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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑩ ~神々への挑戦~】
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【第二十六章】 守護者



 パチンと大きな音が響いたかと思うと、突如として地面から浮き上がってきた無数の何かが行く手を埋め尽くしていく。

 土が盛り上がって来た様な何かに誰もが身構える中、その土の塊は徐々に高さや体積を増していき見る見るうちに形を変えていった。

 二本の足で立ち、二つの腕を垂らし、それでいて目や鼻、耳の無い頭部……見た目だけで言えば土で出来た人型の様な、もっと具体的に言うなればただのマネキンの様な不気味な姿形だ。

 そんな得体の知れない物体が数え切れない程の量で、僕達とノームの間をびっしりと埋めている。

 体格こそ小柄な僕よりは大きくともアイミスさんやジャックと比較すれば大差ない程度ではあるが、不透明な強さという要素もさることながら数が問題なのは明白だった。

 これら全てを相手にしなければならないのだとしたら……相当不味い展開なのではなかろうか。

 唯一の救いは武器らしき物を持っていないところだけど、それだってノームの(ゲート)の力で生み出された存在なのだとするとどんな能力が付随しているかなんてわかりゃしない。

「なるほど、百の軍勢ってのはこういうことか。これがあんたの門の力かい」

 僕みたく慌てて身構えることはせず、ゆるりと腰から剣を抜いたジャックは左右を見渡しながらも落ち着いた口調で会話を続ける。

 少しでも情報を得ようとしてのことか、はたまた戦略を練る時間を稼いでいるのかは後ろに居る僕には推し量れない。

 対するノームもまた、変わらぬ静かな口調で肯定を返す辺り対峙してからの印象に違わず好戦的、高圧的な人格は持ち合わせていないようだ。

「いかにも」

 と、短い返答が届くと逆に半ば臨戦態勢なのか虎の人が一歩前に進みジャックやアイミスさんの横に並んだ。

「それぞれが独立して動くのだとしたら、少々厄介なことになりそうだな…………トラ」

「相手が土ともなると、私の能力もあまり有効には働かないでしょう。個々にどの程度の戦闘力があるのかに大きく左右されそうな問題なのでしょうが……」

「いずれにせよ本体を叩かねえことには勝機もクソもねえ。所詮は能力で生み出した分身だ、一体一体片付けていったところで追加されりゃ無駄骨に終わる」

「確かに、本人の言う百って数を上限だと仮定するならその可能性は十分にあると僕も思う」

 予め百という数字を本人が口にする意味は、今のところそれ以外には思い当たらない。

 こちらの力量が未知数である現状、それが可能であるにも関わらず百と限定する意味もなければ今までもそうだったとばかりに『自分と百の軍勢』と口にする理由も無いはず。

 無論、門の能力を使うにあたっての条件やリスクが数字を左右しないのであれば、の話ではあるが……。

「相棒よ」

「……何?」

「ここに来てごちゃごちゃと講釈を垂れるつもりはねえ。好きな様に動け」

「うん」

 最初からそのつもりだっただけに、言わずとも伝わってくれて助かる。

 この数にプラスして神を相手にしなければならないのだ。僕を守りながら闘ってどうにかなるとも思えない。

「コウヘイ、あくまで身の安全を最優先で考えた上でだ。その中でお主の武器を生かしてくれ」

「わかりました」

 アイミスさんの言う僕の武器、それは恐らく洞察力や推理力を指しているのだろう。

 攻撃手段を持たない、ということを相手に知られないように敢えてそんな言い方をしたわけだ。

「腹は決まったようだな」

 律儀にもこちらが話をしている間、これといった動きを見せずに傍観していたノームはそこでようやく一歩二歩と足を進め話の終わりを告げてくる。

 それを受け、前にいる二人も剣を構え戦闘態勢を取った。

「ああ、最初っから決まってる。誇りを懸けて……お相手していただくとするぜ」

「貴殿等に恨みはない。が、こちらも守護者の名に懸けて負けられぬ。尋常に勝負といこう」

 やや遅れて、ノームも構えを取る。

 まるでそれが合図となったかの様に、虎の人が地面を蹴った。

「この人数を相手に策を弄しても埒が明かんっ! 様子見も戦略の考察も闘いながらだっ………………トラ!」

 おまけ程度に語尾を足した虎の人は、振り返ることなく真っ正面から突っ込んでいく。

 考え無しに突撃してどうするつもりなのかと、勿論のこと僕は即座に思ったろそたわけだけど、なるほどそういう考えあってのことか。

 だからといって無策で突っ込んで、果たしてどういう結果を生むのかは到底未知数に思えるが……どうあれ今は見守るしかない。

 虎の人は脇にいる土の人形軍団には目もくれず、十数メートル先にいるノームへと向かっていく。

 とはいえそれを許してくれれば百の軍勢など何の意味も無いわけで、すぐさま進路上に居た土人形が二体、両手を伸ばしながら襲い掛かっていった。

 しかしそこは接近戦や肉弾戦、腕力に長ける虎の人。

 前方から左右同時に殴り掛かってくる二体の顔面をすかさず鷲掴みにし、力尽くで地面に叩き付けてしまった。

 土人形はいずれも陶器の置物みたく割れて砕け散り、動く気配が無くなる。

 例えば個々の強度だとか頑丈さはこちらにとっては死活問題になるわけだが、ひとまず物理的な攻撃で倒せるということが分かっただけ最悪ではあるまい。

 だからといって百という数を前にしてはそう簡単に道が開くはずもなく、二体が倒されたことでより優先されるべき標的となったのか行く手を塞ぐ様に次々と土人形が虎の人の元へと集まっていく。

 そのほとんどが直接殴ったり蹴ったりという手段は取らず、むしろ抑え込もうと飛び掛かったり足を掴もうとタックルしにきたりといった妨害目当ての戦法ばかりに専念していることが一目で分かる動きだった。

「ぬん!!」

 だが、やはり流石の筋肉自慢。

 武器を持っていないことで慎重さを取っ払ってしまったらしく、上は太い両腕で吹き飛ばし、下は強靱な足腰で蹴散らして、二十を超える大軍の中をいとも簡単に突破していく。

 後発に備えて機を窺っている二人もそのせいで逆に追走するタイミングを逃している様子だ。

「何度も言いたかねえが、流石のパワーだなオイ」

「ええ。しかし、あれを見るに個々の力はそれほどでもないと考えてよいのでしょうか」

「だと助かるんだが……神の持つ門がその程度の性能とは思えねえってのが本音だな」

「仰る通りで」

「それでも物理的な攻撃が通用すると分かっただけでも虎が突っ込んだ意味もあった。どれだけ歩兵(ポーン)が沸いて出ようがキングを取ればこっちの勝ちなんだ。行くぞアイミス」

「御意!」

 アイミスさんの力強い返答を合図に二人もその場を離れ虎の人の背中を追った。

 すぐさま両脇にいた土人形達が襲ってくるが、これまた揃って二体ずつを容易く斬り伏せると素早く間を潜り抜けながら同じくノームへと突っ込んでいく。

 その最中、全体の様子や挙動を含めいち早く異変を察知するべく周囲に目を配る僕の目がふと、ノームの表情に浮かんだ違和感を捕らえていた。

 微かながら確かに、ニヤリと口角が上がっていたのだ。

 一体どういう意味がある。

 なぜこの状況で笑みを浮かべる。

 脳裏を過ぎる疑問の答えを短い時間で見つけるには至らず、それゆえに後ろから制止を呼び掛けることも出来ずに正しい判断を模索している間に虎の人はノームの到達してしまっていた。

 相手に別の能力を使う暇を与えないため、そして相手の力の程や戦い方を探るため、これまでと変わらず迷い無く飛び上がると虎の人は真っ正面から殴り付ける。

 対するノームは最小限の動きで右足を半歩下げるとその拳を左手の甲で払い除ける様にガードし逆の腕で構えを取るが、言うまでもなくただ正面から殴り付けるだけの単調な攻撃を初撃とするはずもない。

 虎の人はパンチを受けられるなり着地した右足を九十度外に回転させ、流れる様な動きで顔面を目掛けた後ろ回し蹴りを放つことで次の手を封じていた。

 体付きはまだしも風体や人柄、能力を駆使して頭数を増やしたことからも殴り合いが得意なタイプとは思っていなかったのだが、その予想は早々に覆される。

 蹴りそのものの速度も相当なものなのに、しっかりと反応したノームは素早くしゃがみ込むことで蹴りを躱し虎の人の踵に空を切らせるとその体勢のまま両手で地面に触れた。

 その意味は一目瞭然、二つの手の間からいきなり槍の様な細い棒状の何かが飛び出したのだ。

 見た目だけで言えば材質はあの土人形と同じ。

 つまりは同じ理由で土を操り生み出した攻撃と見て間違いないだろう。

 そんな予想の難しい何かによる不意打ちだったが、それでも虎の人を捕らえることはなく腹筋の辺りに延びたその攻撃を後方へ退避することでやり過ごしていた。

 力任せに粉砕する、という攻撃がより効果的となろうとは思いもよらず。痛みや傷という概念が無いらしい敵勢を前に剣で切るという攻撃では頭部を破壊しない限り一度や二度で撃破することが出来ないため未だ行く手を阻む何十もの土人形に苦戦している二人の援護は間に合いそうにない。

 その事実と戦闘スタイル、そして背後に控える土人形の存在から距離を置かれてしまうと分が悪いと踏んでかノームはすかさず追撃に出た。

 翳した手の平から発射された砂埃の様な土煙が瞬く間に渦状の気流を作り出し、激しい竜巻へと変化しながら虎の人へと襲い掛かる。

 手段が風や気体といった魔法の類になると防御の術がないのではと焦ったのも束の間のこと、その人一人を飲み込まんとするレベルのトルネードは大きな口から噴き出された業火によって相殺されていた。

 ひとまず無事に安堵するのもやはり一瞬の事。

 虎の人はもう一度距離を詰めようと前屈みになるが、いきなり足下から飛び出してきた土人形にがっちりと掴まれてしまって動きが封じられる。

 まるで水面から浮上してきたかの様に上半身だけが地面から現れているという、凡そ物質とは思えぬ姿で足首や太腿の辺りを抱き込む形で抑え込まれているため到底距離を縮めることが出来る状況ではない。

 やはりただ殴れば消えるだけの数合わせではなかった……こうも早く突き付けられた分かり切っていたはずのその現実に思わず身震いしてしまう。

 すぐに他の二人に目を向けるが、位置関係から援護に向かおうとしていることは明白ながら予想以上に距離を稼げておらず、更には同じ様に地面から現れた複数の土人形に急襲されておりそれをやり過ごすのに精一杯で助けに入れる状態ではない。

 声、或いは音でそういった事情を察したのか、なんと虎の人は足下に向けて渾身の右ストレートを叩き込み、地面ごと吹き飛ばすことで土人形を破壊し脱するという超人っぷりを披露した。

「……見事」

 再び虎の人に手を向け、動けない隙を利用して何らかの攻撃を仕掛けようとしていたのであろうノームが呟く声が聞こえる。

 そのまま下ろされた右手が続けて門の力を発動させる様子はない。

 どういう意図があっての間であるかは不明だが、その一呼吸置く時間でアイミスさん達は目配せをし合い、元居た僕の立つ位置へと戻ってきていた。

「虎っ、一旦下がれ!!」

 ジャックが叫ぶと、丁度土人形の一体を首根っこを掴んで投げ飛ばしていた虎の人は足を止めたことで包囲されつつある中でも突進していこうとする姿勢を崩し、こちらに合流するべく体の向きはノームに固定したまま大幅なステップで後ろまで下がってくる。

 やがて僕の前に三人が並ぶと、ノームも散らばった土人形を自身の前に並ぶ様に配置し直すことにその時間を使い、図らずも一息吐くタイミングが訪れた。

「侮っていたわけではありませんが、やはり一筋縄ではいきませんか」

 呼吸を整えつつ、アイミスさんは正面を見据える。

 土人形の数に恐らく変化はなく、すなわちこちらの何十倍の量であることにも依然として変わりはない。

「ああ、野郎の技も遠近自在。その上あれだけの数に加えて潰してもすぐに復活しやがるとはな。あっさり倒せるのはおかしいと思ったが……案の定ただの数的有利を作り出すための駒じゃなかったってわけだ」

「コウヘイ……何か気付いた事はないか」

 真剣な二つの視線が僕へと向けられる。

 気付いた事、それはたった今思い至ったものを含めいくつかある。

「あの人は最初に、自分と百の軍勢がいれば外敵の侵攻は阻止出来ると言っていました。ジャックの言う通り殴れば消えるぐらいの力量だけではそういう言葉は出てこないでしょう、そういう意味では個々の強さ以外にまだ他に何らかの特殊な能力が付随していることが予想出来ます」

「うむ」

「そして二人がラルフ兄の後に続いた時、ノームが僅かに笑みを浮かべていたのを見ました。まるで向かってきて、あれを蹴散らしてくれるのが狙い通りの展開だと言わんばかりに」

「ほう、いまいちよく分からねえが……まんまと一杯食わされた可能性が高いってわけかい」

「まあ、あれだけの数で向かってこられたら誰だってそうすると思うからやむを得ないよ。でも、おかげで分かったことがある」

「聞かせてくれ」

「ラルフ兄の時も、アイミスさんやジャックが不意打ちされた時も、足下から土と同化した様なあれが出てきたのは二体ずつだけだった。百のうち合計で六体、それは三人が完全に破壊してしまった土人形の数と一致する。つまり、一度倒した固体だけがああいったことが出来るようになると推測出来るよね。断定ではないけど、そうじゃなければもっと多くの固体で同じ事をして足止めに出ることも出来たはず」

「なるほど……条件付きの能力、ってわけか」

「決め付けるのは危険かもしれないけど、少なくとも状況の悪化を招かないように意識することは出来る憶測ぐらいには思っていていいかなと」

「そりゃ確かにその通りだが……土で出来ているだけあって密度や重量がある、あんなでも殴られりゃそれなりの痛みは覚悟しなけりゃならねえ。それでいてこれだけの数を敢えて倒さずに闘うってのも正直簡単じゃあねえぜ相棒様よ」

「確かに……倒さずに突破するのは困難、それでいて倒せばより不利な状況が出来上がる。その二段構えこそが本質だったというわけですか。あの男の自信はそこにあったと」

「倒したところで数が減らない、というのも追加すれば三段構えと言っていいかもしれないですね。それで済めば、というレベルの話でもありますし」

「やれやれ、どいつもこいつも……あのエルワーズもおったまげる能力だらけだなあおい」

「ほんとそうだよ」

 今までの神の門が持つ規格外の能力を見るに、やはりこれで終わりとは中々思えない。

 話の内容からも分かる通り誰もがそう結論付けたらしく、真偽を問う様に、不意打ちを仕掛けてくるでもなくこちらの話を聞いていたその力を操る張本人に全員が目を向けた。

 ノームは特に表情を変えることなく、二度三度小さく頷くとどういうわけか僕一人をジッと見つめる。

「大した慧眼である。どうやら先に抑えるべきはその少年だったようだな」

「なんだあ? 敢えて標的にしなかったとでも言いたげじゃねえか」

「彼の肉体は戦士のそれではない。無闇な殺生は神の名にそぐわぬ」

「いいのかよ、その情けがあんたに災いをもたらすかもしれねえぜ神のお仲間さんよお」

「それでも、主義に反して流す必要の無い血を流させようとは思わぬ。その位置で、ただ口を出すまでは看過しよう。だが、その一線を越えるとこちらも捨て置けぬ。肝に銘じておけ」

「分からねえな……それだけご立派な矜持を持ち合わせているあんたが、なんだって天帝の虐殺行為を黙過する」

「……それが大地の守護者の名を受け継いできた者の役目だ。天帝の意志に沿い、天上門とこのメリアを護る、それが全て」

「どうあっても力で白黒付けるっきゃねえってことだな」

「左様。こうも早く見抜かれるとは思っていなかったが、それも所詮は特性の一端。知られて優劣が揺らぐ程の陳腐な力ではない!!」

 怒号の様な声が場の雰囲気を一変させる。

 ほとんど同時に、再び行く手を埋め尽くす土人形の約半数が一斉にこちらへと向かってきていた。

「相棒、おめえは下手に動くな。サラマンダーの時みたく起死回生の一撃を狙う分にゃ構わねえが、その時が来るまではむしろ情報の方が重要だ」

「分かった」

 それだけを言い残し、三人もまた迎え撃つべく前進していく。

 数が数だけに一箇所に留まると状況はより悪化するだけだという判断の下のことなのだろう。

 敢えて散らばりながらそれぞれがノームを目標に向かっていくその先頭を切ったのはジャックだったが、やはり百にもなる敵の中を簡単に突破出来るはずもなく、無数の拳や蹴りを躱しながら突き進もうとする足はすぐに包囲されることで止められてしまった。

 次々に襲い来る土人形達に腕や足を掴まれ、否応なく捕縛されるジャックは正面から殴り掛かってくる一体を空いている片足で蹴り飛ばしながら必死の抵抗を見せるが、距離が近いアイミスさんもそうなってしまわぬために精一杯動き回っているためすぐに助けに入れる状態ではない。

「くっ、襲ってくる分にゃ躱すなり防ぐなりやりようがあるけどよっ……一斉に掴み掛かって来られると厄介だぞチクショウ!」

「アネット様っ」

 アイミスさんもとうとう羽交い締めにされてしまったジャックを助けるべく進路を変えようとするが、目を逸らした隙に横から跳び蹴りを食らってしまい体勢を崩してしまう。

 剣で防御し直撃こそ避けていたものの、重そうな一撃は意識を他に向けている余裕は無いと思わせるには十分な威力だった。

「構わず行けっ……こちとら男を襲う趣味はあっても襲われる趣味はねえんだよ!!」

 見方によっては冷静さを欠きつつあるとも言える苛立った表情ではあったが、それでも締め上げられていた腕の一本を上手く抜き取ると背負い投げの要領で背後の土人形をぶん投げ地面に叩き付ける。

 衝撃で崩れ去った土人形は文字通り土に返るも依然として多勢に無勢という状況に変わりはなく、正面突破を狙ったがために最も多くの敵に囲まれているジャックの窮地にもそう大きな変化はない。

 それでいて最善のルートを探る僅かな時間すらも猶予を与えてもらえず、すかさず真横からのタックルがその体をもう一度捕らえていた。

 グッと足に力を入れて踏ん張り倒れ込むことこそ耐えてはいるものの、またしても敵を上回る要素である俊敏さが封じられる。

 そうなってしまう最大の要因は『無闇に敵を倒してしまわない』という方針を意識せざるを得ない戦況に他ならないが、その前提をあっさりと破棄したのはなんと味方であるはずの男だった。

 動きが鈍る状況でも剣を使って寄ってくる土人形を近づけまいと奮闘するジャックの横から、ただ一人純粋な腕力で無数の敵を蹴散らすことの出来る虎の人が突っ込んできたかと思うと躊躇無くジャックを抑え込む個体を跳び蹴りで破壊してしまったのだ。

「あまり拘り過ぎるな、囲まれては思う壺だ。何度復活しようとも所詮は雑兵、奴を討ち取れば問題ではない!」

 虎の人は周囲の数体を続けて拳で破壊すると、ジャックと背中を合わせ一気に集束し始めている土人形と向かい合った。

 ノームが細かく個々の動きを操れるのか全体で統一された大雑把な指令に従っているだけなのかは定かではないが、二人が同じ地点に居ることで警戒度がそこに集中し大半の敵が密集してくる。

 必然、包囲が薄れたアイミスさんの負担は大きく減り、虎の人との攻防が過ぎてからは高みの見物を決め込んでいるノームへの道が確かに開かれていた。

 残った二十前後の土人形の間を素早くすり抜け、アイミスさんは一気に駆け抜けていく。

 見る見るうちに縮まっていく距離が十メートルにまで達した時、ようやくノームが直接動くに至った。

「個々の能力が優れていることは認めよう。だが壁役を生み出すだけが芸などと思ってはいまいな!」

 やや感情的な声を響かせると、ノームは正面に向けた手を拳に変える。

 途端に円を描く様に巻き起こった砂煙がアイミスさんを覆った。

 どう考えても何らかの攻撃の過程であろう異変に気付いたアイミスさんはすぐさま円の外に出ようとブレーキを掛け踏ん張った足で体を横に向けるも左右の選択のために視線を彷徨わせた僅かなロスが誤算となり間一髪のところで脱出が間に合わず。

 もの凄い音を立てて地面から盛り上がってきた土の壁みたいな何かに飲み込まれていく。

 半球状の、例えるなら土で出来たかまくらの様な、或いはドーム状の土とでも言えば分かりやすいか、そんな何かが隙間無く全方位を塞ぎ一秒足らずでアイミスさんの姿は完全に消えてしまっていた。

 あれでは動きを封じられるなんて次元の話ではない。

 見るからに頑丈そうであることも含め戦闘に参加出来なくなるどころか、酸素を得られなければ命に関わることだってあり得るのだ。

 こうも次から次へと新しい手を打ってこられるせいで分析しようにも目で追い頭で理解するだけでも必死にならないといけないというのに、これでは助けに入らなければという意識がどうしても先行してしまって思考も纏まらなくなってしまう。

 ちらりとジャックや虎の人に視線を送るも、ようやく包囲を抜け出せるかどうかといった具合でまだ少し時間が必要であることが分かる。

 もしもあれが閉じこめる以外の効果を兼ね備えていたのだとしたら悠長にしている暇なんてない。そんな不安を杞憂に変えたのは、他ならぬアイミスさん本人だった。

 破壊音と破裂音が混じった凄まじい轟音が聴覚の全てを占拠する。

 あまりに急なことに思わず体が跳ねてしまうが、発生源が目に入ると驚きという感情などすぐに消え去ってしまう。

 目に映ったのはドーム状の土が半壊し、アイミスさんが中から飛び出してきている瞬間だ。

 内部からあれを半壊させてしまう程の攻撃力、恐らくはただの斬撃波の類ではないはず。

 考え得る可能性は一つ、何度も見たあの必殺の奥義を使ったのだろう。

 それによって脱出が叶ったのであれば喜ぶべきなのだろうけど、確かあれは渾身の一撃を繰り出すあの技は連発が出来ないと聞いた覚えがある。

 勝負を決める一手としてノームに見舞うことを見越して一発で大多数の土人形を一掃出来る技であるにも関わらずここまで使わずにいたのなら……窮地を脱するには仕方がなかったとはいえ既にその狙いが外されてしまったのは、相当に痛い。

「やはり平のパワーや破壊力ではそちらに軍配が上がるか」

 突破した勢いそのままに再び突っ込んでいくアイミスさんは早くもノームの目の前にまで迫っている。

 そうはさせまいと、ノームは感心した様に頷くと何かを振り払う様な動作で左手の開いた指で空を掻く。

 今や数メートルと無い二人の間に続いて生み出されたのは、正真正銘の土製の壁だった。

 円形でもドーム状でもない高さも幅も数メートルにもなるただの壁が、ノームの姿を消し去り二人を完全に分断してしまった。

 無造作に現れた飛び越えることも回り込むことも出来ない障害物に、これまでで最も距離を詰めた絶好機をもたらした足は直接攻撃を断念せざるを得ず急停止し衝突を寸前で避ける。

 更に、そこで一連の攻防が一段落を迎えたりはせず、まるでその瞬間を狙い澄ましていたかの様に二人を遮断する壁はたかだか一秒の時間差もなく向こう側(、、、、)からの衝撃によって崩壊していた。

 中心を貫通してきた何らかの魔法や衝撃波の類だと思われる不意打ちは足を止め、視界を塞いだタイミングであるせいで僅かに対処を遅らせるが、アイミスさんは超人的な瞬発力によって壁ごと粉砕していくその攻撃をしゃがみ込んだ体勢のまま地面を転がることで辛うじて回避する。

 察知したというよりはほとんど反射とも思える反応で音を立てて瓦解する壁から離れる様に一回転し、その勢いを利用して立ち上がると背後から襲ってきた土人形を右手の剣で破壊したアイミスさんはすぐに剣を構えた。

 三人がかりでいながら後手に回るばかりの戦局にあって、逆にそれが最善の機会へと変わる。

 ジャック、虎の人が包囲を突破し敵を蹴散らしながらようやく追い付いたのだ。

「待たせたなアイミス! このまま囲んじまえ!!」

 そしてジャックの言葉を合図に三人が散らばり、左右と正面に別れる形でノームを包囲する。

 だがそうなって尚、敵の大将は動揺の一つも見せず、それどころか不敵に微笑んでいた。

「見事なり地上の戦士達よ。だが、少々時間と手間を掛けすぎたな」

「ああ?」

「破壊された土人形(サンドマン)はこれで十五体。こちらの準備も整った」

 そこで初めて、ノームが意図して違った表情を浮かべた。

 その表情は最初に見せた一瞬の緩みとはまた違う、見るからに自信と敵意に満ちた恐ろしさすら感じさせる笑みだった。


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