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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑩ ~神々への挑戦~】
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【第十一章】 山を越え、雪を越え

4/4 誤字修正 遠いのか→遠いのが

 


 その後。

 炎の檻から解放された僕達は少しの間その場で倒れたり座ったりしたまま少しの時間を休息に当て、やがて屋敷を出た。

 激戦のダメージや疲労、開放感やら達成感やらで誰もが脱力してしまいすぐには動けなかったのだ。

 とはいえまだまだ先も長い上に時間的な制限もある。

 いつまでもゆっくりしている暇はないと、すぐにバーレさんを解放しスマウグなる村を出発することを決めるのに議論を挟む必要はなく。

 そうして村を離れ、再び見知らぬ土地を歩いていく僕の心中は何とも複雑なものだった。

 こと僕に関しては生きて出られたことへの安堵とこの先への不安が混ざり合って何とも言い表せない心持ちになってしまっている。

 地面に突っ伏し、血溜まりを作るサラマンダーの姿が未だに頭に残っている。

 相手は何十万という人間の命を身勝手に奪おうとした神の一党なのだ。

 ああいった結末以外に道がないことは重々理解している。

 だけどやっぱり、命を落とす可能性が大いにある場に立つことに慣れ始めてはいても敵味方問わず誰かが命を落とす瞬間を見るのは逃れようのない精神的な苦痛が伴ってしまう。

 いや……それで済むうちはまだ救いがあるぐらいだ。

 いつか人の死にすら慣れてしまう日が来るのではないかと思うと、そっちの方が僕にとっては恐ろしい。

「大丈夫か?」

 余程深刻な顔でもしていたのか、少し前を歩いていたジャックが寄ってきたかと思うと僕の肩を抱いた。

 これまでと同じく先頭に牛を引いているバーレさんとアイミスさんが歩き、その後ろに僕とジャック、そして最後尾に虎の人という布陣だ。

 攻め込まれて戦闘によって荒された挙げ句にまだ連れ回されるという現実を考えるとバーレさんには申し訳ないと思うのだけど、案内役がいるかいないかは僕達に降り懸かる危険度を大いに左右する問題なので解放してあげようとはとてもじゃないが言えなかった。

「僕は大丈夫だよ、一発殴られたぐらいだし。それよりもジャック達の方がよっぽど心配だから」

 それぞれが持参した回復薬を飲んではいるが、やはり傷が完全に癒えることはないし、大なり小なり痛みは残っているようだ。

 回復魔法と比べると性能は落ちる。それは最初から分かっていたことだとはいえ傷を増やしながら旅を続けるというのはどうしても拭いきれない不安がある。

「アタシは問題ねえよ、このぐらいは慣れっこさ。それよりも馬鹿みてえに汗を掻いたからシャワーを浴びたいぜー、何でお前んちにはねえんだ」

 強がりでも意地を張っているわけでもなく本当に何気ない風にそう言って前にいるバーレさんへと愚痴をぶつけるジャックであった。

 詳しい話は道中で。ということで、今の今までアイミスさんが事の顛末を話して聞かせている。

 サラマンダーの死に対しバーレさんは複雑そうな顔と声で『……そうっすか』と返しただけだった。

 僕達が無事に出発しているのだ、薄々は察していたのだろう。

 バーレさんを解放する前に村の大人達数人にもそれは伝えている。

 誰もが怯えるばかりの反応を見せるのも無理からぬことだとはいえ、まさか自分達が侵略者などと言われる日が来ようとは思いもよらない。

 残った住人の誰かが村を治めるのか、はたまた別の誰かが派遣されるのか。

 いずれにしても今まででの独裁的かつ民衆を顧みることのない悪政よりは良くなることを願うことぐらいしか僕達に出来ることはない。

 彼らにしてみれば願われる筋合いもないのだろうけど……少なくともバーレさんは自分が生き残ったことに対しては感謝しているようなことも口にしていた。

「見ての通り、文明の発展が皆無な村なもんで……」

 そう言ったバーレさんの表情はどこか暗い。

 その心中に思うところがあったのか、ジャックは僕の肩を離れて前の二人へ近付いていく。

「まあなんだ、仲間のことは悪かったな。止める余裕はなかった、乗り込んでったアタシ達が言えた義理でもないんだろうが、一応は伝えておいた方がいいと思ってな。ま、信じてやる理由もねえだろうから解釈は好きにしてくれていい」

「いや……疑う気はねえですよ。あの人はそういう人間だ、あんた等は少なくとも俺を殺す気もなかったみたいだしな」

「そうか、なら悪いついでにもうしばらく付き合ってもらうぜ。誓ってお前に手出しはしねえし、誰かに攻撃された時は守ってもやる。ツメめられた時にゃあ全部アタシ等のせいにしていい。酷だとは思うが、こっちにも退けない事情があるからな。引き続き道案内をしてもらわなきゃならねえ」

「ええ……村人達との間に入って取りなしてもらった借りもありますんで」

「そうか、ならよろしく頼むわ。つーわけでさっそく聞かせてくれ。これから次の都市だか町だかに向かうわけだが、どこに行くべきだ? 確かこの白氷云々ってのは今は居ないんだろ?」

 丁度アイミスさんが取り出した地図を受け取り、ジャックは全員に見える様に広げる。

 最初にスマウグを選んだ……というよりは元々が一択だったのだが、ここから次の目的地を決めるにあたって候補は三つ。

 南東の端の方にある【グリルス(風の語部)】という場所。

 真っ直ぐ行った先にある【ファータ(白氷の霊姫)】という場所。

 そしてそのファータに比較的近い、南西に位置する【アプサラス(水の精霊)】という場所の三つだ。

「ええ、そもそもその町は不死鳥ってのが追放されてしばらくしたことで新しく出来た称号を与えられた氷の女神が治めていたんですが……(あね)さん方が今ここに居る理由でもある地上との抗争云々の話が出たときに付き合ってられねえって神の座を降りちまったんだそうで」

「はーん、そういう奴もいんだな。どっちしても二択ってのは変わらないんだろうがよ」

「へい、今こうしているように力尽くででも楽園(エデン)に入るためのオーブを手に入れるつもりでいるならグリルスの方がいいんじゃねえかと。あの女は戦闘に特化したタイプではないですし、特に天帝を強く支持しているわけでもねえですから」

「ならそっちにすっか」

「ただ端も端にあるせいでここからだと一番遠いのが難点でして。歩けば三日ぐらいは掛かるかと」

「三日か、そりゃいただけねえな。その牛で飛べばどうだ?」

「こいつは飛行能力を持ってはいまずが、持続的に跳び続けることは出来ねんです。要所要所を飛んで超えるとしても二日は必要じゃねえでしょうか」

「なら駄目だな、そこまでの時間的な猶予がねえ」

 その通り、僕達がこの天界に滞在出来る時間はひとまず五日間だと定められている。

 そこに行った後に一度引き戻して元の世界に帰ることで無事と経過を報告し、改めて日程を調整することも出来なくはないんだろうけど……それでも往復だけで丸々五日以上掛かってしまっては現実的とは言えないだろう。

 そもそも牛は一頭しかいないし、人数分用意したとして一朝一夕で乗りこなせるのかどうかも怪しい。

 そうなると最短の往復時間で事足りるかどうかは相当に疑わしくなってしまう。

 ならば一度ここで引き返すか?

 いや、それは効率が悪い上に僕達が乗り込んできたことがこの天界全土に伝わっているのだとしたら、手間暇を掛けた分だけ相手にも迎え撃つ用意をする時間を与えてしまうのだ。

 そうなれば危険度は著しく増す。やはり現実的ではない。

「行って帰るだけでも足りてねえのは不味い。もう一方ならどうだ?」

 議論するまでもなくジャックも同じ結論に至ったのか、真逆にあるアプサラスを指差した。

 バーレさんは向かって左側に視線を向ける。

「アプサラスは方角で言えばあっちの方にあるんですが、真っ直ぐに向かうならでっかい湖を回り込む必要があるんで一日程度は掛かりやす。ただエアリアル……白氷の霊姫のことですが、奴の領地である山を越えて行けば近道出来るんで半日と掛からないぐらいかと」

「半日か……なら、そうするっきゃなさそうだな。お前達もそれでいいか?」

 見渡すジャックにアイミスさんと二人で首肯し、虎の人は無言の同意を返した。

 方針も決まったところですぐに移動を再開ししばらくの間、砂埃の舞う見晴らしの良い大地を歩く。

 町と町の間にほとんど何も無く、道が整備されてない荒野や草原、谷に山や川などが広がっているというのはこの世界のどこの国にも大抵当て嵌まることではあるが、この天界はいくつもある前例や体験よりも遙かにその度合いが高いようだ。

 土地面積という意味で元いた異世界(ややこしい表現だが)でいう小国に分類される程度しかないことや、町の数がそもそも十にも満たないぐらいしかないことも大きな要因なのだろうが、統治者としてのサラマンダーがそうであったように神というのが豊かな暮らしと安全を恩恵として与えることを最初から考えていないのであれば乗り込んできた身で言えることではないにせよ良い気分はしないものだ。

 時折水分補給をしたり、五分ほどの休憩(ほぼ僕一人のためのものだが)を取ったりしつつ足を進めること一時間か二時間か。

 ようやく前方に小さな山が見えてきた。

 山を越えると聞いた時には随分と体力が必要になりそうだと思っていたけど、広さこそあれここから見える山頂はそこまで高くもないし、確かにこれならそこまで時間は掛からなそうだ。

 それでも数時間山を歩くというのは相当な消耗を伴うだろうし、何よりも移動そのものが目的ではない点も憂慮せねばなるまい。

 アプサラスというのだったか、そこの辿り着いた後にまた戦闘になる可能性が大いにあるのならば……本当に難問だらけだ。

「この山を越えた向こうに町があんのか? 地図を見る限りそういう感じでもなさそうだが……」

 ようやく山に足を踏み入れた頃、ジャックは地図を片手に怪訝そうに言った。

 山自体は特に生物の気配はなく、また木々も枯れ果てたり折れている物が多いため歩くのに苦労はなさそうだ。

 横から覗き込んでみると確かにジャックの言葉通り山の向こうにも大地が広がっている。

「真っ直ぐに山を越えるとそのままファータに向かっちまうんですが、北西に抜けると回り込むよりは早いはずです。アラスター雪漠って雪の大地があって、そこを斜めに突っ切ればアプサラスはすぐなもんで」

「なるほどねぇ……ああ、そうだ。もう一つ重要なことを聞きたいんだが、あのサラマンダーってのは神の中での序列はどんなもんなんだ? 勿論強さって意味でな」

「言いたくはありませんが……ほとんど一番下だと思っていいんじゃねえですかね。戦闘に特化したタイプではないシルフィードを除いて、という話にはなりますが」

「やれやれ、あれでドンケツか。そりゃ苦労しそうだ」

「ウィンディーネ、クロノス、そしてノーム……いずれもあの方の比じゃないレベルの化け物じみた強さを持っていやすからね。ぶっちゃけて言うとサラマンダー様は紅き狼(ヘル・クロウ)にも負けてやすし……」

「ヘル・クロウ? なんだそりゃ」

「そういう異名を持った恐ろしい女がいるんです。またの名を天界最強の戦士、とも言われてるんだとか。神の称号を持っているわけでもねえのに神との一騎打ちに勝つってんですからあれも大概化け物ですよ」

「そんな奴がいんのか……ちなみにだが、そいつは今どこにいるんだ?」

「恐らくは今から向かう場所にいるんじゃねえかと。奴はウィンディーネの部下だって話なんで」

「そりゃ最悪じゃねえか、もっと早く言えよ。つっても最初から選択肢なんざねえんだろうけどよ。それならそれでせめて道中ぐらいはのんびり行きたいもんだが、お前がそうしたみてえに途中で襲われる可能性はどのぐらいある?」

「ほとんどない、と思っていて問題ねえかと。神って連中は誰も彼も他人の領地になんざ微塵も興味が無いですからね。ましてや今から向かうのは元神(、、)であるエアリアルの領地、刺客を送ってくることはないでしょう。といっても……天門を潜って来た時点で姉さん方が乗り込んできたことは知れ渡ってはいるでしょうが」

「なるほど、ねえ。まあしばらく何事も無いってだけでいくらか気が楽ではあるな」

「はあ……どっちにしても今名前を挙げた連中とはやり合わねえことをオススメしやすよ。ウィンディーネってのがどういう奴なのかはよく知りやせんが、クロノスは基本的には中立を宣言していますし争いを好まない奴だって話ですんで。まあ楽園(エデン)への道を護るノームってのは流石に避けては通れないでしょうが」

「それが出来るなら喜んでそうしたいところだが、こればかりはこっちの意志だけじゃどうにもならねえからなあ」

 確かにその通りだと、二人の会話を横で聞いていて素直に思った。

 協力までは無理があるとしても、交渉や駆け引きが出来る相手であることが一番望ましい。

 何よりもバーレさんの言葉が事実なら今から行く先で神に加え神と同等以上の力を持つ誰かを同時に相手にしなければならない可能性があるということだ。

 例外を除いて一番戦闘力で下であるというサラマンダーでさえあんなだったことを考えると……もう夢も希望もない、という気分になってくる。

 とはいえ、今の口振りからしてバーレさん自身も他の神のことをよく知らないといった風だし事前に情報を得るのも難しいのが現実である。

 行き当たりばったりで臨むことは出来る限り避けたいのが本音ではあるが、見ず知らずの地でそう何もかも都合良くはいかない、それも当然だ。

 ならば願うべくは話が通じる相手であること、或いは居なくなったという氷の女神とやらのように内心であれ神に対して不満を抱いている相手であることぐらいか。

 後者に関しては現役の神を名乗っている以上難しいかもしれないが、クロノスという人のように中立を宣言していても神であり続けているのなら何ら不思議なことではないとも思う。

 そう言えば……確かナディアの(ゲート)ってクロノス様から授かった、とか聞いた覚えがあるんだけど。

 こんなことならそれもナディアに口添えしてもらえるよう計らっておけばいくらか楽になっただろうに……母親の所在も然り、僕が不在の間に決まっていたこととはいえ細部を詰めればもう少し安全策を用意出来たかもしれないのにと思うと今更ながら口惜しい。

 それを踏まえてもやはり一度元の世界に引き返す道もあったのだろうかと、結局は答えの見つからない検討を続けることしばらく。

 一時間そこらの山歩きもようやく終わりを迎える。

 坂道の切れ目から平地に足を踏み入れると、目の前に広がるのは事前に聞いていた通りの辺り一面真っ白な大地だった。

 左右のどこを見渡しても積もった雪が作り出す白く、それでいて輝かしくもある美しいまでの景色が続いていて、丘があったり谷があったりとデコボコした土地が視界の全てを埋め尽くしている。

 感動なのか驚きなのか、その景色に一瞬言葉を失ったのも束の間、それと同時にあまりの温度の低下に思わず身震いする。

 山を下り始めた辺りから実感してはいたが、雪が積もる、雪が降るということは相応に気温が低いということ。

 誰を取ってもどう考えても防寒性のある身なりをしていない上につい先程までは真逆でもある炎の中にいたのだ。

 高低差は体感温度以上のものがあるだろう。

 そうなるとあまり長い時間このアラスター雪漠? に長時間滞在するべきではない。

 幸いなことにアイミスさんやジャックも同じ懸念を抱いていたらしく、予定していた山を抜けた後の休息は無しにし、一気にここを通り抜ける流れとなった。

 バーレさんの話では二、三日に一度は雪が降ったり吹雪いたりしているらしく、晴れているだけ今日はマシな部類ではあるそうだが、やはり肌に突き刺さる様な空気の冷たさには何とも辛いものがある。

 日本では残暑真っ直中だったこともあって僕はTシャツの上に薄手のパーカーを重ね着しているだけなので尚更だ。

 といっても、そんな僕よりも薄着の人もいるので我が儘は言っていられないのだろうけど。薄着というか……その二人は上半身裸だもん。

 そう考えると僕だけ牛に乗せて貰っているのが若干申し訳なくなってくる。

 ブーツを履いている三人と違って僕はスニーカーであるため水分が染み込み凍傷になる恐れがあるからだ。

 彼女達も完全に安全というわけではないかもしれないが、さすがに布と革では違いがありすぎる。

「う~……さみい~」

 ザクザクと音を立てながら雪を踏みしだいて歩く白一色の雪景色の中。

 少し前からほとんどそれしか言ってないジャックは自分の両腕を抱いて身震いしている。虎の人は上半身裸、ジャックも腰から上は下着一枚と大差ない格好をしている……そりゃ寒いに決まってる。雪がどうとかいう以前の問題だ。

「だから本当にそんな格好で行くつもりなの? って出る前に確認したじゃない」

「んなこと言ったってよぉ、まさか雪山歩くだなんて思わねえじゃねえか」

「いや……雪山であろうとなかろうとおかしいからね? ラルフの替えのシャツ借りれば?」

「いいや、このエロスを失えばアタシはアタシじゃなくなる。ここは涙を飲んで堪え忍ぶぜ」

「…………」

 どんなアイデンティティーだ。

 っと、それよりも。

「ラルフ兄、背中は大丈夫ですか?」

 牛に運ばれるまま視線を後ろに向ける。

 未だ虎の人の背中は皮膚が赤くなっており、見ているだけでも痛々しい状態のままだ。

 爛れたり血が出たりしていないだけ火傷の度合いは深刻ではないのかもしれないが、平気であるとは到底言えまい。

「オイラは元々魔法攻撃への耐性を持っている、とりわけ炎によるダメージには強いトラ。多少の痛みや傷であればじきに治る、治癒力にも自信があるトラからな。そしてオイラの一部には炎と氷の両方を操る虎の魔物が使われている、寒さに対しても何ら問題はない…………トラ」

 いつもの様に遅れて付け足された語尾を最後に虎の人はそれ以上何も言わなかった。

 魔法耐性のことも魔物のことも聞いていたので言われてみれば納得という感じではあるけど、やっぱり僕を守るために負った傷だ。

 心配せずにはいられないし、この人達の言う平気というのはあくまで我慢出来るレベルだというだけであって間違っても痛みが無いことにはならない。

 ならよかったと、安堵する気持ちはどうしても薄れてしまうのだが、何を言ったところで解消の余地なんてないし戦いが終わることもないのだから口にするだけ野暮になってしまうだけだ。

「う~、さっきとは違う意味で風呂に入りてぇなあ……お? おい、あれじゃねえのか?」

 半袖のシャツ一枚で何が変わるわけでもないのだろうけど、いい加減諦めて借りればいいのに。

 と言い続けては頑なに断られ、そんな遣り取りを十数回と繰り返しながら寒さに耐え雪道を歩き初めてしばらくした頃。

 前方に雪ではなく土の地面が見えてきた。

 それだけではなくジャックが指差す先には町と思しき建物の群れも確認出来る。

 まだ距離があるため正確に全てを把握することは出来ないがそれなりに面積は広く、スマウグみたくいかにも集落という感じでもないことだけは遠くからでも十分に分かった。

 石造りの建物が見えていたり商店らしき物もあるし、馬車も走っているみたいだし、打って変わってしっかりとした都市という様相を呈している。

 そして、それよりも気になる点が一つ。

 雪漠を抜けた先、積もった雪の途切れ目から都市まではと一キロ程度の距離があるのだが、その中間地点辺りに一つの人影があるのだ。

「……誰かいるな」

「うん」

「神が送り込んできた刺客、でしょうか」

 はっきりとした姿形はまだ見えないが、こちらを見ていることだけは分かる。

 そしてその横で、半分震えるような口調でバーレさんがその誰かの名を口にした。

「あ、あれは…………ウィンディーネ」


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