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勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている  作者: まる
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑨ ~ファントムブラッド~】
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【第十二章】 予感



 キアラ総隊長が全軍を複数に分け、順を追って王都を囲む城壁の外へと集結さるべく動き初めて間もなく。

 必要最低限の数を残してほとんど兵の居なくなった本城の一角、玉座の間にはジェルタール王とワンダーの二人が向き合っていた。

 門番や通信兵に監視兵、或いは牢や金庫、武器庫の番をする兵が主であり手の空いている物はいない。

 それどころか侍女や大臣達までもが理由無く出歩くことを禁じられ、部屋に帰されている。

 全てがキアラではなくジェルタール王の命によるものだ。

 この後に控えている二つ(、、)の職責を滞りなく果たすべく、誰の邪魔も入らないように。

「待たせて済まなかったなワンダー」

 ワンダーを玉座の傍で待機させ、椅子を空けたジェルタール王は今し方戻ったばかりである。

 すぐに玉座に腰掛けると、「め、滅相もございませんっ」と慌てて両手を振るワンダーに懐から取り出した小さな木箱を差し出した。

 受け取ったワンダーはすぐに中身を確認する。

 入っているのは同じく小さな半透明の石だ。

「これが……魔源石、ですか」

 初めて目にするワンダーは恐る恐るその名を口にした。

 魔源石とは名前の通り、外的な魔法力の源となる凝縮された魔法力を蓄えている石のことを指している。

 主にマジックアイテムや魔法効果を持った武具、装備などの生産に用いられ時を重ねるごとに希少価値が上がっている代物である。

 凡そ魔法と名の付く物を目にすることがどの国よりも少ないサントゥアリオ共和国にあって本城に保管されていた最初で最後の一つであり、同じ理由でどれだけ希少で有効な物であっても一切使われることがないまま長い時間を経た忘れ形見と化した物だ。

 では何故この時にジェルタール王が持ち出したのか。

 それはワンダーの力を、言い換えれば能力を借りてとあるメッセージを伝えるために他ならない。

 その能力【不言の通信網シークレット・ディスパッチ】に距離や範囲の制限はないが、ワンダー本人の魔法力が潤沢ではないため長距離であったり広範囲に及ぶとどうしても長時間持続することが出来ず、そういった欠点を補うべく魔源石から直接魔法力を充填させようと考えたのだった。

「そう時間の余裕はないだろう。無理を強いるが、急ぎ魔法力を蓄えておいてくれ」

「了解しました」

 ワンダーは短く答えると、大事そうに木箱を胸に抱く。

 話が拗れる可能性が高いとあって敢えてキアラが城を出てからワンダーを呼び出したため言葉の通り、残された時間は少ない。

 キアラが全軍を配備したのち、クロンヴァール王が到着する時間に合わせて声を届ける。

 それがこれ以上の争いを起こさぬために出来る最善だと考えたジェルタール王の決断だった。

 配置完了の連絡、そしてシルクレア軍の到着。

 両方のタイミングで監視兵から連絡が来ることになっている。

 ジェルタール王はそれまでに魔法力の吸入を済ませておくようにとだけ言い付け、一度ワンダーを下がらせた。

 一度扉が閉じ一息はいたのも束の間、ほとんど入れ替わるように一人の兵が玉座の間に駆け込んで来る。

「申し上げます!」

 若い兵は玉座の傍まで駆け寄ると、跪いて声を張る。

 城内での待機を許された一人である通信兵だ。

「何事だ」

「は、たった今早鷲にて勇者殿に手紙が届きました。勇者殿は不在とのことで陛下にご判断頂きたく」

「クルイード殿に? 誰からの書簡だ?」

「それが、差出人の名前が見当たらないのです」

「ふむ……まあいい。クルイード殿は港に向かっている、至急送り届けよ」

「御意」

 通信兵は立ち上がり一礼すると再び駆け足で去っていく。

 今度こそ誰も居なくなった広い室内で、ジェルタール王は姿勢を崩し背もたれに体重を預けると改めて深く息を吐いた。

 その胸に抱くは後悔か、恐怖か、或いは開放感か。

 自らの心中を推し量れぬままに、ただジッとその時を待つのだった。


          ○


 幾許かの時が流れる。

 ジェルタール王は変わらず玉座に腰掛け、まるで瞑想の如く目を閉じ一人静かに心の準備をしていた。

 一方でワンダーは部屋に戻ると指示に従い魔源石から出来うる限りの魔法力を体に取り込み、監視兵からの連絡を待っている。

 元来気弱なワンダーの表情は日頃のそれよりも更に凛々しさから遠退いており、不安から今にも泣き出しそうにさえ映る、何かに怯えているかのような顔を浮かべていた。

 全ての原因はジェルタール王から託された役目にある。

 それこそが魔法力を蓄える運びとなった理由であり、こうして待機している間にその意図にとある可能性を見出してしまっては冷静ではいられなかった。

 ワンダーの能力を使い、国内全土に王の声を代弁する。

 それがキアラにすら知らせてはならぬと言い付けられた大事な役目だ。

 広い国内全域に、その無茶を通すために魔源石を用いた。

 そうまでしてジェルタール王は何をしようとしているのか。

 この差し迫った状況で全ての民に伝えたい言葉とは一体どのようなものなのか。

 他国の侵攻に心中穏やかではおれぬであろう民の不安を拭うためのメッセージだろうか。

 それとも予断を許さぬ状態ゆえに一応の注意喚起をしようとしているのか。

 或いは……と、そこまで考えてワンダーは一つの結論に辿り着いた。

「…………」

 ベッドに腰掛けたまま、ドキリとした形相で無意識に鼓動の早まる胸を押さえる。

 考えすぎだ。

 そんなわけがない。

 無理矢理に何度も繰り返し自分に言い聞かせようとするが、到底不安は拭えない。

 或いは、別れの言葉(、、、、、)なのではないかと思い至ってしまうと、どれだけ前向きな考えを植え付けようとしても逆にある種の恐怖感が増していくばかりだった。

 キアラに相談すべきではないのか。

 それがワンダーの頭に真っ先に浮かんだ逃げ道だったが、やはり国王の言い付けを破る度胸は持ち合わせておらず。

 悩んでいる間に部屋を訪ねてきた通信兵により否応なく答えを知る時を迎えてしまうのだった。

 通信兵に大袈裟な礼を述べ、重い腰を上げるとワンダーはすぐに玉座の間に向かう。

 余計な事を考えてはいけないと雑念を振り払う意味で何度も首を振り、その度に表情を作り直しながら。

 やがて王の待つ部屋の前に到着すると三度扉を叩き、反応を待って室内に足を踏み入れた。

 そこには先刻部屋を後にした時と同じくジェルタール王一人が玉座に座っている。

 ワンダーは一礼し足を進めて傍に寄ると、すぐに報告を口にした。

「ジェルタール陛下、全軍の配備が完了したと連絡を受けました」

「思っていたより時間が掛かったように思うが、何か聞いているか?」

「ご命令通りすぐに監視兵へ確認しましたが、滞りなくとのことです」

「そうか」

 短く答えるとジェルタール王はそれ以上掘り下げる気はないらしく何も言わない。

 ワンダーも同じ疑問を抱いていたが人数が人数だけに多少の誤差が生じるのは無理からぬことだと深く考えることはせず、監視兵本人が何も報告しなかったのだから問題が起きたなどということはあるはずがないと思い込んでいた。

 事実として、その報告は偽り(、、)である。

 城を出る段階でクロンヴァール王との決闘に臨むことを決めていたキアラは予め監視兵に命令を下していたのだ。

 許されざる一騎打ちを王に隠しておくために、完了の報告を少しばかり遅らせて行うようにと。

 それゆえに、二人はとうに全軍の配備のみならずシルクレア軍の到着、及び捕虜の解放が完了しており今この瞬間にはクロンヴァール王とキアラが死闘を繰り広げていることを知らない。

「ワンダー、魔法力は問題ないな」

 今やジェルタール王に僅かな違和感や異変を汲み取る余裕はなく、すぐに無駄な話題を取り払うと意を決した目をワンダーに向ける。

「は、はい。出来る限り蓄えています、範囲を国内全土に広げてもある程度の時間は保つかと」

「では始めるとしよう。先にも言ったことだが、私の言葉をありのまま届けてくれ。どのような内容であってもだ」

「は、はい……」

 久しく見ぬ王の鋭い眼差しにワンダーは首を縦に振ることしか出来ない。

 そして命令に従い、迷う心の内と増大していく不安を押し殺して王の言葉の全てを国内全土へと届けるべく能力を発動するためゆっくりと目を閉じ魔法力を解放した。



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