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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑨ ~ファントムブラッド~】
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【第十九章】 Dead or Marry

誤字修正 下げない→上げない



 サントゥアリオ本城を離れた僕達はひとまず全員で港を目指した。

 一部の例外を除くほぼ全員が一人一頭の馬に跨り、荒野に始まり草原から川辺や谷といった自然の中を駆けていく。

 マリアーニさんがエルと、そして僕がセミリアさんと二人乗りをしていて、あとは何故かノワールさんとシロが例の(ゲート)で呼び出しているらしい巨大な鳥に乗って僕達の上の方を飛んでいるといった具合だ。

 いや、僕だって馬の操縦はある程度出来るようになっているのだけど、やっぱり熟練の人達と同じ速度でと言われると少々きついものがあるため無駄なロスを避けるためにとそういうことになった次第である。

 普通に並走していても離されていくのだから僕が少し教わって練習した程度の技術では彼らの域にはまだまだ遠く及ばないということなのだろう。

 山道を馬で走るだけでも僕には真似出来ない芸当だというのに、そんな中でも常に周囲に気を配り、警戒を怠ることなく速度を維持しているのだから恐れ入るというものだ。

 縦列を組み、特に会話らしい会話もなく過ぎていく移動時間は数百人で行軍したいつかとは違って一、二時間で終わりを迎える。

 ここからはそれぞれの組が別の船に乗ってこの国の大地から距離を置き、そこから移動用のアイテムで各地に飛ばなければならない。

 先頭を走っていたアルバートさんから無事と成功を願う旨の言葉を掛けられ、僕はセミリアさんとシロの二人とだけ個人的に再会を誓い合ったところで小型の船に乗り込んだ。

 ちなみにだけど、船の操縦は王国護衛団の人達がやってくれることになっている。

 帰ってくる際も同じ船にワープしてくるものかと思っていた僕だったが、どうやら特定の土地や建物に移動するのとは違って海に浮かぶ一艘の船に直接瞬間移動するというのは中々に難易度が跳ね上がるらしく、帰りは更に距離のある水軍の中継地となっているらしい離れ小島への帰還を経てまた船で上陸する手順を踏むとのことだ。

 それゆえにその中継地に行った経験の無い僕とユノ勢を合わせた二組と守護星の組はこのまま船でそこまで行ってから目的地に飛ばなければならない。

 基本的には他国の人間が上陸することは許されていない場所であるらしいのでそれも当然と言えるだろう。

 合同演習などで足を踏み入れた経験があるのはクロンヴァールさんとアルバートさん、ユメールさんぐらいだという話だ。

 エレマージリングは移動先のイメージが重要になる道具なだけに僕が過去に失敗したように行ったこともない場所への移動は誰にだって出来ないということらしいので遠回りをするのは致し方ない。

 まあ、偉そうに解説してはみたものの僕の場合は何度か行ったことのある場所にすら移動出来なかったんだけどね……。

「あの、一つ教えて欲しいことがあるんですけど」

 今まさに船が陸を離れようとしている時。

 ふと、とある疑問が浮かぶ。

 それはきっと考えても分からないことなので素直にウェハスールさんに聞いてみた。

「何でしょう~?」

 振り返るウェハスールさんは普段と変わらないふんわかほんわかしたにこやかな顔をしているが、心なしかいつもより優しい声色になっている気がしないでもない。

 その理由は分からないし、何だったら勘違いかもしれないのだけど。

「この国では移動用のアイテムが禁止や無効化されているからこうして船で距離を置くんですよね?」

「そうですよ~?」

「だとしたら、今僕達は海の上にいるわけですけど、なぜそこまで距離を置く必要があるんですか? 海の上に出た時点で国という領域からは出ているということになると思うんですけど、アイテムの無効化云々の適応範囲内ということになるんですか?」

 水軍基地に向かう僕達はまだしも、アルバートさん達を乗せた船も普通に前の方を進んでいて、デッキにはその姿が見えている。

「国土に施された魔法陣が効果を及ぼしているわけではないんですけど、近すぎると駄目という意味では同じことなんですよ~」

「というと?」

「あれを見てください~」

 律儀にも解説してくれるウェハスールさんは進行方向の右側、遠くを指差した。

 目を凝らしてみると、随分と高さのあるポール状の何かが立っているのが目に入る。

 この港を使うのは何度目かになるが、ああいった物が存在していることを認識したのは初めてのことだ。

「あれは海や山などに設置する魔法陣の中心であることを意味する柱なんですね~。分かりやすく言うと、海は海でしっかりと同じ対策がしてあるということです~。海に出た瞬間に移動具が使用可能になるなら不法入国も簡単に出来てしまいますからね~」

「なるほど……言われてみれば当然ですよね」

 近場の海までワープして来てそこから上陸すれば防ぐ術がない、なんてシステムでは穴だらけ過ぎるという話だ。

 そういうのを監視するために港に兵が大勢配備されているという面もあるのだろうが、それだけで全方位に目が届くはずもない。

 領海という扱いなのかどうかはともかく、国土から一定の距離内には海上であろうと同じ対策がされているということらしい。

 少し考えれば分かりそうな理屈でこそあれど、海の中にまで魔法陣を作れるとか僕は知らなかったわけだから無理もないということにしておこう。

 無知と思われるのはまだしも馬鹿と思われるのは遠慮したい年頃なのだ。

 そんなちっぽけなプライドも、結局そういった対策がこの国に限った話ではなく移動用アイテムを全面的に禁止している国のみならずどこの国でも例外なくやっていることだという補足を聞いて崩れ去ったわけだけど。

「それでは神父さんは到着までお部屋でお休みください~。見張り等々はこちらでやりますので~」

 知識吸収の質問タイムが終わり、僕達を乗せた船が陸地からそれなりに遠ざかってきた頃。

 マリアーニさんにじゃれついているエルを除いてどこか緊張感のある空気が蔓延し、誰もが暢気に世間話をする場面ではないと思っているのか沈黙が広がろうとするデッキにあってウェハスールさんがポンと手を叩いた。

 誰一人例外なく今後の人生を左右しかねない重要な役割を担うための船路なのだ。

 どうしたって気を緩めることなど出来やしないし、色んな意味で先行きが不安になったり昨日の事が払拭出来ずに気分は重たくなる一方だと言っても過言ではない。

 だからといってネガティブな発言をしたり雰囲気を悪くしたりする者はおらず、むしろそれぞれがそうしないために気を遣っているのが分かるぐらいですらある。

 だからこそ今ばかりはエルの無邪気な振る舞いもありがたく感じるし、逆に重苦しい空気にしないために一人だけ遠足気分でいる風を装っているのではないかとさえ思いそうになったが、残念ながらどれだけ贔屓目に見てもあの子がそんなことまで考えている可能性はなさそうだ。

「ではお言葉に甘えさせていただきましょう」

 神父さんも変に遠慮することの無意味さを分かってか、微笑を以て謝礼としウェハスールさんに促されるままに操舵室の後部にある個室へと消えていく。

「エルは外で見張りをしておいてくれるかしら? そう長い時間ではないと思うけれど、念には念を入れておいた方がいいでしょうから~」

「オッケー」

 力強いサムズアップを返し、エルはそのままマストの上の見張り台へと飛んでいく。

 当たり前のように真上に浮いていけるのだから改めて見ると便利な(ゲート)だな。

「さてさてコウちゃん」

「はい?」

 遠ざかっていくエルを見上げていると、横でウェハスールさんが僕の名を呼ぶ。

 何か僕にも仕事があるのだろうか。

 ただ到着を待っているだけよりは気が紛れるだろうし、もしそうなら正直助かるのだけど。

「コウちゃんがフローレシアに出発する前にした話を覚えていますか~?」

「……えーっと」

 何を話したんだっけか。

「大事な大事なお話がある、確かにそう伝えましたよね~」

「ああ、言ってましたね。それは、はい、覚えてます」

「今から三人でそのとーっても大切なお話をしようと思います。お姉ちゃんの話を真剣に聞いてください」

「はぁ……」

 なんだろう、随分と改まった感じだけど。

 というかお姉ちゃんとか言ってる時点で真剣味が薄れている気がするのだが……いつまでその姉弟設定を続けるんだろう。

「姫様もよろしいですね~?」

「ええ、大丈夫。ケイトの言う通り……女は度胸、だものね」

「ですです~」

「……度胸?」

 一体何に度胸が必要なのだろう。

 さっぱり意味が分からずマリアーニさんに視線を送ってみるが、どういうわけか思いっきり目を逸らされた。

「ひとまずわたし達も部屋に入りましょうか~、話はそれからにしましょう~」

「いや、あの、全然言ってることが分からないんですけど」

「ほらほら、コウちゃんも質問は後にしなさい。まずはお部屋にゴーです」

 そう言ってウェハスールさんは僕の背中を押し、部屋の中へ誘導する。

 何そのテンション、普通に不自然じゃない?

「それで、えーっと……どういう話なんでしょうか」

 されるがままにもう一つの個室に入ると僕が備え付けの木製の椅子に、ウェハスールさんとマリアーニさんが並んでベッドの上に腰掛けた所でもう一度同じ疑問をぶつける。

 本当にどういうわけかウェハスールさんは終始ニコニコしたままだ。いや、それは普段も緊急時以外は大抵そうなんだけど。

 ちなみにマリアーニさんは表情を固くしたまま両手を膝の上に乗せて俯いているだけで全然喋らない。

「あの日、お別れする前に言った通りですよ~」

「確か……皆が幸せになれる話、とか何とか言ってましたっけ」

「その通りです~。と言っても全てコウちゃん次第なんですけど~」

「……僕次第、とは?」

「わたし達が置かれている立場や状況というものを考えると、簡単に幸せなんて言葉を口にしていい時ではないかもしれません。でも、こんな時だからこそ嬉しいこと、幸せに思えることを大事にしなければいけないとお姉ちゃんは思うんです」

「それはまあ、その通りだと思いますけど」

 いつかジャックも言っていたような台詞である。

 その考え方に同意出来たからといって結局何が言いたいのかは全然分からないのだけど、戸惑う僕を前にウェハスールさんはなぜか右目に付けている(ゲート)を外した。

 レンズの無い片眼鏡みたいな輪っか状の門で、人の心の機微を読み取ることが出来るという代物だ。

「こんなことを言うのはとても心苦しいのですけど、このままではわたし達はコウちゃんの命を奪わなくてはいけないんです」

 脇に置かれた門を目で追っている内にウェハスールさんは唐突に物騒なことを言い始めた。

 直前までの微笑は影を潜め、どこかシュンとした表情に変わっている。

「えーっと……より意味が分からない具合が増していくんですけど、それは一体どういう意味なんでしょうか」

 命を奪うと言ったか?

 僕を殺すとかそういう意味で言っているわけではないと思いたいが……別の意味なんて一つも思い浮かばないだけに疑問と混乱が留まることを知らない状態である。

「分かりやすく説明するとですね~、先日移動の馬車の中でした話の延長なんです。姫様が何故人柱の一人であるという偽りの情報によって命を狙われる立場に追いやられているか、といった疑問の答えを口にしたのは他ならぬコウちゃんでしたよね?」

「ええ、それは覚えていますけど……」

 マリアーニさんの命を狙わせるための策謀。

 すなわち僕がキャミィさんに頼まれグランフェルト王国を離れた唯一にして最大の理由。

 それはマリアーニさんの持つ血筋であるらしい【ファントムブラッド】なる特殊な体質というか性質というか、まあそういう物の存在を危惧した天界の神による謀であるという話を確かにした。

 本来ならば本人以外は誰も知らないはずのその事実を偶然ノスルクさんの本で知っていたというだけでしかないが、うっかり口を滑らせたのも事実だ。

「あの時、姫様は言いましたね~。親族以外に知る者はおらず、誰にも知られてはならないことだ、と」

「……そう言っていましたね、はい」

 そういう掟だとか、そんなことを言っていたのは覚えている。

 あれ? ということはもしかして……、

「ひょっとして、僕がそれを知っていることが分かったから命を奪わなければならないとかいう話ではないですよね?」

「そのまさかなんですね~。コウちゃんは知らないかもしれませんが、姫様の一族はとーっても由緒正しい血筋なんです」

「そりゃまあ、ユノ王国の女王である以上は当然そうだと思いますけど……」

「勿論それもそうですし、実際にはそれ以上のという話なんですけど、それは今は置いておくとしましょう~」

「はぁ……」

「何が言いたいかというとですね~、そんな理由からそう簡単に掟破りを不問にする、というわけにはいかないということなんですね~」

「え……ということは本当にお二人は僕をどうにかしようとしているんですか?」

 今日まで命懸けで共に過ごしてきてそんな殺生な。

 いや、全然洒落とかじゃなくて。

「こーら、話は最後まで聞きなさい」

「す、すいません」

 ……僕が謝る場面なのか?

 続く言葉如何では今すぐ脱走することまで考えないといけない気がするんだけど。

 本当の意味で真剣な話をする時にはこういう間延びした口調じゃなくなっていた記憶があるだけにどこまで本気なのかがはっきりしない分だけ余計に対処に困る。

「わたし達だってコウちゃんを殺したくはありません、当然です。姫様にとっては恩人ですし、わたしにとっては大事な弟ですから」

「…………」

「かといってわたし達がそれを理由に掟を破りコウちゃんを助けたところで他の誰かが力尽くで守らせるだけの話になってしまうでしょう。それが姫様の生まれた家柄の大きさというものなんです。ですが!」

「っ!」

 急に大きな声を出され、体が跳ねる。

 もはや全てに対して正しいリアクションなんて分かりやしない。

 そもそもマリアーニさんが強張った面持ちのまま何も言わないでいるのも妙な気がするし。

「そうしなくて済む方法が一つだけあります」

「……というと?」

「簡単な話です~。身内であれば許されるのであれば、姫様と身内になればいいんですよ~」

 ここにきてまたにこやか度が増すウェハスールさんの言わんとすることはいまいち理解に苦しむが、もしや僕にマリアーニさんに仕える家臣になれとでも言うのだろうか。

 精一杯考えた結果そんな答えに行き着いたのだが、どうやらその解釈は全然違っていたらしく続いた言葉が急激に話の方向を変えた。

「まだ分かりませんか~? 率直に言ってしまえばですね~、コウちゃんと姫様が結婚すればいいんです」

「…………………………はい?」

 何だって?

「そうすれば全てが丸く収まると思いませんか?」

「いやいやいやいや……なんか色々とおかしくありません?」

「なぜですか~? わたし達がコウちゃんを助けたくとも、掟に関してはわたし達に決定権はありません。だからこそコウちゃんに生きていてもらうためにわたしと姫様で考えた起死回生の案ですよ~?」

「僕はともかく、そんな理由で結婚させられるマリアーニさんが不憫過ぎるでしょう。そりゃ言うまでもなく僕だって死にたくはないですけど」

「心配は要りませんよ、姫様も納得済みですから~。どこにどんな理由があろうともコウちゃんを死なせてしまえるはずがありませんからね~」

 おかしい……色々とおかしい。

 どこがおかしいかと言われれば全てがおかしい、おかしくない部分が見当たらないぐらいにおかしい……気がする。

「ウェハ……じゃなくて、姉さん」

「はい~?」

「なんか企んでません?」

「企んでますよ~?」

「ええぇ……認めちゃうんだ」

「何か言いたげですね~」

「当たり前じゃないですか、むしろ言いたいことだらけでどこから手を付ければいいのか困るぐらいですよ。さっきも言いましたけど、そんな理由で結婚なんてマリアーニさんに失礼でしょう」

「本当にそう思いますか~? 本当の本当に??」

「ど、どういう意味の笑顔なんですかそれは……」

 笑顔にも限度があるだろうというぐらいの表情に、よもや怒っている時の方じゃなかろうかとたじろいでしまう。

 しかしウェハスールさんはそのまま目を逸らし、隣に座るマリアーニさんを見た。

「さ、姫様」

 目を合わせる二人にどんな意思疎通があったのか、マリアーニさんはコクリと頷くと立ち上がり僕の前まで来た。

 一瞬恥ずかしそうに視線を泳がせるも、すぐに決意じみた表情で僕を真っ直ぐに見る。

「あの、王子っ」

「はい……というか、前から聞きたかったんですけど、なぜ王子?」

「コウちゃん、そんなことは今は気にしちゃ駄~目。姫様のお話をちゃんと聞きなさい」

「…………」

 そんなこと、で済ませていい問題かなぁ。

「わたくしは……王子を死なせてしまいたくありません、何があろうとも」

「そう思っていただけるのはありがたいと思いますけど……」

「褒められたやり方ではないのは重々承知しています、それでも……わたくしも本気なのです。どうかわたくしを王子の伴侶にしていただけませんでしょうか」

 顔を真っ赤にしながら、マリアーニさんは深く頭を下げる。

 仮に僕がマリアーニさんと結婚すること以外に生き延びる方法がなかったとして、その場合頭を下げるのは僕の方なんじゃなかろうか。

 なぜ逆に頭を下げられているんだ?

「あの……ほ、本当にマリアーニさんも納得済みなんですか?」

 未だ頭を上げないマリアーニさんではなく、ウェハスールさんに目を向けると、

「というよりも、姫様のこの想いを叶えるためにこじつけで掟云々を持ち出してみました~」

「こじつけって言っちゃってますけど……」

「だからといって掟の存在も中身も決して嘘というわけではないんですけどね~。それはさておきコウちゃん、姫様の今のお言葉に対する返答はいかに?」

「いやぁ……そう言われましても」

「駄目、でしょうか」

 顔を上げたマリアーニさんは泣きそうな顔、というよりも既に潤んだ目をしている。

 悪いことをしているわけではないはずなのに恐ろしいほどに良心が痛んだ。

「そうじゃないんです。別にマリアーニさんが嫌だとか、そういう話じゃなくて大前提として僕の歳で結婚なんて……いや、この世界では成人の基準が違うんでしたか。それにしたって僕がこの世界の人間じゃないことはお二人だけは知っていますよね? そもそもマリアーニさんは一国の王なわけで、僕が死ぬとか死なないとか、結婚するとかしないとかを今この場で簡単には決められないと思いますし、決めていい問題でもないと思うわけですよ」

 かつてサミットの関係で共に旅をした時のことだ。

 嘘が通じないということを知り、とある一悶着の収拾を図るために僕が別の世界から来ていることをこの二人にだけは明かしている。

 のだが、

「立場だとかどこの世界から来ただとか、そんなものは些細な問題ですよ~コウちゃん。大事なのは気持ち、それだけです。姫様は命を狙われ誰一人として味方の居ない状況で必死になって助けてくれたコウちゃんに惚れてしまったんです。二人はきっと良い夫婦になります、お姉ちゃんが信用出来ないかしら?」

「だから、良い夫婦になるかどうかとか、姉さんを信用するしないとか、そういうことではなくてですね……」

「お、王子っ……わたくし、良き妻になれるよう精一杯努力いたしますっ。どうか傍に置いてくださいませ」

「あ、頭を下げないでくださいって」

 そんなことをされては説得だとか、誤魔化す方法を考えることへの罪悪感が増していく一方である。

 交際期間ゼロでいきなり結婚というのがまずおかしい。

 そして一介の高校生である僕が一国の女王に結婚を申し込まれているのもおかしい。

 そもそもこのタイミングでそんな話になるのも絶対におかしい。

 なのに、一対二の状況がそれを指摘させない空気を作り出している。

「コウちゃん、選択肢は二つに一つです。姫様と夫婦になり皆が幸せな未来を歩むか、それを拒否し亡き者になるか」

 ああ……出発前に言っていた『みんなが幸せになれるとーっても大事なお話』というのはそういう意味だったのか。

「冗談めかしてはいますけど、掟その物は決して作り話というわけではありません。わたし達がコウちゃんを庇おうとしたところで姫様のお母様が知ればまず間違いなく命を奪われることになるでしょう」

「……仮にそうだとしても、お二人がここだけの話にしてくれれば回避可能なのでは?」

「そんなことをすればコウちゃんに断る口実が出来てしまうでしょう?」

「なんでそうちょいちょい雑なんですか。せめてそうする以外にどうしようもない状況を演出してくれれば諦めも付いたかもしれないのに。所々で理屈ではなく感情論が混ざっているから余計に対応に困っているんじゃないですか」

「そうしてしまうとコウちゃんを完全な嘘で貶めることになってしまいますからね~。コウちゃんのお姉ちゃんとして、それはしてはいけないと思うんです~」

「いや、だったら最初から……」

「それでも姫様が生まれて初めて抱いた恋心を、一世一代の恋を成就させてあげたいのです。今この状況であったり、姫様の置かれた立場を考えるとゆっくりと関係を育むことは難しいでしょう。だからこそ姫様が後悔しないのならばと二人でじっくりと話し合って決断したんです。コウちゃんは姫様がお嫌いですか~?」

「嫌う理由なんてないですし、僕は嫌いな人のために命懸けで戦うほど正義感溢れた人間ではないですよ。数日を共に過ごして優しい人だということも知りましたし、言うまでもなく外見もお綺麗ですし、むしろ僕なんかとは到底釣り合わないお方であるという以外に認識のしようがないぐらいです。僕が言いたいのは好き嫌いの問題ではないという……」

「なら何も問題は無いということですね~」

「すいません、せめて最後まで聞いてください。色々と問題だらけな上にここまでの遣り取りでは何も解決していない気しかしないんですけど」

「さっき言った通りです。コウちゃんが何者であろうと、誰かと添い遂げることが出来ない理由にはなりません。そしてこれも言いました、お姉ちゃんを信じなさい。お二人は必ず良い夫婦になります、絶対に後悔するようなことにはなりません。お姉ちゃんが保証しちゃいます」

「王子……ケイトの言った通り、わたくしもこんな時世だからこそ、後悔したくないのです。平にご容赦を、そしてどうかわたくしと契りを」

 マリアーニさんは改めて深く頭を下げる。

 駄目だ……やはり数的不利というか、女性の強さというのか、このままでは理屈や道理なんてお構いなしに押し切られてしまう。

 こうなれば僕が何を言っても駄目そうだ。

 ならば僕が取り得る唯一の手段は、

「分かりました……押し問答を続けていても埒が明かなさそうですし、だからといって自分が死ぬ選択肢なんてないのでひとまず受け入れはします。ただ、僕にも立場がありますので全てが無事に終わって、グランフェルトに帰ってからお世話になっている身近な人達に話を通した上でなければ僕個人の決断に意味はありませんので今ばかりは仮承諾という形でお許し願いたいのですが……」

 ジャックやセミリアさんに相談すればどうにかこの無茶振りを丸く収める方法を考えてくれるはず。

 それまでどうにか決定を引き延ばすことぐらいしか僕には方法がない。

 間違ってもマリアーニさんが嫌いなわけではないけど、やっぱり年齢もそうだし日本から来ているという立場を考えると結婚なんて誰が相手であっても無理なものは無理だ。

「それは勿論わたし達も承知していますよ、コウちゃんもお仕えの身ですからね~。その折にはこちらからも挨拶に伺わなければなりませんしね~」

「挨拶というか、まあ……」

 いや、ここは敢えて訂正するまい。

 言葉を濁していることを悟られてはまた追求され、この場で決断を迫られてしまうかもしれない。

 そう考えるとウェハスールさんが門を外してくれていて本当に助かった。

 といっても、それが身内や仲間の心情を覗き見てしまう行為を避けるためだと思うとその誠実さに対してあまりに不義理な気がして余計に心が痛むのだけど。

「これで一件落着ですね~。姫様、おめでとうございます~」

「ありがとう、全てあなたのおかげよケイト。王子、わたくし王子に気に入っていただけるように、大事にしていただけるように精一杯努力致します。不束者ですが末永くよろしくお願い致しますね」

 そんな僕の心の内を知ってか知らずか、二人の笑顔が同時に向けられる。

 こうして、僕は世界滅亡の危機を目の前にしながら異世界で結婚することとなった……らしい。

 いや、なってないけど。


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