【最終章】 信じて歩むその道の先に
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サントゥアリオの港を離れた僕達はまたしても水軍基地に寄らせてもらい、そこからエレマージリングでグランフェルト王国へと帰ると休む間もなく少しの寄り道をしてまた水軍基地へと戻ってきた。
すぐにでもジャックにこの数日間の全てを説明しなければならないし、何ならその後ゆっくりと疲れた心と体を休めたいと思ってすらいるが、その前に僕にはやりたいことがあったがゆえのことだ。
そのため基地から同じ船に乗って急ぎ港に戻っている。
隣にはセミリアさんがいて、僕以上に大変な思いをしながら過ごしてきただろうに我が儘に付き合わせてしまって本当に申し訳ない限りである。
「しかし、よくそんな物があることを知っていたな。今や存在しているだけでもあり得ぬ話だというのに、まさか手にすることが現実に起ころうとは」
港へ向かう船の上、二人で海を眺めながら過ごす時間の中でふとセミリアさんが言った。
敢えて触れないようにしていたのか驚きこそすれ追求するようなことはなかったのだが、さすがにしれっと在るはずのない物を入手して帰ってきているのだから気になって当然か。
「知ったのは本当に偶然だったんですけどね。一番最初にこの世界に来た時、サミュエルさんと一緒にあの村に行ったんです。その時に偶然知って、昨日の夜にもしかしたらと思ったという感じでして」
「ほう」
「村長さんも僕のことを覚えてくれていたらしく快く譲ってくださいましたし、これを使えば間違いなく体は癒えるとも教えてくださいました。生きてさえいれば間違いなくその日のうちには回復に向かうとのことだそうです」
「ふっ、大した男だな……お主は」
「どうしたんですか急に?」
「いやなに、その度量の広さを改めて思い知らされたという話さ」
「はい?」
「気にするな、こちらの話だ。さあ、港が見えてきたぞ」
そう言ってセミリアさんは僕の背に手を当て、船首の方へと歩いていく。
サントゥアリオの軍船が場所を空けているため今や港に残る船はシルクレアの物だけになっていて、出発前と変わらず僕達が乗る船やユノの船とは比べものにならない何十倍もあろう大きな帆船が並んでいた。
「では僕は行ってきますのでセミリアさんは待っていたください」
「コウヘイ、一人で大丈夫なのか?」
「少し話をしてこれを渡すだけですから心配は要りませんよ」
「分かった、では私は船で待つ。気を付けるのだぞ」
「はい、ありがとうございます」
やがて船は港に到着した。
念のために付いていくと言ってくれた申し出を断った僕は一人シルクレアの一番大きな船の方へと歩いていく。
あちらもあちらで心身共に疲弊している上にクロンヴァールさんも体を悪くしているのだ。
押し掛けられその姿を曝すのは本意ではないだろう。一人で行けば対面が叶うかもしれない、そういう考えもあって遠慮させてもらった。
そのままデッキまで伸びる外付けの階段がある場所まで行くと、見張りとして立っている二人の兵に恐る恐る声を掛ける。
「そちらの国王に話があって参りました。グランフェルトの康平と言えば分かると思いますので、お目通りを願う旨お伝えいただけますか?」
言うと、中年の兵士達は僕の存在ぐらいは知っていたらしく特に怪しまれている様子もなく片方が船の中へと走っていった。
そのまま待つこと数分、二人になって戻って来た兵に入船の許可を知らされ、案内してくれるということなのでそれに従い後を付いていくことに。
半分迷宮みたいになっている広い船内の階段を下り、廊下を歩き、右に左にと船内を進んでいく。
「我らが主は体調が思わしくなく、床に伏しておりますゆえ個室にお通しするよう命じられております。場所柄も身なりも客人を迎えるに相応しくないかとお思いになられるでしょうが、何卒ご容赦いただきたいと言伝を預かった次第で」
という兵隊さんの言葉からするに、やはり体は依然として悪いままのようだ。
不治の毒という話だし、放っていて良くなるはずもないのだろうけど……自分がいつ死ぬかも分からない状態で異国に赴き戦の指揮を執っていたというのだからどこまでも超人的というか、キャミィさんとはまた違った意味で例え自分が死んでも、或いは死ぬ前にやらなければならないことがあるなら最後までその意志を貫き通すという不屈の覚悟が確かにそこにはあったのだろう。
誰もが命を懸け、何かを守ろうとした。
そうして行き着いた先が今この時というわけだ。
「陛下は中でお待ちです、どうぞ」
ただの一度も会話をすることなく兵士の後を歩いて二、三分が経った頃。
曲がり角や分岐点をいくつも過ぎた先にあった扉の前で足を止める。
他の全ての部屋が木製であるのに唯一ここだけが装飾が施された鉄製で両開き式の扉になっていることが入るまでもなくクロンヴァールさんがいる部屋だと理解させた。
その上ここにだけ見張りの兵士が立っていて、左右の扉を開き中に招き入れる仕草を取ったのを合図に僕は意を決してゆっくりと室内へ足を踏み入れる。
部屋の中は思っていたよりも人口密度が高く、考えずとも敵意に似た目を向けられていることが分かるピリピリとした空気が流れていた。
広い室内の中心には豪華な天蓋付きのベッドがあって、個室に居るのだから当然かもしれないが横になっているクロンヴァールさんは普段の凛々しい姿ではなく簡素な無地で灰色の服を纏っている。
そしてそれを囲むように両脇にアルバートさん、ハイクさん、ユメールさんの他に僕が会ったことがない四十前後の兵士二人が控えていて、その多くから『何しに来たんだよお前』とでも思っているのであろう心の内がひしひしと伝わってきているため非情に居心地が悪い。
「悪いが体も限界に近い、このような格好であることを許せ」
気まずすぎて飲み込んでしまった第一声の在処を見失っている内に、上半身を起こしてはいるもののベッドの上からは動く様子のないクロンヴァールさんに先手を打たれてしまった。
こうなったら行き当たりばったりで臨むしかないなもう……それって無事に帰れるのだろうか。
「いえ、お体に障らぬようにしていただければ」
「結構。して、今になって何の用だ。死に行く私を笑いにでも来たか?」
「それもいいかもしれませんね。あなたを含め、散々殺される寸前まで追いやられた僕がこうして無事でいて、あなたがそうでないというのもおかしな話です」
挑発に乗って軽口を叩いてしまったことを後悔したのは、ほとんど言い終わると同時だった。
やめろ、というクロンヴァールさんの大きな声が室内に響く。
その直前には完全に金属が擦れる音が耳に届いていて、遅れて周りに目を向けると例の初対面の二人が思いっきり腰の剣を抜いた状態で僕を睨んでいた。
それだけではなく、こちらに伸ばしかけた腕を隣に立つハイクさんに押さえられているユメールさんもきっちり視界に入っている。
「…………」
実際にはビビって動けないだけだったが、それでもどうにか平静を装っている様に見えることを願いつつ出来る限り表情を変えずに突っ立っている哀れな僕の心には『あぶねー、調子に乗り過ぎたー』という後悔ばかりが浮かんでいた。
クロンヴァールさんの制止がなければ殺されてたよね今。
そりゃ主君を愚弄されて頭に来るのは分からなくもないし、口が過ぎた僕も悪いけども、僕は一度刺されているんだからこの程度の意趣返しぐらい許されてもいいんじゃないの?
「手は出させん、何をしに来たのかは知らんが言いたいことがあるならはっきりと言え」
一連の出来事をどう思っているのか、クロンヴァールさんは特に慌てることなく変わらぬ口調でもう一度僕へと問い掛けた。
二度とこの人の前で図に乗らないと誓います。
なんて己に言い聞かせながら、今度こそ僕はクロンヴァールさんと向き合い逆に質問をぶつける。
「本当に色んなことがあって、僕達はこうして今を迎えている。その中で、あなたに後悔はありますか?」
何か言いたいことがあって訪ねて来たわけではない。
最後に顔を見ようと思ってやって来たわけでもない。
ただふと、時と場合がこんなだからこそ一度この人の心根を聞いてみたいと思っただけだ。
「自分で決めたことに後悔などしない。だが……お前は常々言っていたな、戦う以外にも道はある、と。私の目にその道は映らず、お前はその道を見つけ進んだ。私にお前と同じことが出来たなら、ジェルタール王やローレンスも死なずにすんだのかもしれないと、思わなかったと言えば嘘になろう」
「方法や考え方が違ったとしても、クロンヴァールさんはそうやって世界を守ってきたんでしょう。そうやって人々を導いてきたのでしょう。だけどそれでも、僕を信じてくれる人がいるなら、僕に助けられる人がいるなら、諦めたくはなかった……出来るか出来ないかも、正しいか正しくないかも僕などには分かりません。ただいつだって出来ないなりに必死だったというだけです。誰もがあなたと同じようになれるわけじゃない、だからといって黙って見ているだけでいたら……何も変えられないじゃないですか。なんて偉そうなことを言うつもりで来たわけではなかったんですけど、少なくとも道は一つではないのだと少しでも分かってもらえたならよかったです。赤の他人であっても、敵であっても種族が違っても、そして自分を殺そうとしていた相手であっても、争いの中にいる以上は死んでも仕方がないと割り切る強さも、屍を超えて進む気概も僕にはありませんから。なんだか自分でも何が言いたいのか分からなくなってきましたけど、聞いて欲しかったのはそれだけです。では」
本当に何の会話やらという感じではあるが、あまり長居をすると命が危なそうなので言うだけ言ってぺこりと頭を下げ、早足でその場を後にする。
と見せかけて、わざとらしくさも今思い出した様な振りをして立ち止まった。
「ああそうだ、あなたに渡したい物があるんでした。元々はこれを届けに来たのにうっかり忘れるところでしたよ」
直接手渡してはまた何を言われるか分かったものじゃないのでたまたま傍にいたアルバートさんへグランフェルトに取りに行った布で包んだ状態のそれを手渡した。
「待て、私に一体何をくれようというのだ」
「冥土の土産とでも思っていただければいいんじゃないですかね。また皆さんを怒らせてしまうと怖いので今度こそ失礼します」
言ってもう一度頭を下げ、そのまま立ち止まることなく僕は部屋を後にする。
そして兵士に外まで案内してもらい今一度港に降り立つと、今度こそセミリアさんと二人でグランフェルト王国へと帰り、辛く過酷な挑戦の終わりをどうにか無事に迎えるのだった。