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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑩ ~神々への挑戦~】
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【第五章】 天界へ



 クロンヴァールさんが余計な話題を持ち出さなかったことに安堵しつつ、どこ○もドアよろしく何に付着しているわけでもなくポツンと建つ扉を潜った。

 本当にどういうわけか開いた扉はただ通り過ぎるだけの枠ではなく、向こう側にはあるはずのない自然が広がっている。

 ジャック、アイミスさん、僕、虎の人の順で縦に並び規模も分からない森を真っ直ぐに進み、小さな泉を通り過ぎ、その奥にあるやけに派手な装飾の施された別の扉へと辿り着いた。

 これこそが天門と呼ばれる空想上の代物とまで言われている扉だ。

「準備はいいな? 行くぜ?」

 ノブに手を掛けたジャックが振り返り、僕達を見渡していく。

 首を横に振る者など一人もいない。

 それを確認しコクリと頷くと、ジャックは手首を捻り扉を奥へと押し込んだ。

 どこか緊張感が伝わってくるような静けさの中、僕達は意を決してあちら側へと足を踏み入れる。

「…………」

 まず最初に抱いたのは、随分と思っていたのとは違うなぁという感想だった。

 天界という名称や神がいるという情報からてっきり雲の上とかにある天国的な世界観を想像していたのだが、全然そういうわけではなかった。

 周囲に人影や建物の類は何一つないものの普通に土の上に立っているし、見渡せば所々に木々などの自然も見えている。

 見上げる上空に雲がないのが気にはなるけど、それ以外には特に今までいた世界との違いはないように思えてならない。

 だったら一体この天界というのはどこに存在しているんだろうか。いや、もしかしたらまだここは天界ではない可能性もあるのか?

「場所なんて誰にも分かんねえよ。天、地、獄、この三つの世界が太古より生み出され今尚存在し続けている、分かってんのはそんぐれえだ。獄ってのは所謂魔界のことだな」

 僕の疑問に対しジャックはキョロキョロと辺りを見回しながら何気なく答えると、そこで初めてこちらを振り返った。

「取り敢えず入るなり襲撃されるっつー一番最悪なパターンは避けられたようだな。だからといって全くの無警戒ってわけじゃなさそうだが……」

「どういうこと?」

「うっすらと殺気みたいなもんが伝わってくる。人数までは分からねえが、じきここにやって来るだろうぜ。やる気満々の馬鹿野郎がな」

「この地を統べる神々にとって我々は外敵に他なりません。無理もないでしょう」

「ま、テメエ等で喧嘩売って来ておいて敵も何もないと思うがな。アイミス、地図を出せ」

 ジャックが言うと、アイミスさんは懐から一枚の紙切れを取り出した。

 道中に聞いたところによると、サミットの際にナディアから地図を預かっているとのことだったけど、これがそうか。

 天界の出身であるらしいナディアは特殊な血筋により唯一あの天門を外から鍵を使わずに開くことが出来る人物なのだ。

 揃って覗き込む地図に目を落とすと、どうやら縦長の大地になっていることが分かる。

 天門と書かれた印によると僕達がいるのは最南部らしく、いくつもの町……なのか都市なのかが北に向かって並んでいるといった感じか。

 土地名らしきものが九つあって、それぞれが別で統治者らしき名称が横に書いてある。


                【天門】


     【スマウグ(炎の化身)】   【レイス(死神)】


【グリルス(風の語部)】   【ファータ(白氷の霊姫)】   【アプサラス(水の精霊)】


           【フォウルカス(時の番人)】


     【メリア(大地の守護者)】   【ケプリ(不死鳥)】


             【エデン(天帝)】


 簡単に言うとこんな具合で、現在地から北に向かうにつれて横並びの都市がいくつかあって、最後に支配者であるらしい天帝という存在が鎮座する地に辿り着くという風になっているようだ。

 全てを記憶しているわけではないが、いつだったかジェスタシアさんに聞いた神々の名前と一致するものがあるあたり各地をそれぞれ神が統治しているということなのだろうか。

 まず間違いなく争いに発展することを考えれば避けて通りたいところではあるが、それが出来ない理由をジャックが説明してくれた。

「全てを避けて通ることは出来ねえ。アタシ達の最終目標はこのエデンっつー場所にいる神の親玉を倒すことだが、そこに足を踏み入れるには各地で神が持つオーブを手に入れないといけねえらしい」

「マリアーニ王の話では四つ必要だというとでしたか」

「ああ、何でも天界の在り方ってのは元々神々による合議制で決まっていたらしい。支配者である天帝ケイオスとやらを除いて神が八人、その半数である四人の承認や同意を得なければエデンに入ることは出来ない、っつー建前みたいなもんらしい」

 あの姫様の話によるとな。

 と、ジャックは再び地図に目を落とす。

「八つの都市にいる八人の神から四つ……か。でも、こっちが必要だからって簡単に譲ってもらえるわけではないよね、当然ながら」

「事情を話して譲ってもらうもよし、力尽くで奪うもよし、ってなところだろうな。ただ一つ問題がある」

「問題って?」

「このレイス、ケプリ、ファータにいた神は今現在その座を降りるか追放されていないらしいんだよ」

「ということは……五人から四つ。より危険を少なくオーブを入手しようにも相手を選ぶこともほとんど出来ない、と」

「そういうことだ」

 レイス・死神

 ケプリ・不死鳥

 ファータ・白氷の霊姫

 いなくなった神はこの三人。

 というか、そのうちの一人である不死鳥こそがジェスタシアさんだ。

 他の人達がどういう姿形をしているのかは一切分からないけど、そのジェスタシアさんは魔獣神とまで言われ単体で世界を滅ぼすだけの力を持っていたのだ。

 神の強さの基準があれ(、、)なんだとしたら、力尽くで奪うなんて不可能なんじゃなかろうか。

 不死、という絶対的な能力や性質を持っているのは彼女だけだと信じたいところだけど……。

「ちなみに、他に預かってる物とかはないの?」

「ああ、手紙を預かっている。お姫様曰く『母に会った時にはこれを渡してください、協力してくれるはずですので』とのことだ」

「へぇ~。それで、そのお母さんの居場所とか名前は?」

 言うと、なぜかジャックは目を逸らした。

「あ~……………………聞くの、忘れたな」 

「えぇぇ……」

「アネット様……」

「し、しゃあねえだろ? あれこれとややこしい話ばっかりだったんだからよ、後回しにしてる用件まで全部覚えてらんねえって」

「過ぎたことを嘆いたところで得るものは無いトラ、これからどうするかを話し合うべきではないのか? …………トラ」

 そう言って虎の人は遠くを指差した。

 今まで一言も喋らなかった彼がフォローに回るという珍現象はさておき、示す先、つまりは本来で言う進行方向に目をやると黒く大きな何かがこちらに向かって飛んできているのが見える。

 まだ距離があるのでそれが何なのかまでは分からないが、考えるまでもなく僕達にとって良い話ではないだろう。

「ようやくおでましかい。しっかし、何に乗ってんだありゃ」

「馬には見えませんが、いずれにせよ飛行能力を持っている時点で既知の物では無さそうですね。天界特有の生物でしょうか」

「そう考えるのが妥当だろう。しかし、乗っている人間からはヤバそうな気配は感じられんトラ」

「同感だな。出鼻を挫くにゃ小物過ぎる刺客だが、どのみち避けては通れねえんだ。手っ取り早くやっちまうとしようぜ」

 目は悪くないのに僕より随分はっかり見えているらしい三人は敵襲の可能性が高いこの状況でも何ら焦ったり取り乱したりはしない。

 アイミスさんとジャックは腰から剣を抜き、虎の人は持っていた布袋をどさっと地面に置いて腕を組んで、それぞれが僕に危険が及ばないようにするためか数歩前に出た。

「ああそうだ、始まっちまう前に確認しておくぞ。アイミス」

「はい?」

「アタシ達の弱点は何だ?」

「回復魔法を使える者がいないこと……でしょうか」

「そうだ。攻撃魔法に関してはトラがいればいくらか賄えるが、回復魔法ばかりはどうにかなるもんじゃねえ。その袋にゃ一応回復薬や薬草も多少なりは入れているが、基本方針は安全第一ってことを忘れるな。戦闘になりゃそんなこと言ってられねえだろうが、極力無茶は避けるべきだってことは頭に入れておいてくれ。いかに消耗せずにラスボスに辿り着けるかが勝負なんだからよ」

 ジャックの言葉に対し、アイミスさんは小さく頷き虎の人は短く『トラ』と呟いた。

 まさにその通り。

 僕達は少なくとも天帝と呼ばれる誰かに加え複数の神を相手にしなければ目的は達成出来ない。

 それでいて皆が無事に帰るというのは、命懸けの覚悟だけでは到底足りない限りなく奇跡に近い難題と言っていいだろう。

 だからこそ僕はその可能性を僅かでも上げられるために、出来る全てを捧げる必要がある。

「おいおいおいおい!?」

 その場で待ち構える僕達の前に現れるなり挑発的な声を上げる何者かは、翼の生えた黒いバッファローみたいな生物にに乗った若い男だった。

 見た目は二十代半ばぐらいだろうか。

 身長ほどの長さがある赤い棒を持った、同じく赤いズボンと袖のない白の戦装束を着たいかにも好戦的な顔や態度をした男だ。

「ウン百年ぶりに侵入者が来るかもしれねえってんで楽しみにしてたってのに、女二人にガキとマスクマンとはガッカリだなぁ」

「あ? んだ三下小僧がコラ。雑魚臭しかしねえんだよ、サッサとかかって来いや」

 空飛ぶ牛から飛び降り、馬鹿にしたような口調で挑発を続ける男にカチンときたらしいジャックが挑発を返し立てた中指を向ける。

 乗っていた男はともかく、あの半分化け物みたいな生物を前に僅かにも怯まない度胸が凄いというか、この三人が一緒だとこっちの怖さや不安も薄れてくるのだから本当に頼もしい事この上ない。

 というか女子供はまだ分からなくもないが、なぜマスクマンが見くびる理由になるのかは一切分からないし。

「言ってくれるじゃねえか地上の虫けら如きがよぉ!! サッサと丸焼きになれや!!」

 思いの外あっさりとその挑発に乗った男は持っていた棒を両手に持ち替え縦に振る。

 やはりただの棒ではなく特殊な能力が備わっている武器であるらしく、次の瞬間にはその先端からは巨大な炎の塊がこちらに向かって飛んできていた。

 過去に何度もこういったまともに当たったら即死するレベルの攻撃の標的になったことはあるけれど、それでも慣れられることはなく鼓動は速まるし足も微かに震えてしまう。

 そんな中でも頭だけは冷静で、いつでも右手で盾を生み出す用意が出来るのはそれらの経験の賜なのだろうが、ことこの場においてはこの(、、)ぐらい(、、、)の危機に慌てる必要はなかった。

「お前達は動かずともよいトラ」

 聞き慣れた渋い声がそう告げると、虎の人は眼前に迫る業火に向かって突進していった。

 そして、

「マスキュラー・クラッチ!!」

 とか言いながら勢いよく右拳で殴り付けると、一瞬にして炎の塊は破裂し無数の火の粉と化して散っていく。

 バズールの時にも見た記憶があるけど、何故ただの右ストレートで炎を打ち消せるのだろうか。超人的過ぎるでしょ。

「出たー、名前が格好良いだけのただのグーパンチ~」

 頼もしいやら呆れるやらという中、あの技(と言えるのかは分からないが)の存在を知っていたらしいジャックは愉快そうに言って虎の人の横に並ぶ。

 その余裕を通り越して緊張感がなさ過ぎる態度もどうかと思うのだが、それを指摘する必要がないことを思い知らされるまでにそう時間は掛からなかった。

「ただのパンチではない。これはオイラの持つ魔法耐性とこの鍛え上げた肉体が可能に……」

「よっし、取り敢えず大した野郎じゃなさそうだし増える前にヤっちまうとするか」

 虎の人の言葉を遮ると、ジャックはのしのしと動揺する男の元へと歩いていく。

 結論から言えば、それからものの数分後には顔を腫らして鼻血を出した男が地面を転がっていた。

 言うまでもなくやったのはジャック一人である。

 惚れ惚れする様な華麗な動きで炎の呪文やら棒による直接攻撃を難なく躱し、懐に潜り込んだかと思うと顔面パンチで吹っ飛ばしたあげく背中を踏みつけていとも簡単に動きを封じたのだ。

「あーあー、こちとら喧嘩上等モードだったってのに拍子抜けもいいところだぜ。もうちょっと骨があるところを見せろってんだ」

 ホッとする僕や隣で『お見事ですアネット様』と既に剣を収めているアイミスさんを他所にジャックはどこか不満げな顔で踏んでいる足に力を込める。

 男は「ぐえっ」と苦しそうな声を漏らすが、抵抗しようにも動くことが出来ないようだ。

「さあて、どうすっかな。殺しちまってもいいが……」

「ちょ、ちょっと待ってくれよお強い(あね)さん方。そう簡単に殺すもんじゃねえって、生かしときゃきっと役に立つぜ? なあ頼むよ」

 その脅しに男は顔だけを上に向け、必死の懇願を見せている。

 当然の反応だとは思うし、僕とて本気で言っているわけではないと思うのだが、そんな周りの目を知って知らずか顎に手を当て考える素振りを見せるジャックは何かを思い付いたらしくパチンと指を鳴らした。

「いいこと考えたぜ! こいつを案内役にしよう」

「だ、大丈夫なのですか?」

 また偉いことを言い出した。

 と思ったのは僕だけではなかったらしく、アイミスさんも戸惑いの表情を浮かべている。

 しかし当のジャックはこちらにニヤリとあくどい顔を向けるだけだ。

「おい小僧、アタシ達は天帝とやらをぶっ潰しに来たんだ。アタシ達をエデンとやらまで案内するなら生かしておいてやる。勿論逃げたり仲間を呼ぼうとする素振りを見せたら殺す、好きな方を選ばせてやるよ」

「喜んでやらせていただきますよ~、俺達は別に天帝様の部下でもねえですし命に代えてまでの忠誠心なんてありゃしやせんぜ」

 へへっと、ほとんど命乞いとも取れる無理矢理作った笑顔が心に痛い。

 とはいえシビアに考えれば確かに最善とも思えるだけに口を挟むのも憚られるわけで、結局誰一人異を唱えることなく男が武器を取り上げられ、両手を後ろに縛られるのを見ているしかなかった。

 そうして拘束された所で男は立つことを許され、それと同時にジャックは再び地図を取り出した。

「おい三下、これからエデンに向かうにあたってオーブとやらを四つ集めるために各地を回って行かなきゃならねえわけだけどよ、ここから近いのはえ~……スマウグとレイスか。でも死神って奴は今はいねえって話だったよな?」

「へ、へい。何でも十数年前に追放されたってな話です」

「てことはだ、選択肢は一つ。スマウグに向かうしかねってこった、案内出来るよな?」

「勿論ですぜ(あね)さん。俺ぁ元々サラマンダー様の部下なもんで、へい。よく知ってやす」

「よーし、なら早えぇとこ行くとすっか」

 ほれ行け、と。

 男に先頭を歩かせつつ僕達に言ったところで改めて天界の旅はスタートを切ることに。

「いやあ、わざわざ案内役を寄越してくれるたあ中々どうして親切設計だな天界ってのは」

 なっはっはと豪快に笑って僕の肩を抱くジャックはいささか暢気過ぎる気がするけど、これも百戦錬磨の経験値がそうさせるのかと思うとやっぱり心強い。

 殴られるわ縛られるわ案内役をさせられるわと散々な目に遭っている男が若干不憫な気もするけど……手探りで旅をするのとは大きすぎる程の差があるだろう。

 彼とて僕達を殺す気で来たのだから負けて殺されないだけ慈悲深い処置であることは言うまでもない。

 決して良い気持ちのするものではないが、ジャックとて余程のことがなければ酷いことはしないはずだ。

 こちらも命が懸かっている以上は自分達の安全のためだと割り切るしかあるまい。

 何だか最初から予想外な展開になってしまったけど、それでも難なく困難を乗り越えてしまう頼もしい仲間に一人を加えた五人で僕達は第一の都市スマウグへと向かった。



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