31話・人間VS邪竜
実際前に立ってみて分かった事が一つ。
俺の立てた作戦など、何の意味も成さない事。
邪竜の迫力に、俺は気圧されていた。
だが––––
「彗星剣!」
脳内とは裏腹に、体は勝手に動く。
勝機があるとしたら短期決戦。
あれだけの巨体、長期戦になったらこちらが不利。
だったらファブニールが本気を出す前に倒す。
「はああああっ!」
カーバンクルジュエルソードが青色に輝く。
強化進化は、そのスキルの必殺技も強化する。
彗星剣も以前と比べ、遥かに威力が増していた。
煌めく一筋の光。
流れるような動きでファブニールの背に乗る。
狙うは翼の付け根。
まずは飛行能力を取り除く!
二度、三度と剣を振るう。
彗星剣はその度に青の閃光を放つ。
が、しかし。
「……嘘だろ」
ファブニール、全くの無傷。
否、僅かだが傷そのものは与えている。
傷を負ったと同時に、治癒しているのだ。
治癒魔法か、それとも自己再生系のスキルか。
とにかくどんなに斬っても回復される。
「なら……!」
翼の付け根を狙うのはやめにする。
どういう訳か、ファブニールは動かない。
この隙に急所を狙おう。
一旦ファブニールの体から降りる。
そのまま進み、奴の腹下へ。
ここなら硬い鱗は無い、攻撃も通るはず。
一抹の望みを抱き、またも剣を振るう。
しかし、結果は同様だった。
「くそっ……!」
焦りが募る。
まさか、ここまで規格外とは思っていなかった。
俺のレベルは20を超えている。
スキルもしっかり強化した。
なのに、足りない。
このモンスター相手には、圧倒的に力不足だった。
「GAaaaaaa……?」
「っ!」
ファブニールが、ゆっくりと動く。
後方に下がり、俺を見下ろす姿勢を取る。
そして、何事か呟く。
ドラゴンの言葉は理解出来ない。
しかし、まるでこう言ってるような雰囲気だ。
––––何かしたか? と。
「っ!?」
悪寒が走る。
俺は直感的に横へ飛んだ。
直後、ファブニールの右手が振り下ろされる。
「GAaaaaaaaa!」
大地が発泡スチロールのように砕けた。
瓦礫が舞い、雨のように降ってくる。
それを必死に避けながら、考えた。
俺はこの化け物を倒せるのか?
はっきり言おう、無理だ。
そもそもダメージを与えられない。
そんな奴を相手にどう戦う。
俺は神話の英雄ジークフリートじゃない。
元々ただのフリーターだった男だ。
「GAaaaaaa!」
「っ、ようやく本気、かよ!」
叩き付けた右手を、砂を掬うように滑らせてくる。
ずざざざざっ。
面白いくらいに地面が裂ける。
まるで土の津波だ。
ここじゃ不利なのは明白。
もう一度奴の背に飛び乗ろう。
瓦礫の山を登り、ファブニールの背を目指す。
登るというより跳躍だ。
駒野さんの支援魔法の力は凄まじい。
体が軽く、今なら何処にでも行けそうだ。
「GAaaaaaa!」
「ぐっ……!」
ファブニールの咆哮。
それは空気の塊と同じだ。
強烈な風圧をその身に受ける。
跳躍の最中だったのであっさりと吹き飛ばされた。
先ほどの輸送された時を思い出す。
あの時とは比べ物にならない風圧と衝撃。
俺は一直線に叩き付けられた。
「ぐああ……!」
骨は折れていない。
だが内蔵にまでダメージは入ったようだ。
体の奥底がじんと疼く。
激しい痛みが、全身を駆け回った。
衝撃で身体が上手く動かせない。
まずい、早く離れないと……!
「GAaaaaaa……」
ファブニールがこちらを見る。
そして、その大きな顎を開けた。
チリチリと熱が集まっていく。
まさか、まさかまさかまさか!?
最悪の展開を想像する。
丸焼きか、半焼きか。
どちらにせよ俺は焼き死ぬ。
アレを食らったらお終いだ。
「っ、ウォーターフォール……!」
ウォーターフォールを唱える。
発生場所は、俺の『真横』。
大量の水が俺に向かって流れ出す。
その水を避けずに受け、あえて流された。
身体は未だ動かせないが故の緊急脱出方法である。
頼む、間に合ってくれ……!
「GAaaaaaaaaaaaa!」
再びの咆哮。
今度は空気の塊ではない。
全てを焼き尽くす、灼熱の炎。
直撃すれば秒で体が溶ける。
終焉の息吹がすぐ近くを通った。
熱風で吹き飛ばされる。
ウォーターフォールが一瞬で蒸発した。
ただ、直撃はしていない。
支援魔法のおかげである程度は軽減出来た。
「ぐ……スナイプ、スロー!」
ファブニールの目を狙ってナイフを投げる。
転がりながらの不安定な投擲。
だが必殺技の力で、ナイフは真っ直ぐ飛んでいく。
体表が硬いのは理解した。
なら、眼球はどうだ?
肉体の構造上、眼球までも硬質とは考え辛い。
そして繊細な部分でもある。
僅かな異物でも違和感を覚えるはず。
これで少しでも隙を作る。
……状況は絶望的だ。
実力差は見て分かる通り。
戦いになっているかどうかすら、怪しい。
それでも、例え勝ち目がなくても。
勝つしか、ない。
「……なっ!?」
だが––––真の絶望は、これからだった。
ファブニールの顔に迫るナイフ。
眼球に当たる直前、ナイフは砕けた。
馬鹿な……何が起きた。
もう一度スナイプスローを放つ。
強化進化のおかげでクールタイムは短縮された。
今度は三本同時に投げる。
三つのナイフは空中で弧を描く。
遮蔽物は何もない。
真っ直ぐ、純粋に飛来していく。
そしてまたしても、当たる直前に砕ける。
まるで見えない壁に激突したようだ。
壁……見えない、壁……?
「バリアでも張っているのか?」
あり得なくは無い。
ファブニールがスキルを持っているのは確認済み。
しかしそれなら、自衛官が事前に伝えてくれる筈。
「っ!?」
直後、何かの『圧』が俺を襲う。
踏ん張っているのがやっとだ。
だがこの感じ、覚えがある。
魔力だ。
ファブニールは魔力を放出している。
その圧力でナイフを弾いたんだ。
「う、く……!」
身動きが取れない。
重力が何倍にも跳ね上がったようだ。
まだだ、こんなところで終わる訳には……
「GAaaaaaaaaa!」
「がはっ!?」
哀しいかな。
俺の覚悟は、純然な暴力の前に叩き壊された。
激しい衝撃。
魔力攻撃と物理攻撃の二段構え。
もう、耐えられない。
俺はどさりと、膝をつく。
ピシリ––––
「なっ!?」
地面が割れる。
ここは元々埼玉ダンジョンがあった場所。
俺はその残骸の上に居たのだ。
瓦礫が崩れ、大穴が開く。
「うわあああああああああああっ!」
浮遊感のあとに、俺は落ちた。
深い深い、ダンジョンの奥底に。
虚空に向け必死に手を伸ばす。
俺の手は、結局何も掴めなかった。
◆
……
…………
………………
……………………どれくらい、落ちたのだろう。
頭がぼんやりとする。
視界はブレていてよく見えない。
手足にも力は入らず、体力も底をついていた。
薄暗く狭い空間。
俺はそこで、うつ伏せになって倒れていた。
俺は……負けたのか?
ピクリと右手が動く。
戦う意思は、まだ残っている。
しかし体が言う事を聞いてくれない。
無理をした代償か、体は衰弱しきっていた。
立ち上がろうとしても、手足にも力を注げない。
呼吸も意識しないと出来ない状況。
頭に霧がかかってるようだ。
生きているのか、死んでいるのか。
ここが現実なのか、夢なのか、死後の世界なのか。
光が欲しい。
道を照らしてくれる光が。
しかし俺は、その光を自ら手放した。
今更求める権利など、無い。
大切だから。
大切だから、遠ざけたかった。
傷付いてほしくない、死んでほしくない。
そう思って遠ざけたのに。
死にそうになって、結局縋ってしまう。
一人は寂しい。
ようやく俺は理解する。
彼女が俺を求めていたのではない。
俺が彼女を求めていたのだ。
知らずしらずのうちに、自分でも気づかぬ内に。
……ここで死んだら、二度と会えないな。
「……嫌だ」
うん、それは嫌だ。
「嫌だ」
じゃあ、どうする?
「嫌だ!」
戦うしかない、勝って居場所を守るしかない。
「嫌なんだっ! もう、失うのは!」
地面を殴り付ける。
地に足を立て、しっかりと立ち上がった。
負けるか、負けるもんか。
何度だって挑んでやる。
俺は英雄じゃない……ただ、一人を守りたいだけ。
その一人を、助ける為ならば。
俺は何にだって、なってやる––––!
「っ、なんだ、この光!?」
瓦礫だらけの狭い空間。
その一箇所が、激しく輝いた。
俺は衝動的にその場所へ向かい、瓦礫を退かす。
「……これは」
そこには、一本の剣が在った。




