【第二十六章】 稀代の魔法使い
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偶然か幸運か、単なる洞窟に続く道にすら仕掛けられていた罠をどうにか看破し入り口まで辿り着いた僕達は内部へと足を踏み入れた。
天界という小さな大陸、その中心付近を真横に分断する絶壁を通り抜けるための罠があったり化け物がいたりすることが分かっている謎と危険だらけの迷宮だ。
懐中電灯の如く光を放っているリズの杖とアルバートさんの手に持たれているウィンディーネにもらった松明らしき木の棒の灯りが薄暗いトンネル道を照らしている。
松明らしきと、とは言っても実際に火が灯っているわけではなく先端に付いている透明の石みたいなものが光っているというこの世界ならではの道具で、いわゆる発光石と同じ様な物なのだろうが先端を押すことで光を放つという仕様であることを考えると幾分それよりも便利な代物である気がしないでもない。
元の世界にあった発光石は基本的に灯りっぱなしだっただけに店舗や城の廊下であったり中庭、あとは日が暮れてから町中に設置される物を除けばどちらかというと蝋燭を使っている人であったり家の方が多いということを考えると希少度の問題はあれど点けたり消したり出来る分こっちの方が実用的だと言えるだろう。
やや話がそれたが、薄暗くはあっても杖や松明風のそれ以外に灯りがないかというとそういうわけでもなく、一応は三メートル程の高さの天井にもポツポツと道を照らすための光る石が埋め込まれているため普通に歩いて進んでいくだけであれば困らない程度の視界は確保出来ている環境だ。
僕のバッグにも細い懐中電灯は入っているが、こうなるとあまり使うタイミングはないかもしれない。
持っておいて損はないといえばその通りだけど、流石に半数が片手を塞がれている状況というのはデメリットの方が大きいだろう。
リズの場合はそのまま武器になるので必ずしも該当するわけでもないとはいえ、十分な明かりがあるのなら僕はそれ以外に備えておくべきだ。
出口までの道のりが不明なため分かれて散策、という形になれば話は別なのだろうが、今のところその必要性も感じない。
道の幅も高さと同じぐらいで、見た目通りそう広くはない一本道が奥深くまで続いているだけ。それが進入して間もない状況で把握し得る全てといったところか。
それでも何が起こるかは一切不明ということもあってまずは慎重に、皆で視線を彷徨わせながらゆっくりと進んでいく最初の十数メートルを過ぎようとする辺り。
「思っていたよりは入り組んでいるわけでもなさそうですね」
僕と同じ感想だったのか、先頭を歩くアルバートさんが振り返ることなく誰にともなくそんなことを言った。
といっても敬語である時点で向けられた先は一人しかいないんだけど。
「ここに関しては地図もない。そうであるとありがたい限りだが、それゆえに不気味ではあるな」
「どういうことですお姉様?」
「さて、どういう意味だろうなコウヘイ」
「何故僕に振るのですか……」
ユメールさんにまで視線を向けられた手前恨み節を口にするのも簡単ではないため僕に出来る目一杯の抗議である。
久々というか、嫌でも思い出されるというか、ほんと僕を試すのが好きな方ですね。
期待通りの受け答えが出来なければ何を言われるかと毎度ながらハラハラするからやめて欲しい。
「やいわんこ、存在感皆無なお前のためにお姉様が質問してやってんです。答えさせてやるから感謝しろです」
「存在感皆無って……まあ、ついさっきまで自分でも薄々そうなんじゃないかと思い始めていたところですけど」
面と向かって言うなんて酷い。
あと直感でも何でもないただの虫の知らせみたいなものとはいえさっきの落とし穴に気付いたの僕ですよ?
なんて自分で言うと余計に格好悪いので観念して自分の考えを述べるしかない僕だった。
例によって会話に参加していない他の人達までこっちに注目しているので気まずいったらありゃしない。
「迷宮みたいな構造になっていたら何倍も大変だったのは間違いないんですけど、そうしなくてもいい理由がある、という理屈だった場合にどっちが安全かは分からないという話ではないかと。例の化け物も然り、あると分かっている罠も然り、迷わせるというまどろっこしいやり方ではなくより確実に侵入者を足止め出来る何かがある、という前提があれば他の部分に余計な手を加える必要がなくなりますし、現地の人達が利用する時に無駄に苦労しなくてもいい分だけ建設的ですしね」
「ま、まあ……そんなとこだろうなと思ってたです」
「フカしてんじゃねえよアバズレ」
「ま、連中の誤算はご自慢の化け物を上回る人間がやってくることを想定してなかったことだな」
「何を格好付けてやがりますか、煙人間の分際で」
「誰が煙人間だ脳ミソお花畑女が」
「はいはい、喧嘩しない。どのみち化け物がどこにいるかも罠がどう仕掛けてあるかも不明なことに変わりはないんだから、警戒は怠らないようにね」
ユメールさんとリズにハイクさんを加えた不毛な言い争いをさくっと諫め、先頭にいるアルバートさんはそのまま歩き始めた。
先程述べた通り、道はそう広くなく三人も横に並べば窮屈になるぐらいの広さであるため必然的に安全と警戒の両方を考え縦一列に並ぶ形になる。
アルバートさん、リズの後ろに僕とハイクさんが続いて、その後ろにクロンヴァールさんとユメールさんという配置だ。
そこまで縦長に広がっているわけではないにしろ最後尾がクロンヴァールさんでいいのかという疑問は当然抱いたが、魔法陣やら結界魔法を使えるので一番臨機応変に対処出来るため今はこれでいいらしい。
「つ~か、こんな右に行ったり左に行ったりしなくても御姫とウチの全力魔法で穴開けて真っすぐ突き抜けちまえばよくねえ?」
「生き埋めになるわボケ」
「歳は食ってもザベスは考える脳ミソをどこかに忘れたままみたいだな、です。空っぽよりはいくらかお花畑の方がマシってやつです」
とか何とか、歩は進めながらも醜い罵り合いを続けている三人にもこれといって緊張感などはない。
僕なんていつ何が起きても取り乱さないための心構えを維持するのに必死な上に肝試しでもしているようなイメージと雰囲気による無駄な恐怖が心に付きまとってくるせいで常にドキドキしているというのに。
「おっ、んなこと言ってる間に何か分かれ道が見えんぞ」
僕自身があまり表情豊かな人間じゃないだけに、きっと周りから見れば大差無いんだろうけど。
なんてことを考えながら右に左にと曲がりくねった道を進むこと十分前後。
ふと一番前を歩くリズが前方を指差した。
言葉の通りその先にはここに来て初めての分かれ道がある。
同じトンネル道が正面と左右の三つに分かれていて、それ以外の情報は特に無い。
正しい道をこの段階で性格に見抜く要素があるとも思えないが……罠があるという前提を踏まえるならば安易に当てずっぽうで進んでいいものか。
「どうするよ姉御、分かれて一ヵ所ずつ調べっか?」
「全てが先に通じているとも思えん。これも罠の一つだとするならばそれは避けたい所だがな」
「だが出口に繋がる道を判断する材料がねえってのはついさっきの話だろう」
クロンヴァールさんは腕を組みながら何気なく、ハイクさんはまた煙草を咥えながら世間話でもするかの様に三つの道を渡している。
そこで横から不思議なことを言い始めたのは顎に手を当てて何かを考察していたアルバートさんだった。
「しかし、いずれもそう奥行きがあるとも思えません。そこから判断が付く可能性もゼロではないかと」
「ふむ、では少し調べてみろ。エリザベスとコウヘイも使え」
「御意。二人共、来てくれ」
「へいよ」
「分かりました」
だから何故敢えて僕を御指名なさるのですか? と一瞬言いそうになったが、今こそ頭を使わなければならない場面なのだから当然といえば当然か。
しかし、リズもやけに素直だな。
と普通に言いそうになったが、光源を所持しているのだからこれも当然か。
「あの、どうしてアルバートさん見ただけで奥行きとかが分かるんですか?」
「ん? ああいや、分かるという程じゃないよ。少しばかり耳や肌が敏感なだけさ、音や空気の流れで違和感を抱く程度だけどね。若い頃からから夜間の軍行や森だったり洞窟を探索したりすることが多かったから」
「「へ~」」
リズと声が重なる。
経験で培った力だと言えばそれまでだけど、誰もが同じ様になれるわけでもないだろう。
やっぱりというか結局というか、この人も凄い方だった。
超人ばかりか僕の周りは。
凡人の立つ瀬がないというか場違い感が増していくからたまには人間らしさも見せて欲しいものだ。
「あくまで何となくってレベルの話だけどね。道が屈折していたり扉があったりという可能性があるし、正しい道を選別する根拠になるかも怪しいもんさ。極力は順に探索するという方法は避けたいから分からないよりはマシって程度だよ」
「ここが罠を仕掛けた場所であるなら間違った道を進んだ時に安全である保証がないですもんね。とはいえ外から見て判別出来るものでしょうか」
今までの話の流れ通り、三つに道が分かれているからといってどこに進むべきかを判断する材料は皆無と言っていい。
目の前にある分岐と真上で光っている透明の石、それ以外にはこの空間には何も無いのだ。
ではどうするかと考えた時にアルバートさんのもたらしてくれる情報は貴重であることに違いはないが、そこから先はどう分析したものか。
どうにかそれを探すべく、直接見れば何か分かるかもしれないと三人でそれぞれの通路を見て回ることに。
「無理くり考えたところでダーリンに分からねえもんは他の誰にも分かんねえよ。頭が駄目なら体を使えってリクツはまっぴら御免だがよ~」
どこか気怠そうにリズは無警戒なまままず左側の通路へと近付いていく。
僕達もすぐに後に続き、その入り口付近まで歩いたところでアルバートさんが目一杯に手を伸ばし松明風不思議棒の灯りで細い通路を照らしてみるも奥の様子が分かる程の光量には到底足りていない。
「さすがに奥まで照らすには光の強さが足りない、か。エリザベスちゃん、まだ奥に行ってはいけないよ」
「わ~ってるよ。ロン毛隊長、一旦こっちの明りは消すぜ」
「それは構わないけど、何をする気だい?」
「こっちが奥に行けね~なら明りの方から行ってもらえばいいって話さ」
フッと、杖が発していた光が消えたかと思うと、リズは弓を放つ構えを取った。
次の瞬間に打ち出されたのは赤く輝く魔法の矢だ。
通路の奥へと飛んで行ったその魔法は数メートル先に着弾すると、轟々と燃え上がり一帯を赤く照らす。
その上これまでに見た炎の魔法とは少し違って、物理的な接触を合図に一瞬燃え広がる様な物ではなく焚き火の如く炎上したまま五秒程もその状態を維持し、それによって内部を目視するには十分な明るさと時間の両方をもたらしていた。
「パッと見じゃ行き止まりっぽいぜ~」
「これは凄い、流石という他ないね。だけどこれで外からでも何とかなりそうだ、曲がり角や扉の様な物もないみたいだし次に行こう」
あいよ、とリズが答えるとまたぞろぞろと反対の通路へと向かっていく。
何というか、こんな事が出来るんだ~という驚きを抱くのは同じでもリアクションが軽くないですかね。
それだけリズの才能が常人離れしているという認識を持っているのだろうけど、そういうの分からない僕は普通に尊敬しそうになったよ。
そもそも魔法使いという人種自体漏れなく凄い人認定してしまいそうな勢いで今まで生きてきた僕だけど、なるほど世界一の魔法使いと比肩し得るというのも納得である。
そんなのはサラマンダー戦からとっくに思っていたことだけども。
「…………」
しかし、さっきのがハズレの道だとすると、やっぱり奥には罠があったりするのだろうか。
入らずに済んだので確認は出来ないままではあるけど、そりゃあ何かはあるよね普通に考えて。
何もないのに行き止まりの道を作る意味が無さ過ぎて泣けてくるレベルだもの。
ちょっとやそっとの不意打ちぐらいでそう簡単にこの人達が不覚を取るとも思えないというのも大いにあるとはいえ、あの落とし穴も然り殺傷する意志が明確に見えている以上油断は出来ないのだけど……。
「おいおい、なんだありゃ?」
再び杖を発光させているリズは反対の右側にある通路まで来たところで何故か肩を竦めた。
何事かと後ろから近づいてみるも薄暗い通路以外には特に異変はない。
「どうしたのリズ?」
「ほら、あれ見てみ」
「あれ?」
言われるまま指差す先、すなわち真上へと目を向けてみる。
トンネル道の上部に鉄格子らしき物の一端が覗いていた。
「あれは……鉄格子?」
「気付かず中に入ると落ちてくる、ってスンポーか? ガキの悪戯じゃあるまいし、カミサマを自称する割にゃやることがチンケだねまったく」
「あれが落ちてくるとして……問題はその先に道があるのか、だけど」
「閉じ込められると仮定すると先に進めたとしても帰ることが出来ないわけですし、その可能性は低いと思いたいところですけど、敢えて見えるようにしているところが逆のパターンを示唆している可能性も……なんて考え始めるときりがないですよね」
「ま、確かめてみりゃ分かるだろうよ」
「そうだね、よろしくエリザベスちゃん」
リズは今一度杖の明りを消し、同じ様に炎の矢を中へ向かって発射した
言いたくはないが、一度目も二度目も懐中電灯などより何倍もはっきりその付近が見えていて、発達した文明も魔法には勝てないのか……とか思うとちょっと虚しい。
まあそれはどっちでもいいけども、結果だけを述べると数秒の時間で微かに目に入ったのは上の方で待機している大きな黒い鉄球だった。
「ま~た露骨っつーかベタっつーか、あれでペチャンコにしようってわけかい」
「あれが落ちてきた上にこの鉄格子に閉じこめられ逃げ場もない、ということだね」
「つまりはここもハズレと考えていい、ということですね」
「そう断定して良さそうだね。となると残るは真ん中だけ、さすがにそこも同じ様になっていたらお手上げになっちゃうけど」
「調べりゃ分かるさ、サッサと行こうぜ」
「だね」
続いて残る真ん中の通路へと移動する。
念のため一度入り口付近で周囲を見渡し、三度リズの魔法で先の方を照らして見るも特に不審な点は見当たらなかった。
とはいえ正しい道、すなわち先に通じる道であったとしても罠が仕掛けられている可能性は十分にあるはずだし、鉄格子や鉄球といった目に見える物がないからといって油断は禁物だ。
仮にこの程度の罠しかないのだとすれば余程この天界は平和だったり争いとは無縁の時を過ごしてきた、とも考えられるが……地上というか、例のアルヴィーラ神国とかいう国とは抗争をしていたという話も聞いたことがある。
ならば戦に縁無き歴史であったとは考えにくい。
となるとやはり、この先で待ち構えているであろう四体の化け物とやらだけでも侵入者を食い止めるには十分だという認識の下であると思っておいた方がいいのかもしれない。
「もういいだろロン毛隊長」
「うん、目に見える範囲では不審な点は見当たらないね。だけど念のため僕が先に行って確認してくる、二人は待機していてくれ」
「分かりました」
そんな会話を経て、アルバートさんが最後の道を一人で進んでいく。
自ら買って出る辺りが流石は大国シルクレアの大軍を纏める兵士団長という感じである。
「皆来てくれ! 扉がある!」
思いの外深さがあったのかアルバートさんの背が離れていくのを見守ること数十秒。
奥の方から大きな声が響いた。
すぐ後ろで聞いていたクロンヴァールさんの無言の肯定を受け、今度は全員で進んでいくことに。
「ここで間違いなさそうだが旦那よ、扉の前にあの銅像は何だ?」
行く先は確かに壁になっており、扉が行く道を塞いでいる。
そこまではいいのだが、その扉の上で何の意味があるのか鉄製と思われる大きな竜の顔が見下ろしていた。
ハイクさんの疑問も当然だし、皆が同じことを思っただろう。
「どう考えてもただの飾りではなさそうだね」
「いかにも火ぐらい吹き出しそうなツラしてらあ、どうするんだ御姫。怪しきは罰する、ってことで跡形も無く消し飛ばしてみっか?」
「生き埋めになるわボケ」
いつか聞いた様な辛辣なツッコミを返すハイクさんと、その横で鼻で笑うユメールさん。
放っておいたら大体こんななので気付けば誰も諫めようともしなくなっている。
「馬鹿なこの二人を人身御供にしてみるですお姉様」
「「ああ?」」
リズとハイクさん、いがみ合っている風でも息ピッタリに声を揃えてイラっとしていた。
そんな三人はもう置いておいて、あの銅像に何か仕掛けがあるなら対処、対策はしておいた方がいいのも事実。
「ねえリズ、あのサラマンダーの魔法に対してやってたみたいに凍らせてしまうというのは可能なの?」
「持続時間によりけりだが、それが無難だな」
同意してくれたのはクロンヴァールさんだ。
凍結させてしまえば何かしら殺傷能力を持つ仕掛けがあっても作動しないだろうし、何か異変をもたらすセンサー的な役割を持つ物だとしてもそれは同じはず。
「相手が炎その物ってわけでもねえんだ、全員が通り抜けるぐらいの時間はヨユーだぜマイダーリン」
先程までの炎の魔法を手放しで賞賛したからか、僕に対してだけはやけに上機嫌なリズはすぐさまここまでの三つとは違った水色の矢を放ち扉の上から僕達を見下ろしている銅像を魔法でカチカチに凍らせる。
丸々氷漬けになってしまったこともあってある意味では刺激を加えた状態であるにも関わらず何らかの異変が起きる様子はない。
そして勝手に扉に近付いて行ったリズが勝手に取っ手に手を伸ばし、そのまま勝手に扉を開いて奥へと足を踏み入れてしまった。
「どうやら問題はなさそうですね。姫様」
「ああ」
短いやり取りを経て、残る五人も同じく扉を潜る。
虎の人やラルフもそうだけど、魔法の達人が仲間に居るというのは何と対応力の増すことか。
人知れず抱いたそんな感想を胸に、皆の後に続いて更なる困難が控える深部へと進むのだった。
………………ん? ラルフ?