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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑩ ~神々への挑戦~】
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【第三章】 新婚生活?



 グランフェルト城を後にした僕とアイミスさんは歩いてジャックの言う新居への道を辿っている。

 日本と違い電灯が道沿いに設置されていることもなく、家屋の扉の上であったり交差点などの角にのみ発光石が取り付けられているだけなので夕暮れ時にしては随分と暗く、比例して通りからは人の影が極端に減っていくのがこの世界では当たり前の生活サイクルだ。

 道中で夕食の買い物をしたりしてのんびりと歩く道のりは他愛も無い話が続いていて、特に城でしたような話に言及されるようなことも今のところはない。

 ジャックが気を利かせてくれたのか、そもそもそういう話をしたこと、或いはするつもりであったことは伝わっていないようだ。

 それはそれでアイミスさん自身はどう思っているんだろうかとか考えてしまって、だけど自分からそれを口にしていいものかと悩んだりもして、何だか一人で頭を抱えているような状態になっている感が否めない。

 しかも、どうしたものかと思って生返事ばかりをしているうちに噴水のある広場を通り過ぎ鐘塔を回り込んだ先にあった件の贈り物の元へと辿り着いている始末である。

 そしてひとまず悩むのは後だと考えることをやめ、目的地である新家の全貌に目を向けたその瞬間、思わず絶句した。

「…………まじですか」

 そこにあったのは庭付きの大きな木造の家だ。

 高い竹垣に囲まれていて、広い庭は綺麗な芝生が敷かれている上に二頭の馬が繋がれていて、二階建ての家屋は二人で住むには十分過ぎる立派な造りになっている、豪邸とまでの表現ではなくともまさにお屋敷といった光景がそこにあった。

 明らかに周辺の家よりも規模が大きいし、そもそも庭付きの家自体よほどのお金持ちか貴族ぐらいしか持っていないのに、こんなものをポンとプレゼントするってどうなってんの。

 今後何らかの理由で城に泊まる時を除いて僕がこの世界に来ている間は基本的にこの家で寝泊まりすることになるらしいけど、さすがにやりすぎじゃなかろうか。

 いや、そりゃ僕個人へというよりは勇者として貢献してきたアイミスさんが含まれていることが一番の理由なんだろうけど、それにしたって……。

「ふふ、驚いたか?」

 前もって知っていたらしいアイミスさんは面食らっている僕を愉快そうに見ている。

 そりゃあ驚くさ、日本なら二千万ぐらい掛かるんじゃないのこれ。

「これはさすがに予想していなかったというか、贈り物とかいう次元じゃないですよねもう」

「そうだな。私も大いに驚いたし、ここまでの物をおいそれとは受け取れぬと言ってはみたのだが、知らされたのは完成した後だったのでな。アネット様には受け取らないと言うなら必要の無い物だから取り壊す、などと脅されてしまったよ」

「ジャックらしいと言えばその通りなんでしょうけど……」

「馬や中にある家具などまで備え付けてくれていたぐらいだからな。大切に使わねば申し訳も立たないという物だ。さあ、中に入るとしよう」

 アイミスさんに促され、僕達は身長を超える高さを持つ鉄格子風で観音開きの門を開き敷地内へと足を踏み入れた。

 天然の柔らかな芝生も、庭の一角に建っている屋根付きの小さな厩も、建物に近付くに連れて増していく木の匂いも、何もかもが真新しさを感じさせる綺麗さ新鮮さに溢れている。

「コウヘイ、これを持っていてくれ。私とお主で一つずつ、そして予備が一つだ」

 腰の辺りから取り出した束になった三つの鍵から一つを取り外し僕にくれると、アイミスさんは残った鍵をノブに差し込み入り口の扉を開いた。

 例によって靴のまま中に足を踏み入れると、これまた随分と豪勢な空間が広がっている。

 何畳とかははっきりは分からないけど、一般家庭と比べても一・五倍ぐらい大きなダイニングには六人掛のテーブルと椅子が並んでおり奥にはキッチンもあって、反対側にはソファーが置いてあったり観葉植物みたいな物が並んでいたりと何とまあ贅沢な造りだろうか。

「このように奥にある倉庫以外は基本的に一階は生活スペースになっている。二階には個室があって、私達の部屋と来客用の部屋、そして使用人が使う部屋が二つあるといった具合だ」

「え? 使用人がいるんですか?」

「今はまだいない。が、近々この家に来ることになっている。またその時が来たら紹介しよう」

「分かりました。それで、今日の予定とかってどうなってるんですか?」

「明日に備えて早めに食事を取って休もうと思っているのだが、どうだろうか」

「それがいいでしょうね。また大変な旅になるのは目に見えていますし」

「うむ、ではそうするとしよう」

「なら道中で話していた通り僕が食事の用意をしますね」

「任せきりで悪いがよろしく頼む。私はその間に馬に餌をやってこよう。おっと、肝心なことを忘れていた。コウヘイ」

「はい?」

 役割分担が決まったところでさっそく取り掛かろうとテーブルに置いた食材を漁っていると、後ろから名を呼ぶ声がする。

 ほとんど反射的に振り返ると、目の前には背を向けている間に傍に寄ってきていたらしいアイミスさんがいた。

 目の前というか、もう目と鼻の先にまで近付いていて、それだけの至近距離にいながらにして尚も身を寄せてきている。

 すぐにその距離はほぼゼロにまで縮まり体が接触すると今度はそのままの体勢で顔だけが迫ってきていて、まさかと思い至って後退ろうとするもテーブルが邪魔をしてその場に立ち尽くすことしか出来ない僕の両肩に手を置いたアイミスさんは数センチ前で目を閉じると何ら躊躇うことなく僕の口に自分の口を押し付けた。

「…………」

「…………」

 静かな空間ではち切れんばかりの鼓動が全身を波打っている。

 それでも動くことなど出来ず、口と口が触れ合ったまま二人で制止した五秒ほどの時間を経てようやくアイミスさんは体を離した。 

「な……え……どう、したんですか……急に」

 ドクンドクンと煩い程に心臓の音が頭にまで響いている。

 不埒だと言われても仕方がないが、アイミスさんとキスをしたのはこれが二回目だ。

 一度目は前回帰る間際のことで、あれからそう時間は経っていない。

 だからといって僕は平然としていられるメンタルなんて持ち合わせていないし、ましてや何度も言いたくはないがこの美形の究極系のような女性にそうされて冷静でいられる方がおかしいとさえ思う。

 そんな風に気恥ずかしさと動揺で上手く言葉も出てこないような状態になっているのは僕だけなのか、アイミスさんは少し照れ臭そうな笑みを浮かべる程度だ。

「ふふふ、あの日の別れ際にして以来なのでまだ少し照れてしまうな。だが、なるほど確かに幸せな気持ちになれる」

「ど、どうしてこのタイミングで……その、キスを?」

「うむ? 夫婦というのはこういうものだと聞いたぞ? 出掛ける時、帰った時、寝る前、起きた後にはキスをして愛情を確かめ合うのだと、そうやって常に愛を育む気持ちを維持していかなければ長く寄り添うことは出来ぬと、そう教えてもらった」

「教えてもらったというのは、一体誰に?」

「アネット様と、偶然居合わせたアルス殿だ」

「…………」

 なぜよりによってその二人に。

「私はコウヘイに出会うまで男女の仲のことなど考えたこともなかった。だからこそお主の妻であり続けるために精進を続けていかねばならない身であると思っている。今はまだ至らぬ点も多々あるだろうが、容赦して欲しい」

「至らないだなんてそんな……どう考えても僕の方がいつ見限られてもおかしくないような立場なのに」

「誓ってそのようなことはあり得ぬ。コウヘイの己を見る目の無さを正すための堂々巡りはいつものことだが、私達はまだ新たな生活を始めたところだ。互いに手探りの部分もあるだろうが、私達なりにやっていければよいと思う」

「……はい」

 いや、この場合の返事は『はい』でいいのだろうか。

 アイミスさんより僕の方がもっと男女関係の正しい在り方なんて分からないし、手探りとは言うが交際期間ゼロで結婚同棲という凄まじい急展開を当たり前の様に受け入れてしまっている時点でもうどこから慣れていけばいいのかもさっぱりである。

 これがアイミスさんの言う『私達なり』のペースなのであれば僕は付いていくだけでも必死すぎて、ジャックと話したことで取り敢えず腹を括るところまではいったもののそれすらもどこで発揮すればいいものやら。

 やれやれ……そういう風に考えてしまっている時点で色んな意味で先は遠そうだ。

 本当にいつかその甲斐性とやらが身に付く日がくるのだろうか。

 答えも分からない自問を胸にもう一度心の中で溜息を吐き、そんな自問自答を繰り返しながら買ったばかりの野菜を手に外に出ていくアイミスさんを見送るのだった。

 


          ○


 すっかり日も暮れた頃。

 テーブルに並べた皿も大方が空になり、僕達の夕食も丁度終わりを迎える。

 いくら喫茶店で働いているとはいえ手を込んだ物を作れるほど料理の腕があるわけでもないので今日は刻んだ根菜をたっぷり入れたスープにトーストしたパン、主菜として鶏肉をソテー風に焼いた。

 二人揃って食が細いので十分というか、むしろパンの量が多くなってしまっていたせいでもうお腹が一杯だ。

 それから僕は洗い物をして、その間に風呂の用意をしてくれたアイミスさんと湯が沸くまでの時間を食後のティータイムとして過ごすことに。

 二人並んでソファーに腰掛け、入れ立ての紅茶を手に交わす会話はどうしたって明日からのことになる。

 天界。

 それが何なのかも想像すら付かないけど、僕とアイミスさんにジャックとラルフを加えた四人でそんな未知なる場所へと乗り込み神を討つ。

 戦争だとか魔王軍だとかよりも余程現実味がないというか、想像しか出来ないことが現時点で危機感や恐怖を抱く感情を阻害しているという具合だろうか。

 当然過ぎて泣けてくるぐらいに当然のことながら危険だらけで、また争いが繰り広げられて、命懸けの時を過ごすことになるのだろう。

 相手にするのは神。

 信仰上の偶像ではなく天界の支配者としての肩書きのようなものであるらしいが……従順であったかどうかは別にしてもあのAJやキャミィさんをも支配下に収めるだけの存在。

 どう考えても魔王討伐の旅……まあシェルムちゃんなんだけど、ほとんど同じ面子で挑むにしても確実にあの時以上の危険と困難が待ち受けているはず。

 もう何度目になるのだろうか、こうして皆で無事に帰って来れますようにと祈るのは。

 頼もしすぎる程に頼もしい仲間が一緒だとはいえ、いつどの挑戦も簡単だったことはない。

 今から不安に駆られネガティブになってもしかたがないとはいえ、心の準備と自分に果たせる役割を全うしようという意志と決意だけはなくさないようにしよう。

「そろそろ湯も溜まった頃合いだろう、茶の時間はこの辺りにしておこうか」

 さて、果たして今回はどんな冒険になることやら。

 そんな台詞で一人脳内会議を締め括った時、かちゃりと音を立ててカップをソーサーに置いたアイミスさんが立ち上がった。

 もうそんなに時間が経っていたのか。

「そうですね、では僕は……」

 と、同じく立ち上がり使った食器を洗おうと思ったのだが。

「洗い物は私がやっておく、コウヘイは先に入っていてくれ」

「悪いですよそんなの。アイミスさんがお先にどうぞ」

「何を言うか、食事の用意もその後の片付けもお主がしたのだぞ。何もかも任せきりでは私の気が済まん。さあ、遠慮などしてくれるな。一番風呂は亭主の特権だと相場が決まっている」

 そう言ってアイミスさんは両手を僕の背中を添え、浴室の方へと歩かせようとしてくる。

 亭主って……と思いつつも、いつまでも譲り合っていてもきりがないので今日のところはお言葉に甘えることにした。

「分かりました、ではお先にいただきます」

 それだったらレディーファーストという言葉もあるのでは?

 そんな指摘も堂々巡りになるだけだと口にするのを思い留まり、歩き出す背中に『うむ』という満足げな返事を受けながら僕は一人風呂場へと向かうことにした。


          ○


「ふわぁ~」

 心地よい温もりが全身を駆け巡り、何とも言えない脱力感を生む。

 檜風呂……というわけではないのだろうけど、何となく雰囲気がそんな感じの木製の浴槽にはやや熱いぐらいのお湯が並々と張られていて、新品ならではの木の匂いも相俟って心身が癒されること山の如しだ。

 家の大きさに比例して浴室もとても広く、背が高くもなければ体も華奢な僕なら三人ぐらい並べそうなサイズであるため目一杯に足を伸ばせるのも素晴らしい。

 自分でもジジ臭いと思ってはいるのだが、どうしても無意識に声を漏らしてしまうんだよなぁ。

 きっと温かい湯船に浸かっている時と暖かい布団にくるまっている時というのは人にとって何にも勝る安らぎであるに違いない。

「はぁ……」

 このまま眠ってしまえそうなぐらいに気持ちいい。

 ああ、そういえば寝不足な上に昼寝の予定も結局なくなってしまったんだっけか。

 そりゃあくびも漏れるはずだ。

 とかなんとか勝手に自己完結していた時、浴室の引き戸がカラカラと大袈裟な音を立てた。

「コウヘイ、入るぞ」

「あ、はい」

 脱衣所から呼び掛ける声に反射的に言葉を返す。

 湯加減でも確かめにきたのだろうかと慌てて下半身を手拭いで隠した上で返事をしてみたのだが、ほとんど間を置かずして現れたその姿にはただただ絶句するしかなかった。

 本当にどういうわけか、アイミスさんも全裸なのだ。

 しかも男が持つ物と同じハンドタオルぐらいの面積しかない小さな手拭いしか持っておらず、それでいて一切体を隠す意図はないらしく腕に引っ掛けているだけであるせいで何もかもが露わになった状態である。

「な……えぇぇ!?」

「異性に肌を晒すのは初めてなので少々恥ずかしいが、お邪魔するぞ」

 僅かに恥じらいの色を浮かべながらも、アイミスさんは微笑を称える。

 戸惑いと羞恥心からむしろ僕の方がタオルと腕で出来るだけ体を隠し浴槽の端まで後退ってしまっていて、そうありながらも無意識にその体に見入ってしまっていた。

 決していやらしい意味ではなく……いや、同年代の、それも絶世と言って差し支えない見目麗しい女性が裸で目の前にいるのだからそれを意識しないと言えば嘘になるが、それを除いても見惚れてしまうだけのものがあるのだ。

 本当に胸部以外に無駄な肉が一切無い細く締まった四肢や胴は何の他意もなく綺麗だという感想を抱かされる。

 それは勿論外見の良さや銀色の髪が相乗効果を生んでいる部分もあるのかもしれないが、どうあれ何かもう芸術の域なんじゃないかとさえ感じるレベルだと言えた。

 うん、人の肉体を冷静に分析している場合ではないよね。

「えと……あの、ど……どうして?」

「新婚なのだから仕方ない部分もあるのかもしれぬが、女としてはまだまだ未熟だと言われてしまってな。私とて良き妻でありたいと強く思っている、だからこそ夫婦としての心得をしっかりとご教授いただいて、こうして勇気を出してみたというわけだ。曰く『夫婦なのだから同じ家で暮らして、一緒に食事を取って、一緒に風呂に入って、同じ布団で寝る』それが大前提なのだと。そして『言うまでもなく夜の営みこそが何よりも重視すべきものであり、少なくとも二,三日に一度は愛を確かめ合わなければ妻失格である』とのことだ」

「ちなみに……ご教授いただいたというのはどなたから?」

「アネット様と、偶然居合わせたアルス殿だ」

「…………」

 だからなぜよりによってその二人に!

 一番参考にしちゃ駄目な二人だよ。

 特にジャックは絶対面白半分だよね、というかアルスさんは本当に毎度毎度偶然居合わせたの?

「だが、一つコウヘイには謝らねばならぬことがあるのだ」

 色んな意味で頭がくらくらし始めてきた辺りで桶に汲んだ湯を浴びたアイミスさんは湯船に、言い換えれば僕の隣にゆっくりと腰を下ろした。

 なぜかやけに神妙な顔で。

「ど、どうしたんですか? というか、謝らないといけないことというのは?」

「うむ、心から申し訳ないと思うのだが……一つ我が儘を許して欲しい」

「はあ……何なりと仰っていただければ」

「子作りはこの旅が終わってからにして欲しいのだ」

「ぶっ……」

 こ、子作り!?

 急に何を仰っておいでで!?

「私達はこれから天界に足を踏み入れ、神々に挑むことになる。過酷な戦いになるだろう、どれだけ続くかも分からぬ。そんな時、子を宿していることを理由に体調を崩したりしてしまっては足手纏いになりかねない。これもまた人類の未来を左右する戦いであるならば、人々のためにも仲間のためにも万全の状態で臨みたいのだ」

「子作りって……あの、そんなに慌てるものではないのでは」

「ふむ、そういうものなのだろうか。男は愛する女に自分の子を産んで欲しいと思うもので、女は愛する男の子を産みたいと思うものだ、とも聞いた。そして確認されるまでもなく私はコウヘイの子を産みたいと思っている。だからこそこれは私の我が儘だと思っているのだが……」

「あのですね……例え夫婦であってもそこまで急いで子供を作る必要はないんじゃないでしょうか。世の中には子供が出来たから結婚するという逆説もあるみたいですけど、それぞれのペースでいいんじゃないかと僕は思うのですが」

 僕十七歳、あなた十八歳。

 普通に考えれば結婚すら早すぎる、という指摘はもう意味がないのでするつもりはない。

 この世界では十五歳が成人で、結婚だろうが飲酒だろうが喫煙だろうがその歳になれば何の偏見もなく行えるのだ。

 例えば日本の戦国時代がそうであったように、戦死や病死など理由は数あれど寿命が短く長生き出来る人間が少ないからこそそういうルールになっているのだろう。

 とはいえ年齢的な問題がないからといってそう何もかも即決即断をせずともよいのでは? と言いたいわけでして、

「勿論僕とアイミスさんがどうだという話ではなく世間一般の認識として、ですけど……こうするべきだ、こうしなければならない、という固定観念に囚われていては気も休まらないでしょうし、義務として何かをしているようでは一緒にいても息苦しいだけになってしまうだと思うんです」

「そう言ってくれるコウヘイでよかった。そんなコウヘイだからこそ私は好きになったのだろうな」

「…………」

 何やら盛大に勘違いをされている気がする。

 あまりにも性急過ぎる事の流れを一旦止めて冷静な判断をしてもらおうと思っての言葉だったのに、何をどういう風に受け取ったのかアイミスさんは納得したような表情を浮かべているように思えてならない。

 いや、真横に目を向けられないので声や雰囲気で判断しただけでしかないのだけど。

「では子供を作るのは天界から戻ってからということにしよう。それは間違いなく私の無事に帰ろうという思いをより強くさせる。だからといって房事を疎かにするつもりはないから安心してくれ」

「安心というか……」

 何だか言葉を失ってばかりだけど、僕自身どう答えればいいものか分からないのだから仕方がない。

 やっぱり僕の何がこの人にそうまで言わせるのだろうかという気持ちを拭いきれないせいなのだろうか。

 僕だって何も思っていないわけではない。

 当然だ、長くはなくともどれだけ濃い時間を共に過ごしてきた。

 尊敬もしているし、信頼もしているし、何だって託せるし、女性として意識していないはずもない。

 だけど度合いに差があるというか、何がきっかけでそこまでに至ったのかが分からないというか、例え自分が知らないだけなのだとしてもそういう部分で受け入れることに抵抗を感じてしまうのかもしれない。

 そして、それが分からないのは僕がまだこの人達とちゃんと向き合えていないからなのだろうかと、今になって初めて痛感させられる。

 ジャックの言うように言い訳や理屈で逃げようとせず、嘘偽りの無い想いを真剣に受け入れることが誠意なのだとすれば僕にも言わなければならないことがあるはずだ。

 裸の付き合いというと意味が変わってしまう気もするけど、都合の悪いことから目を逸らすのはあまりに下衆だと思うから。

「あの、アイミスさん」

「なんだ?」

「城でジャックに会った時、少しばかり僕がいない間の話をしました」

「ほう」

「ナディアが訪ねてきた、という話を聞いたんです」

「ああ、その件か。私も最初は驚いた」

「アイミスさんは……どう思っているんでしょうか」

「やはり、コウヘイは気を揉んでしまうか」

「そうですね、僕の世界では……この歳で結婚する人はまずいないですし、奥さんが複数いることも普通はありませんから」

「どこにでも文化やルールの違いはあるものだな。だが、はっきりと言っておく。お主が悩むことは何一つとしてない」

「……どうして、ですか?」

「マリアーニ王は言っておられた。コウヘイと共に過ごし、コウヘイに守られ、コウヘイの人柄に触れた。そしてその中で巻き込んでしまった罪悪感と助けて貰っていることへの感謝は尊敬の念へと変わり、信頼に変わり、そして愛へと変わっていったのだと。褒められたやり方ではなかったが、そうしてでもコウヘイと共に在りたかったのだと、そのために必死だったのだと、そう言っておられた。私も似たようなものだからマリアーニ王の気持ちはよく分かる」

「同じ、ですか」

「前にも言ったことがあったが、今私がこうしていられるのはコウヘイに出会えたからだ。私一人ではどうしようもなくなった時、心が折れそうになった時、進む道を見失いそうになってしまった時、それらを乗り越えてこられたのはコウヘイが傍にいてくれたからだ。だからこそ私もお主に感謝し、お主を信頼し、お主を尊敬し、お主を愛することが出来たのだ。私達はコウヘイに多くの物を与えて貰った……勇気を、希望を、人を愛する心を。こうまでも似た想いを抱いたマリアーニ王と、例えそうでなくともコウヘイという人間を知りコウヘイを好いた者とコウヘイを奪い合うことなど何の意味もなく誰の得もないことだ。もっと言えば私とマリアーニ王を妻としていることでお主をおかしいと思う者も、お主が間違いを犯していると思う者もこの世界には一人もいない、だからお主が悩むことは何もない」

 アイミスさんはそれが結論だと言わんばかりに立ち上がり、湯船を出るとそのまま体を洗い始める。

 うだうだと愚痴を溢すことで僕が余計なことを考えるのを阻止してくれた、確認するまでもなくそんな態度だった。

 ジャックと話した後もまだ残っていた黙っていたことで騙すような格好になってしまったことへの罪悪感とか、自分が不義を働いているような気になってしまうことが生む自己嫌悪とか、そういう心に引っ掛かっていた物が少し軽くなった感じがするのは『許された』ということが大きな原因なのだろうか。

 まだまだこの世界のことも、大人になるということの意味も、男女のことだって知らないことだらけだけど、こうやって前向きに考えようと思わせてくれるのはいつだって身近にいる仲間達のおかげなのだから情けないというか男らしくないというか……駄目だ駄目だ、余計なマイナス思考を発祥させてしまってはアイミスさんの気遣いが台無しになってしまう。

 これ以上そんなことで悩むなと言わんばかりに話を切り上げたその温情に報いるためにも格好悪いことだけはしないように頑張ろう。

 口には出さずにそんな決意を胸にしながら、ついでにどうにかアイミスさんの体に目を奪われないように必死になりながら入浴の時間を終えるのだった。

 それからは個々に明日の準備をして、歯を磨いくと先程の宣言通り同じベッドで眠りに就くことに。

 セミダブル程の大きさのベッドに身を預け、蝋燭を消し暗くなった室内でしばらくが経った頃。

 風呂での光景であったり今こうして並んで寝ていることも含めた落ち着かない気分と明日からの未知なる領域への心配であったり怖さであったりという要素が混ざり合ってどうにも寝付けない中、隣で眠る女性の静かな寝息だけが耳に届く暗い室内で一人天井を見つめる。

 何度キスをしても慣れずにドキドキしてしまうし、風呂に居る間なんて心臓が爆発しそうだったし、何度そういう経験をしても慣れられる気がしないのだから自分が人として残念な奴なんじゃないかという気持ちになってくるし、結婚どころか恋愛の重みすらよく分かっていない僕だけど、アイミスさんにしてもジャックにしてもナディアにしても、せめてこんな僕を必要としてくれている人達の信頼を裏切ったり軽蔑されるような真似だけはしないようにしよう。

 そう自分に言い聞かせ、心に固く誓ってこの件について考える時間を終えようと思ったのだが……眠ろうと頭を空にしたいのにどうしても『天界』の二文字が浮かんでくる。

 どんな危険が待っているんだろう、とか。

 神と呼ばれる誰かはかつての大魔王や魔王軍の四天王よりも恐ろしい存在なのだろうか、とか。

 皆で無事に帰るために自分に出来ることは何かとか、それを何一つとして漏らさずにこなすために必要な心構えとはどのようなものだろうかとか。

 ありとあらゆる思考が絶えず湧き上がっては消え、答えを出しては修正の必要性を模索して、結局最後まで無心になることが出来ずいつの間にか眠りに落ちたのは目を閉じたまま何時間も経った後のことだった。



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