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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑪ ~Road of Refrain~】
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【第十五章】 未踏の地へ



 扉の向こうから姿を現したクロンヴァールさんは真っすぐに玉座に向かって来ると、左右に並ぶ僕達の間を通り抜けたところで振り返った。

 敢えて玉座に腰掛けないのはのんびり話をする時間は無いという意識の表れだろうか。

 肩に触れるかどうかぐらいの真っ赤な髪、肩から胸に二本のチェーンがぶら下がっている高貴さ溢れる煌びやかな白い服、赤く短いスカート、そして服の肩の部分に縫われている赤いマントに腰にはキラキラの鞘に収められた宝剣。

 衣服こそ昨日までと似通ったデザイン、色合いではあるが意匠や付随しているプラスの部分が明らかに外行き用というか正装というか戦闘用というか、そういった凛々しさが表情のみならず全身から溢れんばかりだ。

「揃っているな。各々やることも山積みだろうが、我々もすぐに発つ。手短に済ませるとしよう」

 特に遅くなったことを詫びるでもなく、全員を見渡し腕を組むクロンヴァールさんはさっそく本題を切り出した。

 先日チェスをした時の様な穏やかさは一片も感じられず、まさしく戦闘モードといった雰囲気だ。

 それゆえか誰もが姿勢を正し表情を引き締める中、リズに加えもう一人そういった緊張感とは無縁らしいハイクさんがすかさず疑問を口にする。

「あの堅物な新人君はどうしたよ姉御」

「ナターシャは政務室に籠りきりでな。ここに来る前に寄ってきたところだ」

「なるほど了解だ。話を続けてくれ」

「うむ。予定通り私とハイク、エリザベスとコウヘイはこれよりアルバート達と合流し天界へ乗り込む。不在の間のことは全てお前達に任せた、片時も気を緩めるでないぞ」

「「はっ!」」

「「はっ!」」

 綺麗に揃った大きな声に思わずびっくりしてしまう。

 というか、僕やリズは今日から参加みたいなものなのに紹介とかはないんだ。

「ヨハン、ルドルフ、留守は任せたぞ。事前の決定に従い五日……と言いたいところだが、我々にとっては未踏の地だ。何が起きるかなど予想も出来ん。余裕を持って七日としよう、七日が経過して最悪でもこの中の誰かが知らせを持ち帰らねば直ちに各国の王へ鳥を飛ばせ」

「御意」

 ……当たり前の様に事前に決まったことを無視するクロンヴァールさんハンパねえ。

 そりゃ何の情報もなく天界に乗り込むわけだし、その上で神と呼ばれる誰かやその軍勢と抗争をしようというのだから五日という期限は確かに短いとも思える。

 この前提というのは五日の間に決着を付けろという意味ではなく、どういう状況であろうとも五日以内に経過の報告と今後の展望、安否などを報告し情報を共有しましょうという意味だと考えるべきなので行く側、残る側の立場がある以上難しい問題だ。

「政務はナタリアに一任したが、彼奴は良いところを見せようとし過ぎる嫌いがある。上手く諫めてやってくれニコラス」

「御意」

「エリザベス、お前にとっては初陣の様なものだが負けの言い訳を聞くつもりはないぞ」

「誰に言ってんだよ御姫。ウチが数だの肩書だのに怯むタマだと思うか? 邪魔する奴ぁ纏めて血祭りに上げてやるだけだ、今のウチはこれまで以上に負ける気がしねえからよ」

 僕の肩をバシバシと叩くリズは得意満面だ。

 本人の言うところの僕に負けたという意識がそうさせるのか、はたまた僕達の間にある『結婚許可状態』がそうさせるのか。

 いずれにしても強さ、魔法という点で優れた才能を持っていても性格は喧嘩っ早く、あまり細かい事を考えなさそうなタイプっぽいのでその辺りの不安要素を僕やクロンヴァールさんがどう解消するかが鍵になるのかもしれない。

 といっても僕とてリズが戦っている姿を見たことはないのだけど。

「結構、ヘマはしてくれるなよ。それからコウヘイ」

「はい」

「お前は戦闘要員ではない。己の安全を優先して構わないが、それゆえに誰よりも頭を使うのがお前の役目だ。気付いたことは何でも言え、思い付いたことがあれば相談しろ、お前が我々を勝利に導き、無事に帰す、そのぐらいの気持ちを常に持っておけ。極力は戦闘に参加させないつもりでいるが、相手次第では否応なく巻き込まれることもあるだろう。お前の経験や右手の(ゲート)があればある程度凌げるだろうが、不測の際には私の許可も確認も必要ない。お前の判断で臨機応変に行動しろ」

「分かりました」

 昨日リズを交えた話し合いの時にも話題に上がった通り、前回サントゥアリオで敵対関係が終わった後、正確には今から向かう【異次元の悪戯(ラーク)】とかいう謎の扉がある島へ向かう道中に僕の右手にある門のことは話している。

 いつまた敵対するか分からないという不安はあったものの、手段や考え方は違えど進もうとした方向は同じだと信じて。

 そしてこの対天界戦線であったり姿を消した謎の神父、加えて先日知り得た情報も含めるとアルヴィーラ神国など、この世界における戦乱の時代がまだまだ続く可能性が高いのであれば、いつかまた僕が同じ陣営に立つこともあるかもしれないと思い明かすことを決意したというわけだ。

「ではこれで話は終わりだ。我々は必ずや勝利を手にこの国へ戻る、留守は任せたぞ」

 力強く宣言する国王への綺麗に揃った四人分の返事が響いたところでクロンヴァールさんは出口へ向かって足を進める。

 すぐにハイクさんがその後に続き、それならそうと言って欲しいなぁとか密かに思いつつリズに声を掛け僕達も慌てて二人の背中を追った。

 そうしてシルクレア王国にやって来て早くも四日目の朝。城を出た僕達遠征組四人は城門で馬を借りて街中を駆け、ようやく首府を出るに至るのだった。


          〇


 クロンヴァールさんにハイクさん、リズと僕の四人で城下を離れた一行は北に真っすぐ進んだ所にある関所を通り抜けた。

 そしてそこからエレマージリング、すなわち瞬間移動用のアイテムで東の港へと移動するという予想通りの流れに沿って滞りなく足を進めていく。

 自分で使おうとして痛い目を見た僕はこのアイテムが好きではないのだが、他の人が使用してくれるのに便乗すればその心配もないので個々で使えと言われなかったのは正直ありがたい。

 そこから船で移動でもするのかと思いきや、何でもクロンヴァールさんの魔法で移動するのだとか。

 聞けばクロンヴァールさんは二つまで作れる魔法陣を自由に行き来出来るというアイテム無しで移動可能なトンデモ魔法が扱えるとのことだ。

 それによって目的地である【異次元の悪戯(ラーク)】なる謎の扉が存在する島へ向かうにあたっての中継地点である孤島に停泊させている船へと直通するということらしい。

 アイテムを使ったところで意味不明だというのに、生身でそんなことが出来るのだからこの人の超人具合も大概である。

 更に言えば驚く僕に得意げに本人が明かしたところによると、あの【人柱の呪い(アペルピスィア)】騒動の時に僕達が逃げ回っていたフェノーラ王国と戦地と化したサントゥアリオ共和国を簡単に往復出来たのもその魔法あってのことだったという衝撃の事実まで知ってしまったりもした。

 アイテムを使うにしたって港や大抵の町には直接移動することが出来ないと知っていただけあってコルト君から話を聞いている時に『え? もうそっちにいるの?』と思ったのは事実だけど、そんなの自力でやってたとか読み解けるわけがないもの。

 何かしら抜け道というか、その影響を受けない場所を使っているんだろうなとしか思っていなかったもの。

 と、話が逸れてしまったが、そんなわけで名前も知らない孤島……というか、魔法陣自体は船に施されていたので実際には島に降り立つことなく出航したため島はあんまり関係無いまま目的地であるこれまた名も無き孤島へと向かって船は進んでいく。

 大き目の帆船のデッキから遠ざかっていく孤島を見た感じではあの摩訶不思議な謎の扉【異次元の悪戯(ラーク)】がある孤島よりも更に小さな、草木の一つもなく大きくはない船が二隻と宿舎だと思われる小屋が一つに貯蔵庫らしき物置小屋が見える以外には本当に何もない本当に海に浮いた陸地といった感じの島だ。

 建物の周辺には十数人の兵士がいて、こんな海の真ん中の孤島に赴任しなければいけないというのは大変だろうに。給料が少しは良くなったりするんだろうか、なんて考えが真っ先に浮かんだ。

 進行方向に目を向けると既に遠くの方には例の島も見えていて、直接の上陸を禁止しているがゆえに許可を得てここを経由する以外の方法で近付いてきた者は問答無用で攻撃対象になるというシステムになっているらしい。

 元々は開く方法も無く、どこに繋がっているのかも分からない謎の扉という認識だったのがあの一件で急激にこの世界の人類にとっての重要性が生まれたのだ。

 厳重に管理、警戒するのもまあ無理もないだろう。

 フローレシア王国にある天門を世界で唯一開くことが出来るのがユノ王国女王ナディア・マリアーニの生まれ持った【ファントム・ブラッド】という特殊な血筋による力で、それ以外で天界に行く方法こそが鍵を与えられた天の遣いが【異次元の悪戯(ラーク)】を使って奥にある泉の更に奥にある扉を通るという手段になるわけだ。

 前に行った時は複数の人から遠回しに与えられたヒントを繋げてキャミィさんという女性を救うために大勢で来たんだっけか。

 そのヒントを、それどころかあの扉の鍵まで事前に与えてくれたAJことアッシュ・ジェインとの別れの場であり、計画のためとはいえ主君と仰いだクロンヴァールさんを陰で裏切り、暗躍していたあのにやけ面が似合う男が全てを明かした場所。

 神の一派のふりをしながら地上に降り立ちマリアーニさんを守るべく動いていたという話だが、その実シルクレアのある高名な神父に人柱たらしめる呪いを掛けたりジェルタール王を殺害したりと、立場の違う者からすれば決して許容出来ない所業の数々を自ら暴露してどこかに消えていしまって以来行方は分からないままだ。

「どうしたコウヘイ、物思いに耽るタイプでもなかろうに」

 一人ぼんやりと海の向こうを眺めながら様々な過去を回顧していると、ふと背後から声がした。

 首から上だけで振り返ってみると近付いて来るのは室内でティータイムをしていたはずのクロンヴァールさんだ。

「どうしたということもないんですけど、色んなことを思い返してみると今更ながら気付いたことがありまして」

「ほう」

「記憶を辿ってみると……随分と前からAJは自分がマリアーニ王のために動いていたことを示唆していたのかな、なんて今になって分かった様な気がして」

「ふむ、その理由は?」

「彼と初めて会った日、ご存知の通り僕は鉄格子の中に居ました。少しして二度目に顔を合わせたのはその騒動と僕が巻き込まれるに至った経緯を調査に来た時なんですけど、その時と別れ際、彼は話の内容とは無関係にも思える同じフレーズを口にしたんです。どちらも僕を形容する言葉として、マリアーニ王を救った英雄だ……と。初対面で、サミットの報告書を読んだから僕の名前だけは知っていたと本人は言っていましたし、それが事実であるのなら初対面の一度であれば不自然ではないのかもしれません。ですが二度その表現を使うのは少々違和感があります」

「なるほど」

「そしてもう一つ、その初対面時に限れば僕は彼との接点など皆無だったにも関わらず彼は僕に借りがあると言った。当時は何を言っているのかさっぱり分からなかったですけど、もしかしたらそれも僕がサミットの時にマリアーニ王を助けに行ったことを意味していたのかもしれないなぁと」

「ふむ。まあ、客観的に考察しても彼奴が当時からそれを最優先させていたがゆえに漏らした言葉だと考えるのが自然だろう。だが、今それを理解したところで何も変わらん」

「……そうですね」

 天界の神に派遣された【天帝一神の理(ヘヴンズ・キッド)】なる工作員。

 AJ、そしてキャミィさんの他に三人いるという話で、明らかになっているのは死んだ帝国騎士団の幹部であるハイアント・ブラックという男だけだ。

 二人は共謀して【人柱の呪い(アペルピスィア)】の阻止に暗躍していた。全てはナディア・マリアーニ一人を守るためだけに。

 そんな中でもキャミィさんはこちら側に残ったが、制約なる呪法によって【最後(セレスティ)(アル)楽園(・エデン)計画】関することや他の【天帝一神の理(ヘヴンズ・キッド)】のことを明かすことは出来ない、と聞いた。

 しかし……ならば何故AJは僕達に全てを明かすことが出来たのだろうか。

 あれこれと長らく欺いていたお詫びに、という口ぶりではあったが……彼だけが例外とは考えにくい。何か特殊なアイテムを使ってクロンヴァールさんの懐にもぐりこんだと暴露していたし、それと似た様な理屈なのか。

 ともあれ、ナディアを助けるためにという目的であったことが事実ならば一概に非難は出来なかっただろう。女王であるかどうかなど無関係に一人を犠牲にすべきだった、なんて主張など誰にも出来ないからだ。

 だが、先にも言った通りAJはローレンスなるシルクレア王国の教会で大きな権威を持つ神父に呪いを掛け、ジェルタール王の命をその手で奪ったことも明かした。

 それだけではなく魔王カルマの血を大勢のシルクレア兵に仕込み、必要の無い犠牲を数多生んだことも事実。

 そちらはキャミィさんが関知していなかったという話だけど、それだけ多くの命を自らの手で奪った以上はもうナディアを救うためだから仕方がないでは済まない問題であることもまた事実なのだ。

 いずれまた会うことになる。本人の去り際の言葉からもそれはいつか現実のものとなるだろう。

 その時は敵として、ということも恐らくは間違いない。

 この先そういったこの世界の事情に僕がどう関係することになるのかも、そもそも僕が関わるかどうかも分からないけれど、もしその場に僕が居たならば……僕はどうするだろうか。

「奴の件はまた先の話だ。今は余計なことを考えるな」

「はい……そうですね」

 思い詰めている様に見えてしまったのか、クロンヴァールさんは僕の頭にポンと手を置き敢えて何気ない口調で肩を竦める。

 仰る通り、今は先のことだとか帰った後のことなんて考えている余裕はない。

 まずはただひたすらに、愚直なまでに無事に戻ることだけを考えるだけだ。

「間もなく島に着く、エリザベスを起こしに行ってやれ。お前ならばあいつも機嫌を損ねずに済むだろう」

「分かりまし……え? ていうか、寝てるんですか?」

「ああ、ソファーの上でいびきを掻いていたぞ?」

「よくもまあこの短時間で、その上目と鼻の先への移動と分かった上で昼寝が出来るもんですね……」

「はっはっは、いかにも傑物らしいではないか」

 ほら行ってこい、と。

 愉快そうに笑うクロンヴァールさんは僕の背中を押した。

 なるほど確かに、大物というか怖い物知らずというか。

「…………」

 そんなことを思いながら階段を降り、つい先程まで皆が集まっていた休憩室に入ると直前に抱いた感想とは少々違った光景が広がっていた。

 室内に一人きりのリズは聞いていた通りソファーに寝っ転がっていて、お腹を出し大口を開いていびきを響かせている。

 その有様は大物がどうとかではなく、単に『緊張感ね~』と思わせるだけの残念な姿としか言い様がない。

「リズ、リズ~」

「……んん? もう朝かぁ?」

「はぁ……寝る前からずっと昼のままだよ」

「お、ダーリンじゃねえか。どーしたどーした朝っぱらから、とうとうウチが欲しくて我慢出来なくなったか? んん? いつでもウェルカムだって言ってんだろシャイなアンチクショウめ~」

 寝惚けているのか、はたまた寝起きとか素面とか関係無く基本的に残念な思考回路をお持ちなのか、ニヤニヤしながら僕の首に両腕を回して抱き込まれたせいでリズの上に倒れ込んでしまった。

 慌ててその腕を解きながら、ついでにその腕を引っ張り体を起こさせる。

「だ~からずっと昼だって言ってるでしょ。ほら、もうすぐ到着するから外に出るよ」

「んだよ~、イチャイチャしに来たんじゃねえのかつまんねぇ」

「そういう時と場合じゃないでしょ、ほら立って」

「へいへい。だったらチャチャっと天界とやらをぶっ潰して新婚ライフを堪能するとしようぜ」

 な? と笑うリズの表情にはやはり一片の不安や恐怖も、緊張感すらも存在しない。

 深く考えない。というのも、それはそれである意味では強みであり長所でもあるのだろうかと、呆れ笑いを返しながらしみじみと思った。


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