34話・変わらない者、変わり始めた者
––––ファブニール討伐から二週間後。
世間はようやく落ち着いてきた。
ワイバーンは消滅し火災も雨の影響で鎮火する。
遺体の回収が始まり、死傷者も数え始められた。
幸い埼玉全土が戦火に巻き込まれた訳ではない。
ただ、復興は現時点では難しい。
最悪埼玉県そのものを破棄するとか。
それも仕方ない。
ファブニールが残した爪痕は、それ程大きかった。
政府は今回の事件を深刻に受け止め、ダンジョン周りの防衛と監視を強化し、周囲の住宅街は出来る限り移動するという大胆な法案を決議した。
反対意見は勿論あったが、実際にダンジョン付近に住んでいた国民は国の命令など無くとも、自ら我先にと逃げるように引っ越したので、問題は無い。
加えて冒険者の存在を改めて重要視した。
モンスターはレベル保有者でないと倒せない。
この事実が広まり、かつ確定的なものとなった。
政府は冒険者養育学校なるものの設立を宣言。
将来の防衛を担う冒険者を育成するようだ。
これにより冒険者の数が急増。
ダンジョン関連の品物は飛ぶように売れる。
その結果経済が回り、日本は更に発展していく。
ダンジョンがもたらす災厄は大きい。
だが、リスクに見合うリターンがあるのも事実。
冒険者が急増するのも無理はない。
そして、俺は––––
「総司くん、千葉ダンジョンの二階層に未確認のモンスターが現れたようだ。調査を頼みたい」
「ああ、分かった」
目黒さんがタブレットを目に通しながら言う。
最近、モンスター図鑑なるアプリが開発された。
開発元は勿論、冒険者協会。
ダンジョンに現れるモンスターの詳細が分かる。
新人冒険者の死亡率を下げる為の政策だ。
情報の有る無しは、生存率に大きく関わる。
冒険者は今や国の大事な人材だ。
彼等を無闇に死なせる訳にはいかない。
そして俺は、協会に少しばかり手を貸している。
未確認モンスターの情報収集。
これはとても危険が伴う行為だ。
俺はそれを引き受けている。
協会関係者で一番強いのは、誇張なしに俺だ。
だったら俺がやった方が、効率が良い。
新人冒険者の助けになるなら尚更だ。
「竜殺しの英雄殿なら、楽勝かな?」
「目黒さん、揶揄うのはやめてくれ……」
「はは、すまない。いやしかし、英雄とはね」
「いい迷惑ですよ、こっちは」
目黒さんの軽口に、げんなりした表情で答える。
竜殺しの英雄、現代の英雄。
俺は今、巷でそう呼ばれているらしい。
何処から聞きつけたのか、マスコミの奴らがファブニールを倒したのは俺だと公表し、祭り上げた。
連日報道関係者が家に押しかけてきて大変だった。
おかげで引っ越す羽目になる。
今は協会の宿舎に邪魔させてもらっている感じだ。
「ああそうだ。軍畑が今度、また稽古をつけてほしいと言っていたぞ」
「いや、あの人既に強いだろ」
「まあ……あいつなりに責任を感じているんだ」
俺は数日前に軍畑さんとあった。
琴音の治癒魔法で彼の傷を癒すために。
その際治った直後の彼と軽い稽古をした。
軍畑さんの戦闘スタイルは俺と似ている。
稽古とは言っても、少し打ち合ったくらいだが。
「どうだかな。俺がファブニールを倒せたのも、結局は魔剣グラムのおかげだからな」
「それでも、君は本当に英雄だ」
真面目な顔で目黒さんは言う。
さっきの調子とは違うのは一目で分かる。
そういう目を向けられるのは、まだ慣れない。
「照れるからやめてくれ、目黒さん。未確認モンスターの調査は明日でいいか?」
「ああ、別に構わんが」
「今日は大事な用があるんで」
そう言いながら、協会の事務室を出る。
「あ、そうだ––––目黒さん、例の件は?」
「ファブニールのドロップアイテムの事か?」
「そう、それ。進展はどうだ?」
「残念ながら、やはり無いそうだ」
「そうか……ならいい、また明日」
扉を閉める。
一つだけ、気がかりがあった。
ファブニールのドロップアイテム。
俺は奴を確かに倒した。
なのにドロップアイテムが発生しなかったのだ。
アイテムのドロップは確定じゃない。
追求する程の事では無いのは分かっている。
しかし、ゲーム好きとしての勘が語るのだ。
あれほどの強さを持つモンスター。
言うなれば、ボスキャラ。
ボスキャラを倒してドロップアイテムが無いと言うのは、少々不可思議だ。
それこそゲームによってシステムは千差万別。
気にする事でもない。
俺は水に流して、今日の目的を果たしに行く。
今日の目的とは––––
◆
「お」
「あっ」
二人同時に声が重なる。
場所は公園の噴水前。
集合時間まで、まだ三十分もある。
「お互い、早く着きすぎたみたいだな」
「はい。ふふっ……総司さまと、心が、通じ合ったようで、嬉しく、思います」
「はは、俺もだよ」
待ち合わせの相手は、琴音。
彼女はいつぞやの着物を着ていた。
やっぱり着物がよく似合う。
綺麗な黒髪との相性はベストマッチだ。
「じゃ、行くか」
「はい」
並んで歩く。
この通り、今日の目的は––––まあ、デートだ。
らしくないのは分かっている。
ただ、どうしても、伝えたい事があった。
当たり前だが、俺にデートの経験なんて無い。
昨夜必死で色々調べたが、まあ付け焼き刃だ。
途中でボロが出てもあれなので、なるべく自然体に……いつもの俺でいようと心掛ける。
「……」
「……」
街中を二人で歩く。
会話は無かった。
何か話題を、と思っても、上手く伝えられない。
今まで言いたい事はすんなりと言えた。
もどかしくて、だけどそれも言えなくて。
「あー、琴音は、最近どうだ? 治療師の仕事は」
「上手く、出来ております」
琴音の治癒魔法は希少だ。
埼玉邪竜事変の被害者で、とくに重症で緊急を要する人達の治癒を彼女は受け持っていた。
その為、ここ数日間は会っていない。
「そうか、なら良かった」
「総司さまの、おかげんは、どうでしょう?」
「ああ、良い感じだよ。未確認モンスターがまた発見されてな、明日も調査しに行く」
「ご無理は、なされないように……」
「分かってる、もう無茶な事はしないさ」
気付いたら上手い具合に会話出来ていた。
その後、映画を見たり、買い物をしたり。
ごく普通の、ありきたりな事をした。
それが楽しくて、仕方ない。
こんな感情を持てるようになるなんて……
そして、日も暮れ始めた頃。
俺達はあの公園に来ていた。
俺と琴音が、初めて出会った公園に。
「今日は悪ガキ共はいねーみたいだな」
「懐かしい、ですね」
「そんなに時間、経ってたっけ?」
「この数ヶ月は、琴音にとって、とても濃くて、新しいモノばかり目にした、期間、です」
「確かに、時間の流れを早く感じたな」
それもこれも、全てはダンジョンからだ。
あの日から確実に世界は変わった。
世界だけじゃない。
そこに住む人々の意識も、変わっている。
俺も、その一人だ。
「……なあ、琴音」
「はい、何でしょう?」
彼女と正面から向き合う。
夕陽が彼女を照らしていた。
俺は、用意していた言葉を紡ぐ。
「ありがとうな、こんな俺に付き合ってくれて」
「そんな……全ては、琴音の、想いです」
「琴音は、いつもそうだな」
「……?」
俺はポケットに手を突っ込む。
手に取ったのは、小さな箱。
その箱を見て、琴音は僅かに反応する。
「琴音……俺達は、お互いの過去を知らない」
「はい」
「俺は別に、お前の過去を知ろうとは思わない。逆に、お前がもし俺の過去を知りたかったら、話す」
「……はい」
「その上で、渡したい物と、言いたい事がある」
俺は、小さな箱を開ける。
中に入っているのは––––指輪。
高純度の魔石を加工して作った、特注品。
それを前に差し出し、最後の言葉を言った。
「ずっと、気付いていなかった。だけど、自分の気持ちに気付いたんだ……琴音、俺はお前の事が好きだ、愛してる。だから––––結婚を前提に、付き合って、ください」
「……!」
琴音と出会ったこの場所で。
俺は告白をしたかった。
彼女はいつも、俺を気遣ってくれた。
何かしらの理由があるのかもしれない。
未だ分からない、彼女の過去に関係があるのかも。
それでも、俺が惚れたのは、今目の前の琴音。
俺の気持ちに、変わりはない。
「どう、だ?」
「––––」
「琴音?」
「––––琴音は、嬉しく、思います」
すっと、小さな手で指輪を手に取る琴音。
「こちらこそ、ふつつか者ですが、どうか、よろしくお願いします、総司さま」
彼女は満面の笑みで、そう言った。
「琴音!」
「総司さま……ふふ」
思わず彼女を抱きしめてしまう。
柔らかい、少女の感覚。
「ありがとう、琴音。俺を受け入れてくれて」
「ふふっ。前提と言わず、今すぐにでも、結婚しても、琴音は構いません、よ?」
「いや、それは、その、心の準備がな……」
「総司さまは、変なところで、意気地なし、ですね」
いや、だって、なあ?
いきなり結婚とかは、お互い色々あるし。
まずはもっと互いを知るところから……
「……それでは、帰りましょうか、総司さま」
「ああ、そうだな」
高鳴る心臓を抑える。
彼女に聞かれてしまったかもしれない。
とにかく伝えたい事は、無事に伝えられた。
誰かに見られるのもマズイし、早く帰るか。
しかし直後、琴音の瞳が怪しく輝いた。
そして驚愕の言葉を紡ぐ。
「今日は、共に、閨に入りましょう」
「は、え、あ…………はい?」
思考がショートしかける。
閨とは、寝室の事だったと覚えている。
つまり一緒に寝ようって事?
あー、うん、成る程、そうか、そうか––––
「総司さま?」
「……か、帰ろうか」
「はい、帰りましょう」
夕陽に当てられながら、微笑む琴音。
さっきまでの怪しい雰囲気は欠片も感じさせない。
な、何だったんだ。
突然の告白にドギマギする。
告白したのは俺の方なのに。
普段清楚な雰囲気の彼女から、ああも直接的な言葉を言われると……こう、何処とは言わないが、痛い。
最後に琴音の口からとんでもない事を聞いたが……概ね、今日は予定通りの、楽しい一日だったと言えよう。
ダンジョン攻略以外でこんな感情が芽生えるなんて。
俺は、良い方向に変わっていけてるのかな。
活動報告更新しました。




