25話・殺意
捜索から既に二時間が経つ。
かなり奥の方まで来てしまったな。
それもこれも広すぎるのが悪い。
「一旦戻るか」
「はい。無理を、押し切るのは、危険です」
「確かに疲れが出てきましたね」
村上の影も形もない。
もう既に誰かが捕獲したのかも。
もしくはそもそもダンジョンに居なかったとか。
ここまでモンスターとの連戦だ。
おかげでまたレベルが一つ上がった。
それより疲労の色の方が濃い。
ペース配分を間違えた節があるな。
と言うのも、小田さんがやたらと進みたがるのだ。
もっと奥に、もっと先へと。
まあ、逃げる村上の心理から考えて、出入り口から出来る限り離れようとするのは理解出来る。
出来るが、少し急ぎ過ぎたな。
モンスターを倒せるから流されていた。
村上と戦う事だって考えられるのに。
「やはり一旦戻って、他の人達の話しを聞こう」
「その方が、良いかと」
「そうですね……私も賛成です」
くるりと背を向ける。
瞬間、小田さんが信じられない行動に出た。
「うぐっ!?」
「動かないでください、庭園さん。抵抗したら、このまま喉を潰します」
「……小田さん?」
小田さんへ目を向ける。
彼は琴音の背後に立って槍を水平に持ち、彼女の喉元に当てて声を出せないようにしていた。
強い力で引っ張っているのか、琴音の両足が浮く。
地面に着くかつかないか、一番苦しい位置だ。
俺はカーバンクルジュエルソードを抜く。
「小田さん、これは一体何の冗談だ?」
「私は本気ですよ、笹木さん。武器を捨ててください、さもなくば恋人をこのまま絞め殺します」
「……」
言いたい事は色々あるが、ひとまず従う。
カーバンクルジュエルソードを地面に置く。
腰の小業物ナイフも同様だ。
「小田さん……そうか、そういう事か」
一人納得する。
俺の予想が正しければ、この後––––
「よお、アンタが例の協力者か?」
「はい。貴方が村上さんですか?」
「そうだよ。はは、こんな上手くいくなんてな」
岩の陰から棍棒を持った男がやって来る。
囚人服は捨てたのか、上半身は裸だ。
裸体に刻まれた数々の傷跡が生々しい。
小田さんは犯罪者の村上とグルだった。
最初から村上を逃す為に、協会に潜り込んだ。
つまりはスパイ。
どう考えても組織的な犯罪だ。
「俺達はまんまと嵌められたってワケか……」
「よく分かってんじゃねえか、お前。ま、今からハメられるのはそこのお嬢ちゃんかもしれねーがな、ぎははははははっ!」
ニタニタと下品な笑みを浮かべる村上。
無精髭と合わさり、顔は悪人ヅラそのものだ。
こいつが何人も人を殺した凶悪犯。
しかし、不思議と恐怖は湧いてこなかった。
「それで村上さん、レベルは上げられましたか?」
「まあな、よく分かんねーが、強くなれたぜ」
くるくると器用に棍棒を振り回す村上。
その動きはスキルによる恩賜に他ならない。
小田がレベル上げの手引きをしていたのか?
何故、何の為にそんな事を?
「……小田、お前の目的は何だ?」
「目的か、別に大した事じゃない。認めさせるんだ、真に有能なのは誰かをね」
「どういう事だ?」
再び聞く。
すると小田は突然激昂した。
雰囲気を百八十度変えて。
「どいつもこいつも見る目の無いクズなんだよ! 会社の上司も同僚も、この社会もっ! だから変える、壊して一から作り変えるんだ! 理想の世界を!」
それは誰もが願う、夢物語。
自分だけの社会、自分の為の世界。
そんなものは存在しない。
だが、目の前の男はそれを作ると豪語する。
無ければ生み出せばいいと。
既存の世界を壊し、新しい世界を創造する。
そんな事が実際に可能なのか?
それに関しては、今はどうでもいい。
大事なのは、小田が一線を超えた事だ。
俺の、領域を。
「はあっ! はあっ! これはその第一歩だ。その男を逃し組織に献上すれば、私の望みにまた近付く」
「おい、もうその辺でいいだろ? どうせこいつ、殺すんだろ。なら俺が殺す、あとその女も、攫った後にヤラしてくれよ、女を抱くのは久し振りだ」
ペラペラと自分の欲望を曝け出す村上。
自らの望みの為、他者を踏み台にする小田。
そして、自分の為にしか生きない、俺。
いい歳した男が三人も揃ってこのざまだ。
皆、自分の事しか考えていない。
自分さえ良ければそれでいいを実行している。
だが、琴音だけは違う。
彼女は俺の為にここまで来てくれた。
自分の為ではなく、人の為に。
そんな彼女を傷付ける行為は……絶対に許さない。
好き勝手に生きる。
良いだろう、勝手にやってくれ。
だけどな、その行動に責任を持つべきだ。
琴音を傷付けた報いは……受けてもらうぞ!
「悪いな、お前の女は後で美味しく頂いてやるよ」
「……」
「あ? ビビって声も出ねえか?」
棍棒を振り回す村上。
その切っ先をこちらへ向けた。
「まだ生きた人間相手には、試した事がねえんだ。何発殴ったら死ぬか、確かめさせてもらうぜえっ!」
棍棒が顔面に迫り来る。
その瞬間、俺は小さく魔法を唱えた。
……ウォーターフォール。
発生場所は……小田の真上!
「ぐふ……!」
咄嗟に両手でガードする。
しかし余りの力強さに吹き飛ばされた。
だけど、作戦は成功だ。
「み、水だと!?」
水の質量を舐めてはいけない。
滝の起こすエネルギーは相当なものだ。
例え小さくても、滝は滝。
圧倒的な水量を浴びせられた小田は驚愕する。
そして、奴の槍を持つ両手が緩む。
琴音はその隙を見逃さなかった。
「っ!」
「ぐあっ!?」
両手で槍を押し退け、拘束を解く。
続けて肘打ちを浴びせ、回し蹴りで顔面を穿つ。
堪らず倒れ込む小田。
これら全てが体術スキルだ。
まさか、こんな形で役に立つなんてな。
「ごほっ、げほっ……!」
そんな琴音も喉を抑えながら苦しむ。
相当絞められていたようだ。
すまない、琴音。
あとでちゃんと謝るから……今は待っていてくれ。
「テメエ、一体何をしやがった!」
激昂する村上。
もう、彼と話す事は何もない。
ここから先は、ただの殺し合いだ。
「……スナイプスロー!」
「なっ!?」
隠していたナイフをスナイプスローで投げる。
ナイフは村上の顔面に向かう。
彼は咄嗟に避けたが、追尾されている事に気づくと、棍棒でナイフを叩き壊した。
「へへ、これでもう」
「遅いんだよ」
「へ? がっ、ああああああああああっ!」
回収したカーバンクルジュエルソードを振るった。
棍棒を持つ右腕を斬り落とす。
鮮血が噴水のように飛び出る。
まだだ、まだ足りない。
俺は攻撃の手を緩めない。
続けて二度三度と胴体を斬る。
「あ、あ、あが、がかっ、あ……!」
村上はもう虫の息。
かろうじて生きている感じだ。
どのみちこいつはもう何も出来ない。
一旦放置して、琴音の元に向かう。
「琴音!」
「総司さま……っ!?」
駆け寄り、思わず抱き締めてしまう。
自分でも何でこんな事をしたのか分からない。
「そ、総司さま、そんな、突然……」
「……すまん」
「え……?」
「あとで、ちゃんと謝るから……」
琴音を離す。
向かう先は……小田三郎。
彼は顔を抑えながらも立ち上がっていた。
「よ、よくも、よくも私の夢の邪魔を……!」
まだ戦う意思はあるようだ。
レベルが幾つあるのかは知らない。
だけど今のあいつには、負ける気がしなかった。
「こ、殺す……絶対に殺す……!」
「それがあんたの本性か。ふん、醜いな」
「だあまれええええ! スピアラッシュ!」
必殺技を放つ小田。
なら、俺も使おう。
トドメの一撃を。
「彗星剣!」
剣と槍が激突する。
無数の突きを、俺は最小限の動きで躱す。
十分近付けたところで、剣を振るう。
槍ごと彗星剣で斬り伏せた。
「ぐあああああああああああっ!?」
小田の左肩から斜めに斬る。
どさりと、彼は倒れた。
血がドクドクと洪水のように溢れ出る。
殺す前に聞く事があったな。
「誰の命令で動いてた?」
「し、知らない……」
「そうか」
「ひ、ぎ、ああああっ!!」
傷口を剣先で抉り取る。
発狂する小田。
そして泣きながら喋った。
「じ、じらないっ! ほんとうになにもじらないんだ! やりとりは人伝てだけで、し、しらない!」
こいつも所詮、使い捨ての駒ってところか。
組織に献上するとか言っていたしな。
末端の末端何だろう。
なら、もう得られる情報は無い。
さっさと死んでもらおう。
「ひ、ひ、やっやめ、やめてくれ! なっ、何でもする、何でもするから命だけは!」
「今更命乞いが通用するかよ––––じゃあな。お前の夢が、永遠に叶わない所へ送ってやる」
「いやだああああああああ––––がふっ……!?」
喉を斬る。
小田は断末魔をあげながら、死んだ。
あとは村上だけか。
だが村上は血を流し過ぎたのか、失血死していた。
殺す手間が省けたな。
「……」
自分の両手を眺める。
他人の血で染まったモノが、そこには在った。