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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑪ ~Road of Refrain~】
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【第二十一章】 圧巻



炎の障壁(バーニング・ロード)!!」


 怒声とも雄叫びとも取れる大きな声を響かせたサラマンダーは余裕ぶった笑みなど欠片もなくなった殺気に満ちる目を見開き、両腕を大きく左右に広げた。

 すると突如として辺り一帯から嫌な音が耳に届き始める。

 轟々と、バチバチと、いかにも何かが燃え盛っている様な不穏さと身の危険を感じさせるその音は徐々に激しさを増していき、やや遅れて視界からも僕達に降り懸かろうとしている異変を伝えてきていた。

 当然ながらサラマンダーから完全には目を逸らすことが出来ずにいる中、外周を取り囲む様に生えていた燃え盛る木々の炎が急激に体積を増やしていく。

 視界の端で葉の代わりに枝の至る所に灯っていた炎が爆発的に火力を増したかと思うと一気に上下左右に広がり、やがて幹をも飲み込み、更には左右の木と連なって瞬く間に敷地全体を囲む炎の檻と化していった。

「なんだぁ?」

 直方体の炎の壁、或いは箱と言った方が近いか、そんな異様な何かが四方を覆っている。

 今や木の奥にあったはずの塀は完全に隠れており、高さを取っても倍はあろうかという真っ赤な、触れただけで丸焦げになってしまうのではないかという業火が少しの隙間もなく広がっていた。

 必然、その中にいるせいで恐ろしいまでに温度が上がっていて日本の真夏など比ではない蒸し暑さが危機感を増長させる。

 それでいてリズは舌打ちを漏らして辺りを見回すだけだ。

「どうやら出口も塞がれたようだな」

 そんな恐るべき状況下で、すぐ横にいるクロンヴァールさんが一度左右を見渡すと別段慌てる様子もなく呟いた。

 さすがと言うべきか、ハイクさんにも同じく冷静さに微塵の乱れもない。

 この異常事態の中心にいるリズもまたキョロキョロと辺りに視線を向け、呆れた様な声で肩を竦めるだけで特に危機感などは感じられない。

「だからよぉ、暑苦しいって何回言わすんだっつーの。てめぇの家まで燃やす気か」

「燃えたならまた作らせればいいだけの話だ。下民の存在価値など神に尽くすこと以外にはない」

「そうかよ。ま、今から持ち主がいなくなる家だ。なくなったところで誰が困るわけでもねぇわな」

「外界のうつけ者共が、無意味な心配をしている場合ではないことになぜ気付かん」

「あ~? なんだって?」

「見ての通り、これで俺を殺さない限り外には出れないわけだが……」

自分(てめえ)の逃げ道もない、とは考えられないもんかね」

「口が達者な奴だ……その威勢の良さをいつまで保っていられるかな」

「あんたがくたばるまで、だな」

「ならば愚かなまま、無謀にも神に挑もうとしたことを悔いながら死んでゆけ! 貴様も、後ろの三人もだ!」


 嘆きの焔


 感情的な言葉から一転、呟く様な声が聞こえたかと思うとサラマンダーは降ろした腕を今度は片方だけ真上に向けた。

 必然的に警戒心が上空へ向く中、目に入ったのは真上から降ってくる球状の炎の雨だ。

 いや、バレーボール程の大きさのオレンジ色の炎……だと一瞬思えたが、どこかおかしい。

 今までに見てきた炎の魔法と比べて形が綺麗過ぎるのだ。

 大別するならば球体に近い、というだけのそれらとは違い、本当に綺麗なボールの様な形状……あれは炎の塊というよりは、どちらかというと液体や粘液に近い物にも見える。

 事実はどうあれ本体と真上の両方を警戒しなければならない状態で数にして二十はあるそんな何かはすぐに僕達の周囲に降り注いだ。

 直接的な攻撃に用いる目的ではなかったのかまともに直撃する位置に落下してきた物はなかったが、地面に接触した正体不明の炎らしき物は消えることなくそのまま真っ赤な水溜まりと化していく。

 土に吸収されるでもなく、表面が揺れたり波打ったりするでもなくそこに留まっている様を見るにやはり高濃度の液体や粘液なのか、はたまた固形だと考えてよさそうだ。

 問題はこれが何を意味するのか……だが。

「何の能力か知らんが、文字通りこちらにも火の粉が降りかかりそうだな。ダン、コウヘイを見ていてやれ」

「ああ」

「…………」

 軽く腕を引かれ、ハイクさんの後ろに回される。

 クロンヴァールさんが今になってようやく剣を抜いていることや知らぬ間に僕の身を憂う様なやり取りが交わされているのも含め、二人も多少は危機感を抱いたのだろうか。

 それは大いにありがたいのけど、この異様な空間の全容を少しでも解明しなければと目や頭を働かせることに必死で謝意を述べる余裕はなかった。

「大袈裟な振りまでカマして何をおっ始めようってんだ。水浸しにして足場でも奪おうってのかい?」

 僕から見て正面にいるリズは前後左右に所狭しと散らばり嫌な存在感を放っている直径一メートル程の謎の液体を一瞥し肩を竦める。

 確かにこれが炎と同じ性質の物であったなら、僕達の側にとっては行動の自由を大幅に奪われることになるだろう。それは絶対に不味い。

「そのような下らぬ戦法が奥の手だとでも思うのか? ただの水ではないが、だからといって溶岩というわけでもない。見た目ほど熱を持っているわけではないから存分に闘い、俺に殺されることが出来るとも」

「どんな仕掛けがあろうと構いやしねえからよ、いい加減終わらせるとしようぜ。くだらねえ小細工はもう見飽きた、そしてあんたの底も見えた、同時に楽しむ気も失せた」

「心配せずともすぐに体感させてやるさ……お前達が呼び起こした絶望的までの力の差をな」

 もう一度呟くように言うと、サラマンダーはゆっくりと数歩移動し自身の傍にある水溜まりの上に立った。

 何をしようというのか。

 それも当然気にはなるのだが、ああもしっかりと体重が掛かっているのに靴が浸っている様子がないあたりやはり液状の物ではないことが分かる。

「死を以て贖え、無謀にも天に挑もうとしたことを! これが神が神である所以だ!」

 轟々と燃え盛る炎の壁が照らす敷地の中、再び絶叫に近い怒鳴り声が響き渡る。

 その瞬間、サラマンダーの姿が消え去った。

 これは一体どういうことだと、誰もが可能な限りの早さで視線を動かし続け居場所を探るもそれらしき影を見つけることが出来ない。

 見たまま視界から消える能力と考えるべきか、それとも別の何かへの過程であると読むべきか。

 いずれにせよ直前に立ち位置を変えている以上あの液体が無関係ではあるまい。

 僅かな時間で必死に捻り出せた見解はその程度でしかなかったが、そこで強制的に切り替えさせられる。

 サラマンダーが消え去ってほんの数秒。

 何の予兆もなくこの場に戻った神は立ち位置を大きく変え、どういうわけかリズの後ろに現れたのだ。

「ちっ!」

 入り口の近くにいる僕の位置からは敷地のほぼ全体が見えているが中心付近に立つリズにとってはそうもいかない。

 まさしく瞬間移動の如く何も無かった場所に出現したサラマンダーに対し、一瞬遅れて背後に回られたことに気付いたリズは反射的に振り返り杖を構えるが距離が近くあっさりと初動で先を行かれてしまう。

 手を伸ばせば届く程の至近距離から振り上げられる本家バーン・ロッドはただ回避の動きを強いた。

「そういう能力かよ!」

 リズは体を反らすことでぎりぎり直撃を避けたが、反射的に防衛本能や闘争本能が働いたのか反撃を迷って微かながら杖を向けようと持ち上げた右腕が退避する胴体に追い付かず、武器と化した炎の先端が掠めてしまう。

 火が直接肌に触れたからには熱さ、痛みを避けられるはずもなく、結果としてその手を離れた杖は落下し一回転したのちに地面に刺さるとそのまま綺麗に垂直の角度を維持していた。

 不味い状況であることは疑いようもないが、だからといって急に至近距離に現れた敵を前に武器を拾い直している余裕など微塵もなく、リズは杖が地面に到達する前には反対の手で魔法を放つことで攻撃の手を止めようとしている。

 打ち出されたのは見た目的に衝撃波や斬撃破に似た白く太い槍状の魔法だ。

 至近距離にいるからこそ相手にとっても同じく脅威になるはずの発射系の魔法による攻撃。

 しかし、腕に攻撃を受けながらも恐るべき反応速度で発射されたその魔法は有効打となることなく消えていく。

 なぜなら直撃しようとする寸前、またしてもそこにいたはずの男が忽然と姿を消したからだ。

 最初の行動からもあの赤い印(、、、)の上を自由に移動出来る能力だと見て間違いないだろう。

 それは明らかだとはいえ、逆に言えばそれだけしか明らかになっていないこの状況下で再び周囲の全てが危険域と化した敷地内を全ての視線が追っている。

 少しの間を置いて現れたその姿を先に認識したのは比較的見通しの良い位置にいる僕と、すぐ傍にいるハイクさん、クロンヴァールさんだったはずだ。

 サラマンダーは音もなく体の向きが変わったリズの背後に出現している。

 その存在を声で伝えるよりも本人が気配に気付く方が早くはあったが、現状の推測通りなのだとするとその候補は無数にあることになる。

 自身から距離がある印を除外しても、近い位置にある物を最優先に警戒していても、その中の一つに決め打つことは困難で、どれだけの反応速度を持っていたとしても瞬時の察知には至らず、やはり攻撃の手は僅かに遅れてしまっていた。

 リズが振り返った瞬間には掌に大きな炎の塊を生み出している右手が直接叩き込んでやろうとばかりに顔面付近へと振り下ろされる。

 頑なに顔を狙いたがるのはあの男の嗜虐的な性格ゆえか。

 背後を取られた上に杖を持っていないリズには戦術的に動く時間や選択肢がほとんどなく、咄嗟に選んだ対抗策は同じ様に全力で光を帯びる右手を乱暴に相手の魔法へと叩き付けるという力技だった。

「そんなに丸焼きが好きなら……てめえでやってろ!!」

 大きな声と共に両者の魔法がぶつかり、爆発的に炎が膨れ上がる。

 対抗したリズの側も同じ炎の魔法だったらしく、二人の間にはミサイルでも撃ち込まれたのかというぐらいの爆炎が何メートルにまで立ち上った。

 サラマンダーにとっては攻撃の、リズにとっては防御の魔法は相殺するのではなくぶつかり合って統合し膨張するという結果や状況を作り出したものの双方が分断される形となったという点においては不幸中の幸いと言えるだろうか。

 いずれにしても完全に火の類によって痛みやダメージを負うことがなさそうなサラマンダーと違ってリズは相殺しない限り熱さもあるだろうし火傷を負う可能性だって大いにある。

 あれだけの距離でああもガンガンと火炎が飛び交っては直撃を避けても体力をはじめ確実に消耗させられるのはリズの側だ。

 ならばどうするかと見守る……というか、もういい加減大きな怪我をする前に助太刀した方がいいんじゃないかと焦れったくなってきている中でも絶えず戦闘は続く。

 両者を炎が分かつ隙を利用して数歩後退し距離を置いたリズは素手のまま弓を引く構えを取り、徐々に消えゆく炎の壁へと黄色い矢を放った。

 屋根を破壊した時と同じ色なので恐らくは物理的な接触が可能な直接攻撃用の魔法だ。

 お互いの姿が見えないまま距離を取った状態でどちらが先に仕掛けるか。

 一瞬の判断が物を言う状況でそれを成し得たのは間違いなくリズの方だった。

 だが、ほとんど消えて無くなりつつある炎の群れを切り裂く様に飛んだ魔法の矢が行き着く先に敵の姿はない。

 いつの間にまた消えてしまったのか、考えるまでもなくあの能力を使って事実上の瞬間移動を慣行したと見て間違いない。

 それが分かっているからこそリズもすぐに真後ろに体の向きを変え奇襲に備える。

 両手が微妙に光っているあたりいつでも魔法を放てるように備えているのだろう。

 ここまでを見る限りでは姿を消してから再び現れるまでの時間は一秒か二秒といったところ。

 その短い間に相手の狙いを読んで、備えて、対処しなければならないという無茶苦茶な条件を強いられているリズはどこまで頭で組み立てられているのだろうか。

 何よりも警戒すべきは背後である、それは僕にだって分かるし同じ立場だったなら僕もそうしたはず。

 しかし、この能力この戦術を真骨頂としているサラマンダーとてそう簡単に優位性を奪われる程の力量であるはずもなく。

 素早く振り返ったものの身構える視線の先に人影が出現する気配がないことの意味を最後に理解したのは恐らく、他ならぬリズ本人だった。

 シュッという音を残して消えたサラマンダーはある意味で予想通りに背後の印から現れている。

 振り返った状態で背後を取られる、それはつまり消えた個所と同じ印から出現したということだ。

 それでも遠くで見ている僕がその姿を視認した時には察知して再度体を反転させているのだからリズも大概超人的であることに違いはない。

 どうしても苦痛を与えることに固執したいらしいサラマンダーは何度目になるか、発火させ炎を帯びた右手で顔面を狙う。

 先程みたくリーチのあるバーン・ロッドを使うなり飛び道具の性質を持つ魔法を使えば果たして反応出来たかどうか。

 そんなタイミングであったにも関わらず直接的な攻撃を選択したがゆえにそれらの手段に比べて速度で劣り、完全に不意を突かれたリズが寸前で防御するに至っていた。

 松明の如く火が灯された右腕は顔面に到達する前に手首を掴まれることで動きを止める。

 ほとんど燃えている状態の腕を掴んでしまって大丈夫なのかというこちらの心配も何のその、リズはそのまま体を翻し片手一本背負いみたいな格好でそのままサラマンダーを投げ飛ばしてしまった。

 ふわりと宙に浮くリズよりも大きな体は背中から地面に叩き付けられる。と、思われたが、そう上手くは問屋が卸さないのが超人同士の戦いだ。

 片手で掴んでいたことが災いしたのか、サラマンダーは振り下ろされようとする腕をぎりぎりで振りほどき前方宙返りをすることで倒れることなく着地し、すかさず振り返るとすぐさま攻撃に備える。

 その目に移ったのは焦りや絶望か、或いは愉悦や興奮か。

 体勢を立て直した時点で魔法を放つ用意を完了させているリズを見て、サラマンダーの顔には久しく見るテンションの高揚を表現するかの様な嫌らしい笑みが浮かんでいた。

 放たれたのは水色の矢が計三本。

 一つはサラマンダー自身に、そして残る二つは脇にあるオレンジ色の水溜まりへと向かって飛ぶ。

 フン、と。

 何だつまらんとでも言いたげに鼻で笑うサラマンダーは右手でその魔法を受けあっさりと蒸発させる。

 氷の魔法は本人には通用しない。

 それはリズとてここまでの戦いで痛感しているはず。

 だからこその陽動、足止めだったらしく、残る二本は瞬間移動に用いるための印へと着弾し左右の液体を凍結させた。

「馬鹿の一つ覚えとはこのことだな! 表面を凍らせたところで出入りには何の影響もない!」

「だったら地面ごと吹き飛ばしてやんよ!」

 杖を用いるのとそうでない場合との差は素人の僕には分からない。

 だが本人の言うイメージの具現化という工程が性能を向上させているのか、素手でも同じ様に矢を撃つ構えで放たれる魔法はスピードも精度も凄まじいものがあることは僕にも理解出来る。

 会話の最中にも新たに生み出されている魔法の矢は敵に反撃の隙を与えず、真っすぐに飛ぶ白い矢を躱すべく今度はサラマンダーの方が自ら距離を取った。

 あの男は氷の魔法を多用するリズを嘲笑うが、逆に炎の魔法に特化しているがためにあの男とて多種多様な攻撃手段を持っているわけではない。

 つまりは距離がある状況では遠距離からも様々な魔法を放てるリズが有利であるということ。

 だからこそその欠点を補うために炎の壁で敷地を囲み、限られた領域を自由に行き来することが出来る能力が無敵にも思える環境を作り出すわけだ。

 恐らくではあるけどリズにもその認識があって、接近を許すまいと連続攻撃に出たのだと考えるのが自然だろうか。

 続けて発射された白く光る矢は軌道からして狙ったのは足元で、即座に着弾した爆発の魔王は相手にダメージを与えるには至らず地面を削っただけでサラマンダーに更なる退避を強いるだけに終わる。

 だけどある意味では瞬間移動に用いる印から遠ざけることには成功していて、魔法攻撃を避けたサラマンダーは逃げる様に背を向け付近にある別の印へと駆けだしていた。

 辺りに降り注いだ橙色の水溜まりは数メートル間隔であちこちに点在しているため再びその姿が消えるまでの時間はそう長くはない。

 それはサラマンダーが初めて背を向け、弱腰な態度を見せた瞬間であったがリズに遠ざかっていく敵を追い掛けようとする様子はなく。

 それどころか動き出しの時間差を見るに、むしろ走り出したのは印に飛び乗り姿を消すのを待ってからだったとさえ思えるタイミングだ。

 しかも、サラマンダーが消えたのとは全然違う方向に、である。

 何を考えてのことか、リズは右方奥側へと向かっている。

 それはつまり今までみたく姿が消えては背後を取られて、という展開を繰り返さないために相手が消えている時間を利用して自分の位置を変えてしまえという発想。

 なるほど確かに、これならば不意打ちばかりを狙うあの男のベースとなる戦略を崩すことはひとまず出来るはず。

 そう結論付け、思わず感心しそうになったのも束の間、僕達の……いや、僕の安易な憶測はこの直後にあっさりと否定されていた。

 サラマンダーが出現したのは右の方へ走っていくリズの進行方向だ。

 まるで先回りするかの様な位置で行く手を阻もうと襲い掛かる姿は、消えてから移動する場所を変えられるのかという新たな絶望感を生む。

 もしそうだとすると厄介さが増す一方な上に奇襲を避ける方法が実質存在しないということ。

 そうなってしまえばいよいよ一対一の戦いは無謀だと思えて仕方がないのだけど、全てを覆し全てで上回ったのはクロンヴァールさんのいう『格』の違いというやつだったといえよう。

 リズが走る先に現れたサラマンダーは右斜め辺りに現れるなり脇目も振らずに襲い掛かった。

 またしても両腕を炎で覆い、嗜虐性を剥き出しにした殺意とサディズムの混じった表情を浮かべながら左手で顔面を狙っている。

 相も変わらず下卑た拘りを含んだ奇襲に対し、辛うじてブレーキを掛けてはいたものの未だ杖を手放したままで魔法を駆使しての対処が間に合うのかといった急激な接近であったが、そもそもリズはそんな素振りを全くと言っていい程に見せていない。

 同じ様に右手を突き出したかと思うと、驚くことに迫り来る右手を素手のまま受け止めてしまった。

 あの距離から手と手を合わせる形で受け止めるという反応だとか体術の力量は勿論非凡な才能あってのことだとは思うけど、腕がまるまる燃え盛っているのに素手で掴んで大丈夫なのだろうか。

「利き腕を犠牲にしたか! これではますます絶望的だな!!」

 最初みたく自らの魔法で相殺しているのかと納得しかけたものの、サラマンダーの発狂気味の大きな声がすぐさまその可能性を否定する。

 そして優勢に持ち込むべくがっちりと繋がった手に両者が握力を込める中で、リズは負けず劣らずの残忍な笑みを浮かべた。

「馬鹿が、この位置に誘い込まれた時点で勝負は終わってんだよ」

 辛うじて聞き取れる程度の声が、致命的な一撃を見舞おうとするサラマンダーの右腕の動きを止めた。

 手を掴み合っている以上リズに逃げる術はなく、そうなっていたら不味いことになっていたはず。

 何もかもを阻止したのは背後からサラマンダーの腹部を貫いた、光り輝く魔法の矢だ。

「な……に?」

 黄色い魔法の矢は脇腹の辺りを貫通し、穴の開いた箇所からは夥しい血液が溢れ地面に流れていく。

 視覚の外からの狙いすました一撃は間違いなく敵を捉え、勝負を左右する決定的な結果を生んだ。

 逃げる術を失ったのはサラマンダーの方で、飛び出す位置すらもリズの作戦だった。

 地面に刺さったままの杖が背後に来るあの場所に、背を向けた状態になる様に誘導し、そして手を掴むことで察知出来たとしても回避や瞬間移動が出来ない状態を作り出した。

 地面を吹き飛ばしてからここまでの全てが、リズの計算の上だったのだ。

 生死に関わる傷によって力が入らなくなっているのかサラマンダーは手が離されるとフラフラとよろめきながら後退り、力無く膝を突く。

 その様を見下ろし、見下しながらリズはゆっくりと距離を詰めて行った。

「ここで死ぬあんたに三つの敗因ってやつを教えてやるよ、下賤で下品なチンピラ様であるウチがくれてやれるせめてもの慈悲だ。一つ、あの杖に使われている魔法石はそこらで見繕ったもんじゃなくウチが自分で作ったもんなのさ。多少の距離なら手元を離れても操れるんだよ」

 そう言って手を翳すと、数メートル先にあった杖が独りでに浮き上がりリズの手元へと飛んでいく。

 それをパシっと左手でキャッチすると、今度は右腕を顔の前に持ち上げた。

「昔からクソ親父にやらされてた修行だの近所のガキ共との喧嘩だので生傷だらけのクソガキ時代を過ごしていたもんでね。真面目に鍛錬したことなんざついぞなかったけどよ、それでもあの頃のウチが唯一自発的に学んだもんがある」

 途端に右腕が光を放ち始める。

 とどめの魔法でも放とうとしているのかとも思ったが、どうやらそうではないようだ。

「これが二つめだ、ウチは回復魔法が一番得意なんだよ」

 先の接触で火傷を負っていたらしく薄っすらと赤くなっているリズの腕が、みるみるうちに元通りに戻っていく。

 その光景からも本人の言葉からしてもそのまんま治癒の魔法であるのは明らかだ。

 回復魔法というものを僕もこの世界では何度となく目にしてはきたけど、あんな風に杖を使うでもなく患部に手を添えるでもなく傷を癒すなんていうのは初めて見た。

 勝手が違う魔法なのか高性能を極めた結果その域に達したのかは定かではないけど、ものの数秒もするとリズの右腕は完全に傷一つない状態へと回復している。

 そこで腕を包む薄白い光は消えていき、今度こそリズはとどめの一撃を見舞うべく杖を構え魔法の矢を生み出した。

 杖と右手を結ぶ様に発生した輝く矢は三つ。

 ここまで何度も見せて来た、水色の矢だ。

「で、これが三つめだ」 

 特に健闘を称える台詞を述べるでもなく、かといって敗者に鞭打つ発言をするでもなく、リズは短く告げて躊躇いなく三本の魔法を放った。

 血の流れる腹部を抑えながらどうにか立ち上がろうとしていたサラマンダーは最後の力を振り絞るが如く吠える様な声を上げ、完全に体を起こすと両腕を大きく開いて腕だけではなく全身から炎を噴射させる。

「たかが人間風情が……この神を見下すでないわ! 今更そんな物が通用するとでも思ったか!!」

 怒号が響くと同時に、まるで体を爆発でもさせているのかというレベルの業火が体積を増していく。

 サラマンダーの怒りはある意味正論で、あの氷の魔法は何度も使用し、何度も防がれてきた技だったはずだ。

 だからこそこれまで同様により強い火力で飲み込んでしまえば何の脅威にもならないと判断したのだろう。

 例えサラマンダーが深手を負っていたとしても炎と氷の衝突である以上その成果が変わるとも思えず、はっきり言えば僕だって同じことを考えていた。

 勝負を決しようとする一撃にしてはあまりに不用意な選択ではなかろうか、とか。

 もしかすると三本同時に放つことで何か違う効果が生まれるのだろうか、という推測も浮かんではいたのだが……結果として、それらの考察は何から何までが的外れの憶測に終わる。

 三本の矢は過去最大の炎を容易に通過し、全てがサラマンダーの体に突き刺さったのだ。

 胸に一本、そして腹部に二本。

 魔法という性質をほとんど持たない、見た目や打ち出すフォームの通り『矢』としての働きを持つ物理的な攻撃手段によってぐしゃりと生々しい音を残して、いずれもが完全に胴体を貫通し背中や腰からその先端を覗かせており誰がどう見ても戦いの終わりを告げる致命的な一撃だと言えた。

 ではなぜ氷の魔法がその様な結末を迎えさせたのか。その答えは、問うまでもなくリズが自ら口にする。

「言ったろ、これが三つめだってよ。ここまでの戦いであんたがどんな勝手な認識をしていたかは知らねえけど、見た目の色なんざあくまでウチが思い浮かべるイメージでしかねえ。やろうと思えばどうとでもイジれるんだよ、撒き餌に踊らされたあんたの負けだ」

 その言葉は届いているのかいないのか。

 また、届いていたとして理解するだけの意識が残っているのかいないのか。

 サラマンダーは口から血を吐き出し、ふらふらと数歩後退すると今度は両膝から地面に崩れ落ち焦点の定まっていない目で虚空を見つめている。

「さてと、くだらねえ能書きはしまいだ。そろそろ終わらせるとしようじゃねえの」

 執拗なまでに空振りに終わっても氷の魔法を放ち続けたリズが見据えていた終着点。

 曰く、これが格。

 これが天賦の才。

 テンションや持ち前の性格に身を任せて戦ってきた風に見えて全てを積み重ねたロジックへと変えてしまう、そんな終わり方を誰が想像しただろうか。

 少なくとも神の一人を前にしてもこれだけの圧倒的な強さを発揮する彼女の実力を知っていたからこそクロンヴァールさん達は黙って見守っていたのだろうけど、出会って間もない上に彼女の存在を知っていたわけでもない僕にしてみればまさかここまだとは思いもよらない。

「ま、まだだ……我は神なり、地上の虫けら如きに……敗れてなるものか!!」

 もはや半死半生状態でありながら近づいてくるリズに向かって叫びながらサラマンダーは片膝を起こした。

 至る所から血を流し、もはや抵抗出来る状態には到底見えないのに、それでもほとんど消えそうになっていた体を覆う炎を今一度爆発的に膨張させる。

 ものの二、三秒で全身から火を吹き出す化け物みたいな風体と化したサラマンダーは『無駄な足掻きを』とでも言いたげな表情を浮かべながら杖を肩で弾ませるリズを攻撃しようとするのではなく、ろくに踏ん張ることも出来ていない足取りで近くにあった印へと飛び込む様に倒れ込んだ。

 そんな有様であっても瞬間的な移動に特化した能力の効果は失っておらず、すぐにその姿が消えてしまう。

 まだ起死回生の何かを狙っているのか。

 それとも逃げ延びるため?

 状況が状況とあって考え得るパターンは逆に増しているだけに消えて出てくるまでの時間で答えが見つかることはついぞなく、その都度ただ視線を右往左往させるしかない僕の腕を不意に隣にいるハイクさんが引っ張った。

「神に楯突く者は皆殺しだああああああああああ!!!」

 やや強引に、引き寄せる様な力は必然僕の体を動かし、勢いのあまり体が反転する。

 その目に映ったのは、背後からクロンヴァールさんに襲い掛かろうとするサラマンダーの姿だ。

 僕達の後ろにある印から現れたことも、そもそもこの段階で僕達を狙って来る可能性もゼロではないと思っていながらもほとんど考慮していなかった。

 苦し紛れの不意打ちとも言える想定外はいとも簡単に接近を許し、ほとんど人の形をした炎と化しているサラマンダーは両腕を広げ、たまたま僕やハイクさんよりも少し後ろにいたクロンヴァールさんに体当たり上等とばかりに突っ込んでくる。

 が、危ない! と声に出そうとするよりも早く、左手に持たれた剣が振り抜かれていた。

 目にも留まらぬ速さで、表情一つ変えることなく、まるで『そんな幼稚な手段が通用するか』とでも言わんばかりに。

 全身が炎に包まれていても中心にあるのは生身の体だ。

 なまじ勢いよく突っ込もうとしていた分だけ今度こそ生死を分ける一撃になり、深くまともに胴体を切り裂かれたサラマンダーはそのまま前のめりに倒れ込み、動く気配がなくなった。

 それと同時に辺りに散らばる印も、敷地を檻へと変えていた炎の壁も少しずつ消えてく。

「ふん、下衆の考えそうなことだな」

 唖然とし、固まるしかない僕などおかまいなし。

 クロンヴァールさんは取り出した小さな布で付着した血を拭き取り、それを放り捨てて鞘へと剣を収めた。

 今この瞬間こそが本当の本当に決着の時。

 痛ましい神であった男の姿にはやっぱり心が痛むし、唐突に胃の辺りが気持ち悪くもなってくるけど……それを言葉にしたりはしない。

 相手だって僕達を殺す気でいる。勝たなければ大勢が死ぬ。そのぐらいのことは……覚悟してきたつもりだ。

「リズ、体は大丈夫……ってどうしたの?」

 ハイクさんが亡骸の首に触れ、絶命を確認したところでそんな弱音の代わりに戦いを終えたリズを労おうと言葉を発してみるが、当のリズはさっき居た場所で口をあんぐりしていた。

 例えるなら『……は?』みたいな顔をしているわけだけど、心境の程は正直いまひとつ分からない。

「おいおいおい、そりゃねえぜ御姫よおおお!!」

 すぐに我に返ったらしく、リズは慌ててこちらに駆け寄ってくるなりクロンヴァールさんに詰め寄った。

 それを見て理解した、最後に勝負を決めたのが自分ではなかったことに憤慨しているのだと。

 勿論我らが大将はそんなことで頭を下げたりはしない。

「仕方なかろう、奴が勝手にこちらを狙ってきたのだ。私が邪魔をしたわけではない」

「だからってシメんとこだけ持っていくってあんたどんな神経してんだっつー話だろ。さすがは女王様ってかい」

「そう拗ねるな、この程度の相手を倒した栄誉を欲するお前ではあるまい。この先もっと強い奴がいるだろう、その時に取っておけ」

「ったく、口が達者な姫様だぜ」

 どう思うよダーリン。

 とか何とか言って、自然に腕を組んでくるリズに労いの言葉を掛ける僕の心は未だ動揺治まらずという具合なので若干しどろもどろになってしまったものの、何はともあれまず最初の戦いが終わったことに安堵しよう。

 まさかリズ一人で勝ってしまうとは思ってもいなかったし、控えているのがそんなリズと同等かそれ以上かという完全無欠の王女様って面子が頼もし過ぎるでしょ。

 まあ、僕の場違いっぷりがますます顕著になっていくので素直に喜んでいいのだろうかという感じではあるけど、兎にも角にも僕達は第一のオーブ回収に成功し、随分と様変わりした屋敷を後にするに至ったのだからひとまずは良しとしておこう。


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