを元に、謎解きの答えが分かるかってことだ。仲間を大切にできない奴は我が軍にはいらない。単独で戦うんじゃないだ。チーム戦だ。戦争において、統率が取れていないチームは脆くて弱い。指揮者がいないオーケストラのようなもんだ。それと、いかに少ない情報を頼りに、答えを導き出せるか。いくら統率が取れていると言っても戦場は、何が起きるかわからない、だからこそ、その場その場で臨機応変に対処できる柔軟な発想も必要になってくる。まあ、つまりこの試験を一言で言うと、本質を見抜けるかどうかだってことだ。さて、明日からさっそく訓練に励んでもらう。今日はゆっくりと体を休めてくれ。それでは解散!」
改めて集まった俺、ライノ、そしてマリナの三人はお互いにおめでとうを言い合った。
「なあ、アレン。すまなかったな、マリナも」
「いいって。さっき謝っただろ? もうその話は終わりな」
「うん。私も全然気にしてないから、むしろ私も言い過ぎてごめん」
俺たち三人は笑い合う。
スカイウォーカー軍への入隊……この1歩はとても小さいけれど、俺たちにとっては大きな進歩だと、そう思いながら三等兵という言葉の響きに落胆したりもして、まあ何とも忙しいのであった。
お読みいただきありがとうございます。
誤字脱字、変な表現などありましたらご報告ください。