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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑪ ~Road of Refrain~】
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【第三十章】 役割


 ~another point of view~


「何だこりゃ、ほんとに同じ洞窟の中かよ」

 ダニエル・ハイク、アルバートに続いて番人が待つ空間への扉を潜ったエリザベス・ロンドは呆れた様に真上を見上げた。

 事前に聞いてはいたものの、四つ並んだ扉の先に存在出来るはずのない広さと直前までとは大きく変わって発光石が敷き詰められ屋外とそう差がない明るさを維持していることに違和感を抱かずにはいられない。

「つーか、また随分とゴツゴツとした場所に来たもんだな」

 特に反応を示すことなく、それでいて続けて誰しもが共通して抱いていたであろう感想を言葉にしたのはハイクだ。

 一面に湖が広がっていたという最初の扉から思い浮かべるイメージとは大きく違っており、どこかしこに高低も大小も様々な岩が散らばっていて地面が見えている部分の方が面積としては小さいのではないかというゴツゴツとした岩場が辺り一帯に広がっている。

 散乱するそれらの岩のせいで見通しが悪く、死角だらけであるためすぐに訪れるであろう戦闘の時への影響を考えると歴戦の二人にしてみればどうにも良い予感はしない。

 広さ自体は何らかの魔法によるものであると瞬時に理解していたが、噂に聞く化け物がどんな姿形をしているのかと想像するまでもなく番人として待ち受けていたその生物の存在が全ての思考を遮断し否応なく意識をそこへと集中させた。

 無数に転がっている岩のせいで出口付近の様子を把握することは困難だったが、最深部の壁の傍にある一番高く大きな岩の上に異形の生物が立っているのは全ての目に映っている。

 当然ながらその何者かも侵入者には気付いていて、立ち上がったまま遠くから三人を見下ろしているもののこれといって動く気配はない。

【魔神パズズ】と呼ばれる生物であるという以外に情報のないその何かは、到底この世の物とは思えぬ風貌と妙に好戦的な表情で遠巻きながら明確に三人を威圧しているだけだ。

 ライオンの頭部を持ちながら二本の足で立っている様はさながら人型の生物であり、両腕を含めた上半身はその頭部と同じく橙色の体毛に覆われた獣の肉体であることが分かる。

 それでいて下半身は大型の猛禽類の様になっていて、太いだけではなく鳥類独特の鋭い鉤爪がきらりと光り、更に背には同じく鳥類が持つ物と似た黒く大きな翼が左右に二つずつの生えているという人と獅子と鳥を混ぜ合わせたかの様な姿をしていた。

 そんな異様にも程がある敵を前に三人がすぐさま武器を構えると、それに反応するかの様にパズズはバサバサと何度か翼を前後に動かし羽音を響かせ、そのまま岩の上から飛び立ち緩やかに滑空しながら中央付近にある別の岩の上にまで近付いてくる。

 接近したことによってよりはっきりと把握出来る様になった強固で分厚い肉体や太い手足は打撃であれ爪を用いた攻撃であれまともに受ければただでは済まないだろうと思わせるだけの凶悪さをヒシヒシと伝えて来ていた。

 背丈だけで言えば大柄ではあっても規格外というレベルではなかったが、重量感のある体躯は腕力と言う点において人外の域であることは明白。

 それでいて経験、自負、性格、それぞれが違った理由から臆する気持ちを抱くこともなく、最大限の警戒心を保ちながらも慌てず騒がず冷静に会話を続けた。

「また随分とぶっ飛んだ野郎がお出ましだなオイ」

「魔族、という種ともどうやら違っているね。天界独自の生物なのか、神が生み出した未知なる生物なのか」

「どっちでもいいだろそんなもん。あの自信ありげなツラが気に食わねぇ、それだけ分かってりゃ考えることなんざ他にはねぇよ」

「それはそうだけどね、この面子でここに来られたのは幸いだったって話さ。エリザベスちゃんの魔法とダンのブーメランがあれば飛行能力を持つ相手であってもどうにかなる。厄介極まりないことに違いはないけどね」

「あんたは見物してる気かよロン毛隊長」

「僕は近接戦闘専門だからね。といっても高さがある岩もあるし、攻撃する手段はいくらでもありそうだけど」

「これだけ岩だらけとくりゃ上空に逃げられてもブチのめす手段にゃ困らねえ、か。どうやら飛び回るだけが取り柄ってわけでもなさそうだがな」

「そうだね。だからこそ先の事を考えても短期決戦が望ましいわけだけど……そう甘くはなさそうだ」

「ウチの最強魔法で跡形も無く消し飛ばしてやんよ」

「何回言わせんだてめぇは。洞窟の中ってことを忘れんな、生き埋めになって全滅する気か」

「ならどうすんだよ」

「各々で奴を仕留めるために動きつつ、鍵を奪う。最低限空気を読んだ上でな」

「そりゃ分かりやすくていい。生憎とウチの頭じゃチームワークなんて難しい言葉は右から左だからよぉ」

「んなもん最初から期待してねえさ。そいつは俺と旦那がいれば十分だ、お前はヤれると思ったら遠慮なく行け」

「てめえ等の見せ場が残ってりゃいいがな」

「余裕ぶっこいてヘマすんなよ、どうやらフォローしてやれる程楽な戦いにはならなそうだぜ」

「誰に向かって言ってんだよ。人の心配してる暇があったら野郎の首でも取りに行ってろ、今夜は手羽先だ」

「翼が生えてりゃ何でも食いもんに見えんのかお前は……」

 そんな普段と変わらぬ会話を交えつつ、二人は武器を一人は杖を構えて化け物を見上げている。

 方針と呼べるものであるかはさておき、各々がすべき行動の確認は大方終えた。

 無警戒な顔でああだこうだと言い合ってはいてもエリザベスを除けばこれまでにない緊張感を維持していたし強敵であるという認識も揺るぐことはない。

 ゆえに油断など一片も存在しておらず、半ば不意打ちとも思えるパズズの先制攻撃に反応出来たのもそれが何よりの理由だった。

 動きのない三人をどう見たのか、背に生える四つの翼が前後にバタバタと羽ばたき始める。

 同時に無数の風の刃が次々と打ち出され、辺りを切り裂いていった。

「どうやら空気が読めねぇのは野郎の方らしい」

 目の前で岩の端々や地面に次々と亀裂を刻んでいく様を目に、エリザベスの小馬鹿にした台詞を合図にして三人もすかさず対処の動きに出る。

 魔法を駆使したのではなく翼の動きだけで殺傷能力を持つ風を巻き起こしたことへの驚きを抱きつつも、所謂かまいたちと同じ理屈であると理解すると同時に乱射されては防御も容易ではないと判断したハイクとアルバートはすかさず近くにある岩の陰に飛び込んで回避し、唯一エリザベスだけが好戦的な表情を携え杖を一振りして一筋の風の魔法によって相殺することで直撃を避けた。

 一連の攻防を経て両者が一気に戦闘モードに変わっていく。

 再び全ての翼を羽ばたかせているパズズは間髪入れずに正面に立つエリザベスへと突っ込んだ。

「馬鹿が、焼き鳥にしてやんよ!」

 対するエリザベスには迎え撃つ以外の選択肢はない。

 すぐにの弓を扱う体勢で杖を構えると真っ赤な魔法の矢を放った。

 打ち出されたのは炎の矢であったが、パズズは避けることなくまともに直撃を食うも勢いを落とすことなく突進を続ける。

 確かに上半身が炎に包まれたものの、突き抜けてくる姿にはダメージを負った様子はない。

 動きを抑制させることすら出来ないという結果までは想定していなかったエリザベスはその光景に思わず舌打ちを漏らし、至近距離にまで迫る敵に対し次なる攻撃に備えるのが精一杯だ。

 杖を片手にぎりぎりまで引き付け、動向を注視し、相手の出方に合わせようと待ち構える中、パズズが選択したのは直接的な攻撃だった。

 勢いを殺すことなく突っ込むと、鋭く尖った爪が顔面を狙って伸びる。

 エリザベスは咄嗟に両手に持ち替えた杖を盾代わりにして身を守ると瞬時に自由に接近を許す状況は危険だと判断し相手の勢いを利用してパズズの腹筋を蹴り付け、その反動を利用して後方に飛ぶことによって退避する道を選んだ。

 分厚い肉体を持つパズズは蹴られた腹部にダメージを負うでもなく、翼を使って空中で体勢を維持している。

 そして取るに足らない反撃を嘲笑うかの様な嫌らしい笑みを浮かべるその顔が殺気に染まり改めて標的への敵意に満ちた時。

 左右共に視界の外から弧を描く様な軌道で飛んできた二本のブーメランがパズズを襲った。

 位置関係上、最も高い場所に居たために直前でその存在に気付いたものの全てが違った角度から迫り来る刃を完全に回避するには至らず、二の腕と太ももに傷を負い血飛沫を舞わせる。

 それは無数の岩という死角の多い地形を利用したハイクの不意を突いた計算と鍛錬、経験の賜物。

 軽微ながら明確に傷を負わされたパズズは一度左右を見渡したのち、傍にあった岩の上へと着地し次なる攻撃に備える。

 しかしその警戒心に反してハイクは向かって右側の岩陰から堂々と姿を現したかと思うと、戻ってくる二つのブーメランを軽々と受け止め挑発的な言葉を投げ掛けた。

「お前は背に大層立派な四つの翼を持っているんだろうが、俺の二つ名は六つの翼(セラフィム)だ。あんまりデカい顔してくれんなよ」

 左右でほとんど誤差なく回転するブーメランを受け止めた手には予めそれとは別のブーメランが持たれている。

 そして両手の武器が、その手が生み出す翼が四つになった瞬間、全ての刃が再びパズズに向かって放たれた。

 右から二本、左から二本、それぞれが違った高さで緩やかなカーブを描きながら迫る防御が困難な旋回する同時攻撃は行動の選択を済ませる時間を与えず、パズズはその場で左右に視線を送り大きな鼻息を漏らしたのちに左前方にある一段小さな岩へ飛び移ることで回避するのが精一杯だ。

 それは上下と後方をブーメランの軌道が塞ぎ、正面にはエリザベスが待ち構えているがゆえの咄嗟の判断。

 だが、ハイクが攻撃を仕掛けるのを目にした時からそのタイミング、その展開に備えていた男がいた。

「こっちは三人いるってことを忘れていないかい?」

 パズズが岩の上に着地するのと同時に背後から飛び出したアルバートが斬り掛かる。

 岩陰に身を潜め、不意の一撃を狙っていた男が振り抜いた剣が腹筋の辺りを掠めた。

 声ではなく気配によってアルバートの急襲を察知したパズズは刃が身を切り裂く直前に振り返り、体を反らすことで致命傷を避けている。

 その反応の速さに予想を上回る戦闘能力やセンスの高さへの畏怖を抱くアルバートだったが、当然ながらそこで動きを止めることなどない。

 そう広くはない岩の上だからこそ飛翔される前に少しでも優位な状況を作り出さなければと、続けて首元へと切り掛かった。

「おいおい……冗談だろ?」

 両者の動きが止まると、アルバートの顔に苦笑いが浮かぶ。

 それもそのはず、至近距離から両腕で叩き付けたはずの剣は素手のまま繰り出された掌底によって難なく弾き返されたのだ。

 肉体の強度が可能にしているのか、或いは何らかの能力か。

 頭を過ぎった疑問の答えを見つける時間は既になく、再び見下す様な笑みを向けるパズズを前に打って変わってアルバートが回避を強いられていた。

 剣を弾いたのとは逆の手が真っすぐに胴へと延びる。

 殴ろうとしているわけでもなく掴み掛かるでもなく、揃った指の先に光る爪を用いた突きであると理解するとアルバートは反射的に岩の上から飛び降りた。

 他の面子と違い両腕の肘から先、両足の膝から下、そして胸部や肩を守る鎧を身に着けている自分に対して爪による攻撃が有効だろうかと疑念を抱かなかったわけではないが、剣を掌で押しのける腕力や肉体の強さを見せつけられたばかりとあって直感が対処ではなく逃げを選ばせたのだ。

 自ら距離を詰めたことが災いし完全に避けきるには至らなかったが、それでも辛うじて胸元の鎧を掠めるだけに止めてパズズから遠ざかっていく。

 その際、はっきりと爪の痕が刻まれている鉄製の鎧の有様にアルバートは肝を冷やしていた。

「旦那!」

「問題ない! だが爪には気を付けろ、鉄を削るぞ!」

 まるで予め示し合わせていたかの様に、入れ替わりで飛び出したハイクが周囲の岩を乗り継ぎパズズへと突っ込んで行く。

 常に敵の選択肢を奪い、形勢不利に陥ることを避けながら機を窺う。それが二人に共通する難敵への対処だ。

 軽やかなステップで二つ三つと岩を足場にしながらパズズに迫るハイクは背中から打撃、接近戦用の武器である背丈と変わらない程の巨大なブーメランを取り外すと、真上から脳天へ向かって叩き付けた。

 だが、ここでも双方が相手の想定を覆し、予想の上を行く攻防は続く。

 パズズは瞬時に身構えると振り下ろされる巨大なブーメラン目掛けて後ろ回し蹴りを繰り出し、真っ向から力尽くで打ち負かしてしまったのだ。

 ぶつかり合う武器と片足。

 強度、重量で上回るはずのブーメランはいとも簡単に押し負け、バチンと鈍い音が響くとハイクは体ごと進行方向とは逆の元居た方角へと吹き飛ばされる。

 幸いにも体に痛みはなかったものの、立て続けに武器対素手という状況で歯が立っていない結果にハイクの顔は歪んだ。

「ちっ、なんつー脚力だ」

 どうにか岩の間に着地し苦い表情を浮かべつつも次はどうしたものかと思案する中。

 今度こそ仕留めてやると言わんばかりに前のめりの体勢を取り、追撃を仕掛けようと膝を曲げたパズズの足を止めたのはやはり別方向からの攻撃だった。

 顔面目掛けて飛んできた三本の白く輝く魔法の矢をしゃがみ込むことで躱すと、パズズはその発生源であるエリザベスへと視線の向きを変える。

「おいコラ珍獣野郎、こんな良い女を前にして目移りしてんじゃねえよ」

 エリザベスにはハイクを助けるつもりも二人の動きに合わせて連携を取ったつもりも一切ない。

 言葉の通り、ただ他人をアテにすることのない喧嘩上等主義が目の前の敵から蔑ろにされる屈辱に堪え兼ねただけだ。

 通過した三本の矢が遠くに消えていくと、エリザベスはすぐさま別の矢を放つ。

 生み出されたのは同じく白い魔法の矢であったが先程とは違い一本だけで、その上パズズを直接狙うのではなくその足元へと着弾した。

 刹那、白煙が辺りを覆っていく。

 使用可能な魔法に威力や規模の制限がある以上は正面から小細工を仕掛けても効果は薄いと考えた末に思い付いた煙幕の魔法だ。

「ナイスフォローだエリザベスちゃん」

「まさかこんな補助魔法まで扱えたとはな」

 左右に位置取りパズズの出方を窺っていた二人から、エリザベスにとっては謎の賞賛が聞こえる。

 繰り返しになるが、捻くれ者である孤高の天才にとってチームワークや仲間意識という概念が介入する余地など微塵もない。

「てめえ等の頭にゃお花畑でも詰まってんのか、勝手な勘違いしてんじゃねえよボケ! ウチはハナっからてめぇで仕留めるためだけにやってんだ!」

 ミカルギオン!

 留まることを知らない悪態の最後にエリザベスは杖を振り、魔法を唱える。

 それによって生み出された雷が上空より降り注ぎ、煙幕の中心にいるパズズへと真っすぐに落ちた。

「仕留めたか!」

 その光景を見たハイクが素早くエリザベスの元へと駆け寄った。

 白煙に包まれているためほとんど陰しか把握出来ないが、雷の魔法は間違いなくパズズに直撃している。

 傍目に見ても並みの魔法使いを優に超える威力だ。今度こそ戦況を変えるだけのダメージを与えられたのではないかと想像するのは無理からぬことだった。

「いいや……微妙なとこだな」

 対照的にエリザベスの表情は浮かない。

 雷を生み出す魔法ミカルギオンには同じ術式を用いていても二種類のタイプがある。

 魔法力を変換し雷を直接作り出す方法、そして自然の力を借りて雷を発生させる方法。

 分類するならばエリザベスは後者だ。

 魔法の矢に変換した場合にはその限りではないが、正面からの攻撃に比べると命中率に大きな差があると判断し通常魔法を使ったものの、それゆえにどうにも手応えが薄かった。

「…………」

「…………」

 エリザベスの様子から何かしらの懸念を感じ取ったハイクを含め、二人は揃って落雷の衝撃や風圧によって飛散し薄れていく煙を見つめている。

 やがて姿が露わになったパズズは変わらずそこに立っていて、好戦的な表情に陰りはなく肉体にも大きなダメージを負った様子は見受けられない。

「ちっ、やっぱ空が見えてねえと威力がよええ。直接ブチ込むべきだったか」

「だが、そうさせてくれるつもりはないらしいぜ」

 二人の視線が徐々に上へ上へと変わっていく。

 ハイクやアルバートの警戒心や強者であるという認識がより増す一方で致命的ではなくとも少なからず雷によるダメージを負ったパズズも同様の思いを抱いたためここにきて初めて自ら距離を取ったのだ。

 それが入れ替わりで攻撃を仕掛けてくる連携や単純な数的不利を嫌ったのではなくエリザベスの魔法に対する警戒でしかないことを二人が知る由はないが、攻撃の手が届き辛いだけの高さにまで舞い上がるとパズズは四つの翼を大きく前後に動かし始めた。

 また風の刃を乱発されては不味いとハイク、エリザベスは揃って身構えるが二人を襲った異変はそれとは違っている。

 バサバサと飛翔に伴う物とは違った羽音が激しさを増していくと、急激に周囲の温度が上がっていくのを瞬時に感じ取った。

 生み出される気流が蔓延すると同時に辺りの空気が温くなり、暖かくなり、瞬く間に熱風へと変わっていく。

 炎とはまた違った性質ながら直接浴びれば無事では済まないであろう高温の風を避ける様に二人はすぐに岩の陰へと飛び込んだ。

「何だってんだ……これじゃ攻撃しようがねえぞ。何か対抗策はねえのかザベ公」

「どうにかったって、こんなもん浴び続けりゃ焼き鳥になるのはこっちだぜ」

「……鳥の定義が広すぎんだろさっきから」

「真顔で何言ってんだジョークの通じねえカタブツ君。こんなもん熱を帯びてはいるが所詮はただの熱い風だ、火炎を発生させてるわけじゃねえ」

「そりゃ分かっちゃいるが、だからといって飛び出すのは無謀だろう」

「ばーか、このエリザベス様に不可能はねえって話だよ」

 小馬鹿にした様な笑みを浮かべると、エリザベスは二つの矢をその手で作り出した。

 数は二本、青と赤で色がそれぞれ違っている。

「……何だそりゃ?」

「氷の魔法と炎の魔法だよ、こいつを組み合わせりゃ万事解決さ。ただの風に凍結の魔法を打ったところで効果はたかが知れてっからよ」

「そいつなら勝手が違うと?」

「熱と冷気、この二つの魔法が空中で衝突、結合することで気体となって膨張し広がる。煙幕と同じ原理さ、違うのは目眩ましの煙じゃなく熱かろうが寒かろうが温度を一定に保つっつー性質に調整してあるってところだ。分かりやすく言やぁ野郎の熱風と混ざり合うことで熱を打ち消すってわけさ」

「んなことまで出来んのか……相変わらず天才なのか馬鹿なのか分からん奴だなお前は」

「はっ、ご想像の通りだよクソッタレ。その二つから選ぶなら八:二で馬鹿が勝つに決まってる、楽しく生きる黄金比ってやつだ」

 もう一度小馬鹿にした様に肩を竦めて見せ、エリザベスは構えた杖から上空に向けて二本の魔法の矢を発射した。

 二色の矢は空中でぶつかり合い、一つの塊になるなり爆散し何を起こすでもなく煙と同様に霧状と化した無形の魔法力となって一帯に広がっていく。

 かつて荒くれ者だった時分に火を噴く大トカゲと戦った際に編み出した、本人が『くたばれ(ファッキン)ワニ野郎(アリゲーター)』と名付けた対大規模火炎系魔法は狙い通りに二人の肌に伝わる焼けつく様な熱気を急激に薄れさせていった。

 事前の説明があったことも事実なれど、瞬時に熱気の低下を察知したハイクは岩の陰から飛び出しパズズへ突っ込んで行く。

「あ、てめえ。ウチを出し抜いてんじゃねえ!」

 背後からエリザベスが声を荒げているが、言わずもがな止まるつもりなどない。

 ハイクは改めて飛び上がり、岩を乗り継ぎ、宙に浮くパズズへと二本のブーメランを放った。

 これまでの様に弧を描く軌道ではなくより直接的に、正面から真っすぐに飛ぶその攻撃は元の距離もあって到達の寸前に躱されてしまうが、熱風を発生させる行為に翼の動きが必要であったため咄嗟に飛行状態を維持したままの回避は難しく、その結果飛翔や熱風を作り出す動きの全てを停止し眼下へ滑空することで辛うじて躱した状態だ。

 自在な飛行能力を半ば犠牲にしての攻撃であったことに加え、魔法一つで熱風を無効化されることが想定になかったがゆえの緊急回避は同じ理由でその先を考える余裕や自由を奪い、滑空という動作の性質上前方への移動が伴うのは必然となる。

 そこまでを計算していたわけではなかったもののハイクが無防備なその瞬間を見逃すはずもなかった。

 自ら接近してくるパズズに対し、ハイクは今一度巨大なブーメランを叩き付ける。

 それは既に通用しなかった手段の繰り返しに相違ない。

 しかし狙いは自ら仕留めることにはなく、隙を突き、連続する攻撃によって畳み掛けることで判断力を揺さぶることにあった。

 中間に位置する岩の上で衝突した両者は同時に渾身の力をぶつけ合う。

 特出した腕力と固い外皮を持つパズズは狭い足場での接近戦となった以上やはり自身の強みを生かし、敵を捻じ伏せるという欲求を満たすべく迷わず肉弾戦による力業に出た。

 振り下ろされたブーメランは例によって何の強化もされていない左手で簡単に受け止められる。

 そしてそれによって双方の動きが止まるとパズズはもう一方の手でハイクを狙った。まさにアルバートが斬り掛かった時と同様の流れだ。

 元より防御されることも、その後反撃を食うことも想定済みであったハイクはすぐに後方に飛び退くが体格の差もあって爪の先端が額を掠めてしまう。

 だが、眉間を鮮血が滴るも深い傷にはなっておらず、既に岩の上から後ろ向きに飛び降りているため続けて攻撃をされてはいない。

 それでいてハイクは誘導という目的を最後まで遂行するべく挑発的な笑み言葉を浮かべ、最後までパズズの殺意を己に向けさせ続けた。

「腕力自慢は結構だが、オツムの方はからっきしだな。ブーメランってのは手元に戻って来るもんだぜ?」

 その言葉を理解する時間が存在したのか否か、いずれにせよハイクを追い掛け岩から飛び降りる体勢を取っていたパズズに意識の外にあった背後からの襲撃に対処する時間は無かった。

 後方で軌道を変え、戻ってきた二本のブーメランが後ろから左右の翼を切り裂きつつ通過していく。

 二筋の裂傷を負い僅かによろめいたパズズは羽根を舞わせながら小さく苦しげな声を漏らしたが、次の瞬間には怒り狂った様に吠え猛り、増大した殺意を以て遠のいていくハイクへと突っ込んだ。

 地面に着地したハイクはブーメランを受け止めるなり更に距離を置こうと素早い動きで離れていく。

 攻撃を仕掛けてくるわけでも、待ち構えているわけでもなく偏に逃げの一手。

 逆上していることも理由の一つであったが、それゆえに誘い込むための罠であると思い至ることもなくパズズは一気に距離を詰めようと強く踏み出し前方に向かって飛んだ。

「言ったはずだよ、こちらは三人だってね。秘技……断滝の太刀」

 血走った眼をハイク一人に向け、逃がしてなるかと一心不乱に襲い掛かろうとするパズズの前に一人の男が突如として割り込んだ。

 ハイクが隙を作ろうとしていることを察し、ぎりぎりまで息を潜めてタイミングを計っていたアルバートだ。

 ほとんど真下から飛び上がってきた予期せぬ人影にパズズは虚を突かれ、反射的に翼を動かしブレーキを掛けるが到底間に合うタイミングではなく。

 真横に振り抜かれた剣が胸元をバッサリと切り裂いた。

 怒りに身を任せ、ハイク一人しか目に入っていない状況であったことを踏まえるとアルバートには死角から攻撃することも可能だった。

 しかし、二度続けて背後から斬り掛かるという手段を良しとせず敢えてそれをしなかったのは戦士としての矜持に他ならない。

 常に冷静さを忘れてはならないという教訓が身に染み付いている二人とは対照的に深い傷を負い、血を吹き出すパズズには殺意や憎しみと同等にどうにも思い通りにいかない展開への憤りが沸々と湧き上がっていく。

 不意を突かれたという動揺もないではなかったが、それよりも斬撃一つで深手を負わされた初めての経験が危機感を呼び、それでいて本来ならばあって然るべき冷静さよりもより大きな害心が脳内を埋め尽くしていた。

 それがただの斬撃ではなく、流れ続ける滝の水を両断したことから名づけられたアルバートの奥の手であることを知るのはこの場においてハイクただ一人。

 斬撃波を放出するのではなく刃に留め、剣ごと直接打ち付けることで一閃の威力を爆発的に増加させる常人離れした奥義だ。

 そんな事実を知る由もないパズズは闘争心が薄れたわけではなかったがある種の危機感を覚えたことに違いはなく、感情的になるあまりこの洞窟に置かれて以来使うことのなかった自身の持つ最大級の風魔法を発動させていた。

 目の前で着地を済ませたアルバートに両手を向け、人の物とは違った言語で詠唱を口にすると足元から発生した突風が上空へ向かって巻き上がっていく。

 その風は瞬く間に強さを増していき、渦を描きながら天井にまで到達しようかという大規模な竜巻を作り出してしまった。

 見るからに凄まじい風速の渦はいとも簡単にアルバートの体を持ち上げ、抵抗の術もなく宙に舞わせる。 

 が、もう何度目になるか、パズズの持つ超人的な肉体や能力による回避必須の反撃を阻止したのはエリザベスだった。

「いい加減くたばりやがれ!!」

 とにかく相手をブチのめす。

 それ以外に戦闘への拘りなどないエリザベスはハイクやアルバートが攻撃を仕掛けている間に岩の影を移動し、死角から不意打ちを食らわせる気満々でいた中で起きた唐突な魔法による攻撃に思わず飛び出したものの、それでも不意を突き両手で握った杖を渾身の力で振り抜いた。

 魔法を発動させている最中であることに加え自身で生み出した強風により音や気配による察知が遅れたパズズは視界の端にエリザベスの姿を捕らえて初めてその存在に気が付いたが対処する時間的余裕は到底なく、顔面を狙った杖はこめかみの辺りにまともに直撃する。

 種別としては魔法の杖に他ならないが性質、或いは材質で言えば鉄の塊だ。

 無防備な頭部への攻撃は斬撃程ではなくとも大いにダメージを与え、鈍い音が響くと同時にパズズは膝を折りふらふらとよろめいた。

「ぬおっ!」

 ハイクがそうされた様に、攻撃を受けたパズズは思考や反射ではなく本能によって目の前にいるエリザベスに手を伸ばし頭を鷲掴みにすることで動きを封じる。

 必然、鋭い爪が食い込み額から血が流れるが、喧嘩漬けの日々を送りながら生きてきた自称チンピラ娘の体術も決して引けをとってはいない。

 頭に穴が開くよりも先に自ら飛び上がり、顔面に伸びている腕へと膝蹴りを叩き込むことで即座にその状況を脱した。

 肘への的確な蹴りによって骨は軋み、激痛がパズズの腕から力を奪う。

 個としての戦闘力で劣っているつもりのない、種族として格下だという揺らぐことのない認識を持つ地上の民によって与えられた屈辱的な傷や痛みの数々はとうとう理性を奪い、ただ暴力的な本性だけを全開にさせた。

 腕一本で捕らえることが出来ないならばと、痺れの残る右腕を含む両手と鋭い牙を剥き出しにした大きな口、全身を丸ごと使って覆いかぶさる様に目の前のエリザベスへと襲い掛かる。

 その時点で、勝負は決した。

「もう終わってんだよボケナス……黄泉路への音色(ヘルズ・ベルズ)!」

 持って生まれた性格か、戦士の系譜がもたらす本能か。

 アルバートがいる手前連携を優先し慎重を期すハイクと違って狭い岩場で対峙しながらもエリザベスに退く気は一切ない。

 それどころか自らも前進し、杖を用いず右手一つで魔法を生み出すと掌で形を維持する球状の爆裂呪文を目の前に迫るパズズの口内へと叩き込んだ。

 とりわけ物騒な名前を付けたがる攻撃系統のオリジナル魔法の中でも特に異質なその呪文は元来の爆発を生む魔法を二重で作り出すという人知を超える技術や技能の結晶である。

 二発を同時に放つのではなく二重で作り出す。

 それによって二段階の爆発を生み出し、連鎖し誘爆を生み威力が数倍になる既存の法則や概念を無視した偉才の証明だ。

 本人にとっては単なる思い付きであり特別な何かを実現している自覚もないものの、この年でという話に限ればかつて世界一と謳われた父や大賢者として歴史に名を残すエルワーズ・ノスルクですら真似することの出来ない類い稀なるセンスが為せる芸当である。

 怒りに身を任せて直接的な攻撃に固執し、大口を開けて迫ったパズズは至近距離から伸びてきた腕によってまともに顔面へと魔法を受けると辺りに二度の爆音が響き、魔法に対する強い耐性や体勢を持つ魔人といえど顔面や口の中にまでその防御力が及ぶことはなく口から灰色の煙を立ち上らせ、白目を剝き、砕けた牙をまき散らしながら巨体は制御を失い仰向けに倒れていった。

 その様を見下ろし指一本として動く気配がないことを確認したところでエリザベスは『ふぅ』と一息吐いて額の汗や血を拭う。

 すぐにハイク、アルバートが集まって来ると同じく戦闘の終わりを確認し、ようやく肩の力を抜き手にしていた武器を収めた。

「結局、エリザベスちゃんにもっていかれちゃったか。大した子だよほんと」

「旦那、無事か」

「なんとかね。飛ばされる途中でエリザベスちゃんが阻止してくれたから」

「だから、んなつもりはねえっつーの。終わったんならサッサと戻ろうぜ、あの御姫がやられるとは思わねえが、こんなんばっかり二体も三体も相手にすりゃ骨が折れるぜ」

「そうだね、行こう」

 最後にアルバートがパズズの首に掛かっている鍵を回収し、入り口に戻って歩いていく。

 こうして魔人パズズという頂上生物との闘いは数や経験と理不尽なまでの才覚の差によって勝敗は決し激戦の幕を閉じた。



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