32話・魔剣グラム
その剣はあらゆる無駄を排していた。
過度な装飾も配色も無い。
機能美を徹底的に突き詰めた一振り。
決して無骨では無い。
寧ろ、それは剣として最も正しい形だ。
導かれるように手を伸ばす。
持ち手に触れる……瞬間。
バチリとした感覚を感じる。
静電気のような反応だ。
体に違和感は無い。
気にせずに剣のウインドウを見る。
魔剣グラム
ランク:A+++
かつて竜を殺した魔剣。
竜に対し問答無用でダメージを与える。
選ばれし者が扱うと、真の力を発揮する。
完全解ほ#&/#tmpjmwe8pgaは28=7。
魔剣グラム!?
これまたトンデモナイ物を掘り当てた。
でも、そうか。
ファブニールが居るなら、この剣があってもおかしくない––––そう考えてしまうのはゲーム脳すぎるか?
とにかく光明は見えた。
後半は文字化けして読めないが……
俺でも使う事自体は出来そうだ。
二度、三度と試し振りをする。
良い剣だ。
体の一部のように扱える。
これで……もう一度奴と戦う。
奴とは勿論、邪竜ファブニールのこと。
さっきの戦いは勝負にすらならなかった。
しかし、動きそのものはついていける。
攻撃だって通ってはいた。
ただ、ダメージが入らないだけ。
その問題もこの武器で解消出来る。
魔剣グラム……か。
偶然にしては、少し出来すぎてる。
とは言えここは元々埼玉ダンジョン。
この魔剣はそこに眠っていたのかも。
それがダンジョンが壊れて、外に転がった。
あり得なくは無い話だ。
それに、今は勝てるなら何でもいい。
どんな物だって使うつもりだ。
「さて……ここからどう脱出しようか」
頭上を見る。
かなり深い所まで落ちたようだ。
瓦礫の山をクライミングするのは、難しいな。
少し力を込めて触れてみる。
それだけで瓦礫は音を立てて崩れた。
脆すぎて登り切る前に崩れ落ちるだろう。
ジャンプして脱出するのも難しい。
既に駒野さんの支援魔法は効果を失っている。
別のルートを探すしかないか……?
辺りをぐるりと見渡す。
残念ながら、四方八方が瓦礫の壁。
他に繋がる道は無さそうだ。
つまりどうにかして頭上の穴まで登る必要がある。
でなければ、俺はここで野垂れ死ぬ。
それだけは絶対に避けたい。
何も出来ずに死ぬなんて、まっぴら御免だ。
「なにか良い方法は––––そうだ」
妙案を思いつく。
俺のスキルスロットには、まだ空きが一つある。
そこにこの状況を打破出来るスキルを入れよう。
こんな時の為に、いつも空きを作っていたのだ。
早速ステータスを開く。
「HPが半分を下回ってるな……」
HPのゲージを見る。
半分以上がごっそりと削れていた。
先の戦闘は僅か数分。
なのにもうここまで減っているのか。
改めて、ファブニールの強さを思い知る。
あんなのが日本中、世界中に現れたら……
想像するだけで寒気がする。
確実に人類は滅ぼされるだろう。
恐竜が絶滅したように、人間も絶滅する。
「はっ……絶滅か」
言い得て妙だ。
だがしかし、これが人類絶滅の始まりかもしれないのは、俺個人では否定しきれない。
人類存亡の命運を背負っている。
そう思ったら、途端に緊張してきた。
「……そんな事、考えるな。俺は……」
一人でいい。
たった一人の誰かの為に戦えれば、俺は。
「……さっさとスキルを決めるか」
習得可能スキルの一覧を見る。
この状況を打破出来るスキルは……あった。
スキル【跳躍】。
ジャンプ力が強化されると説明には書いてある。
おあつらえ向きのスキルじゃないか!
早速習得して、感触を試す。
「頼むぜ……」
試しにジャンプしてみる。
すると、俺の想像以上に高く跳べた。
頭上の穴にぐんぐん近づく。
あと少し、というところで上昇が止まる。
だけどこれなら––––いける!
「おおおおおおっ!」
力を振り絞り、空を目指して高く跳ぶ。
先程とは比べ物にならない勢いで穴を通り抜ける。
瓦礫の壁から一変。
目前には青空が広がっていた。
だが、地上は違う。
焼け落ちた建物とワイバーン達。
破壊活動は今尚続いている。
「ファブニール––––!」
魔剣グラムを握り締め、垂直に落ちる。
ファブニールはすぐ近くに居た。
「Gaaaaaa……!?」
驚愕に目を見開くファブニール。
竜にも知恵はあるようだ。
けれど驚いていたのは数秒間だけ。
すぐに大顎を開いた。
またあの火炎を放つのだろう。
だが、俺の方が僅かに早い。
「でああああああっ!」
魔剣グラムを振り抜く。
振り下ろす先はファブニールの頭部。
魔剣の刃が、めり込む。
そして––––
「GAaaaaaaaaaaaa!?」
「っ! よし!」
咆哮をあげるファブニール。
ダメージがしっかりと通った証拠だ。
頭を振り回すファブニール。
振り落とされないよう、首を伝って滑り降りる。
さあ、始めようか。
ファブニールの背中を駆け回る。
走りながら魔剣を振り、至る所を斬り下ろす。
魔剣グラムは竜の硬い鱗をあっさりと斬る。
これは正真正銘の魔剣だ!
「GUgaaaa! gaaaa!?」
暴れ回るファブニール。
その巨体をぐわんぐわんと揺らす。
振り落とされそうになるが、何とか堪える。
ここが勝機なのは誰の目からも明らか。
落とされる訳にはいかない。
「ぐ、おおおお!」
魔剣グラムを滑らせるように扱い、背中を斬る。
そのまま斬りながら進み、翼の付け根へ。
今飛ばれたら厄介だ。
その可能性を摘み取る。
今なら–––斬れる!
大きく振りかぶる。
が、その瞬間……天地がひっくり返った。
「な……!?」
逆さまだ。
気付けば俺は、落ちていた。
ファブニールは飛翔ではなく、跳躍したのだ。
そのまま斜めに倒れようとしている。
当然重力に従い、身体は下へ。
魔剣を突き立て踏ん張るも、それまで蓄積していたダメージが大きく、思うように力を込められない。
結果、転がるように滑り落ちた。
くそ……こんな時に……!
言う事を聞いてくれない体に怒る。
いや、ここまで保っていた事がそもそも奇跡だ。
意思と肉体、二つが合わさって人は人足りえる。
意思だけで動くのなら、それは精神体。
肉体だけで動くのなら、ただの獣。
これ以上、俺の意思だけでは体を行使出来ない。
「せめて……位置を……」
空中で必死にもがく。
このまま地面に激突した時のダメージも酷いが、迫り来るファブニールの巨体に押し潰される方が危険だ。
ウォーターフォールで流れようにも、ファブニールの身体が巨大すぎて間に合わない。
どんどん地面との距離が短くなる。
ダメだ、もう間に合わない。
体を縮めて衝撃に備える。
少しでもダメージを減らす、苦肉の策。
「Gooooo!」
ファブニールが吠える。
ほぼ同時に俺は叩き付けられた。
凄まじい衝撃が、全身を襲う。
「ぐあああああああああああっ!?」
余りの痛みに絶叫する。
骨という骨が軋んでいた。
肉体が限界だと悲鳴をあげる。
呼吸がうまく出来ない。
ぱくぱくと口を開け閉めする。
視界がチカチカして、焦点が定まらない。
あ、が、ぐ……だ、だめだ……
早く……立たないと……
真上に迫るファブニール。
その巨体に押し潰されたらどうなるか。
答えは火を見るよりも明らか。
––––全てがスローモーションに見える。
ファブニールの体も、風圧で舞い上がる土埃も。
代わりに心臓の音はよく聴こえる。
ドクン、ドクン……と。
鼓動する度に、弱々しくなっていく。
守ってみせる、そう誓ったのに。
「……ごめん、琴音」
最期に零れ落ちたのは……愛する人の名前だった。
「諦めないでください、総司さま!」
「……え?」
声が、聴こえた。
本来なら絶対に聴こえない筈の声が。
そんな、どうして、何故ここに?
「こ、とね」
「掴まってください––––!」
居る筈のない少女、琴音。
彼女はバイクに跨っていた。
バイク本体を極限まで斜めに下げ、倒れている俺を強引に掴んで後部座席に座らせる。
「飛ばします!」
ファブニールの巨体はもうすぐそこ。
俺達は––––