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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑩ ~神々への挑戦~】
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【第四章】 再結成

3/22 ルビのずれを修正


 迎えた出発の日。

 特に前触れやきっかけもなく起床の時を迎えた僕達は各々が分担した役割をこなすという朝の時間を過ごした。

 今日これから何をするのかという事に対する緊張感も当然あるんだけど、毎度のことながら起きるなり目の前にアイミスさんの顔があることが本当に心臓に悪いし止め処ないドキドキで一日が始まるシステムにはどうにも慣れられる気がしない。

 まあ……その最大の理由は挨拶を交わすなり当たり前のようにキスをされたことにあるんだろうけど。

 思い出したら恥ずかしくなってくるので気を取り直して食事の用意をしよう。うん、それがいい。

 担当は僕が朝食を、アイミスさんが馬の世話をしてから洗濯物の取り込みをといった具合である。

 といっても昨日のスープを温め直してパンを焼くだけなので大した手間はない。

 そんな塩梅で二人向かい合って食事を済ませ、後片付けと出発の準備を終えたところで城へと向かうことに。

 しつこいようだけど起床時と同様に家を出る際にも前に当たり前のように……いやそれは置いておいて、僕達はこれからジャックやラルフと合流し天界に乗り込むべくとある孤島に向かわなければならない。

 僕とアイミスさん、ジャックにラルフ。

 魔王としてこの国に居座っていたシェルムちゃんを倒すために冒険をしていた時と同じメンバーであり、こうして同じ目的を持って集まるのはあれ以来のこととなる。

 もっとも当時は他に日本人が三人もいたし、もう一人の勇者サミュエルさんも含まれていたんだけど、やっぱりサミュエルさんがいないのは少し寂しくもありしっくりこない感じがしてしまう。

 粗暴で短気で自己中心的で協調性がなくて……って、これじゃあただの悪口みたいになってしまっているけど、それでも意外と面倒見はよかったし何だかんだで僕を助けてくれる頼りになる人だった。

 強さという意味でもあの人がいれば心強さも随分違っただろうにと思うと残念に思えてならない。

 こればかりは嘆いたところでどうにもならないけどさ。

「どうしたコウヘイ、難しい顔をして」

 関所を通り抜け城下に足を踏み入れた頃、隣を歩くアイミスさんがどこか心配そうに僕の顔を覗き込んだ。

 どうやら思い出に浸ってしまっていたせいで黙り込んでしまっていたらしい。

「ちょっと昔のことを思い出してしまって。サミュエルさんがいたら一番最初の時と同じ面子だったなぁと」

 まあ、あの時のジャックは僕の首に掛かった髑髏のネックレスだったし、女の子バージョンのラルフなんて存在も知らなかったんだけど。

「そうだな、行き先も告げずにどこに行ったのやら。出国の許可証を取りに来た以外は何も言わなかったと聞くし、サミュエルらしいと言えばそれまでだがこうなるならもう少し後にしてくれればよかったのにと私も思う」

「また、どこかで会うことがあるんですかね」

「お互い生きていれば必ず会えるさ。だから今はそれに最善を尽くそうではないか」

「はい」

 本当にその通りだ。

 ここから先はそれ以外を考えている余裕なんてなさそうだし、僕はいつも通り必死に頭を使って皆が無事に目的を達成し一人も欠けることなく帰れる方法と手段を考え倒すことに全てを注ごう。

 ちなみに、名前が上がったついでに敢えて余談を述べると何度か行ったことのあるサミュエルさんの家は元々ノスルクさんの家だったそうだ。

 あの人が森の中に潜む前に使っていた、すなわちかつてジャックやガイアという人物が大魔王と戦った後に合流した家だということで、それをサミュエルさんが譲り受けたということらしい。

「どうやら彼が一番だったようだな」

 リラックスしようと思えど考え事は止まらず、城へ続く大通りを俯き加減で歩いていると不意にアイミスさんが前方を指差した。

 改めて進行方向に目をやるとすぐ近くに迫る城門に門番とは別の大男が立っているのが見える。

「一人みたいですね。ジャックはどうしたんでしょう」

「用意に時間が掛かっているのか、他の業務に追われているのかのいずれかだろう。どちらにせよ私達も共に待っているとしよう」

「ですね」

 などと言っている間に城門に到着。

 僕はすぐに久々に会うその大男に頭を下げる。

「ご無沙汰しています、ラルフ兄」

 ラルフ兄。

 と僕が呼ぶこのプロレスラーどころかボディービルダー並の筋骨隆々な肉体を持ち、上半身裸で虎を模したマスクで顔を覆っている背が高い男性こそがかつてフローレシア王国の研究所なる場所で生み出された合成獣(キメラ)の一人でありかつての仲間の一人である。

 兄妹と虎の魔物を合成させられていて肉体と魂、自我に至るまでを自由に入れ替えることが出来るという恐ろしくもあり非人道的な実験、研究の被害者でもあるラルフはそれでも過去に二度僕と共に戦ってくれた頼れる人物だ。

 この男バージョンが兄、猫耳の少女が妹で共にラルフと名乗っているので僕はお兄さんの方を『ラルフ兄』と呼び妹を『ラルフ』と呼んでいる。

 実際のところ心の中では過去と同じ『虎の人』って勝手に呼んでるのだけどそれはさておき、外見やキャラは特異なものがあるけど、それでも強さは相当なものなので今回同行してくれると聞いたときは人知れず安堵と感謝を抱いたものだ。

 歳もお兄さんの方は二十二であることもあって性格的にもしっかりしている。

「久しいなマスター、健勝で何よりだトラ」

 出た~、いつまで経っても変わらない妙な語尾~。

 何の拘りなのか、お兄さんは『トラ』妹は『にゃ』というのを頑なに付け加えたがる二人なのだ。

 しかしまあ腕を組み、直立不動の姿勢で僕を見下ろす虎の人は渋い声も相俟ってやはり様になる。素顔を見たことはないけど、これで語尾を取っ払ってマスクを被っていなければさぞ格好いい男に映るだろうに。

「そちらもお変わりないようで何よりです。ところでその荷物は?」

 虎の人の横には大きいサイズのゴミ袋ぐらいの布の袋が置かれている。

 当然中身は見えない。

「飲み水と薬草の類、それとオイラの着替えを入るだけ入れてあるトラ。旅の備えだ……トラ」

「なるほど」

 確かに食料はなくてもある程度は耐えられるが、水分はそうもいかない。当然の準備といったところか。

 あと着替えというのは少女バージョンから今の男の姿に変わった時に体のサイズが大きすぎて毎度服が破れてなくなってしまうため予備を持ってきたということだろう。

「虎殿、アネット様はどちらにおられるのだ?」

「髑髏は不在の間の指示と引き継ぎをしている、完了次第ここに来ると言っていたトラ」

「そうであったか、では我々もここで待つとしよう」

 トラ、と同意や了承の意味を持つ返事を受けるとアイミスさんも得心がいったように頷いた。

 ネックレス時代の印象の方が強いからか虎の人はジャックのことを『髑髏』と呼ぶ。

 女性相手にその呼び方はさすがに酷くなかろうかと思わなくもないが、そのジャックも虎の人を『トラ』ラルフを『猫娘』と呼ぶのでまあどっちもどっちだな。

 ちなみにアイミスさんの呼称は『勇者』と『銀色』である。

「あ、そうだ。待っている間に姫様の所に挨拶に行ってきてもいいですか? 昨日行けてなくて、後で知れると怒られそうなので」

「うむ、構わないぞ」

「ではすぐに戻りますので」

 許可も得たところで僕は一人で城内に入り、この国に残った唯一の王族であるローラ姫ことロールフェリア王女の部屋へと向かった。

 プライドと自尊心が高いのであの人の従者の一人である(と今でも思われているらしい)僕が顔も見せないままだとばれれば叱責は免れない。

 高確率で行ったところで何かしらの理不尽を突き付けられるであろうことは容易に想像出来るけど、呼び出されてからになるよりはマシだと信じよう。

 とまあそんな具合で兵士であれ侍女であれ誰かとすれ違う度に立ち止まって挨拶をしながら城内を歩いていると、遠くの方から何やら慌ただしい足音が聞こえた。

 振り返るとちょうど一人の少女がこちらに走ってくる姿が見える。

 一度立ち止まり、確実にこちらに向かってきている少女を待っていると目の前にまで来たところで声を掛けようとするも先に飛び掛かられていた。

「コウヘイ様っ」

 勢いよく突進してくる小柄な少女を受け止めると、胸元から満面の笑みが僕を見上げる。

 水色の給仕服に白いエプロンを重ね着した女の子。それはすなわち、この城で働く侍女ということでもある。

 名前はミランダ・アーネット、歳は十六歳で僕がこの国この城に滞在している間は身の回りの世話をしてくれる健気で直向きでもあるいつだって明るく元気な女の子だ。

「お帰りなさい、コウヘイ様」

「うん、ただいまミラ」

 挨拶を返し、日頃の癖でつい頭を撫でてしまっているうちにミラはようやく体を離した。

「昨日城に来られたと聞いてとても残念だったのですけど、今日お会いできてよかったです。もうじき出立すると伺ったのですが、何かご用で城に?」

「うん、ちょっと姫様に挨拶にね。ミラと姫様には昨日会えなかったから僕としてもミラに会えてよかったよ」

「そう言っていただけるのはとても嬉しいのですが……姫様に挨拶、ですか。それは何ともタイミングがよろしくないと言いますか、おすすめは出来ないと言いますか」

「へ? 何で?」

「何と言いますか、ひじょ~に虫の居所が悪いようでして」

「そうなんだ……でもまあ、行かなかったことがばれても結局同じことになりそうだし、腹を括るしかないんだけどね」

「そ、そうですよね。わたしも同行したいのは山々なんですけど……」

「いいよ気を遣わなくて、お仕事の最中なんでしょ? ミラはミラの役目を頑張って」

「はい。コウヘイ様も必ずや無事にお戻りください、約束ですよ」

「うん、約束するよ」

 改めて向けられた明るい笑みに軽く手を振り、深いお辞儀で見送られながら僕は姫様の元へと向かった。

 が、聞いていた通り偉く不機嫌で『うるさい出て行け』と枕が飛んできただけで追い出されるのだった。

「ねえジャック」

 それからしばらくが経った頃。

 僕達は遅れて合流したジャックを含めた四人でアイテムによる移動のために町の外へと歩いている。

 そこから天界に進入するための扉である【異次元の悪戯(ラーク)】が存在している孤島へと向かうという段取りだ。

「なんでい」

 向かう先の気候や天候も定かではないというのに上半身が普段と同じほぼ半裸の状態であることに呆れつつ声を掛けると、暢気にも鼻歌交じりに町並みを眺めていたジャックはこちらを向いた。

「姫様が随分不機嫌だったんだけど、何が理由か知ってる?」

「ああ、そりゃ完全にアタシのせいだな」

「ジャックのせいって……何したのさ」

 言うと、ジャックは溜息を一つ。

「なんつーか、今はアタシの肩書きで好き勝手出来ないように押さえ付けてるから何とかなってるけどよ、そのアタシが城を空けるとなりゃ何をしでかすか分かんねえだろ? だから兵と侍女を複数付けることにしたんだよ。身勝手しようとしたら力尽くで止めて部屋にブチ込んどけって命令してある、全ての責任をアタシが負う代わりに全う出来なきゃ軍法で裁くってな。先代が生きてた頃は我が儘放題やってただけにさぞストレスはあるんだろうが、一国の王族がそれじゃ国の未来も暗いってんで厳しーく教育中なわけさ」

「なるほどねえ、確かにリュドヴィック王が居た頃は何でも許されてたし、そりゃ不機嫌にもなるか」

 こんなことならやっぱり昨日行っておけばよかった。

 という後悔に意味はないけど、確かにあの方がもう少し自覚を持ってくれればジャックも楽になるだろうに。

 そりゃ望まずして与えられた身分だと言われてしまえば僕にその苦難を推し量ることは出来ないけどさ。

 そんなことはさておき、

「今からあの扉がある島に行くんだよね? ジャックもアイミスさんも行ったことあったっけ?」

「サミットの帰りに寄って来たから問題ねえよ。つっても、その近辺にある孤島に一旦飛ばなきゃならねえんだが」

「そうなの? 何で?」

「幸か不幸か扉の意味……つーか重要性が判明したからな。赤髪の王は直接の移動を禁止した、というよりは出来なくしたんだ。そんなわけで一度別の場所を経由する必要があるってこった」

「そういうことか」

 確かに誰も彼もが自由に移動出来ては不都合が多すぎる、か。

 あの島に上陸した経験がなければアイテムでの移動は出来ないとはいえ、今や世界情勢に大きな影響を与える存在だ、無理もない。

「そうだ相棒、出発前に一つ相棒に言っておくことがある」

「何?」 

「この先どんなことが待ち受けているかはまだ分からねえが、アタシ達と足並みを揃える必要はねえってことを伝えておこうと思ってな」

「どういうこと?」

「アタシ達は正義感や使命感が自信と勇気になる。戦う理由にも命を懸ける理由にもだ。だがお前さんは実際問題そういうタイプじゃねえだろう。お前さんの武器はアタシ達とは比べものにならない頭だ、方法や考え方の善し悪しに拘るな。ずる賢くていい、褒められたやり方でなくともいい、お前さんがやるべきだと思ったことをやれ。それを責めたりする奴はアタシ達の中にはいねえし、お前さんを何よりも信頼している。アタシ達がどう思うか、なんて下らねえことを考えて行動する必要はないってことさ」

「うむ、アネット様の言うとおりだコウヘイ。私達は何があってもお主の意志や考えを疑いはしない。どんな些細なことでも遠慮無く言ってくれればよい」

「トラ」

 二人の同意は、むしろ僕の方が背中を押されている気にさせる。

 いや、最後の二文字がそうなのかは分からないけど……それでもそう言ってくれることがどれだけ心強いことか。

 ジャックの言う通り、僕は自分の中の正義を貫くためにとか人々のために、平和のためにという理由で何かを成し遂げようと思えるような人間ではない。

 身近な人、僕を助け守ってくれた人、そして僕を仲間だと言ってくれる人。

 僕がこの世界で危険を承知で何かをするのはそんな誰かのためでしかない。

 こんな風に言われてなければ勇者二人の仲間として要らぬ気を回していたかもしれないと思うと本当に大きな違いだ。

 どんな手を使ってでも無事と安全を追求する、僕に出来る役目はそれだけなのだから。

 

          ○


 街を出た僕達は聞いていた通りエレマージリングによって件のワンクッション置くための小さな島へと移動した。

 あの摩訶不思議な謎の扉【異次元の悪戯(ラーク)】がある孤島よりも更に小さな、草木の一つもない島には大きくはない船が二隻と宿舎だと思われる小屋が一つに貯蔵庫らしき物置小屋が見える以外には本当に何もない。

 辺りには十数人の兵士がいて、こんな海の真ん中の孤島に赴任しなければいけないというのは大変だろうに。給料が少しは良くなったりするんだろうか、なんて考えが真っ先に浮かんだ。

「グランフェルトのジャクリーヌ・アネットと愉快な仲間達だ」

 すぐさま近付いてきた二人の兵士に対し、ジャックは腰から取り出した羊皮紙を手渡した。

 道中で聞いたところによるとクロンヴァールさん直筆のこの許可証が無ければあの島には上陸できない決まりになったらしい。

 ていうか言い方……なんだ愉快な仲間達って。

「確かに受け取りました、では船にどうぞ」

 駐在の人達も予め聞いていたのか特に面倒な遣り取りや手続きもなく受け入れられ、そのまま一隻の船を手で指した。

 促されるまま片方の船に乗り込むと、同乗し船を出してくれる兵士達は帆を張り錨を引き上げていく。

 そしてそれだけではなく、なぜか船首に小さな旗を差し込んでいる兵士もいた。

 航海に関わる何かだとは思えないが、一体何の意味があるのかはさっぱり分からない。

「おい、何だいそりゃ」

 理解出来なかったのは僕だけではなかったらしく、誰もがその謎の行動に視線を注いでいる。

 自分なりに考えてみる、という工程を経ているのかどうかも怪しいぐらいの早さでその疑問を口にしたのはジャックだった。

 フラッグを立てた兵士は特に躊躇う様子もなく答えを口にする。

「これは我々が正当な理由をもって船を出したという隠し合図です。仮に許可の無い者がこの船を乗っ取ったり我々を脅して船を出させたとしてもあの旗を船首に掲げていなければ無条件で攻撃されることになっております」

「ほ~う、よく考えるもんだなぁ」

 僕も感心するジャックや得心がいったようにうんうんと頷くアイミスさんと同じ感想だ。

 機械文明がないなりに魔法やアイデアでセキュリティーその他を賄っているこの世界ならではといった感じである。

 ちなみに虎の人は腕を組んだまま微動だにしないので心証の程などさっぱり分からない。

 今更ではあるけど、こういう時は表情が見えないマスク姿というのが少々難儀なものだ。

 何なら怒っていたとしても見た目からは判断出来ないからね。知らずに話し掛けて怒鳴られでもしたら確実に泣く自信があるよ僕は……間違ってもそういう人ではないと思うけども。

 何はともあれこれといって問題もなく僕達を乗せた船は小島を出航する。

 本来の目的地である島はすぐ近く……というか、すでにこの位置からでもうっすら見えているぐらいには短い距離にあって、ものの十五分もすると船は再び陸地に寄せて動きを止めていた。

 先程上陸した島と比べて二、三倍大きな、それでも小さな孤島という表現以外にはない島ではあるが、船が出入りするための鉄の門を除いて外周全てが金網と有刺鉄線を混ぜたような柵で覆われている。

 前に来た時に比べて駐在している兵が数倍になっているのは今そうしたように別の島でワンクッション入れたことと同じく扉の意味と価値が判明したからこそ警備の厳重度が上がった証明なのだろう。

 そうして色々と複雑な記憶ばかりが残る島に足を踏み入れた僕達は「案内は必要ねえ、ご苦労だったな」と、ジャックが同行しようとする兵士に断りを入れたためここから扉がある位置までは四人だけで歩いていくことになった。

 前に来たときは確か徒歩十分程度で着いたはずだ。

 まあ……はずも何も周りに物が無さ過ぎて遠くの方に若干見えてるんだけど。

 というわけで四人が並んで歩く、その道中。無意味に虎の人をイジっていたジャックがふと寄ってきたかと思うとそっと肩を抱いた。

「相棒」

「何?」

「直接会っちまう前に言っておこうと思ってたんだが、くれぐれも赤髪の王にゃ気を付けろよ?」

「直接会うって……え? クロンヴァールさんもここに来てるの?」

「一応はここの管理責任者だからな、つーかもうほとんど見えてきてんじゃねえか」

「あ……ほんとだ」

 目を凝らすと扉に加え複数の人影、そしてその中に赤い毛髪の誰かがいることが確認出来る。

「いやそれより、気を付けるって何に対して?」

「あの女、性懲りもなくお前さんのことを狙ってるみたいだぜ?」

「狙ってる?」

「てめえの部下に組み込もうとしてるってことだよ。この間の一件がよりそうさせているんだろうが、客観的に見ても隙あらば連れ去らんばかりの勢いだったからな。サミットの時にも『コウヘイを私に寄越すならば我々が天界に赴いてやらんでもないぞ?』とか言いやがったぐれえだ」

「……えぇぇ」

 好きだなあ、ヘッドハンティング。

 何度か言った気もするけど、僕がクロンヴァールさんに仕える理由は何もないし、そうなると日本に帰れなくなりそうだからそれを受け入れる可能性はないんだけど……直接言われてはっきりと断れるだろうか。

 別れ際こそ僕が遠回しにあの人を助けた感じになっていたし、後日無事に回復したことを聞いたときにはホッとしたのも事実だとはいえ、それ以前には怒らせたり敵対しているだけに若干気まずいんだよなぁ。

 ああ、どうしたものか……なんて考える暇もなく既に荒野だけが広がる大地にポツンと立つ謎の扉は目と鼻の先にまで迫ってしまっていた。

 元から目で見える距離の移動だったのだ、嫌でもそうなっちゃうよね。

「よう赤髪の王、お見送りご苦労だな」

 少し前から無言でこちらを見つめていたその人物に軽々しく片手を挙げるのは言うまでもなくジャックである。

 見られているだけで萎縮してしまうような感覚がどこか懐かしくもあり、余計に気まずくなってしまう気にさせる一人の女性。

 肩に触れるぐらいの真っ赤な髪、高貴さ溢れる白い服に赤いミニスカートという服装、腰には宝石の散りばめられた鞘に収まった煌びやかな剣という派手な格好のみならず『強さも美しさも世界一』とまで言われる風評通りアイミスさんと同じく理不尽な程に綺麗な外見に加え威風堂々とした佇まいと凜とした表情をしたこの人こそが二十七歳(最後に会ってから歳を取っていなければだが)にして世界の王とまで言われるこの世界で最大の国であるシルクレア王国の現役女王ラブロック・クロンヴァールさんだ。

「いい加減に名前を覚えろ無礼者。好きで来ているわけではないが、残る側にしてみれば最低限の責任というものだろう」

 やや面倒臭そうに言葉を返すクロンヴァールさんは『フン』と鼻を鳴らしてはいたが、特に気を悪くしている風ではない。

「送った人員は今日のうちに到着する予定だ、国の方は心配するな」

「ああ、世話掛けるがよろしく頼むわ」

「当然の処置だ、遠慮などしてくれるな。それよりも、何だそのおかしな風体の男は」

 そこでクロンヴァールさんは虎の人に目を向ける。

 国外に彼の存在を知る者はいないはずなので疑問に思うのも無理はない。周りの兵士に至っては若干引いてるし。

「ん? ああ、うちの新戦力だ。見た目はこんなでも相当つええぜ?」

「そうか、ならばそちらの心配はしないぞ。聖剣、コウヘイ、此奴が大将では苦労も耐えないだろうが、くれてやる言葉は一つだけだ、無事に帰れ」

「ええ、必ずやこの世界に真の平和と安寧を持ち帰りましょう」

「僕も出来る全てを仲間のために費やすつもりです」

「ならばよし。事前の決定に従い五日で戻らなければ我々が乗り込む、それを忘れるなよ」

「そうならねえように気張ってくらあ。首を長くして吉報を待ってりゃいい」

 二人は視線を交わし、揃って不敵な笑みを浮かべた。

 そして先に目を逸らしたクロンヴァールさんが扉を開くよう傍に控える兵士に指示をすると、夢見の泉と呼ばれる空間に繋がる扉がゆっくりと開いていく。

 その更に奥には別の扉があって、繋がる先にあるのは天界と呼ばれる未知なる領域。

 経緯や手段は数あれど、それなりに死線を越えてきた僕が挑む新たな挑戦は果たしてどんな結末を迎えるのだろうか。



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