26話・時間は待ってくれない
「……お互いに色々、話したい事はあると思うが」
「はい……場所を変えましょう」
ここはダンジョンの真っ只中。
とてもじゃないが安心なんて出来ない。
直ぐに脱出しよう。
小田と村上の遺体は放置しておく。
いや、村上の首だけは持っていくか。
捕獲した証拠になる。
残念ながら、生きてはいないが。
正当防衛は成立するだろうか?
いや、そもそもダンジョン内はブラックボックス。
誰も俺が村上を殺した事を証明出来ないのだから。
なら、首なんて持って行く必要は無い。
起きた事を、ありのまま話すだけだ。
信じてもらえないなら、それでいい。
この強さなら逃げ切れるだろう。
暫く何処かに身を隠すだけだ。
「……」
「……」
俺も琴音も、帰り道は無言だった。
話そうと思えば話せる。
だが、ちゃんとした場所で話したい。
これからの事を決める、大切な事だから。
◆
「そうか……」
ダンジョンから出たあと、他の人達と合流する。
俺はそこで全てを包み隠さず話した。
村上と小田がグルだったこと。
二人の背後には謎の組織が関わっていること。
そして、俺が二人を殺した事も––––
目黒自衛官は黙って聞いてくれた。
他の冒険者達は、俺の姿を見て青ざめた。
全身血だらけだからな。
まさに殺人を犯した人間の姿だ。
「詳しい事を聞きたい、まずは体を洗ってくれ」
「ああ、そうさせてもらう」
「それから悪いが––––」
「監視させてもらう、だろ?」
「すまないな、私個人は信じたいのだが……」
当然の行いなので、俺は彼を責めない。
俺の話しが本当なら、俺は人殺しだ。
そんな奴を野放しには出来ない。
両脇に二人の自衛官が立つ。
琴音にも一人、女性の自衛官が側につく。
別々の部屋に通されそうだ。
シャワー室とかの関係上、そうなるか。
まあ、今は構わない。
ここはダンジョンの外だ。
話す機会なら、それこそ沢山ある。
––––約三十分後。
俺は一通りの事を済ませていた。
身体を洗い、用意していた服に着替える。
替えの服は常に持っていて正解だったな。
ダンジョン探索に汚れは付き物だ。
そして、個室のような所に通される。
あるのは小さな机とパイプ椅子だけ。
取り調べ室のような所だ。
俺の相手は、目黒自衛官。
正面に腰掛けている。
缶コーヒーを手渡された。
ありがたく受け取る。
「今ここで何が起きても、法的な拘束力は無い。だからリラックスしてくれて構わない」
目黒自衛官はそう言うと、自ら缶コーヒーを飲む。
俺も習ってプルタブを開けた。
カシュンッと小気味良い音が鳴る。
缶コーヒーを飲むのも久し振りだな。
琴音が来てから飲食は全て彼女に任せていたが、甘味料がたっぷり入った缶コーヒーに難色を示していたので、おおっぴらに買う事が出来なかった。
それでも直接飲むなと言わない辺り、彼女らしい。
……また、琴音の事を考えてしまう。
どうしてだろう。
いつもは隣に居る仲間としか思っていなかった。
甘いコーヒーで喉を潤す。
甘味の津波は、俺の思考も押し流した。
「さて、それじゃあ詳しく事情を聞きたい」
「ああ」
俺はもう一度、丁寧に事の顛末を話す。
目黒自衛官は噛みしめるように聞く。
そして、重苦しく口を開いた。
「……事態は思った以上に、深刻かもしれんな」
「と、言うと?」
「我々の中に、裏切り者が居る」
「まあ……そうだよな」
我々とは、冒険者協会の事だ。
恐らくその裏切り者が村上をダンジョンに入れた。
もっと言えば、脱獄の手助けをしたのかも。
「スキルを使えば、一人の囚人を脱獄させる事など造作もない事なのだろう」
彼の言う通りだ。
スキルという超常の力。
その前では、既存のセキュリティは無いも同然。
これは結構な社会問題に成りかねないぞ。
レベルを上げた犯人による空き巣。
冒険者になってレベルを上げる事は簡単だ。
やろうと思えば子供でも出来る。
スキルの力はこの先簡単に普及するだろう。
高額だがスキルストーンもある。
「話しが逸れたな……じゃあ小田は、冒険者協会に登録する前から組織とやらの一員だった可能性もあるのか?」
「その可能性は高いだろうな、奴一人じゃやれる事に限界がある、村上とも初対面だったんだろう?」
小田は言っていた。
自分の為の、理想の世界を作り上げると。
組織が同じ野望を掲げているのかは分からない。
「村上を脱獄させたのは、組織に属する別の人間……かなり規模の大きそうな組織だな」
「外国勢力って線はないか?」
「それは無いだろう、もしそうなら色々と雑過ぎる。バレたら外交的なバッシングは不可避だ」
それもそうか。
仮に潜入して来た外国勢力だとしても、態々小田を使ったり村上を脱獄させる意味も理由もない。
ハイリスク、ローリターンだ。
そうなると考えられるのは、元々日本に存在する暴力団又はヤクザ等の一団、もしくは……
「全く新しい組織、か……」
「そんな事、可能なのか?」
「可能性はゼロでは無い。ここ最近、怪しい動きをしている冒険者の数がチラホラ出ているからな」
その後も話し合いは続く。
結局有益な事は掴めなかったが……謎の組織が、日本の現体制を壊そうと水面下で動いているのは確実。
「テロリストと戦うハメになりそうだな」
「あながち冗談でもない。その時には、君にも力を貸してもらいたいものだ」
「そういう約束だ、出来る限りは力を貸す」
「それは心強いな」
「さあ、どうだか」
テロリストか……
話がどんどん大きくなってきたな。
やはりこれ以上、琴音を巻き込む訳にはいかない。
「今日はありがとう、君のおかげで助かった」
「……いいのか?」
席を立つ目黒自衛官。
そのまま帰る雰囲気だ。
思わず、呼び止めてしまう。
「何がだ?」
「俺をこのまま放置して」
「我々には何も証明出来ない。君が村上を見つけた事も、小田三郎を殺害した事も」
「……」
「日本は法治国家だ、証拠が無ければ動けない」
ニヤリと笑う目黒自衛官。
全く、自衛官とは思えない男だ。
それ故に、話していて退屈しない。
彼は信用出来そうだ。
「缶コーヒー、ありがとうございます」
「なに、今度は君が奢ってくれ」
「それならいつでも」
俺も席を立つ。
瞬間、部屋の扉が勢いよく開く。
側に立っていた目黒自衛官は軽く仰け反った。
現れたのは、迷彩服を着た男。
彼も自衛官なのは言うまでもない。
「馬鹿者、危ないだろうが」
「も、申し訳ありません! しかし緊急の用で!」
「落ち着いて話せ、私は逃げない」
「は、はい……すー、はー……!」
若い自衛官だ。
幼さを残した顔つきから、実際若いのだろう。
俺と同じか、一つ下か。
そんな彼の様子はおかしい。
顔色は悪く、額からは冷や汗を流している。
若干震えてもいた。
一体何が起きたと言うんだ。
俺も耳をすませ、彼の言葉を待つ。
「さ、埼玉のダンジョンから突如巨大な竜が出現。ダンジョンを占領した後、配下と思しき個体の竜系モンスターがダンジョンの外に現れ、周辺地域を破壊。破壊活動は範囲を広げながら今も行われています!」
俺は自分の耳を疑った。
身を乗り出して若い自衛官にもう一度問う。
「おい、それは本当なのか?」
「は、はい。テレビやラジオはその話題一色です」
俺は直ぐにスマートフォンを取り出す。
誰でも投稿出来る動画サイトにアクセスした。
そして中継を行っているチャンネルを探す。
あった……しかし、これは––––
スマートフォンから、投稿主の焦った声が流れる。
『や、やばいってやばいよこれ! そ、空が! 空が黒い影で埋め尽くされてる! あ、あれ全部空飛ぶトカゲ……ど、ドラゴン!?』
埼玉の空を覆い尽くす、無数の竜。
竜達は地上に降り、人々を襲っている。
余りにも現実離れした光景に、俺は数秒固まった。




