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~声をかける~

~声をかける~


 学校に行く。とりあえず、思い出せる限り自分が取った行動をトレースする。


「夏樹、おはよう」


 目の前にいるのは僕が小学校の時から仲いい和泉良太だ。良太は僕が日に日に変わったことを言ってもまったく気にしない。それこそ一日で別人のようになっても「だって、夏樹は夏樹だろう」と言ってくれる。それが一番安心できるのだ。


 だが、この状況、タイムリープについて相談はできない。一度相談したことがある。でも、変な顔をされるだけだ。良太は変な顔をしないが、巻き込みたくない。


「ああ、おはよう」


 だが、良太は何かをいつも感じている。多分、僕がタイムリープを始めた時はいつも表情が違うのだ。


 なんというかいつもは何も考えていない底抜けに明るい笑顔なのに、タイムリープがはじまった時はその笑顔が少しだけ違うのだ。そう、目が笑っていない。真剣な目になるのだ。


「がんばろうね」


「ああ」


 頑張るよ。今回もタイムループを乗り越えてやる。



 授業が始まる。2回目の授業。正直眠たくなる。だが、ここで寝てしまって、その結果何かに影響するのが怖い。


 タイムループ期間が長いとタイムループに入る前に何があったのか思い出せなくなってしまう。


 だから出来るだけループ期間を短くしたいんだ。そして、できるだけ日々の行動をルーティーン化する。


 そうしないと周りから見るとある日僕がまったくの他人になってしまうことだってある。それでなくても変なヤツだと思われている。


「外塚ってなんか雰囲気変わったよな」


「外塚って変なやつだよな。いきなり大人びたり、憔悴したり」


 色んなことを言われた。言わせておけばいい。だって、話したってわかってくれないのだから。それに、話したっていいことなんてなかったのだから。


 惰性で授業を受けている。ただ、黒板に書かれている内容をノートに書き写す。それの繰り返し。そう思っていたら4時限目の授業がプールだった。


 さすがに惰性で泳いで溺れたら洒落にならない。


「どうしたの?夏樹。しんどいの?プール休む?」


 そう良太に声をかけられた。そんなこと昨日にはなかったことだ。


「いや、大丈夫だよ」


「そう?昨日からちょっと体調悪そうだったから無理しないでね」


 そう言われて思った。体調が悪そうだったのかと。そんなはずはない。体調は良くも悪くもない。ただ、確かにプールの後すごく疲れて午後の授業が眠かったのは覚えている。


「夏風邪じゃない?無理しないでね」


「ああ、大丈夫だよ。それにプールの補習の方が寒い時期に泳がされるから今泳いだ方がいいよ」


 何度か経験がある。プールの授業の補習を受けさせられた時、ものすごく寒い日があったのだ。


 そうだ。あの後に体調を崩したのだ。熱が出たけれど言えなかったのだ。寒い中プールで泳がされたことに。


 大きな出来事だったはず。でも、それすら思い出せなくなる。それだけ時間のループに嵌っているという事なのかもしれない。


 今回は簡単なはず。あの黒髪の少女に声をかけてトラックにはねられないようにする。それだけだ。どうやって声をかけるか。考えていた。


 背泳ぎで泳ぎながら空を見ながらゆっくり泳いだ。体調が悪そうだからということで教師が許してくれる。


 これは成績トップだからの特権。学校と言う世界は不思議なものだ。成績優秀者にはある種の特権がある。


 サボっていてもそこまで怒られない。同じことを成績が微妙な生徒が行ったら問題になる。こういう所が学校のいいところであり、悪いところでもある。


 さて、どうやって声をかける。ナンパと思われたら余計に前を見ずに飛び出すかもしれない。


 もう、これ以上僕の目の前で事故を見るのはイヤだ。血を見るものイヤだ。過去に何度もそういうループを経験している。何度経験しても人が死ぬのを見るのはイヤだ。


 怪しまれずに声をかける。でも、一瞬でいいんだ。だが、いい案が思いつかない。


 チャイムがなる。プールから出て制服を着る。この濡れた体に服を着るのがどうしても気持ち悪いと思ってしまう。けれど、時間をかけて体をふけるほどのスペースも時間もない。更衣室が狭いのだ。それにクラスメイトの他愛もない会話が聞こえてくる。


「あ~、誰か午後に爆破予告とかしないかな?」


「は?何言っているんだ」


「お前知らないのか?俺が居た▽▽中学校で、9月1日の始業日に爆破予告が入って始業式中止になったらしいんだぜ。結局爆弾もなく、1日長い夏休みを過ごせたんだってさ。俺、友達がいるから聞いたんだ。ラッキーだよな」


 ラッキー何かじゃない。あれは本当に爆弾があったのだ。そして、何回もタイムリープをして爆発は回避できたんだ。


「あれ、これ夏樹のじゃない?」


 そういって良太がタオルを出してきた。薄緑と黄色のハンドタオル。男性が使っても女性が使っても問題なさそうなタオルだ。こんなタオル持っていたかな?


「違ったっけ?」


 良太がそう言ってくる。いや、これだ。こうやって声をかければいいんだ。


「いや、ありがとう。助かったよ」


 僕はハンドタオルをズボンのおしりにあるポケットに入れた。


「お昼一緒に食べよう」


「ああ、そうだな」


 そう言って僕は良太と教室に戻る。弁当には冷凍食品のからあげとハンバーグにシュウマイ。プチトマトに玉子焼き。ごはんにはノリがかかっている。


 普通の弁当だ。うちの母親はそこまで料理が上手じゃない。だから冷凍食品に頼っている。


「最近のはおいしいのね。いっぱい種類があるし」


 そう言って色んな冷凍食品を買っては入れてくれる。パートで地元近くのスーパーで働いている。


 僕は学校に行っても行かなくても何も言わない。タイムループから抜けるには学校に行っていては対応できないこともいっぱいあった。


 一度、学校に行かないことについて聞いたら「学校なんて行きたい時に行けばいいのよ。それに夏樹は勉強できるから休んだって問題ないでしょ」と言われた。言い換えれば成績さえよければ何も言わないという事だ。


 ちなみに、僕には妹がいる。2つ下で今は中学3年生だ。受験だからピリピリしているのかというとそうでもない。


 妹には当たり前だけれど僕の様なタイムループの能力はない。だから勉強をする時間も限られている。


「私はお兄ちゃんみたいに優秀じゃないですから」


 これが口癖だ。僕だって優秀じゃない。何回だって失敗したし、何度も諦めようとした。


 でも、諦めたって同じ日が毎日続くだけだった。多分妹の方が優秀なのだと思う。だって、優秀じゃないと言いながら僕と同じ高校を受験しようとしているのだから。


「だって、少しでも一緒がいいでしょう」


 それが妹のもう一つの口癖だ。一緒がいい。そう思う。誰かが僕と同じ時間を一緒に過ごしてくれたらと思うからだ。


 それに、あの爆破事件だって、妹がいたから頑張ったのだ。本当に何度も、何度も。


「夏樹の弁当はおいしそうだね」


 良太はそう言う。良太の弁当はコンビニ弁当だったり、パンだったりする。この学校には学食がない。そして、良太の両親は料理が全くできないらしい。


「もうね、ある意味才能だと思うくらいできないよ。だからこれが一番おいしい」


 そう言って良太は笑顔でご飯を食べる。今日はやきそばパンにメロンパンを食べている。


「そんなのでお腹膨れるのか?」


「十分だよ。それにお腹が膨れすぎたら午後の授業寝てしまうしね。今日なんてこの後日本史と古文だよ」


 この二つは授業内容に問題があるわけじゃない。先生の話し方がものすごく眠気を誘うのだ。


 日本史の先生はものすごい逸話がある。クラス全員が眠ったら、教室から出て行ったらしい。それくらい眠気を誘う授業なのだ。


 簡単に言うと淡々と話して黒板を書いていく。眠気と戦うには黒板を板書するだけなのだか、これまたゆっくりなのだ。だからついうとうとしてしまう。


 古文についてはプリント配布だ。穴埋めをするので注意していれば眠らないと思うのだが、この先生の話し方もゆっくりで眠気を誘う。


 とりあえず、授業中に寝ていなかったはずだ。だから少し考えていた。あの黒髪の少女と。白い肌にちょっとたれ目だけれど大きな瞳。どこか薄幸そうで守ってあげたくなるあの黒髪の少女は年下なのだろうか。


「次、外塚答えて見ろ」


 前は当てられることなんかなかった。そういえば、この先生は寝ている生徒は無視するが、授業中に違うことをしていたり、心ここに有らずの生徒をあてるのだった。


 授業は日本史。今は勉強しているのは鎌倉時代。黒板を見る。永仁の徳政令と書かれてある。だが、執権が書かれていない。


「北条高時が執権の時です」


「ああ、正解だ」


 どうやら合っていたようだ。気を付けないといけない。自分の行動で何が変わるのかわからないのだから。


 だが、気を付けていたはずなのに古典の授業でも当てられてしまった。


 何も変わっていないこと信じて僕は○○駅へ向かった。どれだけ急いでもこの時間○○駅に向かう電車は15時26分だ。


 そして、16時前に○○駅に着く。とりあえず、ポケットからハンドタオルを取り出す。これで大丈夫。すぐにタイムループから抜け出せる。


 中央改札を出て広場の前を通り過ぎる。今日は広場で何も行われていない。静かなものだ。交差点に向かう。


 少し早かったのかまだ信号が青だ。どうやら早く歩きすぎたみたいだ。とりあえず、信号の手前にある花壇に腰を掛ける。


 信号が赤に変わってすぐに中学生の6人の集団が信号前にやってきた。学校で教わっているのか後ろの方に皆固まっている。


「車が突っ込んでくるかもしれませんから信号が変わるまで道路の端に居ましょう」


 そう言えば、そういう事を教わったような記憶がある。普通に考えたらこの教えはおかしい。


 だって、車が突っ込んでくるかもしれないことを教えないといけないのだ。日本は法治国家のはずだ。ただ、ここ最近のニュースから考えるとその教えは間違えていない。


 どこからあの黒髪の少女がやってくるのか。中央改札の方から茶髪の女の子と話しながら歩いてくるのが見えた。


 そっと立ち上がる。彼女たちの後ろにまわる。信号が変わる前にトラックが信号無視で突っ込んできたはずだ。注意深くまわりを見る。反対側の信号が点滅して変わろうとしている。今だ。


「あの、これ落としませんでしたか?」


 黒髪の女性に声をかける。怪訝な表情だ。


「いえ、違います」


「そうですか」


 だが、僕の声はかき消された。そう、目の前で起きたことは黒髪の少女の横に居た茶髪の少女がトラックにはねられたのだ。


 スロー再生のように跳ねあがっている。そして、ゆっくり僕を見てくる。苦悶にゆがんだ表情だ。いや、何か安堵した表情にも見える。そして、一気にスロー再生が終わる。


 大きな音とともに茶髪の少女がバウンドして地面にたたきつけられる。血が流れて行く。


「誰か、ゆきなを助けて!お願い」


 僕は血の気が落ちていくように世界が暗転していった。タイムループからの脱出は失敗した。


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