35話・いつもの日常
幽霊騎士の剣先が、鼻先を掠める。
ヒヤッとしたが、回避には成功したので問題ない。
そのまま一旦距離を取る。
幽霊騎士は盾を突き出し、突進してきた。
シールドバッシュと呼ばれる技である。
盾術の必殺技だ。
攻防一体の、便利な技である。
しかし、その攻撃は既に見切った。
シールドバッシュは前方からの攻撃には強い。
だが、側面からの攻撃はどうだ?
俺は素早くナイフを投擲する。
一見、見当違いな所へ投げられたナイフ。
幽霊騎士は構わず突撃してくる。
それこそが、フェイク。
俺は薄く笑みを浮かべ、ナイフの軌道を変える。
ナイフはぐるりと弧を描きながらカーブした。
そのまま幽霊騎士の頭に激突する。
幽霊騎士の頭部は派手に吹き飛んだ。
カランと、軽い音が響く。
幽霊騎士の頭……兜が地面に転がった音だ。
頭と胴体が切り離された幽霊騎士。
しかし、その頑強さは健在だ。
何故ならそれが、ノーマルだから。
人型モンスターに分類される幽霊騎士。
全身黒色の甲冑に身を包んだ姿だが、その正体は空……鎧そのものが意思を持った存在なのだ。
だからどれだけダメージを与えても意味がない。
鎧がくっ付いているだけなのだから。
痛みも何もない。
ただそれは、決して無敵などではない。
「琴音!」
「お任せを……サンダーレイン!」
後方に居る最愛の仲間の名を呼ぶ。
彼女は即座に魔法を唱えた。
瞬間、幽霊騎士の頭上に暗雲が出現する。
そして、そこから無数の雷が落ちた。
避ける事は絶対に不可能。
雷撃は幽霊騎士の身体を粉々に砕く。
琴音の新たな魔法、サンダーレイン。
強力な雷を雨のように降らす魔法だ。
消費MPは多いが、まさに一撃必殺。
サンダーレインを避けるには、高速で射程範囲外に逃げる以外に方法は無い。
次々と降り注ぐ雷雨を防ぎ切るのは至難の技だ。
物理的にも魔法的にも、超強力な魔法である。
幽霊騎士は砕け散り、物言わぬ屑鉄に成り果てた。
いくら倒してもくっ付いて動き出す鎧。
しかし、鎧そのものに再生能力がある訳ではない。
ならば鎧を破壊すれば、攻略は簡単だ。
幽霊騎士の残骸から、ドロップアイテムを探す。
幽騎士の盾、幽騎士の剣、そして魔石。
魔石はかなり純度の高い良質なモノだった。
売れば十万円はするだろう。
今日の稼ぎは、こんなもんか。
「トドメ、助かったぞ」
「総司さまの、援護の、おかげです」
彼女はニッコリと微笑む。
「はは、前衛が援護してちゃ、おしまいだな」
「もう、茶化さないで、ください、総司さま……」
「ごめんごめん。じゃあ、今日はもう帰るか」
「はい、総司さま」
◆
プライベートダンジョン二階層、その最奥。
俺達は今、そこで攻略を進めている。
もう少しで下への階段を見つける事が出来る筈。
階段を守るボスモンスターが配置されているだろうから、出来る限りレベルを上げておきたい。
だが、最近プライベートダンジョンへ行く頻度がどうしても下がってしまっている。
自宅が特定され、引っ越したからだ。
土地そのものの所有権はまだあるので、深夜などを狙ってこっそりダンジョンに潜っている。
「ただいまー」
「ただいま、もどりました」
引き戸を開けて玄関に進む。
現在の自宅は和風な屋敷だ。
横に広いタイプの平屋である。
二階すら無いが、横に対してはべらぼうに広い。
家の隅から隅を歩くのに数十分を要する。
と言うのも、ここら一体は山で、土地が有り余っていたので纏めて買い占めた、というワケだ。
人避けを考えた結果、こうなった。
事実、俺達の自宅は未だ特定されていない。
「直ぐに、夕飯の準備を、致します」
「じゃあ俺はその間に風呂の準備と、装備品の点検、ドロップアイテムの仕分けをしておくよ」
「お願い、申し上げます」
一旦琴音と別れる。
寝室は一緒だが、私室は別々だ。
当たり前と言えば当たり前だが。
引っ越して来たばかりの頃、琴音は自分に部屋など必要無いと言って聞かなかったので大変だった。
もう、そういうのはナシにしたい。
「ふー……」
装備を脱ぎ捨て呼吸を整える。
慣れたとは言え、ダンジョン攻略は常に命懸け。
攻略最中は興奮して気付いていないが、家に帰って落ち着くと、ドッと疲れが出てくる。
知らず識らずのうちに疲労が溜まっているのだ。
カーバンクルジュエルソードを手に取る。
この武器もボロボロだ。
そろそろ新しいのに取り替えないと。
なんて考えながら、ドロップアイテムを広げる。
魔石が三十五個、武器系が六つ。
幽騎士の剣は使えそうだ。
幽騎士の剣
ランク:B
霊力が込められた剣。
ゴースト系列の生命体に大ダメージ。
二階層の後半から、ゴースト系モンスターが多い。
戦闘でも、琴音の魔法に頼る機会が多くなっていた。
何しろ物理攻撃が効きにくい相手が多い。
誰か一人に頼り切るのは危険だ。
俺も有効打を与えたいと思っていた。
この武器はその問題を解決してくれる。
久し振りの当たりアイテムだ。
その後、魔石の換金額をおおよそ付け、金庫へ。
他の装備の手入れも怠らない。
そうだ、ステータスを確認しておこう。
最近、めっきりレベルアップしなくなったからなあ。
今日はどうだろう?
「ステータスオープン」
幾度となく呟いた言葉。
念じるだけでいいのだが、まあ、癖みたいなものだ。
[ササキソウジ]
Lv32
HP 330/330
MP 240/240
体力 52
筋力 85
耐久 48
敏捷 85
魔力 40
技能 【片手剣術・改】【投擲・改】【ウォーターフォール】【敵感知】【跳躍】【竜の叡智】【武芸者の心得】【】
SP 10
俺のレベルは、既に30を超えていた。
この域に達している者はそうそう居ないだろう。
邪竜ファブニールを倒した際に得られた経験値が、他のモンスターと比べられない程に多かった。
結果、頭一つ抜けた能力値になっている。
スキルも新たなモノを習得した。
まず、竜の叡智。
これはファブニールを倒した後、追加されていた。
スロットがそのまま増設されている。
ボスモンスターを倒した際の特典だろうか。
貰えるものは貰っておく。
効果内容は……竜系モンスター限定の鑑定スキル、竜属性の魔法、必殺技等を扱えるというものだ。
幾つか試したが、どれも強力である。
上手く使いこなせば、俺はもっと強くなれるだろう。
もう一つは武芸者の心得。
これは武器操作系のスキルの性能が向上する。
単純に戦闘能力がアップすると思えばいい。
あとはいつも通り、スロットは一つ開けている。
全て埋まってると、なんか、不安になるんだよな。
精神衛生上の都合だが、その方が不安にならず、安心して戦えるなら、馬鹿には出来ない要素だ。
さてと、ステータスの確認も終わり、と。
結局レベルは上がってなかったな。
まあいい、風呂掃除でもしよう。
「いただきます」
「いただきます」
約一時間後。
俺と琴音は共に夕飯を食べていた。
正方形の机の対面に座している。
床は畳なので、足は好きに伸ばした。
琴音は姿勢良く正座をしている。
「……」
「……」
暫く、黙々と食べ進める。
俺も琴音も口数が多い方ではない。
話題が無ければ、こんなものだ。
そして俺は、この空間が嫌いじゃない。
周りは森なので騒音もなく、精々虫の鳴き声程度。
耳障りじゃない、寧ろ心地良さを感じる。
「今日も美味いな、琴音の料理は」
「ありがとう、ございます」
なんて感じに、言葉を交わすのは一言二言。
それでも言うべき感謝の言葉は必ず言う。
それが俺の中のルールになっていた。
「ご馳走さまでした」
「御粗末、さまです」
「あ、洗い物は俺がするよ」
立ち上がろうとする彼女を制する。
「しかし」
「それくらい、俺にやらせてくれ」
「……では、お言葉に、甘えさせて、もらいます」
「ああ、そうしてくれ」
静かに言う琴音。
少しずつ、自分の意見を言うようになってきた。
良い方向に転がっている。
叶うなら、ずっと……この幸せが、続きますように。