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空から堕ちた民達  作者: ナパパール
My Own Prison
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7/7

第六話 下準備

ルーナと過ごす時間が、少しずつ増えている気がする。

最初はたまに会う程度だった。

それが週に一度になり、今ではほとんど毎日顔を合わせている。


やることは大して変わらない。

森を歩き回ったり、薬草を探したり。

時には食べられるキノコを探して回ったりもする。

いつの間にか私は彼女の前で肩の力を抜けるようになっていた。


少なくとも以前ほど警戒はしていない。

信用し始めているのだろう。

ルーナは優しい。

いつも笑顔で接してくれる。

毎回やっていることは同じなのに、不思議と飽きない。

むしろその変わらなさが心地良かった。


薬草についても随分詳しくなった。

彼女は異様なほど植物に詳しい。

以前、薬師を目指しているのかと聞いたことがあった。

だが違った。


親が医療関係の仕事をしているらしく、その影響で自然と覚えてしまったらしい。

本人は多少興味こそあるものの、その道へ進む気はないようだった。


そして最近では、ルーナがフィリンの家へ遊びに来ることも増えていた。

フィリンは少し呆れたような顔をしている。

だが私が村へ馴染めていること自体は安心しているのかもしれない。

二人は仲が良いとは言えない。

恐らくフィリンの王都嫌いも関係しているのだろう。

流石にルーナが私を「ルミィ」と呼び始めた時は、フィリンが飲んでいた水を吹き出して笑っていた。


あれ以来、彼はその呼び名を聞くたびに少し笑う。

何がそんなに面白いのかは分からない。


フィリンから受ける訓練も徐々に減っていた。

彼曰く、


「もう教えることがあまり無い」


らしい。


基礎さえ身につけば、あとは学校で学ぶか、実戦で覚えるしかないという。

教わったと言っても、魔力の扱いに慣れ、簡単な魔法が使えるようになった程度だ。


攻撃魔法は一つも教わっていない。

理由は聞かなくても分かっていた。

私はラフだからだ。

それでも構わなかった。


私は魔法を使えるだけで十分だった。

本当は見るだけで満足するつもりだったのだ。

それが実際に使えるようになった。

それだけでも嬉しかった。


ある日の訓練中。

不意にフィリンが尋ねてきた。


「今更だけど、歳を聞いてなかったな」


そう言いながら頭を掻く。

少し気まずそうだった。

長命種にとって年齢など大した話題ではないのかもしれない。


「今年で十四歳になります」


「やっぱりそれくらいか」


彼は納得したように頷く。


「いつから軍に入ったんだ?」


「士官学校に入ったのが八歳くらいです。その前はラフの特別施設にいました」


「……そうか」


彼は僅かに目を伏せた。

驚いているようにも見える。

やはり文化の違いなのだろう。

ラフの外では家庭で育つのが当たり前らしい。

学校も金が掛かる。

裕福な家でなければ通えないと聞いた。


「ルミナスの親は?」


不意にそんな質問が飛んでくる。


「あまり覚えていません」


答えながら、自分でも違和感を覚える。


親の名前。

普通ならすぐ答えられるはずのもの。

だが思い出そうとしても浮かんでこない。


あるのは曖昧な輪郭だけ。


顔も。

声も。

名前も。


霧の向こう側にあるようだった。


「……すみません。覚えていません」


フィリンは少しだけ表情を曇らせた。

それ以上は聞いてこなかった。


「話が逸れたな」


しばらくして彼が口を開く。


「ルミナス。君はこれから何がしたい?」


私は顔を上げる。

フィリンは遠くの山を見ていた。


「君が歩けるようになってから、本当に色々なことが早く進んでいる気がする」


静かな声だった。


「悪い意味じゃない。ただ……時間に飲まれる前に聞いておきたかった」


彼は続ける。


「俺は君を助けた。出来るなら新しい人生の踏み台になれればと思っている」


そして私を見る。


「君は良い子だよ」


少し笑う。


「慎重で、優しくて、警戒心も強い」


その言葉に胸がざわつく。


「何よりラフには見えない」


彼は肩を竦めた。


「俺にはもう普通の人族にしか見えないな。少し陰気な子供だけど」


そう言って笑う。

私は思わず目を逸らした。

嬉しかったからだ。


「……世界を旅したいです」


考えた末にそう答えた。

フィリンは予想していたように頷く。


「そう言うと思った」


彼は穏やかに笑った。


「ラフ族は探究心が強いと聞く」


「知りたいと思ったら止まらない」


「君の目もそうだ」


私を見る。


「いつも何かを知りたそうにしている」


そう言われて思い出す。

初めて街へ行った日。

私はずっと周囲を見回していた。

きっとあの時から気付いていたのだろう。


「気付いてましたか」


「当たり前だ」


フィリンは小さく笑った。

その笑顔を見ると安心してしまう。

やはり彼は優しい。


「私はどれくらいラフから離れているんですか?」


ずっと聞けなかったことを尋ねる。


「今はファーロン大陸。ザァント領の外れの村だ」


その答えに息を呑む。

ファーロン大陸。

サーベント大陸の反対側だ。


「君を助けた後、ここへ戻った」


フィリンは淡々と言う。


「その間、君には眠りの魔法で二ヶ月ほど寝てもらったよ」


言葉が出なかった。

それだけ離れていれば追跡も難しい。

今になってようやく理解できた。


「本当はもっと早く話そうと思っていたんだ」


フィリンは苦笑する。


「でも君、聞かなかったからな」


私は何も言い返せなかった。


「そこで質問なのですが――」


「君の装備だろう?」


言い終わる前に答えられる。

私は思わず固まる。


「まだあるよ」


その一言だけで安心してしまう。


私の装備。

私の武器。

私の過去。

まだ残っている。


「返してほしいとは思っているだろう」


フィリンは言う。


「だが、もう少し待ってくれ」


その言葉に私は頷いた。

彼を信用している。

なら今は従うべきだろう。


「旅立つ準備が出来たら返そう」


その言葉は、どこか約束のように聞こえた。


夕方。

訓練が終わる。


「今日はこれくらいだな」


私は魔力を使い切り、肩で息をしていた。

身体の疲労とは違う。

頭の奥が重い。

魔力切れというのはこういう感覚なのだろう。


「ルミィすごいじゃん」


ルーナが小さく拍手する。

相変わらず笑顔だった。


フィリンはまた「ルミィ」という呼び方に反応して笑っている。

本当に何が面白いのだろう。


私はルーナの隣へ腰を下ろした。

フィリンも向かい側へ座る。


「君は覚えるのが早い」


彼は言う。


「元々才能があったのかもしれないな」


素直に嬉しかった。

フィリンに褒められるのは今でも特別だった。


「明日か明後日には、本当に教えることが無くなる」


少し寂しそうに聞こえた。


「これ以上は学校か実戦だ」


「ルミィは学校行きたい?」


ルーナが聞く。

私は即答した。


「行きたくないかな」


「だろうな」


フィリンも苦笑する。


「俺も行かなかったし」


ルーナは満足そうに頷いた。


「じゃあ行こ、ルミィ」


そう言って私の手を引く。


きっとまた森だろう。

薬草採取か散歩か。

どちらにせよ変わらない。

その時だった。


「ルミナス」


フィリンが呼び止める。

私は振り返る。

彼は静かに笑っていた。


「築いた縁は大切にしろ」


その言葉だけだった。

だが、その目はまるで。

いつか旅立つ子供を見送る親のようだった。


森の中。


相変わらずルーナとの奇妙な遊びは続いていた。

遊びと言っても、やることは薬草や食材集めばかりだ。時には森の中をただ歩き回るだけの日もある。

薄々気づいていたが、これはきっと彼女なりの暇つぶしなのだろう。


「ルミィはいつ旅に出たい?」


不意にそう聞かれ、すぐには答えが出なかった。

フィリンは良い人だ。きっとこの先も彼の手伝いをしていれば、住む場所くらいはいくらでも与えてくれるだろう。

だが、いつか必ずラフは来る。


その時、フィリンを巻き込みたくはない。

ならば、彼の訓練が終わった後だろう。


「フィリンに、私の魔法を認められたらかな」


そう答えると、ルーナは小さく笑った。

彼女自身も魔法は使えるが、滅多に使おうとはしない。

魔力量が少ないのか、使える術式が限られているのか。


理由はいくつも思い浮かぶが、魔法というものは使い方次第で自分の素性を明かすことにも繋がる。だから隠しているのかもしれない。


「じゃあ、一番最初に行きたい場所は?」


「どこでも」


特に目的地などなかった。

大回りをしながら、いつかラフへ戻れればそれでいい。

もし本当にルーナが一緒に来るというなら、どう説明すればいいのだろう。


協力者だとか、現地案内役だとか。

……まあ、それは後の話だ。


「一緒に王都に行こうよ」


唐突な提案だった。

だが、悪くない。


ラフの外にある大都市には興味がある。

ルーナの話では、パラベラム王国は人族以外の種族も比較的受け入れているらしい。

ならば尚更、一度は見てみたい。


私が頷くと、ルーナは満足そうに微笑んだ。

いつも明るく前向きに見えるが、それも教育なのだろうか。


士官学校では、異国の貴族は笑顔の裏に本音を隠していることが多いと教わった。

もっとも、貴族など会いたくもないが。


しかし旅をするとなれば、色々と必要になる。

毎晩野宿というのも嫌いではないが、時には宿にも泊まりたい。


そのためには金がいる。

金を得るには働かなければならない。


盗みか。

傭兵まがいの仕事か。


今まで与えられる側だった私には、自分で何かを得るという感覚がまだ薄い。

そこから慣れていく必要があるのかもしれない。


その日の夕方。


いつものようにルーナと別れた後、私はフィリンに尋ねた。


「旅をするには何が必要ですか?」


「そうだな」


フィリンは少し考えてから答える。


「金、食糧、装備。そして、あれば人脈だな」


人脈。


私にはほとんど存在しないものだった。


「防衛術とかはどうなんですか?」


この辺りでは見かけないが、ラフの外には魔物や魔族がいると聞いている。

基礎的な戦闘訓練は受けた。

だが、それはほとんど銃を前提としたものだ。

もしフィリンが魔法を交えた戦い方を教えてくれるなら、ありがたい。

するとフィリンは真っ直ぐこちらを見た。


「それが最後に教えることだ」


視線が重い。

まるで何かを覚悟したような目だった。


「君に暴力を教えるのは良くないと、今でも思っている。だが防衛ぐらいは必要だ。そこらの魔物に殺されました、じゃ後味が悪いからな」


そうして翌日。

最後の訓練が始まった。

相変わらずルーナも見学に来ていた。

だが今日はいつも以上に視線を感じる。

観察というより、品定めに近い。


「基礎的な攻撃魔法と防御魔法を教える。どちらも小規模なものだ。そして無詠唱だな」


どうやら大規模な魔法ほど詠唱が必要になるらしい。

フィリンは掌の上に小さな火球を生み出し、野球のボールでも投げるように放った。

火球は一直線に飛び、小さな火花を散らして消える。


「今までやっていたことと大差ない。ただ今回は飛ばす。それを想像するだけだ」


そう言って庭の隅にある細い木を指差した。

私も火球を作り、投げる。

しかし軌道は大きく曲がり、木の手前に落ちた。


「着弾点まで想像しろ。別に投げる必要はない。俺は投げるイメージがやりやすいだけだ」


なら。


砲撃。


それなら分かる。

私は腕を砲身に見立てる。

火球を砲弾として射出するイメージ。


次の瞬間、火球が一直線に飛び出した。

木へ命中し、小さな爆発を起こす。

煙が立ち上るが、フィリンがすぐ風魔法で吹き散らした。


「爆発までは想像しなくても良かったんだがな」


呆れたように言う。

だが口元は少し笑っていた。


「まあ、コツは掴めたようだ」


肩を軽く叩かれる。

認められたような気がして、少し嬉しかった。


「次は防御だ」


フィリンは数歩後ろへ下がる。


「防御には主に二つある。一つは魔力そのものを盾にする方法」


彼が両手を広げると、半透明の障壁が周囲に現れる。

しかし数秒で消えた。


「無詠唱で出せるが脆いし消費も激しい。高度な障壁魔法は俺にも無理だ」


続いて地面へ手を向ける。

土が盛り上がり、壁を形成した。


「そして二つ目。大半の魔術師はこっちを使う」


壁の向こうから声が響く。


「周囲の物を盾にする方が魔力効率は良い。ただし構造は単純になる」


そう言って壁を崩した。

今度は私の番だった。


魔力の盾。

何を想像する。

マジックシールド。

エネルギー障壁。

訓練で見た防御装置。


それらを頭に浮かべながら両手を広げる。

半透明の盾が周囲を包み込んだ。

魔力がじわじわ削られていく感覚がある。

興味を持ったルーナが小石を投げる。

石は弾かれ、地面へ転がった。

彼女は面白そうにもっと大きな石へ手を伸ばしたが、フィリンに止められる。


次は土壁。


こちらは簡単だった。

ラフでは地面からせり上がる構造物など珍しくない。


扉。

ゲート。

防壁。


それらを想像すると、土は素直に応えてくれた。

盛り上がった壁を触りながら、フィリンは満足そうに頷く。


「悪くない」


そして壁を崩した。


「これさえ使えれば簡単には死なん。無理なら逃げろ」


そこで彼は少し考えた。


「後は……格闘戦か」


思わず身構える。

模擬戦をするつもりらしい。


「君がどこまでできるか知らないからな。少し手合わせしよう」


そう言って構えを取る。


「こんな状況でも魔法は使える。例えば」


フィリンの拳が飛ぶ。

確かに加速している。

だが遅い。


私でも避けられる程度に手加減しているのだろう。

私は避けながら反撃する。

拳を突き出し、その腕を加速するイメージ。

腕が押し出されるような感覚。

だがフィリンは平然と片手で受け止めた。


次の瞬間には体勢を崩されている。

速い。


「流石ラフだ」


耳元で小さく囁かれる。


「戦闘になると覚えるのが早いな」


その後も何度か打ち合った。

だが結果は言うまでもない。


関節技。

拘束術。

体重差を利用する技術。

それらは多少驚かれた。

しかし、埋められない差があった。


純粋な身体能力。

経験。

技術。


何もかも届かない。

私は何度も地面へ転がされた。


それでも受け身だけは士官学校で嫌というほど叩き込まれていたため、大きな怪我にはならなかった。

最後にはフィリンが軽い治療魔法まで掛けてくれる。

ルーナは途中まで応援していたが、私の完敗が確定すると笑い始めた。

どちらが勝っても構わないのだろう。

どうせ彼女にとっては、これも暇つぶしの一つなのだから。


「悪くない」


フィリンが手を差し伸べる。

私はその手を掴み、立ち上がった。


「もちろん、こんな戦闘にならないことが一番だ」


そう言って彼は続ける。


「だが悪くない」


そして少しだけ満足そうに笑った。


「もう俺が教えることはない」


風が庭を吹き抜ける。


「後は経験を積め。自分で考え、自分で成長するんだ」


そうして

フィリンの教えは終わった。

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