【第二十章】 格
神。
それを自称する神官の様な格好をしたこの男こそが天界の統治者一人であるサラマンダーであるらしい。
その人物はどういう腹積もりなのか、やけに余裕を含んだ嫌らしい笑みで屋根の上から僕達を見下ろしている。
「今更意味もないだろうが、一応聞いておいてやるとしよう。地上の虫けら風情がこの俺様に何用だ」
一歩二歩とゆっくり縁まで歩くと、男は舌を出し小馬鹿にした様な口調で言った。
対して、あの挑発に乗りやすいリズは珍しく腹を立てる様子もなく一つ溜息を吐き、冷笑を浮かべるだけだ。
「いやなに、吹けば飛ぶだけのおたくのお仲間じゃあどうにも消化不良でね、どうしたもんかと嘆いていたところさ。あんたが代わりに準備運動の相手をしてくれんのかい?」
「ナメた口を効くなよ小娘。この俺の前に乗り込んできたのだ、死ぬ準備は十分してきたのだろう? この俺が直々に殺してやろうというのだ、光栄に思え」
「イキがってるとこわりぃんだけどよぉ、悲しきかなお召し物が豪勢であるところ以外にそこらで寝転がってるハナクソ共との違いがわかんねえんだわ。ハッキリ言ってあんたじゃちっともゾクゾクしない、道端で見つけた一匹の蟻が働き蟻なのか女王蟻なのかなんて誰もキョーミはないのさ。虫けらはお互い様だぜお山の大将」
「嘯くなよガキが、こいつが欲しくて来たんだろう。死ぬ前に一つ道理を教えておいてやる、人は神を超えられない」
凡そ神を名乗る者とは思えぬ不遜な態度に段々こっちが苛立ってくるが、当のリズはやれやれと首を振るだけで乗せられたりはしない。
それをどう捉えたのか、サラマンダーは表情を変えることなく懐から件のオーブと思しき水晶を取り出すと屋根の縁に無造作に置いてしまった。
赤い半透明のゴルフボール程のサイズはあるオーブはごろんと少しの音を立てて僅かに転がり静止する。
「お生憎様、だ。んなもんに拘る理由はねえよ。無けりゃ無いで困りもしねえ、欲しけりゃ殺して奪っていく、それだけの話だ。ウチにとっちゃどっちでもいい」
「それはそうだろう、貴様等にとって重要なのはこいつが手に入るかどうかではなくここを生きて出られるかどうかなのだ。多少は腕が立つらしいが、お前達は俺を見上げ、俺はお前達を見下ろしている。これこそが生物としての在るべき姿だ、死する運命が覆ることはない」
「よく喋る野郎だ。つまらねえ講釈の礼にウチからも一つ道理ってもんを教えてやるよ、馬鹿で脳みそスカスカのウチにも一つぐらいは知っている計算ってのがあってな」
「お前にとっては人生最後の戯言だ、聞いてやらんでもないぞ? んん?」
「ゼロって数字は、いくらかけてもゼロのままなんだぜ。知ってっか?」
「愚物の世迷事程うざったいものはないな。前言を撤回したいあまり殺してやりたくなってくる」
「愚物はてめえだよ。おたく等のボスがいるどこぞに行くには過半数のカミサマからその腐ったキ〇タマ集めてこいって話なんだろ? そりゃつまり道中で全員ぶっ殺していきゃ万事解決ってことだ。ゼロの過半数はゼロだからなぁ」
「ゼロなのは貴様等の余命だと何故分からん。所詮は俺を楽しませて死ぬだけの存在価値なのだ、サッサと始めるとしようぜなあ」
最後にもう一度嫌らしい笑みを浮かべ、サラマンダーは炎を全身に纏わせた。
武器に、ではなく肉体から炎を発している様に見えるが……どういう理屈なんだあれは、本人は熱を感じないのか?
「サッサと終わらせたいって考えには同感だよ。炎の化身なんて大層な二つ名のあんたはさぞよく燃えるんだろ? 最高の歌声を聞かせてくれよ!」
なぜ相手の言い分に同感出来て僕が抱くより真っ当な疑問には誰一人として同調してくれないのかは分からないが、あの異常な有様にも一切臆することなくリズは先制で仕掛けていた。
もう何度目になるか、空手で矢を放つ態勢を取るなり何の躊躇もなく真っ赤な魔法の矢を屋根の上に目掛けて発射する。
だが、両者が臨戦態勢になる中で先手を打たれたサラマンダーは一笑に付すだけだ。
躱すでもなく迎撃するでもなく、ただ右手を突き出しその掌で受け止めると霧散した炎の奥で余裕の表情と佇まいを崩すことすらない。
「炎を司るこのサラマンダー様に炎が通用するとでも?」
「けっ、な~にドヤ顔でイキってんだよ勘違い野郎が。所詮は門とかいう紛い物の力だろうが」
「知っているなら話は早い……その通り、これこそが神の特権であり神である証でもある天剣と並ぶ最古の門【不沈の炎獄】だ!!」
無駄に大きな声と共に、サラマンダーはトントンと首に着けている黒い輪を指で叩いた。
それでいて反応を待つことなく、途端に逆の手を振り翳したかと思うとお返しだとばかりに紅蓮衆の物とは比にならない大きさの炎の魔法をリズに向けて繰り出している。
しかし、張り合っているのか意趣返しのつもりなのか彼女もまた、防いだり回避しようとする素振りは一切見せずただ棒立ちで左手を突き出すだけだった。
炎の塊が掌に触れた瞬間、その魔法は激しい音を立て上半身を覆う様に飛散していく。
一見するとただ体や顔への直撃を避けただけの無茶な行動であり、炎その物は間違いなく手や腕に触れているはずの無謀な試み。
だがなぜか、リズはサラマンダーと同じく消え行く炎の中で無傷の五体満足で直前までの姿を維持し、変わらず敵の姿を見据えていた。
察するに……敢えて先程のサラマンダーと同じことをして見せたのか? にしたって無茶が過ぎるだろうに。
「昨今のカミサマってのはペテンだけじゃなく冗句までお上手なのかい? こんなチンケな炎で何を司るって?」
こちらの心配も何のその。
リズは一転して挑発的な言葉を返した。
さすがにこればかりは余裕ぶっているからという理屈で納得するには至らなかったのか、隣の二人も『やれやれ』だとか『馬鹿だろあいつ』とかといった声を漏らしている。
「なるほど、そこらに転がっている雑魚共ではどうにもならんわけだ」
「ああ、あんたも含めハナクソの寄せ集めじゃどうしようもねぇってことだ」
後ろにいる僕の位置からはリズの表情までは見えていないが、微かにサラマンダーが苛立ったことだけははっきりと分かった。
が、言うまでもなくそんなのを気にするはずもなく、既にリズは攻撃の態勢を取っている。
相手の反応を待つことなく再度弓を引く構えを取ると、今までとは違い一気に三つの魔法の矢を生み出し即座に発射した。
打ち出した黄色い光の矢は屋根に着弾し縁の一帯やその周囲の傾斜になっている部分を破壊し辺りに残骸を舞わせるがそこに男の姿はない。
パラパラと散っていく屋根の一部だった物を背に素早く飛び降りているサラマンダーは軽々と着地すると、そろそろ本腰を入れるかとでも言わんばかりに首をコキコキと鳴らし片腕を横に伸ばした。
「バーン・ロッド!!」
そして耳に覚えのある単語が耳を劈いたかと思うと、同時にサラマンダーの右手に棒状になった炎が現れる。
炎を握るという表現は意味不明にも程があるが、やはり直接触れても熱の影響は受けないと考えてよさそうだ。
「どこぞで聞いた玩具と同じ名前だな。僕ちゃん仲間外れは寂しいですってかい? 軍隊ごっこはあの世でやってな似非将官殿よぉ」
「馬鹿め、こっちが元ネタだ。もっとも、本家が紛い物に劣るわけはないがなぁ!!」
どこか両者が共に戦闘を楽しんでいるのではないかという口調や表情は僕にしてみれば一切理解出来ない感覚なので一抹の不安は付き纏うが、それを誰にどう指摘すべきかを考える暇もなく今度はサラマンダーの方が直接的な攻めへと転じていた。
果たしてあれを武器と呼んでよいのかは難しいところだけど、バーン・ロッドと自ら明かした身長程の丈がある棒、或いは槍状の炎そのものを手に正面から突っ込んで行く。
どう対処するつもりなのか、リズは魔法の矢を生み出そうとはせず接近に備えて杖を構え相手の動きを止めたり狙いを妨害するのではなく迎え撃つ態勢を取った。
数秒もしないうちに二人の距離がなくなっていくと、両者が相手の出方を窺っている様な状態で先に仕掛けたのはサラマンダーだ。
目一杯に突き出された本家バーン・ロッドを持つ右手が胸元から首の辺りを狙って伸びる。
いくら鉄の杖が打撃や防御の用途にも使えるとはいえ迫るのが炎では盾でも持っていない限り物理的に防ぐことが出来るはずもなく、カウンターを狙ってのことかギリギリまで引き付けていたことが災いしリズは対処ではなく後方に飛ぶことで一旦の回避を選択していた。
やはり正面から突っ込んでの攻撃をそう簡単に受けるような二人ではない。
その点に少なからず安堵を抱くも、相手とて条件は同じであると考えると良し悪しは何とも言えないだろうか。
少なくとも当事者達はそういうレベルであることなど百も承知で戦っているわけで、そんな中で敢えて真正面から攻撃したサラマンダーが何を目論んでいるのかは考えるまでもなくそこに残った光景がそのまま答えに代わる。
どういうわけか空振り腕を伸ばしたままの体勢で動きを止めたサラマンダーは距離を詰めようとするでもなく空振った姿勢のままニヤリと笑みを浮かべた。
「一つ聞くが、炎に原型ってもんがあると思ってんのかい?」
かと思うと嗜虐的な目と声音が向けられると同時に一度は空を切り、空中で静止したはずのバーン・ロッドが急激に長さを増していき、再び数メートル後退したリズ目掛けて伸びていくのだ。
直前の言葉を額面通りに受け取るならば、あの男は門の力で炎を自在に操れるため生み出した炎は決まった形や体積という概念には縛られず、イメージを具象化するという力である以上は自由自在ということなのだろう。
後退したとはいえ大きな距離というわけでもないその間合いからの、ある意味では不意打ちとなった攻撃にリズは反射的に杖を振るい伸びる炎の先端に打ち付けた。
本来ならば相容れないその二つが接触した瞬間、杖の先端が一瞬光を放つと迫り来る炎は一瞬にして氷へと変わり、結果自重に堪えられずほとんど同じタイミングで砕け地面に舞っていく。
なるほど、咄嗟に放ったのは氷の魔法だったのか。
その反射神経や対応力には驚愕する他ないが、いずれにせよ辛うじて危機を脱したことに違いはない。
それは見ている側にしてみればヒヤリと冷や汗を流す光景だというのに、悲しきかなそれでもやり合っている二人はむしろさっきまでよりもテンションが上がっているようだ。
というか……そんな状況なのに隣の二人が何もしないから僕が口出しし辛いんですけど。
「はっは~! 良い反応だ!!」
「そりゃお互い様だすっとこどっこい、少しは楽しめそうだと見直してやるよ!!」
危うく火だるまになりかけたというのにリズは舌を出し心底楽しそうな顔を浮かべている。
それどころか再び距離を詰めようとするサラマンダー相手に慎重さや様子見といった手段に出るでもなく同じく相手に突進しながら反撃に転じていた。
「あんたも同じ目に遭ってみるかい?」
双方が接近戦を挑もうとする最中、リズは先制で魔法の矢を繰り出し相手の足を止める。
正面から迫る真っ白な矢を前にサラマンダーは急ブレーキを掛け、地面を滑りながら足を止めると素早く姿勢を低くしてしゃがみ込む様な体勢を取り両の掌で足元に触れた。
その行為によって瞬時に生み出されたのは炎の壁だ。
恐らくは防御用の能力だと思われる真っ赤な壁はサラマンダーを丸々隠してしまう程の高さにまで達し、瞬く間に二人を分断する。
必然、真っすぐに飛ぶ魔法の矢は轟々と立ち上る炎へと命中し、炎の壁を一瞬にして氷の壁へと変えた。
最初に氷の魔法を使った時と同じく質量や体積の問題なのかその状態を維持することは出来ず、氷の塊はすぐにひび割れ地面に近い部分から崩れ去ってしまう。
「何やら一辺倒になってきたが、それが奥の手か? そんなものは直接触れなければ大した効果もない。それとて威力を変えれば脅威にもならぬわ!」
炎の壁が氷の壁に、そして氷の壁が氷の山に成り代わると舌打ちを漏らすリズが構えを取るよりも早くサラマンダーの炎が目の前を真っ赤に染めた。
両手を重ね合わせて突き出した掌から火炎放射器さながらの、規模や威力でいえばこれまでで最大級の業火が噴射されリズを飲み込もうと瞬発的に広がっていく。
距離、速度、範囲、全ての要素から回避が困難であろうことは遠目からも明らかであったが、テンションが上がる一方の戦闘狂には元よりそんな選択肢などなかった。
まるで最初からそれを予測していたかの様に、遅れて構えを取ったリズは素早く真っ赤な魔法の矢を放ち至近距離からの火炎を迎撃すると衝突した二つの魔法は両者の中心で爆発的に膨れ上がり、どちらに到達するでもなく徐々に消失していくだけだ。
「炎はあんたの御家芸だとでも思ったかい?」
「魔法に関しては非凡な才を持っていると認めてやるが、手数ではどちらに分があるかな?」
お互いの姿を隠していたと思われる炎が完全に消えてなくなるのと同時に互いが一言ずつ言葉を発し、改めて魔法を繰り出す姿勢に入る。
サラマンダーが両手から放ったのは十を超える火球だ。
台詞の通り威力ではなく数で攻めようと考えたのだろう。
それに対しリズは魔法の矢を生み出すのではなく杖を真横に振り、即座に風の魔法を繰り出し全ての炎を突風で掻き消した。
始まりから今に至るまで見ているだけのこっちが息つく暇もないぐらいのハイレベルで超人的な攻防はここにきて更に加速する。
無数の火球を陽動にサラマンダーは今一度接近戦を仕掛けるべく急激にリズとの距離を詰めているのだ。
「烈風斬!」
と、叫んだリズが逆方向へと杖を振り抜くと、そうはさせまいと現れたのは薄白い斬撃破の様な光の筋が飛ぶ。
見た目から抱いたその印象と意味合いはそう違わなかったらしく、体を逸らして直撃を避けたサラマンダーの肩口は切り裂かれ、破れた衣服の下から血が噴き出した。
しかし、肉を切らせて……というわけではないだろうが、凌がれるばかりの展開を打破しようと直接攻撃を仕掛けた以上その傷を理由に足を止めはしない。
「直接丸焦げにしてくれる!」
両者通じて初めてまともにダメージを、言い換えれば傷を負ったタイミングであったにも関わらず、技をぶつけ合い相手の技を潰し合う攻防を続けてきたここまでの流れを破棄し、サラマンダーはスピードを落とすことなくそのままリズの元へと到達しようとしている。
突き出した右手は肘の辺りまでが炎に包まれ、物理的な手段と魔法の両方を兼ね備えている攻撃であることは明らかだ。
中距離からの魔法では埒が明かないと見て当たれば確実にダメージを与えられる打撃に切り替え、そこにあの男の特性である炎を融合させた格好だと言えば分かりやすいだろうか。
紅蓮衆との闘いでは接近戦や体術でも相当なレベルであることを示したリズだとはいえ、殴り掛かってくる腕その物が燃えていては勝手も変わってくるはず。
そんな素人目に抱く推測が事実であり現実であると証明するかの様に、左右や後方への退避が間に合わないと踏んでかリズは杖を両手で横向きに持ち、盾代わりにすることで顔面を鷲掴みにせんと迫る右腕を防いだ。
「あっつ苦しいんだよてめえは!!」
力比べの様な格好になったのも瞬間のこと。
密着した状態では続けて攻撃された場合に防ぎきれないと判断したのか、リズはそうなる前に先んじて対抗に出ている。
咄嗟の判断なのか、それとも経験から予測出来ていたのか、目一杯に開かれたサラマンダーの右手を受け止めた杖が突然眩い光を放った。
目眩ましの狙いだと思われる光は瞬く間に辺り一帯を真っ白に変えていく。
あまりの強い光に何も見えなくなり思わず手で影を作る僕だったが、そんな状態が続いたのも一秒二秒のこと。
すぐに視界が元に戻ると、目に入ったのはさっきとは反対に自ら距離を取ろうとするサラマンダーの姿だ。
眩しさゆえに、というよりは視界を奪われている隙に攻撃されることを危惧したのではないかといった風の逃げ腰な体勢が幸いし、ギリギリながら仕掛けた側のリズが速さで上回った。
体の向きを変えず後ろに力無く飛び退いたところに渾身の飛び蹴りが炸裂する。
鎖骨の辺りに蹴りを受け為す術なく吹っ飛ばされたサラマンダーは辛うじて後転しながら受け身を取り数メートル先で立ち上がったが、ややよろめきながら膝に手をついて立ち上がる姿は血や土で汚れた装束も相まって当初の高貴さや神秘性はほとんど感じられない。
そうしてゆっくりと体を起こすと、はしたなくもそらみたことかと中指を立てるリズ一人に目を向け、今までにない低い声で独り言の様に呟いた。
「なるほど……認めよう、目の前に立つのは戦士であると」
余裕ぶった表情など少しの面影もなく、どこか据わった眼差しでリズを見ているサラマンダーは聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声を漏らすと、自らの首に手で触れた。
ジュッと何かが焼ける様な音が聞こえたかと思うと、次に露わになった首筋は皮膚が爛れ、それでいて流れ出る血は止まっていた。
「野郎、傷口を焼いて塞いでやがる。戦い慣れしていることだけは確かなようだな」
「ああ。それに加え、この先どの程度性能が飛躍するのかは定かではないが、門が持つ能力もやはり常識破りもいいところだな」
「…………」
冷静に戦況を分析している風ではあったが、クロンヴァールさんもハイクさんも男を見る目が変わったというか、どこか不穏な空気を感じているらしく声色や表情は今までにない真剣味を含んでいた。
それも当然だろう、僕ですら感じたぐらいだ。明らかに目の前にいる男の雰囲気が急変していると。
それでも二人は全く動こうとする様子がないのだけど。
「いやあの……本当に最後まで黙って見ているつもりなんですか?」
抗議の意味を込めて率直に指摘してみるもクロンヴァールさんは思っていた以上に理解してくれてはいなさそうだ。
そもそも風が吹こうが光で視界を奪われようがずーっと腕を組んだままだし。
「不満か?」
「不満というか、わざわざ危ない橋を渡らなくてもいいのでは? とは思います」
「どれだけ非情な人間だと思われているのかは知らんが、本当に危ないと思ったなら手も口も出してやるさ。もっとも、今は全くその気にはならんがな」
「……理由を聞いても?」
「確かに奴の門は未知数であり、未曽有の力を保持していることも確かだろう。だが、それでもエリザベスが負けることはないとみているからだ」
「はぁ……」
「かりやすく言えば格というやつだな。あの程度の相手に負ける奴ではない」
「そういうものですか……」
なんとなく分かるような分からないような話だが、だからこそ確実な勝利を得るために二人が動くべきなのではなかろうか。
決闘という様相から暗黙の了解みたいなものがあるのかもしれないし、戦士としての矜持の問題だと言われればどうしたって返す言葉に困るのだけど。
「くっくっく……いいだろう、ただの暇潰しのつもりでいた当初の認識は改めてやるよ。だが、まさか仮にも神を名乗る俺様がこの程度だと思ってはいまいな。見せてやろう、炎を司る神の真の力を!」
対照的な態度で『次は何を見せてくれるんだ?』とでも言いたげに弱った敵の動きを待っているリズを前に、サラマンダーは天を見上げながらの高らかな宣言を響かせる。
いつかと似た嫌らしい笑みを浮かべてはいたが、ここまで見てきた舌を出した余裕ぶった表情とは全く違うことがやけに不気味に感じられた。
その言葉の意味を理解したのはまさに次の瞬間のこと。
一体何が起きようとしているのか、突如として敷地全体が急激な変化を遂げていった。