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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑩ ~神々への挑戦~】
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【第三十一章】 天帝の社


 

 回復薬をありったけ飲んだばかりだとはいえ、さすがに蓄積した疲労まで消え去ってくれる様な都合の良い効果を得られることもなく息が整うまでに要する時間も長くなってしまってる感が否めない。

 それでも僕達は今、巨大な門を一つ挟んで天界の長であり支配者でもある天帝の住み処の目の前にいる。

 引き返す道など無く、また、闘って勝つ以外に生きて帰る未来も無い。

 それが分かっているからこそ誰も愚痴の一つすら溢すことなく、小休止もそこそこに立ち上がると真っ直ぐに聳える二つめの門を見上げた。

「さて、いよいよ最後の関門だ。こうして城門の前に並ぶと一番最初に魔王のガキんちょを倒しに行った時を思い出すな」

 斜め上ではなくほぼ真上に首を向けながら、ジャックはどこか感慨深げに表情を緩めた。

 あの時は本物のお城の前で今の倍ぐらいの頭数なのに皆で決意表明なんてしたんだっけか。

「懐かしいものですね……あの時はもう少し賑わいもあったように思いますが」

「思い返してみると、全てはあの時から始まったんですよね。こと僕に関しては特に」

「それは私もそう変わらぬさ。コウヘイと出会っていなければアネット様や虎殿と肩を並べることもなかったろう。あの日から今に至るまでの全てが繋がっているのはお主のおかげだ」

「うむ、あれから一度散り散りになったオイラ達が時を経てまた共に旅をしているのだから人生とは分からんものだな……トラ」

「こらこら、揃いも揃って何を最終回みたいな雰囲気を醸し出してんだ。思い出話なら帰ってから思う存分やりゃいいだろ、勿論溺れる程の酒を用意してな」

「それもそうだね……前半はちょっと何言ってるのか分かんないけど」

 本当に最終回だったらどうするんだ。

「思わず感傷に浸ってしまいましたが、仰る通りまだ最後の大一番が残っています。必ず勝って、皆でその時を迎えましょう」

「ああ、今はそれだけ胸に秘めておきゃいい」

「では行くとするか……トラ」

「だな」

「ええ」

「はい」

 三つの返答が揃ったところで虎の人が巨大な門に手を伸ばす。

 意外にもこんな物どうやったら人の手で動かせるのかと思わずにはいられない重量感たっぷりの扉は、指が触れた瞬間には自動ドアの如く勝手に開いていった。

 並び立つ僕達四人の前で徐々に向こう側の景色が露わになっていく。

 そこにあったのは、どこか和洋折衷な感じの大きな屋敷だった。

 入り口からみて正面、一番奥には平屋ながら広く大きな洋風の建物があるが、庭は土だし、これといって飾られているわけでもなく見ようによっては日本でも目にしそうな普通の庭が広がっている。

 不気味さに身の毛がよだつのは左端にサラマンダーの所で見たのと同じ様な炎を噴き出している木がズラリと並んでいたり、反対側には何の用途があるのかやけに大きな岩が五つ程置かれていたりと物騒さを匂わせるだけで庭園という様相がほとんど感じられない異様な雰囲気のせいだろうか。

 いや、それも勿論あるのだけど……間違いなくそれよりも異質な存在がこの緊張感のほぼ全てを占める原因だろう。

 屋敷から門の間に広がる庭の中心付近に何故そんなことになるのか玉座と思しき派手な装飾の椅子が浮いていて、そこに一人の男が座り僕達を見下ろしている。

「なんだあいつは?」

「風貌からして疑問の余地もないのでしょうが……いかがいたします」

「いかがも何も完全にアタシ達の訪問に気付いて待ってたみてえだし、どうしようもねえだろうよ。いきなり襲ってくる風でもねえし、ひとまずご対面と行こうじゃねえか」

「トラ」

 それぞれが納得と理解を示し、ジャックが一歩目を踏み出したのをきっかけに全員が門の奥へと足を進めていく。

 そしてゴゴゴゴゴと、同じく独りでに閉じていく門が立てる音を耳に空中で椅子に座っているというおかしな状態の男に近付いていくと、数メートル前でぴたりと立ち止まった。

 高さにして五メートル程の上空にいる男は変わらずにやついた様な顔で頬杖を突いたままこっちを見ているだけで自分から言葉を発する様子はない。

 その外見、風貌はというと、耳が隠れるぐらいの茶髪を靡かせる顔は見た目だけで言えば二十歳前後にしか見えないぐらいに若く、なぜか裸足で首にはホースみたいな太さのある綱をネックレス代わりとばかりに巻いている。

 そして銀色の模様や刺繍があちこちに施され派手になっている黒い衣服は宮司の物ととても似ている、所謂狩衣と呼ばれる物と似た形をしていて袖は腰の辺りまで伸びているわ下半身もふわっとしているわと印象としては完全に陰陽師なんかを連想させる様な姿をしていて、神という事前に分かっていた情報をよりはっきりと風貌で示していた。

 更には金色の籠手が両手首に着いていたり、領巾? と言うのだったか、白い羽衣が背を通って両腕に巻き付いていたり先端が赤い輪っかに銀色の天使の羽根みたいなのが付いている上にその輪っかの中心に青い宝玉が浮いているいかにもな聖杖を持っていたりと、神秘的な存在であるだけではなく闘ってもさぞ強いのだろうなということがプンプンと臭ってくる何とも言い難い風体がどうにも警戒心のみならず恐怖心を煽ってくる。

 それでも神の中の神というぐらいだからもっと歴史を感じさせる人物像を想像していたのに思っていたよりも随分と若い。それが第一印象としてはどうしても先に来てしまうだろう。

 といっても……それはウラノスの能力だの儀式だのがある以上それが実年齢を推し量る材料にはならないんだろうけども。

 加えて言えば、浮いている椅子に座っていること自体も意味不明なれど、それだけではなく何故か背後で剣、槍、盾がそれぞれ五つずつ並んで浮いているのだからもう考えることだらけで頭が追い付かないのが現状である。

 値踏みでもしているのか、あちらが不敵な笑みを浮かべたまま無言で見下ろしている理由はよく分からないが、こちらはこちらで色んな意味でどこから手を着ければいいのかといった具合でリアクションを取ろうにも取れず、ただ睨み合っている沈黙状態が数秒続いたところで僕の隣でキョロキョロと左右を見渡していたジャックが空中に佇む神様へと第一声を投げ掛けた。

「あの椅子もさることながら後ろの武具は何なんだよ。どういう理屈と理由で浮いてんだありゃ……まあいい、てめえが天帝ケイオスか」

「ふっふっふ、ああその通りだとも。よく来たな地上の戦士達、歓迎するぞ」

「歓迎だあ? アタシ達が何しに来たか分かってんのかおめえ」

「知っているとも。我と遊んでくれるのだろう? この天帝こそが紛う事なき唯一神なり、されどこう見えて戦は好きなのだ。ここしばらくは抗争もなく暇を持て余しておったところでな。近く我が自ら全勢力を率いて攻め込む予定であったというに、よもや地上の民の方から乗り込んで来ようなどとは思いもよらぬ」

「…………」

「…………」

「…………」

 心底楽しそうな、無邪気な笑顔が僕達を順に見回していく。

 敵愾心や悪意など何一つ感じられない、嘘偽りのない本音と言わんばかりの表情に一体この男は何を言っているんだという気持ちが憤りや挑発といった台詞を掻き消し返す言葉を見失わせていた。

「卑俗な種よ、貴様等の腕の程など我は知らん。だがここまで辿り着いたからには我が門徒を倒してきたということ。いずれ追放者共を含め地上の民を一掃する戦が起ころう、所詮は繋ぎの余興よ。少しは楽しませてくれることを期待しておるぞ? んん?」

「一つ問う」

 一転、小馬鹿にした口調や態度をさらけ出す天帝に対し、表情一つ変えないアイミスさんが半ば遮る様に割って入った。

 ジャックに至っては普通にイラっとしたのか顔を顰めながら舌打ちを漏らしている。

「許そう、何なりと言ってみるがよいぞ」

「なにゆえ過去数百年に渡って深く交わることのなかった我らを敵視し謀略を用いてまで滅ぼそうとする」

「何故とな? この天の地こそが世界、この天こそが選ばれし者にのみ居住を許された楽園なのだ。長き歴史を経て都合良く道理を忘れ去った劣等種族共はそれを弁えるどころか神々の慈悲によって許された生と命であることも知らずにわらわらと増える一方ではないか。まるで独自に発展を遂げたかの如く我が物顔で大地を占拠し創世主の末裔たる我らを崇めることもせぬわ、与り知らぬ所で協定を結び追放者共が作った国とよろしくやっておるわと、まったくもって目障り極まりない。世界とはこの蒼天と神、そしてその庇護下で生きる民さえいればそれでよいのだ。それ以外の人間も魔族も、ましてや地上も淵界も必要なかろう? この天帝に平伏し、加護を求める者だけが我が膝元に生きる権利を与えられる。その揺るぎないヒエラルキーこそが唯一無二の理にして絶対的な真理、それこそが【最後(セレスティ)(アル)楽園(・エデン)計画】なのだ。不要な争いもこの天帝に仇なす種族もおらぬ永遠の平穏が実現するのだぞ? 素晴らしいとは思わぬか?」

「けっ、神っつーぐらいだ。ちっとぐらい有り難みってモンもあるもんだとばかり思っていたが……想像していた千倍ゲスだったようだなクソったれ」

「やれやれ、やはり理解が及ばぬか凡俗な輩めが。生き残るべき者が生き残り、そうでない者が淘汰される。誰にでも分かる世の道理ぞ」

「神とはあくまで一つの称号に過ぎぬはずだろう……どこの誰に他者が生きる権利を奪う資格があるというのだ! 貴様の気分一つで争いを強いられ命を落とした者がどれだけいると思っている!」

「ふはははは、いかにも叛徒に似付かわしい言辞よのう。気分一つ? 結構なことではないか。我とって必要か否か、この世の全てはその摂理に従うべきなのだ。我には全ての不条理が許される。ゆえに神なり」

「……何が神だ、何が天帝だ。貴様がやっていることは独裁者気取りの殺戮と卑劣な陥穽ばかりではないか。その貴様にとって不要な全ての命が同じ意志を持ち貴様の破滅を望んでいる、貴様こそが全ての世の害悪だとな」

「ああ、もう話すこともねえ。てめえは今日ここで死ぬ、そして時代は節目を迎える。ただそのためにアタシ達はここにいるんだ。それ以外に理屈も理由も必要ねえ」

「トラ」

「…………」

「ふん、女が二人に子供が一人。そして何やら面妖な大男が一人……か。冷静に考えてみるとどうにも疑問が残る顔ぶれであるがまあよい。精々我を楽しませてから死んでくれ」

 既に敵意と殺気に満ちているこちら側の三人とは違い天帝は嘲る様な笑みを浮かべたまま浮いている椅子から飛び降りると二度三度手に持った杖を回転させ、その先端をこちらに向けた。

 同時に、アイミスさんとジャックもそれぞれ剣を構える。

 そして虎の人はファイティングポーズを取り、釣られる様に僕も右手の盾を発動するための集中力をより強く持った。

 天帝本人もさることながら周囲に浮いた武器や盾がどうしても気になってしまうため警戒度の割り振りも簡単ではない。

「杖を持ってやがるんだ、不用意に離れるなよ!」

 それでも神を相手に様子見などという楽観的な姿勢でいると瞬時に死に直結しかねないという考えは皆に共通していたらしく、後手に回ることを嫌ったジャックがいきなり仕掛けた。

 相手の能力であったり、まず間違いなく所持しているであろう(ゲート)の性能も分からない状態で突撃する暴挙はさすがに自重したのか、初手に繰り出されたのはその場で放った突き型の斬撃波だ。

 それも一発ではなく、まさに阿吽の呼吸で合わせたアイミスさんの分と合わせて二筋の攻撃が天帝に向かって飛んでいく。

 ジャックの薄白い斬撃波と既に煉蒼闘気で全身を覆っているアイミスさんの青白い斬撃波。

 対する天帝の反応を待つ間は全身に緊張感が伝わってくるかの様だった。

 後ろの武器防具が何らかの動きを見せるのか、天帝自身が杖を用いて対処に出るのか、はたまたそれ以外の何かを披露するのか。

 まさに相手の出方を窺うための先制攻撃は、容易にその答えを引き出した。

 天帝が着地すると同時にその後方に移動していた五つの槍や剣といった武具にあって、軽く一メートルを超す高さを持つ大きな盾が二つ瞬時に天帝の前に並び、いとも簡単に二発の斬撃波を防いでしまう。

 想定の中では一番分かりやすい形ではあったが、では何故そんなことが出来るのかという疑問は当然解消されておらず驚きと厄介だと思う気持ちが新たに生まれていた。

「ちっ、やっぱそういう戦術になるか。一体何なんだありゃ」

「あれらの道具を自由に操れる……という点においては疑う余地もありませんが」

「いかにもその通り。これこそが我が領域、これこそが我が能力! だが武器や力を持っているのは貴様等も同じ。どちらの刃が先に相手の息の根を止めるか、これはそういう勝負だ。曲がりなりにもこの天帝に挑む資格を得たのだろう、いずれ滅ぶ命運に抗うつもりならば足掻いてみせよ」

 盾が開く様に位置を変えると、その奥から現れた天帝は高笑い混じりにそんなことを言うと右手に持った聖杖を肩で弾ませた。

 改めて理解してみれば確かに厄介かつ攻略に苦労しそうな能力という以外に感想などない。

 先程の神官も然り、一対四という前提を覆す要素はすなわちこちらの優位性を簡単に失わせるからだ。

 問題はあれらの武具だけで済むかどうか、そして個々がどれだけの自由度を持っているかどうかだが……。

「剣と槍が五本ずつに盾が五つ……それらが自在、か」

「それだけではあるまい。考えたくはないが、庭を飾るわけでもなく無作為に並べられたあの岩も無関係とは思えんトラ」

「その理屈で言えば、あの燃える木もだな。早々に判明したって意味じゃありがてえんだろうが、あれが親玉の(ゲート)か……次から次へと、先人達が作り上げてきた魔法ってモンを何だと思ってんだまったく」

 さあどうした? もう終わりか?

 みたいな顔をしている天帝を前に、こちら側はどうにも打つ手を見極めることが出来ないでいる。

 虎の人やジャックが言った通り、武器や盾を自在に操れるのなら右端に並ぶ岩や反対の燃える木の存在も意味が変わってくるのは明白。

 超能力という分類で言えば理解も出来ようが、だからといってあんな大きな岩や炎を操れるなんて考えたくもない。

 物を操る力……それはすなわち、

「所謂、テレキネシスってやつだね」

「お? テレ……何だって?」

「この言い方じゃ分かんないか。念動力って言えば分かる?」

「念じるだけで物を操るって力のことか。あんなもん小説の中だけの話だと思ってたぜ」

「もしも本当に物質ですらない炎すらもって話なら、到底普通じゃないけどね……」

「事実は小説よりも奇なりってか? どうあれサラマンダーもウィンディーネもノームもクロノスもぶっ飛んだ度合いで言や大差ねえ。気合いと根性とチームワークと愛でぶっ潰すだけだ」

「……愛を入れる意味があるのか?」

 と、虎の人が冷静に言ったところで会話は途切れる。

 掛かって来ぬのか? とか何とか言いながらジリジリと前進してくる天帝が杖を持っていない方の手をこちらに翳したせいだ。

 それに反応するかの様に背後でふわふわと浮いている五本の槍が角度を変え、鋭く尖った先端が一斉に僕達の方を向く。

 何を意味するかを考えれば考える程に頭にはおぞましい未来ばかりが浮かんでくるが、今この状況が怖じ気づくことすら許してはくれない。

 心音が聞こえてくるのではないかというぐらいに早く激しくなる鼓動を全身で感じつつ、ただただ僕は盾の発動に手間取らないことだけを自分に言い聞かせ続けた。

「…………」

 とはいえ今この時に動きを見せているのが槍のみだというだけであって剣や盾も常に意識しておかなければならないだろうし、天帝の動きも当然見ておかなければならない上に他にも存在する可能性だって到底捨てきるものではない。

 そしてそこに岩や炎が加わろうものならその危険度は気を抜けば即死ぐらいに考えておかなければならないだろう。

 だが、先程の神官とて本体一人が操る多数の戦力が襲ってくるという点では似た様なものだ。

 詳しいことまでは分からないが、意のままに動かせるという特徴は酷似していようとも自発的な行動が取れる分身と操縦が必要な武器その物では厄介さで言えば前者の方が勝るとも思える。

 数に制限がないだとか、倒されるという概念を持たないという部分に関してはその限りではないのだろうが……。

「仕掛けてくるつもりがないのなら、こちらから行くぞ」

 今や出方を窺っているわけではなくどう動くべきかが定まっていないだけの状態である僕達側の沈黙を破った天帝の声が、急激に広い庭先を戦場へと変える。

 こちらを向いていた槍が寸分違わぬタイミングで鋭利な先端が完全にこっちに向くと、一瞬の制止を経てまるで弓矢さながらの直線的でいて凄まじい速度で全てが撃ち出されたのだ。

 僕がそれに気付いた時には虎の人に腰を抱えられて自らの意志で動くことは出来ない状態に陥ってしまっていたが、少なくとも僕以外の三人が反応していることだけは理解した。

 目で追うことに精一杯のスピードで迫る矢は後方に飛び退いた僕達の前でストン、ストンと嫌な音を立てて地面に突き刺さる。

 決して柔らかくはない土なのに刃の部分が隠れるぐらいに埋まっているのだから人の身に受ければどうなるかなど一目瞭然だ。

 それでも難なく躱した三人が二メートル程後ろで着地するとすぐに下ろされたが、僕が立ち上がった時には既にアイミスさんとジャックが駆け出していた。

「相棒、下がってろとは言わないが出来るだけ後ろにいろ!」

「わかった」

 という返事が届いたかどうかは分からないけど、確かにジャックの言う通り背後から凶器が飛んで来ようものならたまったものではない。

 後ろを取らせない、というのは闘う上での必須条件だと言える。

 まあ……それも攻撃要員ではない僕にとっては、という話であって三人はそれを承知で前に出なければ倒しようもないのだろうが……。

「それでも……」

 どういう条件の勝負に持ち込むべきか。何が弱点となって、どこに勝機を見出すか。

 それを見極めるのが僕の役目だ。

 ……と、意気込んでみたはいいが、攻撃に転じたはずの二人はすぐにブレーキを掛けていた。

 理由は単純明快。天帝の周りで浮いていた五つの大盾がいつの間にかその天帝の姿を隠す様にピタリと密着し壁と化している。

 あれでは正面から突っ込んだところで……という判断の下、再考を決めたようだ。

「けっ、神がどうだの優劣がどうだのと宣う割には存外ビビリなのか? がっかりガードを固めちまってよ」

 挑発か素直な皮肉か、足を止めたジャックは鼻で笑ってみせる。

 二人が突っ込んで来ないと知った天帝は盾に隙間を作り、その間からゆっくりと歩いてきた。

「防御策を用意するのは当然の道理であろう。いくら我が選ばれし神の系譜といっても肉体は生身の人間とそうは変わらぬ。切られれば痛みを負い、刺されれば死ぬ。だからこそ戦は楽しいのだ。違うか?」

「知るかっつーの。てめえの遊びに付き合ってやる義理はねえんだ、こっちは最初から全力で行かせてもらうぜ! アイミス」

「はっ」

「お前が先頭を行け、アタシが左側からその後に続く。あの岩にどうにか出来るトラが右、炎は各々どうにかしろ。固まってると野郎の武器も一箇所に集中されちまう、とにかく全員が同時に突っ込む展開は避けるんだ。一人は後ろにいねえとさっきの神官共より死角を突かれた場合のリスクがでけえからな」

「分かりました」

「うむ」

「アイミス、おめえの一撃必殺が勝敗を分ける。一度ミスったら終わりだと思え、確実にブチ込める時をひたすら待つんだ」

「御意」

「っしゃ、行くぞ!」

 ジャックの号令を合図に、指示通りまずアイミスさんが飛び出していく。

 少し遅れてジャックが左側に移動しながらそれを追い、虎の人は一言『下がっていろ』と僕に言い残してやや右側に寄りながら時間差で前進していった。

「ふはははは、浅知恵で力の差が埋まると思うたか!」

 一転して盾を壁にするという選択を取っていない天帝は狂気に満ちた高笑いを上げると、杖を持っていない方の手で横一線に宙を掻く。

 その瞬間、向かって右の壁側に並んでいた巨大な岩が一つ、ふわりと浮き上がるともの凄い勢いでアイミスさんに向かって飛んだ。

 縦横が僕の身長ぐらいあるのではないかという巨大な岩が人の手で投げられたドッジボールの如く、どうすればあれだけの質量の物がこんな速度で飛ぶのかという勢いで弧を描き正面からアイミスさんへと迫っていく。

 あれはあれで直撃しようものなら一撃で戦闘不能に陥る可能性が高い。

 そんな理屈は説明するまでもなく当たり前に理解出来ることで、前方に回り込ませていることで正面からの攻撃となったのが幸いしアイミスさんは寸前で体を反らして岩を回避し、足を止めることなく直進を続けた。

 が、幸いなどという愚かな発想を浮かべたのも束の間、巨大岩はそのまま後ろにいる虎の人に狙いを変える。

 同時に複数を対象にするための軌道だったと気付いた時には衝突寸前の距離にまで近付いているのに、どういうわけか虎の人が回避の動作に出る気配はない。

 それどころか両足を大きく広げて立ち止まり、文字にならない様な叫び声を響かせながら渾身の正拳突きを見舞ってしまった。

 なぜあのサイズ、重量の物質を相手にその手段を選んだのかは甚だ疑問だが、それでも流石は自他共に認める腕力最強戦士。

 驚くことに直径一、五メートルはあろうかという岩の塊は砕け、凄まじい音を立てながら真っ二つに割れ地面を転がる。

 そして少しでもサポートをと考えたのかすかさず割れた残骸の片方を持ち上げると天帝のいる辺り目掛けて投げ付けた。

 しかし、原型を失おうとも統制下に戻すことは可能であると証明するかの様に飛んでいく半分になった岩は途中で不自然な動きで軌道を変え、今度は真逆にいるジャックに向かって飛んでいく。

 すぐにそれに気付いたジャックは地面を転がりながらギリギリで躱したため直撃はしなかったものの、一番後ろで見ている僕には安堵と共に早くも三人揃っての時間差攻撃という体が崩されてしまったことが顕著に分かってしまう分だけ同じぐらいの不安も頭を過ぎっていた。

「アブねえだろバカヤロー!!」

「オイラに言うな」

 ビシッと指差しながら抗議するジャックと冷静に返答する虎の人は最早アイミスさんに追い付ける状況ではない。

 だからこそ第二撃に備える役目、或いは劣勢になった場合に助けに入る役割を担うつもりなのか二人もすぐに合流しようとは考えていないようだ。

 最初にジャックが言った通り、目論見が外された以上は無闇に一箇所に集まるのは危険だと判断したのだろう。

 背後で起こった事の数々やその状況を把握しているのかどうか、先頭を行くアイミスさんは体勢を立て直すなり再び天帝に向かって突っ込んでいる。

 あんな風に三人纏めて岩による攻撃を仕向けながらもしっかりその動きを捕らえていた天帝とてそう簡単に接近を許すことはなく、再び空いた手を翳すと瞬く間に右側の燃え盛る木々から炎の波が湧き起こった。

 吸い寄せられる様にそれぞれの木から天帝の方へと向かっていく炎はその過程で一つに纏まっていき、一瞬にして燃え盛る壁と化して二人を分断する。

 予想していた要素だと言えばそれまでだけど、改めて目の当たりにするとまともじゃなさ過ぎて怖気が走る光景だ。

 魔法で出すとか口から吹くとかではなく元々ある炎を自在に操るなんてことを可能にする力、もう本当に滅茶苦茶も大概にしてくれと言いたい。

 そうは言っても常識外の能力を備えているのはあの人だって同じ。

 煉蒼闘気を纏ったアイミスさんは鋭い一閃で実体の無い揺らめく炎の壁を切り裂くと、スッパリと割れたその隙間を潜り抜け天帝へと向かって加速する。

「ほう、奇怪な力を持っておるではないか!」

 そう言った顔に驚きや焦りなどは一切感じられず、むしろ一層やり甲斐が増したとでも思っているのがはっきり分かる不敵な笑みが浮かんでいた。

 その余裕ぶりや舐めた態度の拠り所なのかは知る由もないが、ほとんど目の前にまで迫るアイミスさんの行く手を阻む様に五つの盾がすかさず進路を塞ごうと動き始める。

 しかし、身体能力や身のこなしではいつだって相手を上回ってきた聖剣の二つ名を持つ勇者の力量はここでも神の目算を凌駕した。

 盾と盾が今にも閉じきろうとする中でアイミスさんはただでさえ人間離れしている速度を一段階上げ、まさに紙一重のタイミングですり抜けて射程圏内に入り込むと塞がる視界の向こうで飛び上がり天帝に斬り掛かる。

 近付くだけでもこれだけの苦労が伴う相手だ。数少ないチャンスは決して逃すわけにはいかない。

 そんな、半ば祈る気持ちで見守る僕の前で繰り広げられたのは終始見下した態度でいるがゆえに深く考えながら闘っているわけではないだろうと思い(、、)込ん(、、)でいた(、、、)自分の愚かさを痛感させられる予想外の結果だった。

「なるほど、確かに身体能力も人並み外れているな! だが!」

 両手で真上に持ち上げられた剣が振り下ろされようとする瞬間、どこからともなく飛んできた何かが真横からアイミスさんの顔面に直撃する。

 鈍い音を立てて落下していくその何かが最初に天帝が座ってた派手な椅子であると遅れて気が付いた時には手遅れで、横顔をまともに捕らえた死角からの不意打ちはあっさりと体勢を崩させそのまま人一人を簡単に吹っ飛ばしてしまった。

「そう、当たらなければ何の意味も成さぬわ」

 地面を転がっていくアイミスさんを見下ろす天帝はおぞましさすら感じさせる嗜虐的な表情を浮かべている。

 実質的に椅子で顔面をブン殴られたのと変わらないのだから相当なダメージを負ったのは間違いないはずなのに、それでもアイミスさんは回転した勢いを利用しどうにか膝立ちの状態で起き上がっていた。

 そうは言ってもやはり痛みは相当なようで、こめかみから血を流す顔色には苦悶が色濃く現れていて、すぐに立ち上がったり構え直したりが出来る状態ではないことが伝わってくる。

「くそ……」

 助けに行きたくても、僕がここで飛び出してはいけないという理性が衝動を抑え込む。

 理屈の二文字に足を止めさせられたことを自覚してしまえるからこそ、余計に悔しくて仕方がない。

 油断している間に少しでも有利に進められればとか、そんなことばかり考えていたのに……こちらを舐めて掛かっているなんてとんだ思い違いじゃないか。

 炎や盾を目眩ましや視野を限定させるための餌に使ったのだとすると、戦略という部分でも予想の上を行かれていると言わざるを得ない。

 だけど、そうであるなら尚のこと僕は冷静でいなければならないのだ。

 窮地のアイミスさんを助けに行きたい。

 だけど僕の力量ではそれは叶わない。

 だからこそ堪えなければならない。

 少なくとも僕が無鉄砲に突っ走っていけば注意をこちらに向けることぐらいは出来るだろう。

 その結果として僕自身が標的にされても盾の力で一度や二度ぐらいの攻撃ならば防ぐことも出来るだろう。

 だけど、どうしたってそこまでが限度だ。

 多方面からの同時攻撃など僕にはどうしようもない。そうなるとすぐに今度は僕が危機的状況に陥ってしまうことも間違いない。

 その場合どうしたってジャックや虎の人が今度は僕を助けに入ろうとする。

 それでは意味がないんだ。僕の役目はそれじゃ駄目なんだ。

 命を張っている三人に余計なことを考えさせてはいけない。無駄な工程をねじ込む様な真似をしてはいけない。

 どれだけ情けなくとも、どれだけ不甲斐なくとも、常にここぞという時だけを介入の機会にしなければならない。

 常に相手にとっての不確定要素であらなければならない。

 それが闘うことの出来ない僕に出来る唯一の貢献だから。


「ちっ、思っていた以上に単純な話じゃねえな。トラっ、一旦後方は任せたぞ!」


 だからこそ、今は信じて託すしかないのだ。

 言葉を交さなくても、目を合わせなくても言いたいことを理解してくれる、他の何よりも信頼出来る仲間に。

 僕がうだうだと自虐を並べている間にも遠ざかって行こうとしている、ほとんど素肌が剥き出しになっているいつもの背中に。


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