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~彼氏の存在~

~彼氏の存在~


 時計を見てジャグリングを開始する。16時少し前。


 前もこの時間からから始めた。はじめは慣れているカラーボックスからはじめる。


 徐々に難易度を上げていくのだ。何人かの足が止まり、見てくれる人も出てきた。携帯で僕を撮っているお客さんもいる。


 SNSに上がるのだろう。そこで誰かが「あれって外塚夏樹じゃない?」って書き込みが出るかも知れない。


 カラーボックスの次はクラブを使用する。少しずつ本数を増やしていく。お辞儀をするたびに拍手をもらう。


 前と違うのはここに坂下さんも祝園さんも居ない。飛鳥さんものだ。


 僕のジャグリングに気が付く。茶髪のショートの女の子が腕を引きこっちに来る。青野さんが僕を見る。


 彼女たちがやってきたので僕は難易度を一気にあげる。すでに足下に円柱のロールと板は用意してあり、その上に乗る。


「誰か僕にボールを投げてもらえませんか?」


 周りを見渡す。仕込みじゃないとなかなか手伝ってもらえない。


「そこのかわいい女子高生の二人にお願いしてもいいですか?」


 ハキハキと通る声で僕はそう言って青野さんと茶髪のショートの女の子に手を向ける。ずっとジャグリングをしているし、テレビでもしている。


 普段は声をかけることができなくても、ジャグリングがあればできる。まあ、成功するのに何回かかかったのは内緒だ。


「用事があるのであれば、無理にとはいいません。僕も見ての通り高校生です。歳が近いので声をかけてしまいました」


 そう言うと茶髪の子がこう言ってきた。


「やっぱり、天才少年の外塚さんですよね?投げます。というか、こずえ投げてよ。私写真撮りたい」


 青野さんはゆっくり足元にあるボールに手を伸ばす。


 やっぱり表情はくもっている。いや、少しだけ笑顔になった。僕はとびっきりの笑顔を青野さんに向ける。


 赤ちゃんの笑顔にしかめっ面をする人はいない。同じように笑顔だと笑顔が返ってきやすい。それに、僕は本当にこの青野さんの事が大切なんだ。


 タイムループから脱出したいだけじゃない。一目ぼれだったんだ。


「うん、わかった。このボールを投げればいいんですね」


 笑顔になった。それだけでうれしい。


「はい、できるだけ山なりで投げてください」


 そう言って、ボールを投げてもらう。ちょっとバランスを崩したように見せるのもひとつのテクニックだ。


「大丈夫ですか?」


 心配そうに青野さんが言う。その表情がまたかわいかった。


「大丈夫ですよ。思い切って投げてください。受け止めますから」


 後ボールの数は3つ。これを全部受け止めたら終わりだ。青野さんがものすごく真剣な表情をしている。


 こういう共同作業をすると距離が縮まるらしい。そういえば何かの本で読んだ。しかも、緊張していると余計だ。


 吊り橋効果だったっけ?そう思いながら増えるボールをジャグリングする。後一個だ。これでラスト。受け止めて一周させる。


「はい、皆さん。ありがとうございました。これで終了です」


 宙に舞っていたボールを手におさめていく。もちろん全部は持てないので地面に置いていたアタッシュケースに一つずつ放り込んでいく。


 力を制限すればきれいに収まっていく。このボールを投げるだけのように見えるけれど、力加減を間違えるとアタッシュケースにきれいに収まってくれない。


 最後まで見せることを考えないといけない。これは師匠に教わったことだ。


 最後のボールをアタッシュケースに入れたら、深々とお辞儀をする。そして、彼女たちにゆっくり近づいていく。


「さっきはいきなり指名してすみませんでした」


 笑顔で話しかける。緊張する。心臓がバクバクしているのがわかる。青野さん。名前がわかるまで時間がかかった。けれど、それは違う世界でのこと。僕は彼女の名前を知らない。


「いえいえ、私結構ファンなんです。ツーショット撮ってもいいですか?」


 茶髪のショートカットの女の子が言う。


「いいですよ。もし、よかったらお礼にお茶でもご馳走しますよ。ちょうどおひねりもいただけましたので。といっても、僕も学生なのでそんな高いものはご馳走できませんが」


 テレビに出ているからお金を持っていると思われるのは違う。普通の高校生だ。まあ、実際お金をどうにか手にしようとすればタイムリープを使えば確かにお金を手にすることはできる。


 でも、それは最終手段にしたい。それに、そんな使い方をするとものすごい反動が着そうだ。そんなに便利な能力じゃない。


 痛いほど僕はそのしっぺ返しを知っている。抜け出せないループに陥るだけだ。


「いいの?」


 青野さんが茶髪の女の子に声をかける。


「まあ、ちょっとだけならいいかな」


 そういえば、彼女たちは何かの用事があってこの駅に来ていたのだ。でも、前の世界で見ている。そこまで重要な用事があったように感じない。


「じゃあ、そこのマックでどうですか?暑いのでマックシェイクが飲みたいなって思っていたんです」


 あまり高いところだと警戒されるかもしれない。それにマックなら彼女たちも安心するだろう。だが、青野さんの表情が曇っている。


「もう、あんなのと別れたらいいじゃない。私もそうしたほうがいいと思うよ」


 警察に相談したほうがいい。


 青野さんがそう言っていた。どういうことなんだろう。


「どうかしたんですか?」


 刺激しないように片付けながら僕は話す。


「ちょっと、この子付き合っている彼氏のことで悩んでいて。でも、私じゃどうすることもできないし」


 そういうショートカットの女の子の表情も曇っている。青野さんとは違う。青野さんはどちらかというとおびえているのだ。


「じゃあ、マックじゃなく喫茶店にしますか?この近くに小さいけれどちょっとおしゃれな喫茶店があるんですよ」


 その店を知ったのは坂下さんのおかげだ。旨いコーヒーが飲める店と言われたけれど、僕には渋すぎて何がおいしいのかわからなかった。


 ただ、隠れ家的にわかりにくい場所にあって、少し薄暗いけれどいつもジャズが流れている店だ。坂下さんが言うには大人が通う店だということ。


 店もカウンターしかない。しかも10人も入れない。とりあえず、青野さんよりこのショートカットの女の子に声をかける。そのほうが成功しそうだ。


「ちょっとだけなら。こずえ行こうよ」


「そこって外から店の中見えますか?」


 そんなに彼氏に見られるのが怖いのか。


「いや、地下にある店だから見えないよ。そんなに心配しないで」


 精一杯の笑顔を見せる。実際はテレビでスポットライトを浴びている以上に緊張して、汗もかいている。


「そうだね。ゆきなが行くのなら私も行くよ」


 青野さんがそう言ってくれた。少し顔が明るくなる。もう、それだけでうれしすぎた。


「じゃあ、案内しますね」


 アタッシュケースを持って先に歩く。先じゃないと笑っている顔を見られるからだ。



 大通りから2本入る。一本目でも少しさびしく感じるのに、更にそこから細い路地に入る。そして出てくる雑居ビルの横に地下に降りる階段がある。


 階段に入る手前に小さい看板がある。A5くらいの木で出来た看板だ。「Jazz café」とだけ書かれてある。その階段を降りていく。


 少し薄暗い階段を降りるとすぐに扉がでてくる。赤い扉。でも、かなり古く所々色が剥げている。金属のひんやりとしたドアノブに手をかけて引く。押せない理由は中が狭いからだ。


「マスター。どうも。3人入れます?」


 そう言って中を見る。中には何度もこの店で見る初老の老人が本を読んでいた。


 この人はカウンターの一番奥に座っている。マスターの古い友人らしい。そのマスターもシルバーグレーの髪をオールバックにして眼鏡をかけている。


 服装も執事みたいだ。そして、スタイルもすらっとしている。「客商売は見た目も大事なんだ」と坂下さんは言っていた。


 マスターは上品な笑顔を浮かべながらゆったりと話した。


「ああ、見ての通りだ」


 ゆったりとしたjazzが流れている。この曲は確か「You don’t know what love is」だ。


「じゃあ、お邪魔します」


 狭い喫茶店。それは店のいたるところにレコードが並べられているからだ。この店では未だにレコードで曲を流してくれている。


「そこがいいんだよ。まあ、もっと大人になったらお前もわかる」


 そう、坂下さんに言われた。未だにわからない。でも、味があるのがわかる。古い木で出来たカウンターに僕、そして、ショートカットの女の子、そして、青野さんの順番で座る。


「こんな所にこんなおしゃれな店があるんですね」


 ショートカットの女の子、柚木ゆきなが周りを見ながら話している。


「コーヒー3つ。この店はコーヒーが格別なんだ。他の店のコーヒーとは全然違う。飲めばわかるよ」


 僕は苦いのが苦手だ。だが、この店のコーヒーだけは飲める。味も匂いも違うのだ。コーヒーという名の別の飲み物に感じる。いや、確実に違う。ここ以外のコーヒーが違うまがいものに見えるのだ。


「本物を知ってなきゃメディアでは通用しないのさ。そして、こういう本物の店は取りあげちゃいけない。一部の人間だけが知っているのが重要。不特定多数が知ってしまったら世界が壊れてしまうからな」


 坂下さんはたまにいいことを言う。


 青野さんも柚木さんもコーヒーを飲んでびっくりしている。


「何これ?ものすごく飲みやすい」


「すごい。こんなコーヒーあるんですね」


 二人がびっくりしている。その様子をマスターが見て笑っている。ゆったりとしたジャズが流れている。ここに来ると時間の流れがゆっくりになった気がする。喧噪を忘れられるのだ。


「もし、よかったら話してもらえませんか?何か悩んでいるみたいだったので。無関係だからこそ話せることだってあると思うんです」


 僕はゆっくりと青野さんを見てそう言った。


「場所、変わろうか?」


 そう言った柚木さんの表情は少し曇っていた。ごめんなさい。柚木さんは僕のことを知っていて、僕と話したかったのかもしれない。


 でも、僕が見ているのは柚木さんじゃない。それを察することができるいい子なのだと分かった。けれど、あまり語りたがらない青野さんより柚木さんが状況を話してくれた。


 話しを要約するとこうだった。


・学校で人気の男子、須藤和也と青野こずえは付き合っている。

・須藤和也は裏表が激しくて、青野さんの前では暴力をふるい、束縛が強い。

・別れたいけれど、周りの目もあるから別れることもできない。

・須藤和也が人気だから暴力を信じてくれる人がいない。


 とうことだ。



「そんな男別れてしまえばいいというのは簡単だよね。でも、別れ話を切り出した後、相手が変な行動を取らないようにすればいい。その須藤が行動を自粛するようなことをするのはどうなのかな?例えば暴力をふるっているところを録画しておくとか?」


 僕はそう言った。けれど、彼女たちはおびえている。解決はここにはないのだろう。


「とりあえず、また連絡取りたいから連絡先交換しようよ」


 そう言って、ラインIDを読み取った。これではタイムループからの脱出は無理だろ。


 ただ、本当に須藤和也がどういう人物なのか知る必要がある。相手を知らないと行動はとれない。


 相手の弱みを見つめて、行動を止めることが先なのか、青野さん自身が変わるほうが早いのか。まず、そこからだ。


 僕は彼女たちと別れてタイムリープを開始した。須藤和也を知るために。



 18回。


 無駄にタイムリープを繰り返した。須藤和也の出身中学を調べて、卒業アルバムから顔を確認した。


 サッカー部に入っていて、弱小校ではあるが、うまいのは素人でもわかる。そして、人気者だ。謙虚でさわやかな笑顔をしている。


 成績は普通より少し上。授業中は仲いい友達と話したりもするが基本的にまじめに授業を受けている。話しかけられたら話すくらいだ。


 一人の時を見ても裏の顔が見えない。ただ、わかったことは須藤和也を追いかけている時は青野さんを助けられていない。


 青野さんの事故を聞いても顔色一つ変えない所は確かにおかしい。僕は気が狂いそうになるのに。


 ただ、須藤和也の父親はまともな人種でないのがわかる。サラリーマンが着ないような派手なスーツを着ている。


 そして、目がギラギラしている。雰囲気でわかる。こいつは関わってはいけない人種だ。


 顔立ちは似ているのでかっこいい部類なのだろう。とくにこの手の雰囲気に弱い女性も多い。坂下さんも怖いオーラ―があるけれど、種類が違う。そして、夜は須藤和也の家か怒鳴り声が聞こえる。


 こんな環境の中、優等生で居続けるには何かはけ口が必要だったのかもしれない。青野さんはこのことも知った上で付き合っているのかもしれない。


 だから「警察」なのか?


 一度、須藤和也の父親を尾行しようとしたが、すぐに気が付かれそうになったのであきらめた。危機意識が強い。この手の人には尾行はできない。遠くからの観察が一番だ。


 だが、○○駅を降りて雑居ビル群のどこかでいつも見失ってしまう。そして、本能でわかる。「これ以上追いかけるな」と。


 とりあえず、須藤和也の弱みを握って追い詰めるのは無理だ。あの父親が出てくるとそれだけで最悪の出来事になりそうだ。


 だとしたら、僕にできることはただ一つ。


 青野さんを変えること。僕が彼女の心の支えとなって、そして、彼氏になろう。何度でも繰り返す。君が笑顔になってくれるまで。


 僕はそう決意したんだ。


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