【第十二章】 ゲート
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10/29 台詞部分以外の「」を『』に統一
その後すぐに僕達が予定の山(よく考えるとどこの山かは聞いていない)に向かったかというとそういうわけでもなく、ジャックにノスルクさんから話があると伝えられた僕は一人ノスルクさんの小屋に戻っていた。
三人は外で待機しつつ、簡単にジャックの講義の様なものを受けている最中だ。
「少しの時間も惜しい時にすまないのコウヘイ殿。いきなりあの様な展開になるとは思ってもおらんかったのでな」
入り口の扉を閉め、広いとは言えない小屋の真ん中にある木製のテーブルに近づいていくと、椅子に座っているノスルクさんは普段と同じいかにも好々爺な雰囲気でありながらやや申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「世間話に付き合ってくれというわけでもないでしょうし、全然気にしないでください」
「そう言ってくれると助かる。少し、君個人に話があるのじゃ」
「僕個人に、ですか」
以前にも何度かそういうことはあった。
大体が『二人のことをよろしく頼む』ということを言われたりだとか、ノスルクさん製の本を託されたりだとかという真剣な話だったり僕達の今後のための話であることが多かったけど、今回もそういう話なのだろうか。
「下についてきてくれるかの。話をするにもまずは見てもらってからの方が早いじゃろう」
そう言って立ち上がるとノスルクさんはテーブルをずらし、それによって露わになった床を持っている杖でトントンと二度突いた。
過去にも見た経験がある、下の部屋に繋がる隠し扉を開く仕掛けだ。
すぐにガコンという音と共に床板が開き、下に繋がる幅の狭い階段が姿を現した。
「外れた床はこの小屋のちょうど中心地点となっておる。その付近を二度、今のように叩けばこの状態になる。まずはそれをよく覚えておいて欲しい」
「はあ……僕が、ですか」
まるでこの先僕が一人で下の階に行く機会があるかの様な言い方にどこか疑問が生じる。
何か大切な物を隠していて、それをいざという時に使えという話なのだろうか。
万が一の時にそれを取りに来る役目を託すために僕にそれらを教えようとしているということなのか。
そんな憶測を働かせている中、ノスルクさんは黙って先に階段を下りていく。
ついて行けば分かるのだろうかと後に続いて下に降りると、五畳ほどの小さな空間とぎっしり本が詰まった本棚が四方を囲んでいるという見覚えのある地下の部屋においてただ一つ見覚えの無い何かが異様な存在感を放っていた。
腰の辺りまでの高さの小さな木の台に置かれているバレーボールぐらいの大きさをした青い色のガラスの玉だ。
ガラスの玉。というよりも水晶というべきか。
この類の物はこっちに来て何度も見た経験があるけど、その中にあって唯一、目の前のそれだけは何かを察知したり感じ取ったり出来ない僕でもただのガラス玉ではないことが分かった。
同時に、ノスルクさんはこれを僕に見せようとしていたのだということを理解する。
「これは……どういう物なんですか?」
と、僕は聞く。
もうこの状況で余計な前置きは必要ないだろう。
「これはわしが作った物じゃ。名前は特に考えておらぬが、この際それはよいじゃろう。君とこの世界を繋ぐための物、と言えば分かりやすいかの」
「僕とこの世界を……繋ぐ」
「説明の前に、まずはこれを」
ノスルクさんは水晶の脇に置いてあった小さな木箱を僕に差し出した。
開けてみると、中には一つのブレスレットが入っている。
細めで、一見どこにでもあるような金属製のブレスレットだ。
そのデザインからこの世界で主に瞬間移動(といっても好き放題どこにでも行けるというわけでもないが)をすることが出来るマジック・アイテムであるエレマージリングとほとんど同じ物だということが分かった。
「これは……エレマージリング、ですか?」
「用途はほとんど同じじゃよ。唯一にして最大の違いは、セミリアが持っている物とほぼ同じ物じゃと言えば分かるかの?」
「つまり、僕が元居た世界とこの世界を行き来することが出来る、と」
「その通りじゃ。あれは元来のそれとは違い最初の移動先を記録し行き来する場所を固定する仕様になっておる。これはその固定された行き先をそのまま移植しているので君が暮らしている場所の周辺とこの小屋にのみ移動が可能になっておる。セミリアの持つ物との違いは『エルシーナ町』ではなく『この小屋』に、という部分ぐらいじゃ。以前の様に誤って別の場所に飛ぶことはないじゃろう。加えて、セミリアの物と同じく一度使えば効力を失うということもない。その代わりというわけではないが、その二カ所以外への移動に使用することは出来んがの」
「なるほど……でも、どうして今このタイミングでそれを僕に?」
王様やセミリアさんの様に、僕自身の意志で退く選択肢を与えようというのだろうか。
僕がやっぱりやめておきますだなんて言えないと思って、セミリアさんに送ってもらわないと帰れない僕にその術を与えてくれようとしているのか。
そう思うと一人で逃げるために使うかどうかは無関係に、こんな僕のことも心配してくれているのだと勝手に目頭が熱くなってくる。
変にしんみりするのもおかしいかと表情に出さないように気を付ける僕だったが、悲しきかなどうやらそれは勘違いだったみたいだ。
「どう使うかも、使わないかも、全ては君の思うままにしてもらえればよい。じゃがもしも、今後君の事を頼りたいと思う者が現れた時に役に立てばとわしは思っておる。今や君はセミリア一人に力や知恵を貸してくれと言われる存在ではなくなった。様々な人間と関わり合い、様々なことを成し遂げてきた。そんな君を必要とする人間はきっとセミリアだけではあるまい。この水晶を見てもらえるかの」
ノスルクさんは水晶に触れたかと思うと、僕の名前を呼ぶ。
するとどういうわけか受け取ってそのまま腕に付けたリングからその声が聞こえてきた。
「え……今ここから声がしましたよね?」
「そうじゃ。この水晶に触れながら発した声はそのリングを通じて君に届くようになっておる。例え君が元の世界に居たとしても、じゃ。無論、君以外に……というよりもそのリングを装着している者以外にその声は聞こえることはない」
「…………」
つまりは、トランシーバーみたいな物なのか?
それを魔法によって再現した、と。
「今直面している問題が解決したとして、いずれ君は元の世界に帰るじゃろう。その後また君の力を必要とする者が現れるかもしれぬ。その時のための物じゃと思っていて欲しい。なぜ今まで通りの方法ではなく敢えてこういう物を作ったかということに関しては先の説明通りじゃ。全てはセミリア以外の者が君を頼ろうと思った時のため。だからこそコウヘイ殿にとって信頼出来る者にはこの水晶の存在を伝えておいてくれればと思う。そうなれば作った甲斐もあるというものじゃ。元々あの子達以外にここを訪ねてくる者などおらぬし、例えそうでなかったとしても水晶があるだけのこちら側から君の世界に行くことは叶わぬ。君の生活が悪意によって脅かされるようなことはない。それは保証しよう」
「なるほど……なんというか、今目の前のことを乗り切れるかどうかに精一杯なのでその先の話にはいまひとつ考えが及ばないというのが正直なところなんですけど、使い道とノスルクさんのお気持ちは理解しました」
しかし、わざわざ日本に居る僕を頼ってくる人間が他に居るだろうか。
セミリアさんと……サミュエルさんはそういうタイプでもないのだろうが、あとは精々ジャックとか王様とか?
この世界に居る間ならミランダさんやアルスさん、用事があるというだけの話なら姫様も当て嵌まるのだろうが、わざわざ日本から呼び立ててという程の話にはなるまい。
王様は隙あらば招集しようとする気がしないでもないけど……まあ、思い当たるのはそんなところか。
そうするだけの何かがあったならば、僕はその人達からの助けを求める声にならきっと応じるんだろうし、自分の都合や意志がそこに関与するのなら迷惑とも思わないけど、僕が僕の意志でこの世界に来れるようになったとなるといよいよ異世界に居るという摩訶不思議な状態に対する緊張感も薄れていきそうだな……。
取り敢えず高瀬さんには知られないようにしよう。
なんて密かに誓って、
「以前も言ったことがあったが、君に何かを強いたり使命を課すものではないということだけは理解しておいておくれ。何かを託しては君の重荷を増やすばかりなのが心苦しい限りじゃが、それだけ君の存在を重要に思う者がおるということを言いたかった」
「気を悪くしたり迷惑だと思う気持ちは少しもありませんし、そこまで気にしないでください。僕は僕に出来ることをどうにかやり遂げる、そういう思いでいますし、そのための選択肢や方法を増やしていただけたと思って感謝したいぐらいです」
「そう言ってくれると救われるというものじゃ」
と、ノスルクさんがにっこり笑ったところで僕は一つの疑問をぶつけてみることにした。
二人で話をする機会は多くないし、今を逃せばそのタイミングもなくなってしまう気がした。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「なんなりと聞いてくれて構わぬとも」
「ノスルクさんって……なんでも作れるんですか?」
本当はその前に年齢を聞いてみようかと思っていたんだけど、なんとなく僕が興味本位で聞いていい話じゃないような気がしてすんでの所で中身を変えた。
もっとも、これはこれで予てより疑問に思っていたことではあるんだけど。
「ほっほっほ、そう思われるのも無理はないのう。確かめる術もない以上は断言は出来んじゃろうが、否定はせんよ。作ろうと思えば大抵の物は作ることが出来るじゃろう」
「まじですか……」
散々アイテムを作ってもらい、それを使うことで命を救われてきた僕が言う台詞じゃないかもしれないけど、この人も大概超人なのでは?
他に同じことが出来る人がいれば別だろうけど、少なくともこの国に居ればセミリアさん達があそこまでの苦労をしてはいまい。
「といっても、それはわしが魔法使いとして特別秀でた能力を持っているからという理由ではないのじゃよ。無論、全く無関係ではないがの」
「というと?」
「コウヘイ殿は【門】と呼ばれる物の存在を知っておるかの?」
門。
それは確かにこの耳で聞いて、この目で現物を見た経験もある響きだった。
「何度か耳にしたことはあります。ユノ王国の人達がそう呼んでいる物を使っているのを直接見ましたし、本来この地上には無い、マジック・アイテムを遙かに凌ぐ能力を持つ貴重な物なのだと教えてももらいました」
例えばケイティア・ウェハスールという魔法使いのお姉さんは人の心を読むのと同等のことをそれによって可能にしていた。
エルフィン・カエサルという口の悪い女の子は門のおかげで空を飛べるのだと言っていた。
「ふむ、そこまで知っておるのならほとんど説明すべきことはないかもしれんの。詳しくはわしの書いた本にも載っておるので目を通してみてもらえると個人的にも嬉しく思う」
「あ、そうなんですか」
なんだか、せっかく譲り受けたのに読まずに放ったらかしにしている奴みたいで申し訳なくなる。
一応家でもちょこちょこ目を通してはいるし、念のために読んだ部分は極力記憶するように心掛けてはいるんだけど……量が量だし、正直中々頭に入ってこないんだもの。
「ユノ王国の者達が所持しているというのもある意味では納得のいく話じゃな。門というのはコウヘイ殿が言うた通り、本来この地上にあるものではない。天界にのみ存在する特殊なアイテムなんじゃよ」
「天……界」
「そう、天界じゃ。遙か昔に天界の神々の力によって生み出された物を指し、正式には【神通門】という。それが【門】と呼ばれる様になったというわけじゃ。それらの持つ能力は確かに地上にあるマジック・アイテムや魔法効果を持つ武器のそれとは比べものにならぬじゃろう。そして、わしはその門を作り出すことが出来る。他ならぬ、その門のおかげでの」
「つまり……ノスルクさんも門を持っている、と」
うむ。
と、短く言って、ノスルクさんはサイズが大きいせいかややダボっとした青色のローブの袖を捲り、僕に肩口を晒した。
そこには薄明るい緑色、言うなればエメラルドグリーンに近いだろうか。そんな色の、ゴルフボールぐらいの大きさの小さな玉が埋まっている。
あまり見ていて良い気持ちのしない、肉体に直接埋め込まれているような状態のその球体を凝視出来ず、僕はノスルクさんの目を見ることを選択していた。
気付かれたというわけではないと思うがすぐにノスルクさんは袖を元に戻している。
「それがノスルクさんの門、ですか」
「【血の代償】という名の門じゃ。その能力は血液を特殊な魔法力へと変えることが出来るというものでの。それによってわしは自ら門を生み出すという能力を得たというわけじゃ。君の知る物で言えば今しがた君に渡したリングやこの水晶もそうじゃし、君の指にある指輪も、かつてカンタダ殿に渡した武器もそれによって作り出した物にあたる。ハルノ殿、ミノリ殿のために作った物は通常の魔法力によって加工した物じゃし、リホークの羽飾りについても同様じゃがの」
リホークの羽飾り。
命に関わる傷を負った時、この小屋に身柄を飛ばすことで死を回避する可能性を大幅にアップしてくれるというアイテムだ。
最初にこの世界に来た時に全員が作ってもらった。
最悪でも死ぬことはないんだからと危険を承知で突き進む原動力にもなっていた物だったものの、迂闊にも魔王と対峙する直前に敵に奪われるという失態を犯してしまったわけだけど。
「これはその昔、天界におる友人にもらった物での。これによってセミリア達を手助けすることが出来ておる。もっとも、正直に言えば最初にセミリアに渡した『異世界に転移する』という効果を持つアイテムに関して言えば勝算の薄い賭けじゃったと言わざるを得ないがの」
あの子はそういう話をする前に飛び出していってしまったがの。
と、ノスルクさんは付け加えた。
なんとなくではあるが、それが賭けであったことは僕にも分かる。
本当にどんなものでも作れるのであれば、きっと魔王や世界をどうにかするアイテムだって作ることが出来ただろう。
自身の血液を魔法力に変えるという説明も然り、血の代償などという名称も然り。
持っている能力の強さやぶっ飛び具合が増す分だけリスクやノスルクさんに掛かる負担が増すということなのかもしれない。
そんな僕なりの分析はノスルクさんにあっさりと肯定される。
「まさにその通り。そこに代償が伴う、その名が指すのはそういう意味じゃ。その能力の強力さ、特殊性が大きくなるほど必要な血の量は増し、この門によって変換され失われた血はそののちに体が生み出すことはない。それがこの【血の代償】という物の性質なのじゃよ」
「それって……使えば使うだけノスルクさんの体が弱っていくということなのでは」
以前、これ以上アイテムを作って授けたり今ある物を改良することは難しいだろうと語っていたのは……そういう意味だったんじゃないのか。
「そう申し訳なさそうな顔をしないでおくれ。これはわしが自分の意志でやっていることでしかない。それが己の役割だと思っているからこそ、じゃ。それに、前にも言うたがここらで止めておけばどうにか体も無事で済むじゃろうしの」
ほっほっほ、とノスルクさんは笑う。
ノスルクさんもその身を犠牲にする覚悟で共に戦ってくれていたのかと思うと、今度こそ目頭が熱くなった。
何も知らずにただの物知りで器用なおじいさん扱いをしていた自分が馬鹿丸出しに思えて、その頃の己をぶん殴りたくなる。
「ちなみに、ですけど……サミュエルさんの目や右腕も同じ、なんですよね」
「ほう、そのことも知っておったのか。あの子がそれを人に話すとは驚きじゃ。サミュエルも君には、君にだけは多少なりとも心を許しておるのじゃのう」
「高確率で黙って言うことを聞く奴だと思われているからってだけなんでしょうけどね……」
なにせ扱いと認識は子分だから。
「口や態度ではそう思ってしまうかもしれんが、あれで貸し借りにはうるさい子じゃからの。君に救われたこと、君がいつも一方的に心配してお節介を焼くことは少なからず関係しておるじゃろう。例え嫌々でも文句を言っていても、君があの子の側に居ようとし、それが許されているというのは間違いなく本人にとってもとても良いことじゃよ」
「そうだといいんですけどね」
今回も本人の言うところの要らぬ世話によってマジギレさせてしまってるからね……マジギレされてもやめないことは確かだけど。
「心配せずとも、それを口にしないだけで救われて迷惑だとは思っておるまいよ。そういう性格だからこそ、人と関わるのを嫌っておる側面もあるじゃろう。他者との関わりや繋がりは弱み、隙、甘えに繋がるだけだと思い込んでおるだけにの」
「それはなんとなく分かっているつもりです。だから怒られてもなんとか付き纏っていられるわけですしね」
「そんな君でよかったとわしも思う。それから、先程の質問の答えじゃが君の言う通りだと答えておこう。あれもわしの能力によって生み出した物じゃよ。ただし、同じ物を作ったとして、サミュエル以外の者に使用することは出来ないじゃろうがな」
「というと?」
「それがあの子の持って生まれた体質という話じゃよ」
「体質……ですか」
「うむ。これはわしが明かしていいことではないかもしれぬが、心ばかりのお礼としてここだけの話としておいてくれると助かる」
「約束します」
「あの子は特殊な体質を持っておる。能力と言っていいのかどうかは難しい線引きではあるがの」
「その体質というのは、聞いてもいい部分に含まれているんですか?」
「【同化】。それがサミュエルの体質じゃよ。ゆえに作り物の目や腕を自身の一部とすることが出来ておるのじゃ」
「同化……」
聞いたところでいまいち理解が難しい響きだ。
「自身の体の一部ではない何かをその一部として体に取り込むことが出来る。というような話をやっつけ程度に話してくれたことがあるが、条件や制限その他詳しいことまではわしにも明かしてはくれんかったのう」
「サミュエルさんらしいですね、それも」
ノスルクさんでそれならきっと僕が聞いても教えてはくれないだろう。
サミュエルさんにとって知られたくない話なのかどうかは定かではないが『何でそんなことをアンタに教えなきゃいけないわけ?』と言われるのが関の山だ。
また強く断れない状況にでもなれば別かもしれないけど、あんまりそういう方法ばかり取るのも気が引けるしね。
そんな気持ちもあったり、ついでの話もいい加減長くなってきたことに気付いたこともあって僕は話を切り上げることに。
「ではそろそろ待たせている時間も長いので戻ります」
「長々と申し訳なかったの」
「いえ、とんでもないです。こちらこそ、本当にあれこれとありがとうございました」
「それこそ気にすることではないよ。ただもう一つ、君に伝えておくことがある」
「はい?」
「君に最初に託した指輪についてじゃ」
「これが、なにか?」
右手中指に填めている指輪を胸の位置まで持ってくる。
目には見えない魔法の盾を生み出すことであらゆる攻撃を無効化し、かつ重さも衝撃も感じないという僕の最大にして最高のお守りである。
最近は全然使う機会も無かったけど、これがなければ僕はとうの昔に死んでいたことだろう。
そのぐらいに肌身離さず持っていて、僕が僕なりの小さな勇気を出すことの出来る何よりも大きな要因であり、なければ困る物だ。
「この話がそう何かを大きく変えるわけではないかもしれぬが、間違った認識を正しておく丁度良い機会じゃと思っての」
「間違った認識?」
「以前改良して君にそれを渡した時、使い道に差がない以上は敢えて難しい理屈を説明することもないじゃろうと思って伝えておらんかったが、今その指輪が持っておるのは『見えない盾』という能力ではないのじゃよ」
「あ~、そういうことですか。なんとなくですけど、まあ、そうじゃないかなとは思っていました」
「ほう、気付いておったのかね」
「本当になんとなくですけど、前回来た時に何度か使うことがあって、ただ目に見えないだけの盾であったなら説明が着かないことが色々あるんじゃないかということに気付いたというか」
魔法という言葉で解決するならば、この指輪に限らず理屈を突き詰めることに意味は無いと深く考えてはいなかったけど、どういうことだろうと疑問を抱いたことは事実。
例えば、盾を発動した時に正面からの衝撃や攻撃であればそれがどんなものであっても防ぐことが出来る。それは何度も実証済みだ。
では正面を縦とした時に横側はどうなっているのか。
実は少し前に城の壁を使って試したことがある。
壁に垂直の状態で体をくっつけて盾を発動するという実験だ。
そこに盾があるのなら、僕の正面に盾が展開された場合どう考えても壁と盾が接触し、なんらかの衝撃を与えるなり傷を付けるなりという状態にならなければおかしい。
しかし、そういったことは全くなかった。
地面に腕を付けた状態で発動してもそれは同じで、地面に何かが触れたような様子は全く見受けられなかった。
いかなる攻撃をも防いでみせ、その重量や衝撃の大小に関わらずそれを無効化するという能力を持っている時点で理屈などあってないようなものだが、どうにも盾を発動させるという前提であれば変だなぁと思ってはいたのだ。
「なるほどの、既に自ら試しておったとは恐れ入る。その発想や着眼点はさすがというべきじゃの」
「疑問に思ったら取り敢えず確かめてみようかなと思ってしまう性格のせいだと思うのでそこまで深く追求するつもりでもなかったですけどね」
「それでも、じゃよ。そして、君の疑問はまさにわしが言わんとしていることじゃ。その指輪の本来の能力は盾を生み出すというものではない。平面における空間断裂というのが正しい表現じゃ」
「空間断裂……」
それはいまいち聞いても分からないな。言葉からおおよそ察することは出来るけども。
「大げさな表現になってしまうが、なんのことはない。ほとんど言葉のままの意味じゃよ。盾や壁を生み出して攻撃を防いでいるのではなく、発動することで指輪を中心に一時的な空間断裂面を生み出すということじゃ。そこで空間が途切れておるのだから如何なる攻撃であっても通過することは不可能、そういう仕掛けなのじゃよ。最初に言った通り認識が変わったところで使い道に変化がある話ではないがの」
「なるほど……」
空間そのものがそこで途切れている、か。
使い方に違いはなくてもやっていることは何倍もぶっ飛んでいる気がするし、それを知った今になって考えると空間の途切れ目に爆弾を乗せて敵にぶつけたのか、あの時の僕は……もう日本語として成立していないぞ。
「そうすることで重さや衝撃の強さ、熱ですらも全く僕に伝わらないようになった、ということなんですね」
「うむ、そういうことじゃな。君は自分よりも他の誰かを守るためにばかりその指輪を使ってきた。ミノリ殿、カンタダ殿という君の仲間を守るために。それだけではなくクーハス村の村長もそうじゃ。サミットの折ユノ王を救った時もそうじゃったとセミリアに聞いておる。わしとしては君に君自身の身を守る術として与えたつもりのアイテムじゃったが、どこまでも君は他の誰かを優先するのじゃな」
「そう言われるとまるで僕が善人みたいですけど、きっと僕はそういう人間ではないと思いますよ? その時その時が常に必死で、結果的にそういう行動に出ているのであってセミリアさんの様に最初から我が身を犠牲にしてでも何かを成し遂げようと思っているわけではないですし、僕自身も自分が善人だとは全く思っていないですし」
確かに自分の身を守るために使ったのってサミットの後の水晶の試練の道中で決闘した時ぐらいだけども。
基本的には打算と計算によって危機を乗り越えるのが自分のスタイルだと思っているし、そのために頭を使って仲間がより安全である策や方法を考えようとはしているけど、どう考えても僕はそこまで格好いい人間ではない。
命に代えても世のため人のため平和のために、なんて立派な志を持てることは一生ないだろう。
出来ることを出来る限り、そして、せめて言い訳したり逃げたりせずに立ち向かう。
それは仲間のためであり、セミリアさんの役に立つために進む決意をした道でしかない。
サントゥアリオの戦争のことだってそうだ。
セミリアさんが行かないと言っていたなら僕だって絶対に参加していない。例えそこに助けを求めている人がいたとしても、だ。
僕は所詮その程度の人間だ。
人としての器量も、この世界で生き残るための能力も、悪を憎む気持ちや見ず知らずの他人を思う気持ちも、彼女達に比べて圧倒的に劣っている僕にはそれが精一杯という感じだ。
誰も彼もがセミリアさんの様に生きることは出来ない。
他ならぬ僕がそう思っているからこそ、せめて身近な人や僕を必要としてくれる人達のことぐらいは助けることが出来るならば、守ることが出来るのならば『そうしようとする』ぐらいの人間性は持っていたいと思っているけど、その気持ち自体セミリアさんと接することで生まれていったものと言ってもいい。
そして、それが僕がこの世界に導かれた意味なのだと思うことに決めたのだ。
国や世界などという大きなものを救ったり動かしたりする度量など持ち合わせていない僕だからこそ、逆にその決意がぶれることはない。
その程度のことですら冷静になると『相当格好付けてちゃってない?』とか思っているし、口にするとどうしたって恥ずかしいんだけどね……それはいつだってポーカーフェイスでいたがる難儀な性格のせいなんだろうけど。
「ほっほっほ、本音はどうあれきっと君はそう答えるだろうと思っておったよ。セミリアの言うた通りじゃな」
「…………」
セミリアさんが言った通りってどういう意味だろう。
恐らくまた僕は謙遜してばかりだとかそういう話なんだろうけど……謙遜とは少し違うんじゃないかと思う僕の説明は中々伝わってはくれない。
堂々巡りというか、それを否定することも謙遜の一部だと思われている気がし始めているのでもう敢えて訂正もしないけども。
「兎にも角にも、君を必要とする人間が増えている分だけ君に何かあれば悲しむ人間が居るのだということを理解しておいておくれ。当然わしもその一人じゃ。三人と共に天鳳に挑むことを決めたのだとしても、どうか無事に元居た世界に帰る日を迎えて欲しい。そのためによりその指輪を有効に使って欲しいのじゃ。筋違いな願いじゃと思われようとも、それを伝えておきたかった」
「さっきも言いましたけど、筋違いだとか迷惑だと思うはずもありませんよ。僕は誰にお願いされなくとも意地でも日本に帰るつもりでいますし、そう言ってくれる人が居ることがその気持ちを強くさせてくれています。ノスルクさんには感謝の言葉しかありません。いつも僕を、僕達を守ってくれてありがとうございます」
軽く頭を下げる。
ノスルクさんはそんな僕の肩を押して頭を上げさせ、にこりと優しい笑顔で言った。
「礼を言うのはわしの方じゃよ。ここまで来てしまえばあとは祈ることしか出来ぬ老いぼれじゃが、君とあの子達の無事を祈っておる」
「必ず無事に帰って来られるように、まずは精一杯山籠もりしてきますよ。では今度こそ行ってきます」
少しの笑みを返して、僕は背を向け上に繋がる階段を上っていく。
ここにも一人、僕がこの世界で出会い関わった人間が居て、その一人もまた僕の帰りを待ってくれているのだと確かに実感しながら。




