【第七章】 メシア様がやってきた
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特に起きる時間を意識していなかったからか、はたまた全力で昼寝の続きをしてしまったからか、目が覚めたと同時に寝過ごしたことを感覚的に理解した。
広い広いホテルみたいな宿の一室で、その高級感に見合った普段家で使っている物よりも、もっと言えばグランフェルトの城や一昨日過ごした新家で使った物よりも上等であろうフカフカのベッドもつい深い眠りに就いてしまう原因の一端を担っている気がしないでもないがそれはさておき、シルクレア王国上陸二日目を迎えたというわけだ。
「ふわぁ……」
と、暢気にあくびを漏らす自分の緊張感の無さに若干呆れてしまうが、ひとまず起きるとしよう。
今日これからクロンヴァールさんに会わないといけないわ、その結果次第で僕は天界に連れて行かれるかもしれないわと本来ならばもう少し不安と心配で寝付けないぐらいの精神状態になりそうなものだが、いい加減僕もそういう環境に慣れてしまったのだろうか。
勿論色々と考えたり今日以降のことや天界云々について予測推測を働かせたりはしていたけども、知らぬ間に寝落ちしてしまえるだけの図太さはこの日に至るまでの様々な経験や体験が身に着けさせたらしい。
ま、元々の人間性や性格が不安や恐怖に押し潰される質でもないのだろうけど……間違っても気持ちに余裕があるわけではないのが難点ってね。
「ご馳走様でしたっと」
そんな自己分析をあれこれとしているうちに朝食も済んでしまった。
さすがに外で食べる程お腹も減っていのでパン一つと紅茶という軽めの朝ご飯はここで用意してもらったものだ。
いくらサービスの一つとは言ってもベルを鳴らして人を呼びつけるという行為には踏み切れず、自分で廊下の先にいるバトラーさんにお願いしにいったわけだけど……ただのパン一つ、カップ一つ取っても城で出てくる物と大差ないのだから流石の高級っぷりである。
さておき、早くもこの時間にやっておくべきことがなくなってしまったんだけど、どうしたものだろう。
昼に迎えに来ると言っていたが、そもそも誰が迎えに来るのだろうか。
昨日の二人ならまだしも他の人だった場合に少なくとも僕の側からは判別出来ないんだよなぁ。
そう考えるとやっぱりここで待機していた方がいいのだろうけど、はっきり言って手持ち無沙汰過ぎて暇です。
というわけでほとんど即決でチェックアウトを選択し、せっかく暇があるのだからと今度は日が昇っている時間帯にこの国の町並みに触れてみようと外に出て大通りまで繰り出すことにした。
同じ町にいるわけだし、最悪入れ違いになっても城に直接出向けば迷子になることもあるまい。
そんな思惑もあってこれといって目的もなくひとまず店や人が多い大通りにやって来たわけだが、まず最初に感じたのは人の数が多いという意味ではない妙な騒がしさだった。
何かあったのだろうかと近付いてみると、何やら随分な人集りがどこかしこに出来ている。
まるで誰かが通りかかるのを待っているかの様に、通りを避けて両脇に人が群れている様な、例えるならばマラソンや駅伝の見物客さながらの有り様が右にも左にも続いているといえば分かりやすいだろうか。
別に駅伝をやっているわけではないのだろうけど、ならば一体この人達は何を待っているんだ?
雰囲気や周囲の人々の表情からして悪い意味の野次馬ではなさそうだし……もしかしたら城を離れてどこかに行っていると聞いたクロンヴァールさんが帰ってくる、とか?
いや待て、あの人の立場からして町を出たり入ったりぐらいはいくらでもするだろう。
その度にこんな風に観衆が集まるというのはおかしい気もするが……。
「すいません、これって皆さん何を待っているんですか?」
もう考えても分かりっこない。
というわけでさっそく近くにいた人の良さそうなおじさんに聞いてみる。
「ん? ああ、何でも救世主様がこの町にやってくるという話でね。その噂でここ数日持ちきりだったんだけど、どうやら事実らしいってんで皆が一目見てみようと賑やかしに来ているのさ」
「へえ~……」
メシア様って何だろう。
何らかの部門での偉い人なのか、神父さんとかそっち系統の人物なのか、はたまた単なる個人名なのか。
いずれにせよこれだけの人集りが出来るぐらいだから有名人ではあるのだろう。
ふむ、せっかくそんなタイミングで居合わせたのなら僕も是非見てみよう。さして興味はないけど、どうせやることもないし少し待つ時間があるぐらいなのが逆にありがたい。
思わぬイベントとの遭遇にラッキーとか思いつつ、大人に混ざると小柄な部類の僕は人の間を縫って先頭に出て大通りを眺め待つことに。
体感的に五分か十分か、他の人達と違って話し相手もいない僕はやっぱり暇を持て余してしまったが、ようやく町衆の群れに変化が訪れた。
少し向こうの方で若干のざわつきが起きる。
方角としては城がある側のようだが、メシア様は城からやって来るのだろうか?
「まずそれが何なのかも今なお分かってないんだけど」
思わず呟き、その方向を見てみると大通りのど真ん中を歩いてくるのは件のメシア様……ではなく見知った顔だった。
背丈と変わらないぐらいの巨大なブーメランを背に負う、黒い戦装束に身を包んだ二十歳前後の短髪の男。
それすなわち、クロンヴァールさん直属の戦士ダニエル・ハイクさんである。
過去に僕が関わってきた抗争の際に何度も同じ陣営にいたり、時には敵対したりしてきたこともあってそこそこの付き合いと交流もあり、今では普通に顔見知りといった関係の人物だ。
「……メシア様ってハイクさんのことなの?」
うーん、それこそクロンヴァールさんではないのでは? と考えた理由をそのまま当て嵌めるともっと違っている思うんだけど。
まあそうならそうでせっかく知り合いがきたのだから聞いてみればいいか。
というか、事と次第によってはハイクさんは僕を迎えに来たという可能性もあるのでは?
いや、仮にそうだとして、これだけ衆人環視の状態でのこのこ出て行って声を掛けるというのも中々のハードルなんだけど……さてどうしたものか。
迷っている間にも等のハイクさんはこちらに近付いてきている。
視線が集まっていることをやや煩わしそうにしながらも、声を掛けられれば雑ではあるものの一人一人にちゃんと返事をしている辺りクールに見えていても人の良さというか、民衆に慕われる理由が伝わってくる様な感じだ。
徐々に徐々に、こんな状況なのに堂々と道のど真ん中を歩いて進んでくるハイクさんはとうとう声が届く距離にまで迫っている。
こうなってしまえばただ眺めているだけでやり過ごすのは不自然過ぎるだろうということで意を決して声を掛けようと一歩前に出た時、喉元まで出ていた呼び止めるための一言は寸前で掻き消された。
他ならぬ、ハイクさん自身の声によって。
「……お? 誰かと思やグランフェルトの若大将じゃねえか。何だってこんなところにいやがるんだ?」
今初めて気付いた風のハイクさんは、僕の存在を認識するなりあからさまに意外そうな顔でこちらに寄ってきた。
六つの翼という異名に代表される腰にぶら下がっているブーメランと同じぐらいに代名詞と化している咥え煙草も健在である。
「ご無沙汰していますハイクさん。迎えが来るという話だったんですけど、部屋でジッとまっているのもどうかと思って町に出てきてみた次第でして……」
「なら丁度良い、俺がそのお迎えだ。特に用事もねえのなら案内するから城に向かうとしようぜ。姉御もぼちぼち話が終わる頃合いだろう」
「やっぱりそうだったんですね。では申し訳ないですが、よろしくお願いします」
「相も変わらずおかしな奴だな。事情はどうあれこっちが招いている側だろうに、何が申し訳ないんだか」
特に嫌味っぽさも感じさせない口調と表情で、ハイクさんはやや呆れた風に肩を竦める。
僕にしてみれば、それこそ事情はどうあれ世話を焼いてもらっているのだから当然の言葉に思えるのだけど、こっちの世界じゃ誰にも彼にも変わり者扱いされるのでそろそろ何が正しいのかもよく分からなくなってきた今日この頃だ。
だからといって今この場で互いの持つ一般常識や社会人としての模範的な態度における認識について語り合うつもりがあるはずもなく、『ならこのまま戻るとすっか』という一言によってすぐさま僕達は城へと向かうこととなった。
ハイクさんにしてみれば蜻蛉返りの様な格好になってしまってはいるが、宿までご足労願うよりは手間暇も除けたと思っておくとしよう。
「よお若大将、飯は食ったのか? まだなら早急に用意させるが」
「あ、いえ、食べてから出てきたので大丈夫です」
それよりも、僕はいつから若大将に?
思い返せばクロンヴァールさんみたくアイミスさんを聖剣と呼んだりジャックを二代目と呼んだりとあまり他人を名前で呼ばない人だったし、その延長みたいなことなのかな。
「あ、そういえば一つお聞きしたいんですけど」
「ああ?」
「この通りに集まっている人達なんですけど、何でもメシア様? とかいう人を一目見ようと待っているらしいんですよ。ハイクさんご存じですか?」
「何だ、知らねえのか。連中の言う救世主様ってのはお前のことだよ」
「……は? なぜ僕?」
「この間の騒動の時、お前は姉御の命を救った。覚えてないとは言わせねえぜ?」
「それはまあ、勿論覚えていますけど」
「その話がうちの兵達の間で広まり、いつの間にやら民衆の耳にも入ったらしくてな。この国の、ひいては世界の王を救ったグランフェルトの若き宰相は世に平和をもたらす救世主に違いない、なんて面白可笑しい噂話が今この町で流行ってんのさ」
「救世主って、そんな大袈裟な……」
「ま、お前は持て囃されて喜ぶタイプじゃねえだろうし、一応姉御がこれ以上余計な話を広めるなと箝口令を敷いたからツラや姿形がばれなきゃ騒ぎになる前に噂も廃れていくだろうよ」
「それはほんとに助かります……僕は有名人になんてなりたくないので、はい」
「お前がしてきたことを考えると独りでに声価が高まるのも無理はねえんだろうが、心配しなくてもほっときゃ勝手に飽きていくさ。それにしたってお前は欲が無さ過ぎだとは思うがね」
特に返答を求めてはいなかったのか、それだけ言うとハイクさんは次の煙草にマッチで火を点け数歩先を歩いていく。
何が言いたかったのかは今ひとつ分からないけど、黙られてしまっても若干気まずいので今度はこちらから話題を振ってみることに。
「最近は忙しくしておられるんですか?」
「そりゃそうだろ、天界に行くに当たっての準備やらその間の指示やらで大忙しだ。そうでなくても軍部の改革に大忙しだってのに」
「改革?」
「ああ、今この国は大幅に軍部の拡充に取り掛かっている最中でな。いずれ俺もユメ公も姉御の付き人じゃなく一部隊を預かる隊長になる。そのための編成やら人選でバタバタしてるよ」
「拡充……ですか」
まるで、天界との戦いが終わった後があるかの様な口振りに聞こえるのは気のせいだろうか。
無論、軍隊の形態を変更することそのものには国を守るためという側面もあるので一概には言えないのだろうけど。
「不思議に思うか? なぜ今になって、ってな」
「ええ、まあ」
「対魔王軍の時も、【人柱の呪い】の時も、俺達は大くの戦力を……とりわけ軍幹部の大半を現地に送ったが、本来ならそれは望ましくない。敵との交戦と自国の防衛、そして同盟国への援助を同時に行うにも限度があるからだ。そこで多方面で任務、作戦にあたれるだけの軍隊へと編成を作り替えることにしたってわけさ。現状の仮想敵はどうしたってアルヴィーラ神国になるがな」
「アルヴィーラ……神国」
前回の騒動以来、本当によく名前が上がる謎の国だ。
アイミスさんから多少は教えて貰ったけど、僕にはそれ以上の情報はない。
「お前が存じているかは知らんが、連中はいずれ五大王国に宣戦布告してくる。間違いなくな。ま、ユノやフローレシアはもう無関係だろうが」
「宣戦布告って、どういう理由でですか?」
「奴等は世界の統一を目論んでんだよ。これまでは五大王国を中心に……つってもその二カ国を除いてだが、世界平和協定ってもんを結んでいたおかげで国と国との戦争なんてもんはほとんどなかった。魔王軍っつー明確な共通の敵が存在したってものもあるが、世界の過半数の国が加盟し、姉御だけじゃなく先代や先々代も含めこのシルクレアの王を中心に不要な争いは回避しようって方針を共有し合っていたからだ。だが今はアルヴィーラの提唱する世界統一協定が徐々に世界に広まりつつある。要は国と国って概念を取っ払って一つの人類とすべきだって主張だな。実際には併合させろって言い分にしか聞こえねえ文言ではあるが、現状では拒否する国、保留する国半々ってところか」
「いやいや、保留っておかしくないですか? 自分の国が乗っ取られる未来を受け入れる可能性があるってことですよねそれって」
「そりゃ誰がどう考えてもおかしいだろうよ、だが問題はそう簡単じゃなくてな。外にはほとんど情報が出ないが、アルヴィーラ神国は強大な国だ。今やあの国はうちに比肩する兵力を持っていると見ていい。だからこそ連中は付く方を間違えたくないのさ」
「だからといって……」
「強い方に付けば守ってもらえるという考えもあるんだろう。こっちもあっちも戦争の回避ってもんが大前提の協定だからな。今まではシルクレアという看板が力や国力で異分子を黙らせてきた実績があるし、そのおかげで余計な争いを回避してきた事実だってある。だが他でもねえこの国が、あろうことか同じ五大王国に数えられるサントゥアリオに侵攻した。結果としてその看板が盲信する価値があるのかを疑問視されつつあることもまた事実なんだよ」
「でもあれは、あの人なりの正義があって、死を前にしながらでも自分が全ての罪を被る覚悟で世界を……」
「例えやむを得なかったとしても、それでてめえ等が救われたんだとしても、事実は事実として受け止められるもんだ」
「…………」
何というか、よくもまあ次から次へと問題が降って湧いてくるもんだ。
そりゃ日本……というよりも元の世界だって何も変わらないし、国と国なんてそうやって歴史を作ってきたのだろう。
考え方、価値観、主義主張、人種や宗教の違いで争いが始まって、同意や妥協、力による屈服によって争いが終わる。
日本も、他の国も、今も昔もそうやって何千年も前から今を繋いでいるわけだ。
だからといって一国民がそれで納得するかというとそんなわけもなく、大多数が何故仲良く出来ないのかと思っているに違いない。
まあ、それとて所詮は『無関係でいられる人間』の浅はかな考えに過ぎないのだろうけど。
「そう深刻な顔をするな。そのクソ協定をぶっ潰すために俺等が汗水垂らしてんだからよ」
「そう、ですね……はい」
いつだって戦う以外の道を追い求めてきた僕を何度も見てきたからか、ハイクさんは気を遣ってくれたらしい。
そうですね、で飲み込める話ではないけど、それこそ僕が追求する意味はあるまい。
むしろそうさせた自分の未熟さに自己嫌悪である。
「おら、上を見てみな」
「上?」
その上に話題を変える役目までさせてしまうとは情けない。なんて思いつつ言われるまま空を見上げてみると、何か巨大な鳥が飛んでいた。
ダチョウぐらいのサイズの……といってもあそこまで細い足をしてはいないが、大きさとしてはそのぐらいで足の長い鳥が上空二十メートルぐらいの高さを飛んでいる。
それだけではなく、どう見ても上に人が跨っているんだけど……何だあれ。
「な、何ですかあれ。人が乗ってますけど」
「部隊刷新の目玉でな、ドラゴン・フライって名前の鳥だ。少し前からあれを軍用にしようと訓練や量産に取り掛かっていたんだが、ようやく目処が立った。あれによって制空権を持つ部隊を組み込むことが出来るようになる。その名も竜騎兵だ。今は訓練中なもんで警邏にしか使っていないがな」
「へ~……」
空飛ぶ軍隊か。
そりゃまた凄い。こうも簡単に人が飛行能力を得てしまえるとは、エルもびっくりだよ。
とまあ、そんな所でこの国の軍隊云々の話は自然と終わり、またしばらく静かに二人が並んで歩いていく。
といっても大通りの一番奥には城が見えているのでそう時間を要することもなく、それから五分十分もした頃にはこの国の本城へと到着した。
ここに来るのは実に二度目で、前に入ったのは爆弾魔として投獄されるという残念極まりない理由である。
この町、この国がそうである様に、やっぱり城も城で他の国とは一回りも二回りも規格が違う広さと立派さを備えているため歩いているだけで目移りがハンパではない。
お城その物以外にも大小様々な建物が敷地内にあるし、馬も人も多く庭園の綺麗さ立派さ豪華さも段違いだ。
町の観光と同じく前回はサッサと城を後にしてしまったので中を探索したのは脱走した時ぐらいなので何だか目新しくてつい色んな所に興味がいってしまう。
そんな感じでキョロキョロしながら中庭を歩き、回廊を通り抜け、本館への門を潜った時、偶然にも入れ違いに出てきた一団と向かい合う形になってしまったことで足が止まった。
共に五十前後の黒いハットをかぶった、いかにも貴族みたいなタキシード風の服を着た男性と、こちらもいかにも貴婦人と形容する他ない様な派手過ぎず地味過ぎずといった感じの深紫色のドレス? を着た女性、そして丈の長いスカートのメイド服を着た若い女性の三人組だ。
「やあハイク君、今帰りかね」
ハイクさんとメイドさんの二人だけがぺこりと頭を下げると、男性がにこやかな表情で声を掛けてきた。
その雰囲気からしてどうやら互いに知った顔のようだ。
「うっす。お二方ともご苦労様っす」
「はっはっは、家柄など関係なく当然のお務めというやつさ。君も色々と重責ばかりで大変だろうけど、これまで以上に上手くあの子を支えてやっておくれ」
「ええ、当然っす。お気を付けて」
「ああ、吉報が届くことを祈っているよ」
では失礼する。
と一言告げ、男性は片手を挙げて去っていく。
もう一度ハイクさんとメイドさんが一礼しその姿を見送った所で僕達は再び城内へ進む足を進めた。
入り口を過ぎてすぐの階段に差し掛かった辺り。
つい疑問をそのまま口にしてしまうのは見知らぬ土地で好奇心が増しているせいに違いない。
「さっきの人達ってお知り合いですか?」
「ああ? 何だってそんなことを気にする」
「いやあ、ハイクさんが敬語っぽい口調で会話をするのを初めて見たもので、よほど偉い人なのかなぁと」
「……てめえは俺を何だと思ってんだ」
「ははは……」
思わず口を突いた本音に、笑って誤魔化すことしか出来ない。
だってあなたが年上だろうが他国の王様だろうが関係無くタメ口で話しているのを散々見てきたんだもの。珍しく思うのも無理はないでしょう。
「ありゃバーナート卿って姉御の親戚筋で、先代の従弟に当たるオッサンだ。横にいたのは奥方とリオって名の侍女だったかな。セラムの大将が居なくなって以来空席だが、相談役に似たことをしている。主立った役割は貴族との橋渡し役だな」
「貴族?」
「お前は知らんだろうが、姉御は即位した時に大幅な改革を断行した。まず行ったのは貴族の持つ権限の大幅な制限だ。金や土地、兵力を無駄に多く所持していても領民以外にとっては何のありがたみもねえ。領地や商いに限度を設け、特権の大半を廃しし、所持出来る私兵も制限した。当然大きな反発があったが、連中も王家に逆らうわけにはいかねえからな。無言の抗議って形で大きな溝が生まれた時期もあったんだが、その王家に非協力的な貴族達の間に入って上手く話を纏めてくれているのがあの男だ。親戚筋とはいえ王位継承権を持っていない一族なんだが、奥方は元々は貴族の家系でバーナート卿自身も貴族のみならず商人にも顔が利く。ま、連中に顔が利くというのか、連中があの人を使って王家とうまくやってきたというのかは難しいところだがな」
「へ~」
「いずれにせよやり手な御仁ってやつさ。先代との関係も悪くなかったってんで姉御もまあそれなりにはアテにしてるよ」
さ、着いたぜ。
と立ち止まったのは、三階まで上がって少し廊下を歩いた先にあるやけに派手な扉の前だ。
所謂玉座の間という場所であろうことは容易に想像できる他との違いがある。
「姉御はもう中で待ってるはずだ。俺はここで待つ、精々覚悟決めて話をしてくるんだな」
そう言って、ハイクさんは脇で見張りのために控えている二人の兵に顎で指示を飛ばし、両開きの扉を開かせる。
一人で放り込まれることへの不安が急激に沸き立ちながらも抗議の無意味さを自覚してしまっている僕は一度深く深呼吸をし、この国の王との対面に臨むべく室内へと足を踏み入れるのだった。