【第十一章】 その名はジャクリーヌ・アネット
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10/18 台詞部分以外の「」を『』に統一
翌朝。
どうやら一番最後まで眠っていたのは僕だったらしく、目が覚めるとすでにセミリアさんとジャックは出掛ける準備まで済ませていた。
起床時間だけを見れば寝坊したという程でもないのだろうけど、セミリアさんはいつもいつも早起きなものだ。
ちなみに、ジャックが普段何時に起きているのかは全く知らないけど、思い返してみると他に人が居ない時は起きがけに『お目覚めかい相棒』とかって声をいつも掛けられていたのでやっぱりジャックも基本的に僕よりは早起きなのだろう。
なんだか……僕の生活習慣がだらしないみたく思われたりしないかと若干心配になるな。
「おはよう、コウヘイ。よく眠れたか?」
伸びを一つして二人に起床の挨拶をすると、セミリアさんがいつもの通り微かな笑みを浮かべる。
「ええ、思っていたよりは不安で眠れなかったということもなかったみたいです」
「そりゃきっと枕が良かったからだろうな」
「いや、それは全く関係ない」
勝手に納得した風のジャックに呆れて返す。
むしろ、結局強引に一晩中腕を首に回され脇に抱え込まれたまま眠る羽目になったおかげでほとんどラグビーボール状態だったこともあって寝付くのに時間が掛かったぐらいである。
しかしまあ、思っていたより怖さや不安を感じていないのは事実。
一週間後に世界が滅びるかもしれない。
しかもそれを阻止するためには自分達が命懸けで戦わなければならない。
そんな事実は今ここで慌てたり焦ったりしてどうにかなる次元じゃないからなのだろうか。
頭で理解はしていても現実味という意味で頭も心も追い付いていないとでもいのうか、或いは焦ったり恐れたりすることで何かが変わるわけでもないと開き直っているのか。
どちらかというと初めてこの世界に来て魔王と対決すると決まった前の日と似た、どこか他のことに対する心配が勝っている状態なのかもしれない。
あの時も自分が危ないかどうかよりも一緒に居た人達の安全や無茶を止めることばかり考えていたっけか。
それが無事に帰るために自分が全員分考えないといけないことだと、戦えない僕が担うべき役割なのだと、そう思おうとしていた部分が確かにあった。
とはいえ、サントゥアリオに向かう前日はほとんど眠れなかったし、あの頃とは随分と自分の立場もこの世界でした経験も周りに居る人達も変わってしまっているんだ。
どのみち、阻止しないと普通に死んじゃうし、休養は昨日で終わり。
今日からは打倒【天鳳ファームリザイア】とやらのために時間と頭を使わなければいけない。
といっても、セミリアさんとサミュエルさんはジャックと修行をすることになっているし、僕は山籠もりのお手伝いしかすることがないかもしれないんだけど……僕も少しは修行に混ぜてもらおうかな。
今お城に帰ったところで姫様の世話に戻されそうだし、ミランダさんやアルスさんにまた勘繰られてもかなわない。
というか、そもそも僕はこのことをミランダさんやアルスさんに黙っていていいんだろうか。これも隠し事をしてる扱いになるのかな……。
会う機会が無かったという言い訳は成り立ちそうな気はするけど、それで二人が納得するかは大いに別問題だろうし、それどころか出そうと思えば手紙は出せるわけだし、絶対に通用しない言い訳っぽい気しかしない。
いまのところ向こうから何も言って来ないということはまだ発覚していないということだ。
セミリアさんの話では王様が民衆の不安を煽らないために秘密裏に警戒態勢を取らせるという話だし、どうせ負けたら二人が怒ろうが怒るまいがそういう問題じゃなくなる。
勝つしかないなら勝って、不必要に恐怖することなく知らないまま終わっているならその方がずっといい。
事が済むまでは少なくともバレないだろう。それはそれでまた後が怖いんだけどね……。
とまあ自分の心配は後でいいとして、いくら天鳳という存在自体が今の時代に知っている者がどれだけいるかというレベルの話だからといって避難勧告などもしていないのが正しい判断だと思うかと問われればどうにも難しいところだ。
聞けばこっそりと兵士達を各都市に配置し、万が一の場合には住人の避難などの指揮を執ることになるのだとか。
魔王が居座っている時だって日々その存在に怯えながらも普通に生活していたぐらいだし、この世界がそういうものだと言われればそれまでだけど、目の前にこれだけの危機があると分かっていてそのレベルの対応って日本なら考えられないな。
「お待たせしました」
色々と考えることも多いが、とにかく今は出来ることをやらねば。
そう切り替え、僕も出発の準備をする。
といってもやっぱり顔を洗ってショルダーバッグを肩に掛けるだけなのだけど、腰に着けている護身用スタンガンとナイフ以外では相変わらず発信機と受信モニターに薬剤が数種類、着替えやタオルにライターと雑貨ばかりだ。
食料や飲み物はセミリアさんとジャックが持っている(といってもジャックが持っているのはほぼお酒だけど)し、クーラーボックス的な物が存在しないので食料は肉の塊一つとパンなどの多少なり日持ちがする物に限られているので僕のバッグに追加されたのはいくつかの調味料だけ。
ちなみに持ってきたはずのICレコーダーは先の爆弾魔疑惑の時にAJに情報源として持ち出しを許可したきり返ってきていない。
小遣いには手を着けない主義の僕は週末限定のバイトの給料でやりくりをしており、にも関わらず時給は五百円という残念な待遇の僕にとっては高い買い物だったので是非返してくれと言いたい。
「よし、じゃあ行くとするか」
色々と関係無いことまで考えてしまったものの、そんな準備も完了。
ジャックが僕の頭に手を置いたのを合図に部屋を出た僕達はまずはサミュエルさんの待つノスルクさんのところへと向かうことに。
昨晩のだらしない姿とは打って変わってどこか自信に満ち溢れている風にすら感じられる表情や佇まいのジャックは今まで以上に心強い味方になったんだなぁと思わせてくれるだけの頼もしさを感じさせる雰囲気があった。
セミリアさんも普段の通り、信じる道を進む決意に揺らぎはないという意志が迷いの無い真っ直ぐな目や表情を見るとよく分かる。
ならば、それに準ずるのが僕の在るべき姿なのだろう。
サミュエルさんを加えた三人の女勇者と共に世界の破滅を食い止める。
言葉にするととてつもない話だけど、まだ見ぬ化け物から世界を守るという近未来に対する迷いなど誰一人として抱いてはいないのだから。
○
少ししてノスルクさんの小屋に到着した僕達は一息つく暇もなく『おっそいわね』という不機嫌さ五割り増しなサミュエルさんの先制攻撃によって挨拶も早々に小屋の外に集合することとなった。
予定、といっても僕やセミリアさん、ジャックの中での話ではあるが、その予定では少しノスルクさんと話をして近場の山に向かうことになっている。
しかし、その予定を組むにあたってただ一人関与もしていなければ納得もしていないらしいサミュエルさんはここにきてそれを拒否したのである。
拒否。というと少し語弊があるだろうか。
その言い分を要約するに『黙ってついて行くつもりはない。何かを教えるという名目で同行させようとしているなら、その何かが私にとって価値があるものだと証明してみせろ』というわけだ。
なんとも協調性の欠片もない発言ではあるけど、そんなことは今更過ぎる程に今更な話なので特に僕達の中の誰かが気分を害するようなこともなく。
仕方のねえ奴だと呆れて言ったジャックの『外に出な。ちっとだけ、見せてやるよ』という言葉によってノスルクさんを除いた四人は小屋の外に集まっているというのが今この瞬間の僕達なのだった。
「相棒、ちょいとコイツを預かっておいてくれるか」
ジャックは腰に装着していた剣を取り外したかと思うとそれを僕に手渡した。
ずっしりと重量感のある剣を鞘ごと受け取るとそのままサミュエルさんの方を向き、山籠もりの手荷物として事前にノスルクさんに用意してもらっていたらしい二本の木の棒を放る。
地稽古に使うための物らしく、サミュエルさんの大きなククリ刀は例外としても、セミリアさんやジャックが持っている剣と同じぐらいの長さをしたただの円柱型の木の棒だ。
サミュエルさんは自身に向かってきたそれらを左右の手で受け取ると、ただでさえ胡散臭く思っていることを隠す様子もないままだったその表情をより強い度合いに変えてジャックを睨み付ける。
「こんな棒切れ渡して何しようってわけ?」
「今更たった数日間剣術を向上させようとしたところで大した効果もねえ。アタシが教えるのは『気』の操り方だ」
「……気?」
「敵の気配を探る時なんかにゃてめえらも気を頼りにするだろう? 言うなれば、それの応用編ってところだな。短期間で極めるのは難しいだろうが、コツを掴めば少なくとも実戦では役に立つはずだ。攻撃力、回避能力、察知能力、全てにおいて向上の余地があると言っていい」
「…………」
「いまいちピンとこねえか? ま、そう思って実際に見せてやろうってんだよ。ルールは簡単だ。その棒切れでアタシに一撃入れりゃお前さんの勝ち、出来なきゃ負けだ。アタシが負けた時は好きにすりゃいい。お前さんの言うところの、その価値無しってやつだと判断されることに反論する余地もねえからな。真剣でやらねえと格好も付かねえが、こちとらブランクもあるってことで勘弁してくれ」
「なんでもいいけど、アンタは素手でやるわけ?」
「それだけじゃねえぜ?」
にやりと笑うと、ジャックはその場を離れ、脇に置いていた手荷物の中から黒い手拭いを取り出して再びサミュエルさんと向き合う位置に立った。
「アネット様は何をなさるつもりなのだろうか」
「いやぁ……全く想像も付きませんね」
隣で一緒に見守っているセミリアさんも不思議そうにしている。
【気】の操り方という言葉からして僕にはさっぱりなのだ。セミリアさんに分からなければ僕にはもっと分からない。
ジャックの説明から察するに、この世界で腕利きの人達が姿も見えない場所から敵や人の存在を察知出来るのはそれによるものだということはなんとなく理解出来たけど……それにしたって応用編とか言ってる時点で何が何やらという感じだ。
そんな状態で、密かに怪我人は出ませんようにと祈りつつ二人の勝負が始まるのを見守るべく待っていると、ジャックはどういうわけかその手拭いを目隠し代わりに顔に巻いた。
当然のこと僕達もその光景には驚いたが、それよりもサミュエルさんが苛立ったことが分かった。その表情たるやカチンという音が聞こえてくるが如しである。
ジャックにどういう意図があるのかは分からないが、サミュエルさんにしてみれば『ハンデをあげる』とでも言われている様な気分なのだろう。癇に障らないわけがない。
というか、サミュエルさんがどうとか以前に本当に目隠しした状態であのサミュエルさんと勝負するつもりなのだろうか。
さすがにそれは無謀というか、普通に危ないと思えてならない僕は二人が冷静さを失って無茶をしようとしているのなら止めた方がいいんじゃないかと思ったのだが、それを察したらしいセミリアさんが口を開こうとする僕を手で制した。
「……セミリアさん?」
「アネット様なりに考えあってのことだろう。今は信じて見守ることにしようではないか」
「でも……大丈夫でしょうか。主にジャック本人が」
「『気』の操り方を教えてやると確かに仰っておられたし、目を塞ぐのは恐らくそれに関する何かを示そうとしているのだと思う。心配せずともあの棒では余程のことがない限りは大事にはなるまい。それに、百年前と今との差ははっきりとは分からないが、アネット様が今でも相当な強さを持っていることは雰囲気で分かる」
だから心配は要らないさ。
そう言って、セミリアさんは視線を僕から二人の方へと戻した。
僕とてジャックが思い付きやノリでこんなことをするとは……まあ、うん、昨日のジャックを見ると若干アレだけども、セミリアさんがそう言うならと僕もひとまずは見守ることに。
勿論のことその間にもサミュエルさんの悪態は留まることを知らずに続いている。
「どういうつもりか知らないけど……馬鹿にしてんなら容赦なくボコボコにするわよ」
「そのつもりで来てもらわなきゃ困るってもんだ。今からてめえ等が何を身に付けるのか、その目で分からせてやろうってんだからよ」
おら、掛かってきな。
と、ジャックは挑発的に手招きをした。
それに対し、サミュエルさんはどこか心理状態を切り替えるように大きく息を吐いている。
表情の変化から勝負に勝つために怒りに身を任せようとしている己を押さえ込もうとしているわけではなく、より酷い目に遭わせるために我慢してでもそうしてやろうじゃないかと判断したがゆえの切り替えであることが聞かなくとも分かった。
それが僕の勘違いじゃないことは一発当てれば勝ちというルールであるにも関わらず『ボコボコにする』つもりであることが既に証明している。
「後悔すんじゃないわよ!」
あちらもこちらも不安要素だらけだというのに、そんな一言を投げ付けてサミュエルさんは既に先制で地面を蹴っていた。
三メートル程あった二人の距離は一瞬で埋まり、射程距離に入るやいなやサミュエルさんの左手の鋭い突きがジャックの顔面に向かって伸びた。
手加減出来る性格でもなければジャックがやろうとしている事からするとそうしない方がいいのだろうが、目隠しした相手の顔面に突きを放つという容赦の無さ過ぎるサミュエルさんの非道は、しかしながらどう考えても見えていないはずのジャックにヒットすることはなく空を切る。
躱されたことが予想外だったのは僕達と同じだったのかサミュエルさんも一瞬驚きに目を見開いたものの、間髪入れずに次なる攻撃を放った。
右手に持つ棒を真横に振り抜く。
大事なことなのでもう一度言うが、一発当てれば勝ちというルールであるにも関わらず頑なに顔面を狙ったその攻撃もまた、あっさりと空を切った。
ジャックは膝を折り、しゃがむように攻撃を躱している。
到底目隠しをしているとは思えないジャックの動きは僕に言わせれば神業的な光景という他ないのだけど、案の定それが苛立ちを増長させたらしくサミュエルさんは手を休めることなく二本の棒で攻撃を繰り出し続けた。
だが、あの鬼の様に強いサミュエルさんの二刀流がその対象の体を捉えることは一度たりともなく、ジャックは十回二十回と絶えず自身を狙って襲い来るその攻撃全てをいなしていく。
縦からでも横からでも正面からでも二本同時であっても、まるでマタドールの様にひらりひらりと体の位置を、或いは向きや角度を僅かに変えることで躱していくその姿は素人目に見ても華麗だと思わされるだけのものがあった。
本当に最小限の動きで避けているからだと途中で気付いていなければサミュエルさんの狙いが悪いせいで当たらないのではないかと勘違いし、見ていてやきもきてしまいそうになる程にそつがなく、小さな動作ばかりだからだ。
やがて、もう何度目になるかという攻撃をジャックが躱したことをきっかけに勝負の行方は急速にその方向を定めることとなる。
右斜め上、ほとんど頭上から振り下ろされた一撃を例によって紙一重で躱したジャックは空振り、地面を叩いた木の棒を上から踏みつけた。
地面と足に挟まれたことで動きを封じられ、右手の武器の機能を奪われたサミュエルさんだったが、意味を同じくして武器を地面に固定させたことで自ら距離を置いて攻撃を回避するという選択を放棄したジャックに残る左腕ですかさず突きを放つ。
しかし、そんなジャックは至近距離から首元に向かって伸びるその鋭い突きを真下から蹴上げることで防いでみせた。
武器による突きをも上回る凄まじい速度の蹴りはジャックの片足が真上に向いたことで初めて蹴りだったと理解出来た程の切れ味で、それによって攻撃を防いだことすらもサミュエルさんの手を離れたもう一方の棒がくるくると宙を舞ったのを見て初めて把握出来たぐらいの、まさに人間離れした一連の攻防だった。
サミュエルさんは苦々しい表情で舌打ちをし、すぐに踏まれたまま地面に付いている右腕の棒を無理矢理引き抜こうとしたが、その腕が動きを取り戻すことはなく、
「勝負あり、だな」
攻撃の術を失ったサミュエルさんが次なる行動に出るよりも先に、ジャックはそう言って目を覆っていた手拭いをその手で解いた。
サミュエルさんは認めてなるかと言わんばかりにもう一度右腕に力を込めたが、やはりガッチリと踏まれている木の棒は少しとして動かない。
そうなってようやく諦めた様に、何かを悟った様に、もう一度舌打ちをしてサミュエルさんは武器から手を離した。
「いやはや、お見事としか言い様がない」
隣に立つセミリアさんがパチパチと手を叩きながらジャックに賛辞を送る。
僕も全く同じ感想だ。
すげぇ……ジャックってすげぇ。
例え目隠しをしてない状態で同じことをしたところで唖然とするしかないような達人技を前にただただそんな感想しか出てこなかった。
「さて半裸女、納得はしてもらえたかい?」
サミュエルさんと違って息一つ切らしていないジャックはどこか得意げに笑う。
対するサミュエルさんは大層気に食わなそうに目を反らし『誰が半裸女だっての』と、ほとんど独り言の様に呟くだけだ。
反論したり文句を言わないのは渋々でも嫌々でも納得している証拠だと分かっているのは僕だけではなかったのか、ジャックもそれ以上は何も言わなかった。
「アネット様の言う、気を操る術というものを身に付けることであのようなことが可能になっているのですか」
ジャック、サミュエルさんの両方に水とタオルを手渡し、後者に差し出したそれらを引ったくられたところでセミリアさんが興味深げに問う。
ジャックは一口二口瓶入りの水を流し込むと、その力を得た時のことを語り始めた。
「そういうことだ。教えると言っても、一朝一夕でアタシと同じレベルになれってのは無理な話だろうがな。これでも極めるまでに十年掛かってんだ。そこまで簡単じゃねえ」
「十年、ですか」
「センスや向き不向きもあるだろうが、極めようと思えばそれだけ高度な技術が必要になるってこった。ま、アタシとてきっかけで言えば必死こいて身に付けようとして得た力じゃねえけどよ。むしろいい加減な性格が幸いしたと言っていい程だ」
「いい加減な性格が幸いってどういうこと?」
この疑問符は僕によるものである。
しかし、セミリアさんもサミュエルさんも同じ様に頭に『?』を浮かべていたので代表して僕が疑問を口にしたことにしておこう。
当然過ぎて悲しくなってくるが、サミュエルさんのそれは僕達と同じ『どういう意味だろう?』という感じではなく『はあ? いちいち回りくどい言い方してんじゃないわよ面倒くさいわね』と言いたいことが無言でも伝わってくる顔をしていたがゆえに、揉め事になる前に僕が間に入ったわけだ。
そんな僕の心情を知ってか知らずか、ジャックは特に表情や口調を変えずに話を続ける。
「その頃一緒に居た師匠がまあ鬼みたいな奴でよ。当時十二、三のアタシは容赦の欠片もねえような血反吐が出る程に厳しい修行の毎日だったわけだ。そこでどうにか逃げ出してサボれねえかと考えたアタシは、結果として山の中に逃げることにしたのさ。勿論黙って逃亡したわけじゃねえぜ? 精神統一をしてくるって名目さ。師匠はそういうモンも割と重要視しておかげで駄目だとは言われなかったのが幸いしたってところか。まあ、そんな感じで毎日修行の途中で山に向かっては胡座を掻いて、目を閉じて、いかにも精神統一をしていますって格好をしながら普通に居眠りして過ごしてた。短くても昼頃から夕陽が落ち始めるぐらいまで、長けりゃ半日そうしてたこともあったな。最初は本当にただそれだけだった。サボりたい一心でそうしていただけだった。自分の変化に気付いたのは一年二年が経った頃だったぜ。ずっと目を閉じていたからか、やけに視覚以外の感覚が鋭くなってやがるってな。音や臭いをより敏感に感じることが出来るようになっているってことにその時初めて気付いた。最初は背後だったり見えないところに鳥や小動物が居ることが見なくても分かるようになってた。集中して把握しようとすることで徐々に位置や距離が正確に分かるようになってきた。それが気の流れを感じ、コントロール出来るようになりつつあるんじゃねえかってことだと師匠に言われて初めて知ったよ。それからだったな、アタシ自身その感覚をより研鑽してやろうと思ったのはよ。それからは毎日山に籠もる時間を増やした、途中で寝ることもやめた。そうしているうちに五感はより研ぎ澄まされていった。小動物どころか小せえ虫っころや落ちてくる葉っぱまで目を閉じたままはっきりと察知出来るようになっていった。そんで、どうにかそれを実戦に生かせねえかと思ったんだが、それは考えるよりも先に結果に現れていたよ。今やったように、敵の攻撃に対して明らかに反応速度や防御の精度が上がってたし、攻撃するにしたって本来の腕力以上の威力が無自覚に生まれてた。ちっとコツを掴みかけた段階でそれだぜ? そりゃ極めりゃどんなことになんだってテンション上がったもんさ」
「なるほど、そういう経緯があったのですか」
長い説明が終わると、セミリアさんは納得したように頷いた。
立派なのかそうでないのか分からない様なきっかけではあるのだろうが、いずれにしても凄まじい話であり、現実離れした力だと僕も思う。
気を操る。
そういう言葉は日本でもテレビなんかで見ることはあるけど、正直ただの演出とやらせでしかないとその類の番組を嫌っていたぐらいの僕だ。
実際にそれによって神懸かり的な技を披露されたのだからある意味魔法というこの世界ならではの光景よりも衝撃度が高いぐらいである。
「一つ一つの能力値を見れば、アタシは剣術やスピードではクルイードを上回ってはいねえだろうし、パワーや胆力、精神力じゃ半裸よりも劣っているだろう。それでも、こいつを極めたからこそアタシは誰とだって対等以上の勝負が出来るってわけだ。同じレベルに数日で達することは無理でも、てめえらなら少なからず実戦で役に立つレベルにゃ身に付けることが出来るはずだ。さっきも言ったとおり、目隠ししたまま攻撃を避けるための技術じゃねえ。気を操り、気の流れを知り、気をコントロールする術を身に付けりゃ色んな面で役に立つし、戦闘力だって向上することは間違いねえ。この数日でどこまで身に付けることが出来るかはおめえら次第だ。どうする、半裸女、それからクルイード」
一転、真剣な表情でジャックは二人を交互に見る。
まず、即答したのはセミリアさんだった。
「是非もない話です。少しでもこの国の未来を守ることに繋がるのなら、どうかご教授いただきたい」
ジャックは『よし』と満足げに微笑み、サミュエルさんに視線を送る。
サミュエルさんは腕を組んだまま目を反らし、
「次半裸女って言ったら即帰る。それだけは覚えときなさい」
また舌打ちを漏らして空になった瓶とタオルを僕に放った。
どうにも素直な表現でこそなかったが、それがセミリアさんと同じ意味の返事だったことに気付かぬ者は僕達の中には居ない。
紆余曲折あったと言えなくもないけど、話が纏まり、そして二人にとって意味のある時間となるならば結果オーライでも何でもいい。
セミリア・クルイード、サミュエル・セリムスという二人の女勇者に加え、新たに仲間になった僕の相棒もまた、勇者という二つ名にふさわしい強さと志を持っていた。
世に【伝説の二代目勇者】と呼ばれているらしい悪ノリが好きでお酒も大好きなその女性の名はジャクリーヌ・アネット。
彼女のおかげで僕達全員が一つの目的のために力を合わせることが出来るなら僕にとっても、一見無関係な人達にとっても、それが一番なのだ。
魔王の時がそうだった様に、残り数日しかない猶予だからこそ同じ方向を向いていることが何よりも大事だとやっぱり僕は思っているのだから。




