33話・重なり合う想い
「きゃっ!」
「ぐあっ!」
無理な運転の影響か。
俺と琴音はバイクから弾き飛ばされる。
しかしそのおかげで潰されずに済んだ。
俺は琴音を庇おうと、彼女を抱き込む。
二転三転しながらゴロゴロと滑る。
数秒後、ファブニールが落下した。
あれだけの質量を持った物体だ。
エネルギーは凄まじく、まるで爆風のような勢い。
風圧で全てが吹き飛んだ。
無論、俺達も。
「う……」
目蓋を開ける。
意識はしっかりとあるようだ。
次いで、両腕の感触を思い出す。
「琴音……大丈夫か?」
「はい。また、助けられて、しまいました」
彼女は気丈に振る舞う。
いや、それよりも。
「どうして、ここに居るんだ!?」
「総司さまの居る所、常に、琴音は、おります」
「いや、でも」
「……あの時、私は目黒さんに眠らされました」
目黒自衛官?
そうか、あの人は催眠魔法が使える。
それで琴音を眠らせたのか。
宮崎さんに伝えた筈が、彼にも伝わっていた。
まあでも、彼の催眠魔法なら安全かつ確実か。
「訳も分からず眠らされてしまいましたが……意外にも、早く目覚める事が出来ました」
「ど、どうしてだ?」
「恐らく、魔法に対する、抵抗力の問題でしょう」
そうか、琴音は魔力の数値がかなり高い。
だから魔法にもある程度の耐性があるのか。
「そして、何が起きてるのか、調べました」
「……」
「総司さまが、琴音を置いて行った事も」
何だ、彼女は全て知っているのか。
俺の身勝手なエゴも含めて。
虚飾は結局、剥がれ落ちるようだ。
「お前を、危険な目に合わせたくなかった。ファブニールは強い、本当に……正直勝てるかどうか……」
「……同じです」
「え?」
琴音は、両手で俺の頬を挟んだ。
そして無理矢理顔を近づけさせる。
彼女の顔が、瞳が、視界に飛び込む。
よく見ると傷だらけだ。
バイクで強引にワイバーンの群れを突破したのか?
何で、なんでそんな無茶を。
その理由は、彼女の次の言葉で分かった。
「琴音も、総司さまを危険な目に合わせたくありません! どうして、ですか! どうして琴音を置いて行ったんです!? 貴方さまだけを危険な目に合わせるなんて、琴音には、出来ません……!」
その言葉に、心の暗雲が吹き飛ばされた。
真っ青な空が広がる。
そうか、そうじゃないか。
彼女は俺の事を心配してくれていたんだ。
なのに、その献身すら俺は捨てた。
話し合う事から逃げたんだ。
危険な目に合わせたくない、なんて理由をつけて。
自分の意見を押し付けただけだ。
そんなの……酷いに決まってる。
俺はまた、間違えたのか。
「……ごめん、いや––––俺が、悪かった」
「総司さま……はい、許します」
「お前の気持ちを、無視して」
「……次からは、琴音も、怒ります」
「はは、そりゃ大変だ」
また間違えた。
けど、目前の彼女は、許すと言う。
やり直す事を許可してくれた。
やっぱり、俺は琴音を––––
「GAaaaaa! aaaaaa!」
「……はあ、空気を読んでくれよ」
自ら倒れた衝撃から回復したファブニール。
随分と怒っているようだ。
ギロリと俺を睨む。
まだ俺が生きている事が、余程気に触るらしい。
鼻息荒く、翼を広げた。
「あいつを倒さないと、先に進めないようだ」
「では微力ながら、琴音も」
「ああ、助かる」
二人して立ち上がる。
いつの間にか琴音は治癒魔法を掛けていたようだ。
傷が多少癒えている。
動くだけなら問題無い。
しかし、どうやってファブニールを倒そうか。
魔剣グラムを見る。
なにか、ヒントは無いのか……
「総司さま、その剣は?」
「魔剣グラム。拾ったんだ」
「成る程……何やら凄い魔力を帯びているようで」
「分かるのか?」
「はい、ある程度は」
琴音は魔力の感知能力に長けているらしい。
「この剣、まだ力を完全に、解放して、おりません」
「それ、本当か?」
「はい」
まだ隠された力があると言うのか?
なら、それさえ使えれば。
「GAaaaaaa!」
ファブニールが叫ぶ。
どうやら待っていてくれないようだ。
翼を大きく広げ、羽ばたかせる。
竜巻のような突風が舞い上がった。
先程の爆風で、辺り一面は更地と化している。
故に遮蔽物はなく、その威力は強烈だ。
「ウォーターフォール!」
「プラズマバリア!」
正面に水の壁を出現させる。
更に半透明でドーム状のバリアが展開された。
琴音の新しい魔法だ。
これで少しは時間を稼げる。
その間に、攻略法を見つけるんだ。
俺はもう一度、魔法グラムのウインドウを開く。
文字化けの直前まで、読み進める。
するとやはり、この文字が書いてあった。
完全解放。
琴音の言ってることは、きっと正しい。
もはやこれに賭けるしかない。
「琴音、ありがとうな」
「お役に立てて、恐悦、至極」
魔剣を正面に構える。
そして、その言葉を紡ぐ。
逆転の一手になる事を信じて。
「––––完全解放」
バチイッ!
強い拒絶反応が、痛みとなって駆け巡る。
な、なんだよ、これ……!?
魔剣が勝手に離れようとする。
強引に抑えつけると、新たなウインドウが開く。
『完全解放確認。認証開始––––エラー。正規の持ち主では無い為、完全解放を中断します』
ふざ、けるなよ……!
ここまで来てそんな事、あり得ないだろ!
魔剣を両手で持つ。
全身に力を込め、踏ん張る。
「もう一度、言うぞ……完全解放!」
『エラー』
「完全、解放!」
『エラー』
「……であああああああっ! 完全解放っ!」
『……想定外のアクセス確認。完全解放、開始』
「きた……!」
直後、身体からどっと生気が抜かれる。
立つのもやっとだ。
急いでステータスを確認する。
HPとMPが凄い勢いで減少していた。
「はあっ……はあっ!」
「総司さま、どうなされました!」
「HPとMPが、凄い勢いで、減ってる……!」
「そんな、それでは……!」
「ああ、でも奴を倒せるなら」
––––関係無い。
HPもMPも全部持ってけ。
その代わり、俺に力を。
大切なものを守れる、力を寄越せ!
「ぐ、おおおおおっ!」
魔剣グラムの刀身が、輝く。
その輝きは彗星剣に似ていた。
深い青色の光。
その極光がどんどん伸びる。
俺は頭上に構えようとするが。
「……う、く」
ふらりと、倒れる。
ああ、ダメだ、今倒れたら––––
「大丈夫、です。琴音が、支えます」
「琴音……」
「さあ、手を、重ねましょう」
琴音が背後に回る。
華奢な身体で、俺の体を支えた。
そして両手を伸ばし、俺の両手に重ね合せる。
暖かい––––こんな状況なのに、そう思ってしまう。
「琴音の力も、お貸しします」
「……本当にありがとう」
HPとMPの減少の勢いが弱まる。
琴音が半分、肩代わりしてくれたおかげだ。
もう、恐れるものは何もない。
俺は魔剣グラムを、頭上へと掲げる。
「ファブニール……」
「GAaaaaaaaaaaaa!」
「これで、終わりだ」
息を吸い、火炎の息吹を放つファブニール。
俺も––––否、俺達も、剣を振り下ろす。
正真正銘、最後の一撃を。
「彗星剣・極––––!」
蒼く輝く、光の柱。
魔剣グラムから伸びる極光。
光は火炎を斬り裂き無力化する。
そして––––ファブニールをも一刀で斬り伏せた。
「GAaaaaaaaaaaaa!?」
真正面から真っ二つになるファブニール。
竜の血が滝のように流れ出す。
巨体が二つに分断され、崩れ落ちた。
邪竜はピクリとも動かない。
目前に、無機質な文字列が浮かぶ。
『想定外の完全解放、確認。適正者でない者の強引なアクセスの為、深刻なダメージを検出。修復不可能。よって魔剣グラムは自壊します』
パキン––––
魔剣グラムが、硝子のように砕け散る。
ありがとう。
以前の持ち主は分からないが、礼を言っておく。
「総司さま」
「琴音」
二人で、向き合う。
視線と視線が交差する。
合図なんて無い。
だけど気づいたら、お互いに抱き合っていた。
それが何よりもの、勝利の証だった。




