ボス部屋
「ほら、置いてくよ!」と叫ぶリィンの背中を追いかけながら、俺は慌ててスマホのカメラを向けた。
「おーい待ってくれよリィンちゃん!w ……ってなわけで皆さん、リィンちゃんのやる気が大復活したところで配信再開でーす!w」
画面に躍り出たコメントの勢いは、さっきのシリアスな空気を吹き飛ばすように加速していく。
『リィンちゃん耳まで真っ赤で草』
『ハヤトの営業スマイルに騙されるなリィン!w』
『でも今の励まし方はちょっと見直したわ』
「ハヤト社長、次のエリアは視界が非常に悪いです。撮影機材の破損による経費計上は認められませんのでご注意を」
エレナがランタンを掲げながら、冷静に後ろを歩く。
通路の先は、うっすらと青白い霧が立ち込める広い空間――そして、その最奥にはひときわ巨大な、禍々しい装飾が施された鉄の扉がそびえ立っていた。
「……ここが、ボス部屋だね」
リィンの声に緊張が走る。彼女は慎重に扉の隙間を調べ、罠がないことを確認すると、ゆっくりと重い扉を押し開けた。
ゴゴゴゴゴ……。
部屋の中央、不気味に輝く魔法陣の上に鎮座していたのは、体長3メートルはあろうかという巨躯を誇る【アーマーゴーレム】だった。全身を分厚い鉄の装甲で固め、手には身の丈ほどもある巨大な石の戦槌を握っている。俺たちの侵入を検知したのか、その目が赤く妖しく発光した。
「ハヤト社長、本日2回目の労災申請事案が発生しました」
エレナの声にも、さすがに少しの緊張が走る。
「ちょっと待て、カットは使えないし、魔法も出ない……これマジで大ピンチじゃね!?w」
俺がスマホを構えたまま冷や汗を流す中、コメント欄の文字がこれまでにない速度で弾け飛んだ。
『ミミックどころじゃねえガチボスじゃんwww』
『ハヤト、チート使えないのにボス戦突入!?』
『誰か! 田中! 追いスパチャで新しいスキル解放してくれ!!!w』
「あんたたちは下がってな! あたしが隙を作る!」
リィンが鋭い掛け声とともに地を蹴り、目にも留まらぬ速さでゴーレムの懐へと飛び込んだ。手にした二振りの短剣が、ゴーレムの装甲の隙間を狙って火花を散らす。
――ガキィィィン!!
「くっ、硬すぎる……!」
刃が全く通らない。ゴーレムは煩わしそうに巨大な腕を振り回し、その圧倒的な質量攻撃の前に、リィンはジリジリと後退を余儀なくされる。しかも、大振りに見えた戦槌の強烈な一撃が床を砕き、その衝撃波でリィンがバランスを崩して尻餅をついてしまった。
「しまっ――」
ゴーレムが冷酷に戦槌を振り上げる。リィンの頭上へ、容赦なく振り下ろされる死の質量。
「リィン!!」
その瞬間、俺の身体は本能的に動いていた。スマホを左手にしっかりと握り直したまま、全力で地面を蹴る。
(チート能力が切れた? だから何だ。俺をただの、ひ弱な動画編集者だと思うなよ……!)
俺は現実世界で、配信の合間に食いぶちを繋ぐためのガチの肉体労働(引っ越し業者と解体現場の掛け持ち)を何年も続けてきたんだ。クソ重い冷蔵庫を階段で3階まで運んだり、ハンマーを1日中振り回してコンクリートの壁をブチ壊したりしてきた。その結果培われたのは、異世界基準でもそこそこ通用する、無駄に頑丈なフィジカルと、重い物体を扱うための完璧な体の使い方だった。
「おおおおおらぁぁぁ!!!」
俺はゴーレムとリィンの間に割り込むと、床に転がっていた、ゴーレムの一撃で砕けた巨大な岩の破片(優に50キロは超えている)をガシッと両手で掴み取った。引っ越し業者の基本、腰を入れて、背筋の力で一気に引き上げる!
「ふんぬっっっ!!!」
豪快に持ち上げた巨岩を、振り下ろされる戦槌の軌道に向けて全力で投げつけた。
ドガァァァァァン!!!
岩と戦槌が空中ではち合わせ、激しい轟音とともに爆散する。凄まじい衝撃波が部屋中に吹き荒れたが、俺は現場で鍛えた強靭な足腰で踏み止まり、一歩も引かない。
「はぁ、はぁ……! 見たかお前ら、現場仕事を舐めんじゃねえぞ!w」
左手のスマホで自分と、呆然と俺を見上げるリィンの姿をバッチリ画角に収める。コメント欄は、チート発動時以上の大熱狂に包まれていた。
『ファッ!?!?!?』
『ハヤト、生身で岩投げてボスの一撃相殺したぞwww』
『動画編集者(物理)』
『引っ越し業者のポテンシャル高すぎて草』
「ハ、ハヤト……あんた、魔法も使えないのに、なんでそんな力が……」
リィンが頬を赤く染め、信じられないものを見る目で俺を見つめる。
「伊達に毎日プロテイン飲んでねえんだよ!w エレナ、リィンを連れて下がれ! 装甲の隙間の結合部、あそこ解体現場のボルトと同じだ。俺の生身のパワーでブチ抜いてやる!」
俺はニヤリと不敵に笑い、再び床の鉄パイプのような破片を拾い上げると、次の突撃の構えをとった。チート無しの肉弾戦。俺の異世界配信は、ここからさらに「撮れ高」を更新していく。




