表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑨ ~ファントムブラッド~】
203/331

【第十四章】 兵どもが夢の跡

10/30 誤字修正 よな→ような



 同じく王都で決闘が繰り広げられようとしている頃。

 単身本城を離れたセミリア・クルイードは東の港へと到着していた。

 海岸の縁に立ち見つめる先、大海の遠方には小さくなった無数の船が見えている。

 当初に比べ随分と離れた位置で待機しているシルクレアの船団は動く気配も攻撃の用意をしている様子もない。

 詳細は聞き及んでいないが、どうやらジェルタール王の目論見が功を奏したのだろうとセミリアはひとまず安堵する。

 隣に立つ細身で長身の男、すなわち王国護衛団(レイノ・グアルディア)副隊長の一人、シム・ホーキングはそこでようやく手に持った遠眼鏡を下げると腰に付けたホルダーに仕舞った。

 一応の備えとして監視を続けるように命じられており、長らくこの港で兵を指揮しつつ船団の動向を見張っていたが、緊急時の援護を理由に合流した異国の勇者の存在が部隊全体から僅かながら緊張感を取り除き、同じ理由でホーキングも一息吐く機会を得ていた。

「なあ勇者殿よ、一つ聞いてもいいかい」

 二人は並んで海の向こうを眺めている。

 セミリアの到着後に自己紹介と現状報告の言葉を交わして以来特に会話はなかったが、ふとした気の緩みが静寂を破らせた。

「何だろうか」

「オットーやラウニッカは無事だと思うかい?」

 ホーキングの頭には捕虜となったと伝え聞いた残る二人の副隊長の顔が浮かんでいる。

 ガローン城塞での戦闘に敗れ、敵の手に落ちたという報告を聞いてからは何の沙汰もないままだ。

「クロンヴァール王は愚かではない。この戦いがどういう最後を迎えるにせよ、双方に余計な遺恨を残すのは本意ではないはずだ。まず間違いなく捕虜に手を出すような真似はしないだろう」

「……そうか」

「心配か?」

「食い意地の張ったデブに生意気だけが取り柄の女だ、仕事がやりにくくてしょうがねえ。が、あんなでも同僚なもんで」

「そうか。キアラ殿は良い部下を持ったのだな」

 その言葉が何を意味するのか。

 今ひとつはっきりしなかったホーキングは適切な返答が見当たらず黙ることしか出来ない。

 その僅かな沈黙の間を破ったのは、突如響いた大きな声だった。


「勇者殿!!」


 どこか慌ただしい足音が近付いてくる。

 二人が振り返ると、宿舎から一人の兵士が駆け寄って来るところだった。

「一体どうしたのだ」

 何か良からぬことでもあったのだろうかと考えたセミリアだったが、それならば自分ではなくホーキングの名を真っ先に挙げるはずだとすぐに思い直したことが嫌な憶測を消し去り逆に落ち着きを取り戻させる。

 兵士は二人の前で立ち止まり一礼すると、セミリアに一枚の封筒を差し出した。

「本城より勇者殿に手紙が届いております」

「ふむ、差出人の名は?」

「それが、宛名には勇者殿の名前があるのですが差出人の名がないようで……」

「おかしな話だな。中を見てみるとしよう」

 セミリアは封筒を手に取り手紙を取り出すとすぐに目を通していく。

 全てを読むまでもなく、差出人が誰であるかを理解した。

「これは……コウヘイではないか!」

「そいつはまた……それで、何が書いてあるんで?」

 表情こそ変わっていないが、ホーキングも内心では驚きを抱いていた。

 権謀術数を用い王国護衛団を勝利に導いたのち、ワンダーの能力を以てしても連絡が取れず行方も生死も不明であると本城から合流した兵士に聞いていたからだ。

 誰よりもその身を案じていたセミリアは無事でいたことを知り安堵を抱くと共に最後まで目を通したところで驚愕の声を上げる。

「この戦いを止める手段を見つけた、と。出来るだけ早くサントゥアリオへ向かうのでクロンヴァール王を説得し無駄な犠牲を出さぬよう時間を稼いでくれ、と。まさか本当に見つけてしまうとは……やはりあの男は、不可能を可能に変えてしまうのか。いつ何時も想像を超えていくのだな、私が焦がれる男は」

 書簡を持つ手が震える。

 胸には驚愕と感嘆、歓喜や恋慕の情まで様々な思いが渦巻いていた。

 目に映る文字列が、そして沸き立つそれら全ての感情が確かな希望へと繋がり、新たな決意に変わる。

「ホーキング殿、私は急ぎ本城に戻る。構わないか?」

「是非もねえでしょう。すぐに馬を用意しろ!」

 ホーキングは手紙を届けた兵士に指示を飛ばす。

 すぐさま御意を口にし慌てて駆けていく背中を一瞥すると、セミリアは一言告げてゆるりとその後を追った。

「コウヘイも本城に向かうようだ。私は先に戻り両陛下にそれを伝える!」

 真剣な面持ちで小さく頷くホーキングに同じく無言の頷きを返し、セミリアは馬の元へと向かうとそのまま本城を目指し港を離れた。

 その道中、予期せぬ声が届けられることになろうとは知らないままに。


          ○


 場所はサントゥアリオ本城、玉座の間。

 短いながらも思いの丈を語り終えたジェルタール王は大きく息を吐いた。

 己の言葉の数々を受け取った民は、兵は、或いは異国の者達は何を思うだろうか。

 そんなことを考えつつも、どこか達観した心持ちで。

「ご苦労だったなワンダー、体は大丈夫か」

 自嘲気味な笑みを携え、ジェルタール王は側に立つワンダーの肩に手を置いた。

 どれだけ魔源石で魔法力を蓄えようとも国内全土に能力の範囲を広げる行為は無茶に他ならず、魔法力の大半を使い果たしたワンダーは疲弊した表情を浮かべている。

「は、はい。特に異変などは」

「そうか、では下がって休んでくれて構わない。じきキアラがクロンヴァール王を連れて参るだろう。ここからは……私の役目だ」

 普段とは違った優しい笑みに、ワンダーは返す言葉が見つからない。

 このまま立ち去ってしまっていいものか。

 心の中では否であると結論が出ているが、一方的に会話を打ち切るかのような佇まいに異議を唱えることが出来なかった。

 その結果ワンダーは弱々しい表情でペコリと頭を下げ、重い足取りで玉座の間を後にする。

 扉が閉まり、広い室内で一人になったジェルタール王が玉座へ戻ろうと踵を返したその時。

 背後から聞こえた、するはずのない声が足を止めた。


「見事な辞世の句でしたよ、ジェルタール陛下」


 ジェルタール王は反射的に振り返ろうとするが、意志に反して体は動かない。

 直前に背中に走った衝撃がまるで体を固定されているかの様な感覚をもたらしていた。

 同時に、胸の辺りから溢れ出て胴体を伝っていく液体が自身の血液であることを把握し、それによって背後から刺されたのだと理解する。

「が、はっ……う…………な、何…………者、だ……」

 声を出そうとしたせいか口からも血が吹き出した。

 喀血し、傷口から止め処なく流れる真っ赤な血液が合わさって見る見るうちに絨毯を染めていく。

「どうか振り返らないでください。それをされてしまうと、今すぐ息の根を止めなければならなくなってしまいます」

 背中に何かが刺さったままに、この状況には到底相応しくない淡々とした声が続く。

 抗おうにも生死に関わる傷と失った血液が体の自由を奪い、ジェルタール王は力無く膝を突いた。

「悪く思わないでください。これでもギリギリまでは待ったのですが、そろそろ時間切れです。あなた方二人の望まざる戦い、というのも悪くないシナリオなのでしょうけど、やはりあなたがクロンヴァール陛下に殺されるのも、クロンヴァール陛下があなたを殺すのも、のちのこの世界のことを考えるとよろしくない結末だと思うんですよね。それぞれが別の誰かを恨んでいた方が、いくらか救いもあるでしょう」

「何、を……言……る」

「これでも慈悲深い方だと思うんですけどね。一応はお別れを言う時間ぐらいは残して差し上げているのですから」

「ぐ……」

 もはや苦しみ悶えるジェルタール王に言葉の意味を理解する余裕はない。

 それでも背後に居る何者かは意に介する様子もなく続けた。

「これで四人の人柱がこの世を去ることになります。つまりは、ボクに課せられた役目も終わり……あとは最後を見届ければもう一つの役目も終わりというわけだ」

 独白の様に呟く声が途切れると、再びジェルタール王の背中に重い衝撃が走る。

 自身を貫いていた何かが抜き去られたのだと分かってはいても、既に振り返ることはおろか体勢を維持することすらままならず前のめりに倒れ込むことを防ぐことすら出来ない状態と化していた。

 しかしそれでも、血溜まりの中、突っ伏したまま動けずにいながらも薄れ行く意識は未だ残っている。

 後ろに居た何者かが遠ざかっていく気配を感じているその頭で、確かに聞き覚えのある声の正体をどうにか思い出そうとする思考も。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ