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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑪ ~Road of Refrain~】
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【第四十二章】 天帝



 一人の亡骸と六つの残骸だけが残された宙に浮く天界の最果て、最後の道。

 これで最終目標地点である目の前の扉を開くにあたっての障害は何もない。

 投げ付けたブーメランを拾ったり糸を回収? というか手元に戻したり拳鍔の男が間違いなく絶命していることを確認したりという事後処理を三人がしている間に僕達も皆の元へ進み、巨大な門の前に全員が集まった。

 そして一分か二分か、回復薬を飲んで体力の回復を図り、息を整えると同時に心の準備をする時間も終わりを迎える。

 直接的な傷を負っていないのは幸いだけど、疲労や消耗が多少マシになるとはいっても万全に戻るわけではない。

 ここまでの長旅、戦いによって蓄積した疲れまで消し去ってくれる様な都合の良い効果を得られることもなく、だからといってここで小休止をしてから行くわけにもいかず、どうしたって戦いを重ねるごとに表情からは少しずつながら余裕が消えていっている感が否めない。

 それを承知でほぼ三人にこの場を任せたのは、クロンヴァールさんとリズという攻撃という点での要を温存するためなのだろう。

 この先に待っているのがどんな人物で、どんな思考や行動原理、性格だったり価値観を持っているのかは分からない。

 それでも僕達は巨大な門を一つ挟んで天界の長であり支配者でもある天帝の住み処の目の前にまで来た。

 引き返す選択肢など無く、また、闘って勝つ以外に生きて帰る未来も無い。

 それが分かっているからこそ誰も愚痴の一つすら溢すことなく、最後に水を一飲みすると空き瓶を放り捨て真っ直ぐに聳える二つめの門を見上げた。

「では開くぞ。覚悟の決まっていない者はおるまいな」

 クロンヴァールさんの問い掛けに返る言葉はない。

 言われるまでもないと、僕以外の全員の目が告げていた。

 そしてアイコンタクトを受けたアルバートさんが巨大な門に片手を伸ばす。

 意外にもこんな物どうやったら人の手で動かせるのかと思わずにはいられない重量感たっぷりの扉が、指が触れた瞬間には自動ドアの如く勝手に開いていった。

 並び立つ僕達の前で徐々に向こう側の景色が露わになっていく。

 そこにあったのは、どこか和洋折衷な感じの大きな屋敷だった。

 入り口からみて正面、一番奥には平屋ながら広く大きな洋風の建物があるが、庭は土だし、これといって飾られているわけでもなく見ようによっては日本でも目にしそうな普通の庭が広がっている。

 不気味さに身の毛がよだつのは左端にサラマンダーの所で見たのと同じ様な炎を噴き出している木がズラリと並んでいたり、反対側には何の用途があるのかやけに大きな岩が五つ程置かれていたりと物騒さを匂わせるだけで庭園という様相がほとんど感じられない異様な雰囲気のせいだろうか。

 いや、それも勿論あるのだけど……間違いなくそれよりも異質な存在がこの緊張感のほぼ全てを占める原因だろう。

 屋敷から門の間に広がる庭の中心付近に何故そんなことになるのか玉座と思しき派手な装飾の椅子が浮いていて、そこに一人の男が座り僕達を見下ろしている。

「どいつもこいつも、お待ちかねとばかりに余裕ぶっこいてやがるな」

 既にその目線の差が気に入らないらしいリズはペッと地面に唾を吐き捨てた。

 もしかしたら隣で舌打ちをしつつ指に挟んでいた煙草をパチンと届くことのない敷地内にいる男に向かって飛ばしているあたりハイクさんも同じ感想だったのかもしれない。

「だけどまあ、神として統治者としての個であるという有り方で助かったのも事実だけどね」

「なるほど確かに、あんな奴等が結託しようものならいよいよ人類も終わりだな」

「勝手に終わらせるなです。見てみるです、ぶっちゃけ一番弱そうです」

「ばーか、弱そうな奴が見た目通り弱かったらラスボスなんざやってねぇんだよ。てめぇと一緒にすんな」

「だーれが弱いだとですザベス? ああん?」

「てめえだ」

「カッチーン! ですっ」

「喧嘩してる場合か馬鹿野郎、泣いても笑ってもここで最後だ。そろそろ真面目にやれ」

「どのみちこの人数、この面子で勝てなければダンの言った未来とそう変わらん。総員全てを懸けろ」

 一つ二つ叱責を受け、少なくともユメールさんが罵倒の言葉を飲み込んだところで それぞれが納得と理解を示し、ハイクさんが一歩目を踏み出したのをきっかけに全員が門の奥へと足を進めていく。

 そしてゴゴゴゴゴと、同じく独りでに閉じていく門が立てる音を耳に空中で椅子に座っているというおかしな状態の男に近付いていくと、数メートル前でぴたりと立ち止まった。

 高さにして五メートル程の上空にいる男は変わらずにやついた様な顔で頬杖を突いたままこっちを見ているだけで自分から言葉を発する様子はない。

 その外見、風貌はというと、耳が隠れるぐらいの茶髪を靡かせる顔は見た目だけで言えば二十歳前後にしか見えないぐらいに若く、なぜか裸足で首にはホースみたいな太さのある綱をネックレス代わりとばかりに巻いている。

 そして銀色の模様や刺繍があちこちに施され派手になっている黒い衣服は宮司の物ととても似ている、所謂狩衣と呼ばれる物と似た形をしていて袖は腰の辺りまで伸びているわ下半身もふわっとしているわと印象としては完全に陰陽師なんかを連想させる様な姿をしていて、神という事前に分かっていた情報をよりはっきりと風貌で示していた。

 更には金色の籠手が両手首に着いていたり、領巾? と言うのだったか、白い羽衣が背を通って両腕に巻き付いていたり先端が赤い輪っかに銀色の天使の羽根みたいなのが付いている上にその輪っかの中心に青い宝玉が浮いているいかにもな聖杖を持っていたりと、神秘的な存在であるだけではなく闘ってもさぞ強いのだろうなということがプンプンと臭ってくる何とも言い難い風体がどうにも警戒心のみならず恐怖心を煽ってくる。

 それでも神の中の神というぐらいだからもっと歴史を感じさせる人物像を想像していたのに思っていたよりも随分と若い。それが第一印象としてはどうしても先に来てしまうだろう。

 といっても……それはウラノスの能力だの儀式だのがある以上それが実年齢を推し量る材料にはならないんだろうけども。

 加えて言えば、浮いている椅子に座っていること自体も意味不明なれど、それだけではなく何故か背後で剣、槍、盾がそれぞれ五つずつ並んで浮いているのだからもう考えることだらけで頭が追い付かないのが現状である。

 値踏みでもしているのか、あちらが不敵な笑みを浮かべたまま無言で見下ろしている理由はよく分からないが、こちらはこちらで色んな意味でどこから手を着ければいいのかといった具合で軽々に動くことも出来ず、ただ睨み合っている沈黙状態が数秒続いたところで僕の隣で辺りを見渡していたリズが空中に佇む神様へと第一声を投げ掛けた。

「よおカミサマ、ちょいと祈りてえことがあるんだが聞いてくれるよなぁ。てめえが出来るだけ苦しんで死にますようにってよお」

「ふっふっふ、さすがに威勢がいいな地上の戦士達よ。束の間の手遊び、存分に楽しませてくれたまえ」

 その言葉を受け、カチンときたのか露骨に顔を顰めて『あ?』とか言ってるリズを手で制しクロンヴァールさんが前に出た。

 もう後ろ姿だけでも分かる。

 こちらまで怖くなってくる程に殺気に満ち溢れているのが。

「手遊びだ? 我々が遊びや観光のつもりでここまで来たとでも思っているのか? はっきりと宣言しておく、貴様は今日ここで死ぬ。そのために私はここにいるのだ」

「そうだろうとも。だが、それはつまり我と遊んでくれるということではないか。この天帝こそが紛う事なき唯一神なり、されどこう見えて戦は好きなのだ。ここしばらくは抗争もなく暇を持て余しておったところでな。近く我が自ら全勢力を率いて攻め込む予定であったというに、よもや地上の民の方から乗り込んで来ようなどとは思いもよらぬ」

 心底楽しそうな、無邪気な笑顔が僕達を順に見回していく。

 敵愾心や悪意など何一つ感じられない、嘘偽りのない本音と言わんばかりの表情に一体この男は何を言っているんだという気持ちが憤りや挑発といった台詞を掻き消し返す言葉を見失わせていた。

「卑俗な種よ、貴様等の腕の程など我は知らん。だがここまで辿り着いたからには我が門徒を倒してきたということ。いずれ追放者共を含め地上の民を一掃する戦が起ころう、所詮は繋ぎの余興よ。少しは楽しませてくれることを期待しておるぞ? んん?」

「死ぬ前に一つ答えてもらおう」

「許そう、何なりと言ってみるがよいぞ」

「アルヴィーラの建国宣言に伴いかつての地上の王は天界との盟約を交わした。天界からの解脱者達と手を取り合うことなかれという貴様等の要求を飲んだのもそのためだ。今やそんな取り決めなどなくとも一触即発ではあるが、全てを破棄してでも我々と敵対しようというのだな」

「敵対とな? 笑止千万、どこまでも愚鈍でずれた感性だな。この天の地こそが世界、この天こそが選ばれし者にのみ居住を許された楽園なのだ。長き歴史を経て都合良く道理を忘れ去った劣等種族共はそれを弁えるどころか神々の慈悲によって許された生と命であることも知らずにわらわらと増える一方ではないか。まるで独自に発展を遂げたかの如く我が物顔で大地を占拠し創世主の末裔たる我らを崇めることもせぬわ、与り知らぬ所で協定を結び追放者共が作った国とよろしくやっておるわと、まったくもって目障り極まりない。世界とはこの蒼天と神、そしてその庇護下で生きる民さえいればそれでよいのだ。それ以外の人間も魔族も、ましてや地上も淵界も必要なかろう? この天帝に平伏し、加護を求める者だけが我が膝元に生きる権利を与えられる。その揺るぎないヒエラルキーこそが唯一無二の理にして絶対的な真理、それこそが【最後(セレスティ)(アル)楽園(・エデン)計画】なのだ。不要な争いもこの天帝に仇なす種族もおらぬ永遠の平穏が実現するのだぞ? 素晴らしいとは思わぬか?」

「その反吐が出る偽りの理想郷のためならば人類全てが死滅しても構わないと?」

「ふはははは、いかにも叛徒に似付かわしい言辞よのう。偽りの理想? 結構なことではないか。我とって必要か否か、この世の全てはその摂理に従うべきなのだ。我には全ての不条理が許される、ゆえに神なり。元より貴様等の生態系を支える大地も、炎も、水も、もっと言えば時間や生命という概念も、我等が祖先である創造主が生み出し、与えた物だ。なくては困るのはそちらの都合、与えた物を返せという要求に筋も情けもあるまいよ」

「どうやらこれ以上話しをすることに意味はないようだな。この様な輩が神を名乗ろうなどと、嘆かわしく汚らわしい……神というのは天の地を治める者が得る肩書でしかない、それをトチ狂った若造が支配者にでもなったつもりでいるのか? 貴様個人の理想のためならば誰の生き死にも貴様の自由だと? 増上慢にも程があるわ!」

 例え戦の場であっても最大限冷静であろうと努めるクロンヴァールさんであっても、もはや歯止めは効かない。

 その身勝手な計画によって謀殺された人達がいる。

 その独善的な価値観に踊らされ命を奪い合った人が大勢いる。

 とりわけその中心にいて、身近な人間を失い、自ら他国に攻め入り戦争の指揮を執ったこの人にとって、ようやく訪れた清算の時である今この場で感情を抑える術はなかった。

 手に持った剣の先端が目の前に魔法陣を描いていく。

 それはクロンヴァールさんの持つ最強の技で、もはや奇襲や様子見の意味など一切持たない文字通りに先手必勝の、この一撃で終わらせようという意思の証明。

 相手はどう見ても普通ならざる力を持っている。

 これで決められたなら、或いは優位に進めることが出来たなら大いに効果はあるだろう。

 だがこれだけ強力な技をこの短期間で二度も放てばクロンヴァールさんにだって大きなリスクがあるはず。

 それでもそういった要素を無視し、長期戦を見据えることなく短期決着狙いで出し惜しみなしで先手を打った。

 感情が先行したのか、歩き続け戦い続けたこの数日が蓄積させた諸々が長引くだけ不利に働くと踏んだのか、はたまた気を緩めれば即敗北に繋がるだけの相手であると感じ取ったのか。

 いずれにしてもそこに言葉は必要なく、その間に僕以外の全員が武器を取りだし構えを取っている。

 それを感じ取っているのかいないのか、クロンヴァールさんは魔法陣の完成と同時に突き出した左手が渾身の一撃を見舞った。


穿撃覇王陣(ガロ・インペリア)


 つい先程見たばかりの最強最大の、魔法陣を介することで何倍何十倍になった槍状の斬撃波が天帝を飲み込まんと迫っていく。

 対する天帝は既に敵意と殺気に満ちているこちら側の面々とは違いどこか嘲る様な笑みを浮かべたまま浮遊状態の椅子から飛び降りると二度三度手に持った杖を回転させ、その先端を正面に向けた。

 そして何か迎撃や相殺のための技を放ってくるでもなく、ただただ杖の先端を正面へ突き出す様に向けたかと思うとこれといって特別な動作を挟むこともなく目の前に迫る膨大な斬撃波へとぶつける。

 どういった意味合い、狙いがあっての行動なのかを考察するまでもなく、背後の建物ごと吹き飛ばさんとばかりの規模を持つ必殺の一撃は軌道を変え、明後日の方向へと飛んで行った。

「なっ……」

「この威力の斬撃波を杖一本で……だと? 何らかの能力付きか、あれが奴の(ゲート)か」

 防ぐでもなく打ち消すでもなくあんな細い杖で弾き飛ばしたという事実に、言うまでもなくクロンヴァールさん本人を含めたこちら側の動揺は大きい。

 対照的に天帝は肩で杖を弾ませ、愉快そうに笑っているだけだ。

「ふはははは、なるほどなるほど。下界の民にしては特出した力を持ってはいるようだ。だが、どれだけの威力を持っていようとも、例え魔法力を纏っていようとも元を辿ればただの物理、放出した斬撃であることに違いはない。その距離から食う様な相手だとでも思っていたか?」

「けっ、余裕ぶっこきやがって。だったら魔法を食らわせてやんよ!」

 少なくとも一気にケリを付けるつもりであったはずが、相手の力がどれだけ強大か、どの様な戦い方をするのかを量ることすら出来ずに終わったことで再び向かい合う間が生まれる。

 それでもリズだけが攻めの姿勢を失わず、杖を構えるとオレンジ色の矢を五本生み出し、相手の反応を待つことなく問答無用で打ち出した。

 五本の魔法の矢が真っすぐに天帝へと飛ぶ。

 だが、そのオレンジ色の光が手を離れた瞬間、背後で浮いていた大きな盾が三つ、一斉に動き出したかと思うと天帝の前に密着して並び天帝の姿を丸々隠してしまった。

 必然、魔法の矢は盾に直撃し五度の爆発音を響かせ真っ赤な炎と白い煙で辺りを覆う。

 やはり僕以外の全員が何か動きがあれば即座に対処、対応しようと身構えているが目に見える動きや変化はない。

 数秒して炎が消え、煙が飛散して薄れていくと、そこでようやく盾どころか壁になっていた物が間隔を開ける様に動き、真上に移動したことで天帝の姿が奥から現れた。

 言わずもがな、全くと言っていい程に怪我やダメージを負った様子はない状態で、だ。

「浅はかな発想だな地上の有象無象よ。恐れががそうさせるのか、はたまた単に臆病であるがゆえか……非凡であることは認めてやらんでもないが、よもや遠くから石ころを投げているだけでどうにかなるとは思っていまいな?」

 天帝は変わらぬ薄ら笑いで、少し縮んだ距離から挑発的な言葉を口にする。

 恐れというのが警戒や経験則と意味を同じくするのであれば、こちらにしてみれば当然の段取りのはず。

 無暗に、無策で突っ込んで行くのは無謀過ぎるし、それはどう考えても最善には程遠い。

 それでいてこうして感情を揺さぶろうとするのは、逆に向こうが接近戦が得意であったり好みであるからがゆえではなかろうかと思うのは考え過ぎだろうか。

「なるほど、周囲の武具を自在に操る。そういう類の力か」

「これではどちらが門の恩恵か分かりませんね。どちらもそうなのか、或いはどちらもそうでないのか、という可能性も当然ありますが……」

 挑発に乗って欲しくはないという思いから、クロンヴァールさんの考察に出来る限り冷静な口調を装って自分の考えを述べる。

 幸いにも激高して前のめりになる者はいなかったけれど、かといって天帝の言葉ではないが遠くから魔法を放っているだけでどうにかなる問題ではないことも事実。

 いつだって似たシチュエーションであったとはいえ、だからこそ出方が難しい。

「門とやらに頼ることなくそんな芸当が可能になるもんかね」

「そればかりは何とも……」

「タネなんざどうでもいいんだよ、武器だの盾だのを操ろうとさっきと違って敵は一人なんだろ? こちとら新婚なんだぞクソッタレ。いい加減家に帰ってダーリンとイチャコラしてえんだ、サクッと殺して終わらそうぜ」

「そうだといいが、ああして予め用意したもんを自在に操る能力だと仮定すると……壁際に不自然に転がってる大岩も対象になる可能性があるぜ」

「なるほど、それは洒落にならん。信じたくはないが、であれば周囲で燃えている木々の炎もか?」

「いやいや御姫、そいつはもはや魔法でどうにかなる領域じゃねえぞ」

 自由に物体を操る……か。

「所謂、テレキネシスってやつか」

「お? テレ……何だって?」

「この言い方じゃ分かんないか。念動力って言えば分かる?」

「念じることで物体を操る力、だったか? 実在したという記録を見た覚えがないが」

「もしも本当に物質ですらない炎すらもという話なら、それに当て嵌まる類いのものかどうかも怪しいですけどね……」

「どちらにせよ頭には入れておかねばなるまい。炎に対処する術があるのは私とエリザベスだけだ、我々は分かれてた方がいいだろう。クリス、コウヘイは前に出ずここで気を窺え。クリスはサポート、コウヘイは自己判断で動いて構わん。必要なら誰にでも支持を出せ、私が許可する」

「了解ですお姉様」

「分かりました」

「どうした? もう戦意喪失か? だがそれも理解しよう、死を待つだけの残り僅かな時間だ。大いに悩み、迷うがいい。この天帝の前に現れた愚かさを嘆く以外に出来ることなどないのだからな」

 それが当たり前と言えば当たり前なのだろうが、ノームの時みたく作戦会議をさせてくれる気はないらしく、今度は背後で同じ様に浮いていた槍と剣の全てが独りでに動き、一斉にこちらを向く。

「こうなってしまえば分析は戦いながらするしかなさそうだ。コウヘイは下がってそれに専念しろ、クリスは先程指示した通りだ。残りは全員で掛かる、私からの命令は二つ。各々が奴を討つために最善だと思う行動に全てを懸けろ、そして無駄死に(、、、、)はするな」

「応」

「御意」

「はいですっ」

「分かりました」

「ブッ殺す」

 六つの返事が返ると、同時に空気が急激に張り詰める。

 それはこちら側のスイッチが入ったからというだけの理由ではなく、向こう側からも明確に威圧感が放たれているからだ。

 何らかの行動、仕草に出たわけではない。

 それでいて変わらぬ薄ら笑いとやや見開かれた目が、まるで獲物に狙いを定めるが如く嗜虐的に歪んでいるせいだ。

 ただ楽しむために、弱者をいたぶってやろうという嗜虐的な意思がひしひしと伝わって来ていて、その不気味さ悍ましさがこちらを必要以上に刺激しているという感じだろうか。

 それは露骨なまでに僕達を舐めていて、この人数差であっても負ける可能性など微塵も考えていないということ。

 しかし、僕達が天界に乗り込んできたことを把握していても先程の口振りからしてもどういう能力や力を持っているかまでは知らないと見ていい。

 ならば侮っているうちに一気に畳み掛ければ勢いで押し切れる可能性は少なからずある。

 そんな考えに至ったのは僕だけではなく、次の瞬間にはクロンヴァールさんの号令を合図に僕とユメールさん以外の四人が一斉に天帝へ向かって突撃を開始していた。


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