【第十七章】 第二の関門
ラルフの隠された能力によって最初の扉を通過した僕達はまたしばらく一本道の通路を進んでいった。
これといって分かれ道も無く、罠が待っているでもなく、右に左にと緩やかなカーブを描きながら、それでも着実に前進していく。
危険が待ち受けていないことは望外の展開と言えるが、それとは裏腹に一行には元気がない。
日頃は放っておいても賑やかにやっている二人の口数が少ないことが原因だ。
僕やアイミスさんはこんな状況でペラペラと無関係な雑談に興じられる神経を持ち合わせていない。
かといってジャックやラルフが疲労や体の不調によって静かになっているわけではなく、どうやら殺風景で薄暗く代わり映えのない一本道に飽きてきたせいでテンションが下がっているようだ。
事実ジャックは『いつまで続くんだよこれ、いい加減化け物でも何でも出てこいってんだ』とか何とか愚痴っていたし、ラルフも『何も無いにゃ、つまらんにゃ』と繰り返し漏らしている。
僕としては何も無いことの幸せさを噛み締めて欲しいものだが、アクティブ&ポジティブなこのコンビには中々ご理解いただけないようだ。
そんな二人を宥めたり諫めたりしながら歩を進めること更に十五分程。
ようやく僕達は開けた場所へと辿り着いた。
先程よりも随分と広く、それでいて先程と似たような空間だ。
発光石天界バージョンの数も多く十分な光があり正面、それすなわち向かう先は五つの分かれ道になっている。
先刻との違いは三つではなく五つの道があること。
そして今度は真ん中の道を除く全ての通路が始めから鉄格子で閉じられていることだ。
唯一中央の道だけは鉄格子が上の方まで上がっていて通り抜けられるようになっているが、そうではない道を含む全ての通路の入り口には押したり引いたりして使う物だと思われるレバーが地面に備え付けられていて、まあどう考えても簡単に進めそうにはないなという雰囲気をありありと醸し出していた。
塞がれている道と塞がれていない道。
そしてその鉄格子を開くための物と思しき五つのレバー。
察するにあれを使って正しい道を導き出せということなのだろう。
「なーんか頭使えって意図が見え透いて既に面倒くせえな」
まずは全員で五つの道とその周辺を見渡し、不意打ち的な罠や仕掛けに備える。
それらが無いと分かるなり、ジャックは頭を掻きながら言葉の通りもの凄く面倒臭そうに言った。
アイミスさんも続いて感想を漏らす。
「いつかの水晶の試練を思い出すな、コウヘイ」
「そうですね、あの時と同じく正しい方法を選べば正しい道が開かれる……という仕様ならいいんですけど、また随分と凝った仕掛けになっていそうですね」
あの時は一度目よりも二度目の方が扉の数が減っていたのに今度は増えているからね。
また天井や地面に正解がありましたーなんてズルが横行したりはするまいな。
「事実どうあれ、我々は最善を尽くすしかない。頼りにしているぞ」
「そういうこったな。アタシ達は取り敢えずやってみる、お前さんは思ったことを言ってくれればいい」
ジャックがスタスタと唯一開いている中央の道へと向かっていくと、アイミスさんがすぐに後を追う。
それに僕とラルフが続いたところで手を差し出すジャックに懐中電灯を手渡し、その光が通路の奥を照らした。
「お、扉が見えるな」
「しかし、まさかこのままあの扉から先に進めるなどということはありますまい」
「そらそうだ。こっちもそこまで馬鹿じゃねえわな」
「なら一旦行って確かめてみるにゃ?」
「危険がない、わけはないけど……不正解のパターンを潰していかないことには正解は導き出せない、か」
「あのレバーもどう考えても無関係じゃねえだろうしな。よし、まずはアタシが確かめてくるとするか」
「あ、でも、その前にレバーを触ってみてもいい?」
「ああ、アイミスも言ったがこれに関しちゃお前さんの頭脳が頼りだ。何でも言ってくれ、どういう結果になろうとアタシ達はそれに従う」
「うむ、アネット様の言う通り。危険は私達が請け負うゆえコウヘイは一つ一つ可能性を追い求めてくれればよい」
「にゃーも同じ意見にゃ」
「分かりました。死ぬ気で考えるから皆も危ない中でも安全第一で」
皆で頷き合い、宣言通りに中央の通路の前にあるレバーに手を掛ける。
怖くもあり不安でもあるが、ある意味ではかつてと同じく全員の命を預かる様なものなのだ。
一人だけビビっているわけにはいかない。
「よし、行くよ」
自分でも誰に対してか分からない宣言を口にし、その腕を手前に引いた。
すぐさまガラガラと大きな音が響き渡り、開いていた目の前の通路を下降してきた鉄格子が塞いでしまった。
「……おいおい、閉じちまったぞ」
「それ以外には特に変化は無さそうですが……」
「額面通り開閉するだけのための物なんでしょうか」
そんな単純なわけがないとも思えるが……。
思いつつ、引いたレバーを今度は目一杯押し込んでみる。
やはり鉄格子は同じ音を響かせ、そのまま上部にまで登っていった。
引けば閉まり、押せば開く。
結果的に得ることが出来た情報は頭を使うまでもない二つの事実、或いは現実だ。
「これだけの仕掛けなのか? 全部がそうなら猫娘程度の脳ミソでも通過出来そうなもんだがな」
「何でにゃーを引き合いに出したにゃ!?」
「落ち着けラルフ、アネット様の冗句に付き合っていては話が纏まらん。アネット様、ひとまず目の前にある扉を調べるとしましょう」
「へいへい、お堅い奴だなまったく。取り敢えず今度はアタシの番だからな」
やれやれと首を振りつつ、ジャックは懐中電灯を片手に中央の通路へズカズカと進んでいく。
今回は十数メートル先に扉が見えている状態ではあるが、やはり薄暗い内部ではすぐに後ろ姿は見えなくなり一筋の光と足音だけが目と耳から情報を伝えてきていた。
やがてガンガンとやや乱暴な音が聞こえてきたかと思うと、そう間を置くことなく引き返してくる足音が続けて聞こえてくる。
「駄目だな。罠らしき物は見当たらねえが、さすがに扉は力尽くじゃあ開きそうにない」
再び姿を現わすなり、ジャックはお手上げだといったポーズを見せる。
当然そうであろうことは予想していたとはいえ、となればまた扉を開く方法を考えるところから始めなければならない。
鉄格子やレバーといった明確に『これをどうにかして正しい方法を見つけ出してね』という要素があるだけ状況はマシなのだろうが、五つの通路と五つの鉄格子、そして五つのレバーとなれば法則やヒントを見つけ出すのも簡単ではなさそうだ。
「取り敢えず順に中を覗いていってみようよ。中に何かあるかもしれないし」
「ま、それが妥当だな」
「うむ」
「にゃ」
三つの返事を受け、揃って一番左側の通路の前へと移動する。
その道は現在鉄格子で塞がれており中を覗くことは出来ても通り抜けることは出来ない。
それゆえにまずは左端、その隣、中央を飛ばして右から二番目、右端と順に懐中電灯で中を照らし何があるのか、何が無いのかを確認していった。
結果として分かったのはどの通路にも罠も先に進むための扉や道もなく、ただ行き止まりになっているだけの穴であるということだった。
「こっちも何も無し、か」
四つめの、すなわち右端の鉄格子から離れるとジャックは難しい顔をこちらに向ける。
それもそのはず、開かれていた道に扉があり、塞がれている道には何も無し。
ならば塞がれていること事態には一体こちらにとってどんな不都合があるのかという話になるし、これでは四つの道が何のために存在するのかという疑念が真っ先に浮かぶだろう。
だが、それは裏を返せば一つの事実を物語っていると言えた。
「でも、何もない道をわざわざ塞いでいることが逆に無関係じゃないってことを証明しているみたいなもんだよね。ということは、次に調べるべきは……」
「このレバーというわけだな」
「はい、なので順に触ってみます。必ずしも先程の様に鉄格子が開閉するだけとは限らないので周辺の警戒はお任せしても?」
「問われるまでもない」
「好きなようにやってくれ」
二人の了承を得て、僕はまず足下にあるレバーに手を掛ける。
最初の物が鉄格子を開閉する用途であったからといって他の物がそうであるとは限らない。
引いたり押したりした瞬間に何かが振ってきたり飛んできたりといった可能性も大いにあるのだ。
それを考えるだけで自分自身の一挙手一投足にすら緊張が伴う。
唾を飲む音すらはっきりと体を通じて耳に届く静けさの中、僕は意を決して左腕を引いた。
予想に反して、という程ではないが、特に周囲に異変が生じることもなくただ目の前の鉄格子が音を立てて開いただけだった。
「ふむ、やはり単なる開閉用と見てよいのか?」
「そうだといいんですけど……」
口ではそう言いつつも、胸中にある不安は微塵も拭われてはいない。
のだが、ここまでの結果だけを見ればアイミスさんがそう思うのも無理からぬことだ。
「……え?」
続けてレバーを押し込むと、やはり今し方開いた鉄格子が降りてきて再び通路を塞いだ。
それ自体はある意味で予想の範疇であったが、想定の範囲内の出来事が一つ。
どういわけか、中央の通路までもが一緒に閉ざされていた。
「なあおい、何だってあっちが閉ってんだ?」
その音、その光景にジャックも怪訝げにしている。
というか、全員がそうなっているだろう。
何なら『誰か何かした?』みたいな雰囲気でそれぞれが顔を見合わせる始末である。
「やっぱり……ただ開く閉じるだけじゃなくて何か法則や仕掛けがあるのかもしれない」
「なるほど、それを見抜き何らかの謎を解け、ということか」
「恐らく、ですけどね」
「なら一通り全部確認してくのが先決ってことかい」
「うん、だけどもう一度これを動かしてみるよ。それで何か分かることがあるかもしれないから」
法則を見抜くためにはサンプルは一度では足りない。
そう決め、今一度レバーを引いた。
最初と同じく結果は目の前、すなわち右端の鉄格子が開いていくだけだ。
続けてレバーを押し込んでみる。
すると二つの通路が閉じられた最初の結果とは違い、今開いた鉄格子が閉じるだけで他の通路を塞ぐ鉄格子に変化はない。
やはり規則性や法則性があることは間違いなさそうだ。
「おっけー、じゃあ順番にいじってみるね」
一応三人に確認を取り、特に反対意見も出なかったため近い方から順にレバーを触ることに。
今現在の全ての鉄格子が閉じている状態から残りの全てを二回ないし三回ずつ。勿論引いたパターンと押し込んだパターンの両方を調べていった。
まずは右から二番目。
引いてみると右端と左端の鉄格子が開いた。
次に押してみると開いた二つの鉄格子がそのまま閉じた。
同じ結果は必要無いので今度は敢えてもう一度押してみると、以外にもどの鉄格子も微動だにせず、何も変化無しという答えを示した。
そして最後にこちらも二度続けて引くパターンを試してみると、一度目は最初と同じく両端の鉄格子が開き、二度目は逆に開いたばかりの鉄格子が閉っていくという結果に終わった。
そのまま続けて真ん中を通り過ぎ左から二番目、更には左端のレバーも同じく一度ずつと二度ずつ、それぞれの動向を観察することに。
そうしていってはっきりと結果が判明しなかった場合は三度試してでも全てのレバーがどういう動きに繋がるか、その法則を解き明かすことに時間を費やした。
時間にして二、三十分が過ぎただろうか。
多少時間は要してしまったものの結果として全てのパターン、その法則を解き明かすことが出来た。
一番右のレバーは引けばそのまま一番右の鉄格子のみが開き、押せばその瞬間開いている全ての鉄格子が閉じる。
そして右から二番目は引けば両端の二つの扉に作用し開いていれば閉じて、閉じていれば開くといった具合に逆の動きを取り、押せば単純に目の前の鉄格子のみが開くという結果を示した。
続いて左から二番目。
この辺りからは明確にパズルの要素が増していき、引くと二番目と四番目の鉄格子が閉じ、押せば逆に一、三、五番目の鉄格子が閉じることが分かった。
最後に左端だが、こちらは引けば真ん中三つの鉄格子が開き、押すと二番目と四番目が開く。
ひとまずそこまでは分かった。
残る問題は、それを解明した上でどうするかだけだが、ここまであれこれとやってみれば予想するのは難しくない。
「なるほど、お前さんの読みでは全ての鉄格子を開いた状態にすることが『答え』ってわけだな?」
自分なりに辿り着いた答えについて話してみると、ジャックを始め皆がどこか得心がいったように小さく頷いた。
「うん、これだけあちこち閉じたり開いたりさせられて、かつ今のところ何も変化が無いってことはそういうことなんじゃないかなあと。全部が閉じるってパターンは最初に見てるしね」
「しかしコウヘイ、その場合そうするためにどうすべきかをまた一から考えなくてはならぬのではないか? これだけ全てが違う法則を持っていると簡単ではあるまい、無論それでもコウヘイならばすぐに答えを導き出せると信じてはいるが……」
「ああ、いえ、それは全てのレバーの意味が判明した時点でもう計算出来ていますので大丈夫ですよ」
「なんとまた……流石はコウヘイ、と何度私に言わせるつもりなのだお主は」
「それは相当お互い様ですし、唯一の見せ場みたいなものですからね」
「なんだよ、せっかく喋ってる振りして必死に考えてたってのに」
「そこで先を越されたら面目丸潰れだからね僕的には」
「ちなみににゃーは最初から何にも考えてなかったにゃ」
「そこはもう少し真面目に取り組もうね?」
そんな会話を挟んですぐに僕の推測を検証してみる流れとなる。
僕が指示を出し、ラルフとアイミスさんがレバーを動かす役目だ。
最初に右端のレバーを押し、全ての鉄格子が閉じた状態を作り出す。
次に左端のレバーを押し、二番目と四番目の鉄格子を開かせる。
そして右から二番目のレバーを引き、両端の鉄格子が開き、最後に中央のレバーを引けば五つ全ての道が開けた状態の出来上がりだ。
もっと時間を掛ければ他にもいくらでも達成出来る組み合わせはあるだろうが、多分これが最速な気がする。見落としがあるかもしれないけど、そこはメモも使わずにやっているので仕方がないと割り切ろう。
さてどうなるか。
そんなことを考える暇も、結果を待つ時間も必要無く、大きなガチャンという音が辺り一帯に響く。
すぐに扉を見張る役目をしていたジャックが反応した。
「おい、奥の扉が開いてんぞ! どうやら見立ては正しかったようだぜ」
「ふぅ……よかった」
指揮者よろしく中央付近の少し離れた位置で全員の動きを見守っていた僕も密かに安堵の息を漏らしつつ、ジャックの元へと急ぐ。
全員が揃ったところで改めて中央の通路を進むと、確かに閉ざされていた扉は独りでに開き奥へと進む道をこれでもかというぐらいに見せつけている。
念のためジャックが一人で扉を潜り安全確認をしたのちに全員が奥側へと足を踏み入れると、少し歩いた先にあった階段を下り次なる難関が待ち受ける洞窟最深部へと進んでいった。