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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑪ ~Road of Refrain~】
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【最終章】 刹那の道筋

 

「何やってるですかっ!」


 次の瞬間、ユメールさんが飛び出していく。

 動かなくなった味方の姿に居ても立ってもいられなくなったのか。

 或いはそうする以外に急激に様変わりした戦況を覆すことは出来ないという経験則によるものか。

 いずれにしても直前に腕を離していたせいで止める術は無い。

 いや……そもそも止める余裕もなければ止めるべきかどうかの判断すら瞬時に下すことが出来ない。

 実質四対一だったのがあっという間に二対一になっている。

 このまま押し切られればいよいよ詰むのは明白だろう。

 不幸中の幸いというレベルの話だけど、リズが片っ端から破壊してくれたおかげで飛び交う大岩が一つしか残っていないためクロンヴァールさん達の行動制限はほぼ解かれた状況だ。

 そこにユメールさんを加えて三人掛かりならどうにかなるかもしれない……というか、どうにかするしかない。

「…………」

 であれば、僕はどうする?

 同じ様に突っ込んで行く意味はあまりない。

 要所で盾を使った補佐ぐらいは出来るかもしれないけど、攻撃の手段を持っていない僕が輪に加わることで巻き込まないための配慮をさせては本末転倒だ。

 かといって安全第一で進められる状態ではないことも事実。

 では天帝ではなくハイクさんやリズの元に駆け付けるか?

 意識がユメールさん達に向いたタイミングを狙えば安否を確認することは出来る。

 度合いによっては安全な場所に避難させることも不可能ではないだろう。

 だけど……負傷はしていても息はあると仮定して、その僕の行動で関心を引きとどめを刺そうという発想に至らせようものならやはりデメリットの方が上回る。

 遠距離から何かを飛ばされる程度であれば身を守るだけなら何とかなる目算が高い。

 手数や規模であったり僕が認識しているかどうかに左右される部分はあるにせよ、そういった戦闘以外の役目を果たすならば受け入れるべきリスクではあるという気持ちを怖いや危ないという気持ちが上回ったりもしない。

 が、この盾の使いどころはそこだろうか?

 違う……もう天帝を仕留めるために使わなければならないところまで追い込まれている。

 こんな考え方はどうかとも思うけど、安否確認なんて後からだって出来る。

 出来ない時は纏めて死んでるって話だ。

 それでも手遅れになる前に、という意味では倒れたままでいるより非難させた方が百倍いい。その理屈は理解している。

 だけどそれによってこの指輪の力を露呈させてはいけない。

 もう生き永らえるための手段で終わらせてはいけない。

 耐えろ……耐えろ……。

 味方が倒れていく中であっても、ただ突っ立っていることにどれだけの苦痛を伴おうとも、歯を食いしばって、耐えろ……。

 そのために今の今まで隠し通してきたんじゃないか。

 ユメールさんの糸と同様に、ここぞという時の、最後の切り札になりうる要素だからこそ。

 数秒後か数十秒後か、次の一瞬でか。

 クロンヴァールさん達が最後の攻勢に出るタイミングはそう遠くない未来に訪れる。

 僕が乱入するべき時が来るのだとしたら、そこしかない。

 図らずもユメールさんが突っ込んで行ったことで半ばそういう状況が出来つつあるけど、今はまだ攻防が始まろうとしている段階だ。

 この先の展開に合わせて、最も効果的な瞬間を見極めた上で前に出る。

 ただの丸腰の小僧だと思われたままであるからこそ、一度のチャンスを確実に物にしなければならない。

 ユメールさんはいつかの様に両手を交互に前に出し、器用に糸を手繰り寄せながら空中ブランコを辿るが如く小さな上下運動を伴って天帝の元へと向かっている。

 こちらから見て右側からはいつからそうなっていたのか、闘気だとかオーラと表現するのが適切であると思われる薄っすらと白い光を剣から発生させていクロンヴァールさんが同じく天帝へと一直線で向かっており、そのすぐ後ろをアルバートさんが続いていた。

 ほぼ正面、そして斜め前からの同時突撃。

 より意識が広がる左右に分かれる配置で戦ってなおこの惨状なのだ。

 意図してそうしたわけではなく選択肢が無いためやむを得ずのことではあるが、少なくとも天帝にとって迎撃の手段が大幅に失われていることも事実。

 そんな中で三対一の状況が出来上がろうとしているのならば、果たしてどう動くのか。

 最早分析でもなければ対策のためでもなく、ただ自分が命を懸ける瞬間を見極めるためだけに目の前の光景に全ての神経を集中させる。

 咄嗟に思い浮かべたいくつかの想定の中で、天帝が選んだのは最も意外と思える行動だった。

 背後からクロンヴァールさん達を狙っていた最後の大岩が突然軌道を変え、弧を描く様に天帝とユメールさんの間に割り込んだかと思うと、そのまま空中にいるユメールさんへと向かって飛んで来る。

 人数が半減したことでこのまま押し切られることを危惧したのか、僕の懸念の一つである戦闘不能状態のハイクさん達の命を守る意味なのか。

 いずれにせよユメールさんの第一目標である自身を囮にそれらの危機的状況をどうにかしようという目論見自体は成功したと言える結果であることに違いはない。

 とはいえ彼女がやられてしまっては効果も半減どころではないし、自分が標的を引き受けた上でその後どうするのかに全てが左右されるといっても過言ではない局面だ。


「にょおおお!?」


 あれだけ目立つ正面かつ空中からの突進である以上は少なくとも何らかの策を用意しているはずだという僕の希望的観測に反して心底予想もしていない事態に見舞われたと言わんばかりの声を上げるユメールさんは、それでも先程と同様咄嗟に糸を手放し数メートルの高さから着地することで目の前に迫る大岩をギリギリのところで回避した。

 その姿に安堵の息が漏れるのも束の間。

 今度は僕自身が選択を迫られていることに気付くまでに要した時間は一瞬すらも必要ない。

 高度の差はあるとはいえ、軌道の上ではこのまま僕に向かってきてもおかしくない位置関係にある。

 天帝にしてみれば戦闘能力を持たぬ雑魚ぐらいにしか思っていないだろうが、潰せる敵は潰しておくという判断をしたとて何らおかしくはないのだ。

 だとすれば猶予は二、三秒。

 いよいよ出し惜しみも限界かと、右手を翳し掛けた時。

 思いがけずその手が止まる。

 通過したユメールさんと僕の中間ぐらいだろうか。

 どういうわけか勢いよく飛んでくる大岩がピタリと動きを止めたのだ。

「いや……」

 どういうわけか、なんて悠長な感想を抱いている場合ではない。

 そうなる理由など一つだ。

 またしても逆再生の如く、大岩は元の方向へと同じ速度で戻っていく。

 それも通った軌道をそのままというわけではなく、きっちり高度を下げユメールさんに狙いを定めて、だ。

 幸いにもユメールさんは通過した岩に目を向けているため視界の外からの攻撃という格好にはなっていない。

 加えて言えば目論見通りこの瞬間に攻撃対象から外れたクロンヴァールさんやアルバートさんは好機とばかりに距離を詰めている。

 そういう意味では結果オーライというか、攻撃の手段の大半を失った天帝に三人を同時に相手取る余裕がないことの証明と考えてもいい。

 あとはこれ以上人数を減らされない様に攻め一辺倒にならざるを得ない中でも最低限の慎重さと連携、戦略が発揮出来ればまだ活路はあるはず。

 いや、あろうとなかろうとあの人達ならば必ず見つけ出し、作り出してくれるはず。

「…………」

 よし、と。

 心で呟いたのは目の前でユメールさんがリターンしてきた岩を無事に回避したからだ。

 複数が飛び交う環境では誰であれ危機的状況に他ならないのだろうけど、やはり常人ならざる力量を持つあの方達なら所在さえ分かっていれば岩一つを簡単に食らったりはしない。

 そうして再び何に接触することもなく通過した大岩は停止する様子もなく、ほぼ直線上に構えている天帝へと向かって飛んでいく。

 敵の立場になって考えれば、なるほど一旦ユメールさんの足止めに成功したなら次に狙うのは迫り来る二人になるだろう。

 とりわけ前を走るクロンヴァールさんの剣は今や白いオーラらしき何かが止め処なく溢れ出ていて、離れている僕にすら分かるぐらいの強烈な威圧感を放っている。

 全身全霊を捧げた、一撃で決める決意と覚悟を持った攻撃を繰り出そうとしていることは明白だ。

 詳しくは分からないながらも武器強化とやらに可能な限りの力を注いでいるのは余裕の無い疲弊混じりの表情からも疑い様はない。

 しかし、ユメールさんが作り出した猶予はその刃が届くまでの時間には足りず、速度で勝る大岩が今にも天帝の元に辿り着こうとしていた。

 が、どこかおかしい。

 何故残された唯一の、攻防一体の武器を手元に戻しながらクロンヴァールさん達を狙わない?

 直接的な攻撃ではなく旋回させることで足を止める作戦なのか?

 そう思った僅かな思考や推察の間は、目の前で起きた不可解な光景に全てを覆される。

 誰を狙うでもなく一直線に天帝の目の前にまで飛んで行った岩は、不自然な速度と角度で何の予兆もなく軌道を変えてクロンヴァールさんへと襲い掛かったのだ。

 まるでゴムの壁にでもぶつかったかの様に一瞬で速度を上げ、弧を描くことなくほとんど直角に。

 その様を目に、遅れて何が起きたのかを理解する。

 自分目掛けて引き寄せた岩をあの聖杖で突いたのだ。

 触れた物を反射したり反発する力で弾き返す杖に質量や物理的法則みたいな理屈を無視してしまうことは分かっていた。

 だからといって、まさかあんな使い方をするだなんて想定しろというのが無茶な話だ。

 しかも不味いことに大岩による妨害を速度で上回ろうとスピードを上げていたせいで天帝に迫るクロンヴァールさんは十メートル足らずの距離で予想外の方向から予想外の速度で飛んでくる岩による急襲を受ける羽目になってしまっていた。

 斬り掛かる気満々でフルパワーを繰り出せる状態のまま全力疾走していたこともありクロンヴァールさんは反応こそ示しつつも対処出来る時間的な余裕はない。

 自身が疾走している最中とあっては左右への回避が可能な距離でも状態でもなく、では斬撃を繰り出すのか、上空に飛び上がることで回避するのか、それとも武器なり対物理障壁なりでせめて身を守ることを優先するのか。

 考える時間は一秒も与えられず、僅かに速度を落とすと同時に大岩は接触の瞬間を迎えようとしていた。

「……っ!?」

 思わず声が漏れそうになる。

 まさに最悪の結果を生み出そうとする直前、アルバートさんが身を挺してそれを阻止したのだ。

 一歩間違えれば二人揃って致命傷を負わされていた可能性が大いにあった。

 そんな中、すぐ後ろを走っていたアルバートさんは逆に一切速度を落とすことなく、今にも直撃の瞬間を迎えようとするクロンヴァールさんを突き飛ばすことで大岩の直径の外へと追い出したのだ。

 それによってクロンヴァールさんは紙一重のタイミングで直撃を回避し、意図しない体の動きであるためかやや不格好に地面を転がる。

 どちらもが大怪我を負うか、どちらか一方が犠牲になるか。

 判断する時間もなければ選んだところで後者には何の成算もない中で、それでもアルバートさんはクロンヴァールさんを残せる可能性に賭けた。

 必然的に、自身の身を守るための行動を放棄したアルバートさんに巨大な岩が直撃する。

 鈍く嫌な音を響かせ、決して小さくはない体が到底人為的には起こり得ないほとんど横回転みたいな動きで後方に弾き飛ばされ、地面に倒れたまま動かなくなる。

 冷静さからなのか経験値の高さからなのか。

 それでもクロンヴァールさんは前転を経て立ち上がると苦々しい表情を浮かべながらもアルバートさんを気にするよりも先に通過し遠ざかろうとする大岩へと突き型の斬撃波を放った。

 フルパワー状態だったこともあってか岩は空中で爆散し欠片となって舞い落ちるが、力を振り絞った状態を維持し続けることは困難なのかクロンヴァールさんの武器から白い闘気が消えていく。

 それでも背後にいる天帝に背を向けている状態を避けるべくすぐに体の向きを変え、ようやく合流しようというユメールさんへと指示を飛ばした。

「クリス、アルバートを連れて下がれ!!」

「が、合点です!」

 どういう考えがあってのことか、口から出たのは後退の命令。

 なぜこの絶望的な展開を前に一対一の状況を作り出すのだろうか。

 そんな疑問は僕のみならずユメールさんとて抱いたはず。

 それでも疑うことなく即行動に出るのは揺るぎなく、貫き通すと決めた信頼と信念がそうさせているのだろう。

 ユメールさんは再び糸を使って空中を伝うことで走るよりも早くアルバートさんの元へと向かっている。

 その姿を背に、ここで改めて天帝とクロンヴァールさんが向かい合った。


「ふはははは、どうやら終わりも近いらしいな! 貴様等の無謀で無益な叛逆も、虚しく終焉を迎えたのだ!!」


 アルバートさんの元へ急ぐユメールさんには目もくれず、天帝は高笑いを響かせるとすぐ目の前に立つクロンヴァールさんに向けて手を翳した。

 すると天帝の背後から何かの板みたいな物が回転しながら飛んでいく。

 すぐに後方に飛び退くことで直撃を避けると、その何かは地面に突き刺さることで正体を露わにした。

 あれは……破壊された玉座の背もたれに当たる部分か。

 バラバラに粉砕されている以上はそう頑丈な材質ではないのかもしれないけど、ハイクさんみたく突き刺さりでもしたら命に関わることは言うまでもない。

 ましては破片ではなく重量のある部分ではあの岩程ではないにせよただでは済まなかっただろう。

 毎度同じ台詞ばかりになるが、こうも想定にない不意打ちみたいな攻撃ばかりが繰り返される中で攻撃に転じろというのが無茶な話だ。

 それでもクロンヴァールさんは二、三メートルの距離を置きつつも突きの構えを取っている。

 未だ武器にもクロンヴァールさん本人にも何らかの魔法が発動されている様子はない。

 では何を狙っているのだろうかと考えようとする最中、不意にその左足が折れた。

 膝を突いた理由は一目瞭然。

 背後から伸びた槍が太ももに突き刺さったのだ。

 クロンヴァールさんが僕と同じ認識でいたのなら、それは迂闊だったと言わざるを得ない。

 あちらこちらでユメールさんの糸によって無力化され脅威性を失ったはずの武器が、今この時になって全てを覆す一手へと成り代わった。

 確かに糸に縛り付けられ、自在に飛び回ることが出来なくなったためこちらにとっての警戒対象からは外れていたことは間違いない。

 だがそれはあくまでグルグル巻きされることで動きほぼ全てを封じただけであって、間違っても地面に固定されているわけではなかった。

 最初にそうだった様に数十センチ程度浮き上がることぐらいは出来たのだ。

 もしも当初よりその数十センチを利用したならば、多少の牽制やこちらの行動を制限することは出来たはず。

 だけど天帝は今の今まで一切の予兆を見せないまま戦いを進めてきた。

 意図的に潜ませて保険(、、)にしていたのか、或いはそんな余裕が無かっただけに過ぎないのか。

 いずれにせよここで他の何よりも効果的にその隠し玉を使われたことで、少なくとも僕の心はありとあらゆる希望が奪われたのではないかという落胆さえ抱かせられていた。

 傷の深さまでは分からないが、クロンヴァールさんは片膝を突き、血の流れる太ももを抑えているだけで立ち上がろうとはしない。

 それすなわち、天帝が最後の攻撃に出ない理由がなくなったということだ。


「これで終わりだ愚民の王よ!!」


 狂気じみた笑みを携え、天帝は両腕を大きく広げる。

 すると周囲に散らばっている、破壊されて岩から石に変わった大量の残骸が一斉にクロンヴァールさんへと襲い掛かった。

 サイズは精々野球やテニスのボール程度とはいえ、何十何百という数の石だ。

 それが時速数十キロという速さで飛んできたとあれば、岩でなくとも無事で済みはしない。

 なぜ……椅子の残骸によって倒れたハイクさんの姿を見ていながら岩で同じことが出来るという想定をしなかったのだろうか。

 それはもう全てが手遅れな後悔と自己嫌悪。

 一つ攻防が進む度に想定の外にある手段を繰り出してくる天帝に、ほとんど分析しか役目がないはずの僕が上回ることが出来なかった。

 その無力さが、今この結果を生んでしまったのか。

「…………」

 クロンヴァールさんは特に何を発するでもなくすぐに背後に目をやり、無数の石礫を見渡していく。

 その目付きは鋭く、全く死んではいなかった。

「余所見をしてくれるなと、先にも言ったはずだ」

 狙いは同時攻撃だったのか、天帝は正面からクロンヴァールさんに攻撃を仕掛けた。

 突き出された杖に加え、数えきれない石礫が四方八方から飛んできている。

 足をやられたクロンヴァールさんに逃れる術はなく、だからといって左手の剣が天帝に向けられているわけでもない。

 ただ迫り来るそれらを前に、両手に持ち替えた剣を地面へと突き立てた。


「愚か者めが……この私が、そこかしこに散らばる敵の武器(、、、、)の存在を失念するとでも思ったか! 螺旋縫雷(ベガルタ)!!」


 剣が刺さった地点を中心に、光り輝く二つの円が浮かび上がった。

 二つ、というよりは二重というべきだろうか。

 その二重丸は瞬時に線と線を紡ぎ、模様を完成させ、魔法陣へと変わっていく。

 そして警戒心からか接近を躊躇った天帝が動きを止めようとする最中、とてつもない魔法が発動した。

 湧き上がる様に立ち上ったのは暴風だ。

 凄まじい勢いで渦を描き、竜巻と化した突風が一瞬にして十メートル以上の高さにまで吹き荒んでいる。

 もはや単なる竜巻という表現すら不似合いな、アメリカの災害映像でしか見たことのない様なトルネードと言って相違ない規模である上に帯電しているのかあちらこちらでバチバチという音を立てながら稲光が光ったり消えたりを繰り返していた。

 リズの爆発魔法もそうだけど、人間が自分の意思でこんなものを生み出せるのかという驚きに一瞬思考が止まる。

 目の前ではクロンヴァールさんに集中砲火を浴びせようとしていた岩の残骸のみならず接近していた天帝までもが風の渦に飲み込まれ、上空数メートルにまで舞い上がっている。

 それだけでも到底無事では済まなそうな雰囲気でこそあったが、直前で速度を落とし完全なる魔法の効果範囲内からはぎりぎり外れていたのか天帝は気流に乗ったまま為す術なく何周か回転したのち、その渦から弾かれる様に飛び出した。

 無事で済みはしないだろうが、それでも見た目から天帝に大きな外傷は確認出来ず、また首を動かし視線を彷徨わせていることから意識を失っている気配もない。

 口ぶりからの想像ながら、クロンヴァールさんが足を犠牲にしてまで誘き寄せた決死の策。

 取り逃せばいよいよ勝機を失うことも勿論ながら、その覚悟を決して無駄にさせてはならない。

 そんな意思の元、命を懸けるべきはこのタイミングだと、僕は駆け出した。

 何が出来るか。

 何をすべきかは臨機応変に、その場で考えるしかない。

 それでも今仕留められなければ、この戦いは終わる。

 そんな予感が体を動かしていた。


「ぐ…………た、盾よ!」

 

 肉体のダメージからか、平衡感覚に狂いが生じているのか、天帝は苦しげな声を表情を浮かべながらもぎこちない動きで一方向に手を伸ばした。

 呼び寄せたのは残る能力の影響下にある最後の物質。

 脇で浮いたままになっていた一つの大盾だ。

 落下しつつある自身の元に引き寄せた盾は地面と平行に向きを変えている。

 それはつまり……身を守るためではなく、足場として使うことで追撃を受けない環境を作ろうとしているということだ。

 それは不味い。

 宙に浮いたままでいられると僕に手を出す術は無い。

 ではクロンヴァールさんはどうか。

 駄目だ、暴風は消失しつつあるがその中心にいるせいで姿が確認出来ない。

 ユメールさんならばもしかしたらと、一縷の望みを胸に足を止めることなく僅かに視線逸らしてみるも意識の無い成人男性一人を片腕で抱えながらでは迅速な離脱もままならず、未だ離れた位置で糸による空中移動の最中だ。

 あの状況ではすぐに戦線復帰は困難。

 ではどうするかと視線を戻そうとした時、情けなくも今この時まで絶え間なく続いた緊張感による疲弊と精神的な消耗で少しずつ極限状態での維持が意思に反して不完全になりつつある思考力や集中力の乱れを突如響いた激しい金属音が無理矢理に引っ張り上げた。

 慌てて進行方向に向ける目に映ったのは宙に舞う巨大なブーメランと、それによって弾かれたのであろう大盾の姿。

 続けてユメールさんとは反対側に視線を移すとそこにいたのは思い浮かべた通り、意識を取り戻したハイクさんだった。

 いかにも満身創痍で、見るからに立っているのも辛そうな様子のまま肩で息をしている。

 それでも皆がそうである様に、そんな状態でも最後の気力を振り絞って希望への道筋を繋いだのだ。

 足場になるはずの盾が別方向に飛ばされ、天帝は摂理に抗う術なく落下していく。

 しかし、今度こそ逃げる手段も身を守る手段も奪い尽くしたはずだと。

 もう一度同じシチュエーションに持ち込むことは最早不可能だ、絶対にここを決着の時にしなくてはならないと。

 走る足が自然と速度を増す中、天帝は最後の足掻きを見せた。

 不運にも大盾を弾いた巨大なブーメランが、その眼前を通過しようとしている。

 天帝はすかさず腕を目一杯に伸ばし、聖杖で鉄の塊を突いた。

 壁や地面とは違って不動の物質ではないため高速移動をした時や上空に飛び上がった時とは違い速度と勢いこそほとんど生まれなかったが、それでも反射の効力で天帝の体は落下という動作から大きく外れて別方向に飛ぶ。

 奇しくもその着地地点は元居た場所と今僕(、、)が走(、、)って(、、)いる(、、)場所(、、)の中間付近だった。

 互いに距離が詰まる方向へ移動しているため今や何メートルという位置に天帝がいる。

 それによって初めて天帝は駆け付けようとする僕の存在に気付き、そしてここにきて初めて僕に敵意と殺気を向けた。


「吹けば散る羽虫如きが今になって何を出来る気でいる痴れ者めが! 辛うじてではあったが運は我に味方した、これで為す術なしだ!!」


 自身に向かって来る僕に対し、迎え撃とうと天帝もこちらに突っ込んでくる。

 そしてこちらに余力が無いことを確信した上で、どこか余裕などない中で無理矢理に勝ち誇った様な表情を作りながら思い切り僕に向けて杖の先端を突き出した。

 それはユメールさんと同じくせめてもの囮だとか、遠隔攻撃に対する盾にでもなれたなら御の字だと思っていた僕にもたらされた最後の僥倖。

 今この時のために僕はここにいるのだと、不思議と襲い掛かって来る敵を前にすんなりと受け入れられた。

 運命は僕達を見捨ててはいなかったのだと、思わず神様に感謝しそうにもなった。

 ゆえに恐れも迷いも躊躇いも一切抱くことなく、自分の意思や選択を、自分に力を授けてくれた恩人を、素直に信じることが出来た。

 まあ……その神様は今目の前で僕を殺す気満々なのだけど。

「……フォルティス」

 突き出された聖状による渾身の一撃が見えない盾へと衝突する。

 言わずもがなこれはただの盾ではない。

 同じ例になるが地面を押して標高が下がることなどないのと同様に、空間の途切れ目であるために物理的な衝撃によって動かせる物ではない。

 つまりは発生する反発の力は全てが杖に、ひいては天帝に返るのだ。

「なっ……!?」

 盾の存在、性質を知らない天帝は予想外の事態に一瞬目を見開き、そして凄まじい速度で後方に飛んでいく。

 間違いなく意図に反した抵抗が困難な肉体の動きであるはず。

 それでも天帝は別の方法で体勢を立て直そうと慌てて杖を持ち替えようとするが距離にして数メートルの、時間にして二秒程の猶予では待ち構えていたその人物の元に到達する方が僅かに早かった。


「これが我が最後の一振りだ……望み通り残った全ての力をくれてやる!!」


 僕が何らかの手を打つと信じていたのか、はたまた単に戦士の勘がそうさせたのか。

 既に武器を構えてそこに立っていたクロンヴァールさんはトルネードを起こす直前と同じく両手で持った剣に白いオーラを充満させている。

 その時よりも心なしか体積が増しているあたり、本人の言葉通り最後の力を振り絞っているのだろう。

 後ろ向きの体勢で宙に浮いている状態のままであること、到達までの距離と速度、全てが天帝に次なる行動に出る猶予を奪い、下から上に振り上げた剣はまともにその肉体を切り裂いた。

 その威力と物理的な衝撃に抗うことなく天帝は真上に打ち上げられ、先程までとは違って何らかの対処や対応に出ることなく血飛沫を降り注がせながら落下した体は鈍い音を立てて地面を弾んだまま動く気配はない。

 今までの刺さったり掠めたりという傷ではなく脇腹の辺りから骨や内臓が覗き、胴体が千切れてしまうのではないかというぐらいの傷を負っているのだ。

 誰がどうみても絶命に至る一撃であることを疑う余地はない。

 杖も手から離れ、俯せに倒れる天帝は地面に血溜まりを作るだけで呼吸に伴う肺や腹部の動きすらなく。

 最も近くにいるクロンヴァールさんがその確証を得て大きく息を吐き、膝を突いたことからも決着の時を迎えたことに間違いはないだろう。

 つまりは今この時、ようやく長いようで短かったこの旅の目的を僕達は果たしたのだ。


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