~プロローグ~ / 独白
~プロローグ~
雑踏の中で叫んでも誰の耳にも届かない。
ここは複数の路線が連絡する駅。ターミナル。人が集まる場所。
この地域では大きな駅であり、駅周辺に商業施設も多い。駅前からしばらくはビルが乱立している。新しいビルに古いビルが混在するこの駅周辺はエリアによって色んな顔を持っている。
夕方に差し掛かるこの時間は遊ぶ場所を探している学生と、まだまだ仕事をしている社会人、買い物帰りの人など様々な人が混在している。
服装だけで何の職業をしているのかもわからない人たちが行きかっている。
駅前の広場ではたまにパントマイムや路上ミュージシャンが誰に伝えるのかわからない歌声を上げている。その上には大型モニターが緊急ニュースやミュージシャンのMVが流れている。
その駅前の交差点で一人の男性が佇んでいる。地面に腰を降ろし虚ろな目で周りを見ている。顔立ちは女性のようにきれいだ。服装は白いワイシャツに赤と白のストライプのネクタイ、灰色のズボン。高校生の制服なのだろう。
だが、誰も彼に声をかけない。彼は少し前までその服装のまま3つの箱をつかったジャグリング、シガーボックスをしていたのだ。その時は周囲に人垣もあったが、彼が何も行わず力なく歩き出した時に人は去っていたのだ。まるで、ボタン一つで何かが終わったかのように。
そして、彼は今、交差点の入り口付近に座り込んでいる。
黒髪の女性がその彼に近づいてきた。
「どうしたんですか?体調悪いんですか?」
長い黒髪。白い肌。少したれ目の彼女はかわいらしいセーラー服を着ている。横で少し明るい茶色の髪、長さは肩ぐらいに揃えてある彼女がこう言ってきた。
「ちょっと、こずえ。何しているのよ。ほら行くよ」
そう言って茶色の髪の少女は黒髪の少女の腕を引っ張って行った。その向こうに男性二人が立っている。
座り込んでいる少年は空を見上げてかすれるような、無理やりに絞り出した声でこう言った。
「これでよかったんだよな」
その言葉を聞いたものは誰もいなかった。そう、その少年以外に。その後に続いた言葉も。そう、次の言葉は「愛していたよ、さようなら」だった。
~独白~
多分、自分に起きている状況を誰かに説明をしても、誰にも信じてもらえない。だから話すことはない。
けれど、自分に起きている状況をまとめることをしないと自分自身がおかしくなったと思われる。
悩んで末に日記を書くことを決めた。と言っても、この日記は誰のためのものでもない。だって、僕にとって今日という日々は一瞬の時もあれば、永遠に続くような時があるからだ。
僕が自分の状況を「おかしい」と認識したのはいつの頃かわからない。けれど、早熟な子供だと言われるには理由があったんだ。だって、僕はみんなと過ごしている「時間」が違うからだ。
よく小説に出てくるタイムリープという現象、それが僕には起きるんだ。タイムリープとは過去に戻ることなんだけれど、よく使われるのがタイムトラベルとの違いだと思う。
タイムトラベルとの違いは、タイムトラベルは過去の世界に自分が向かうので、自分が二人になってしまうけど、タイムリープだと過去の自分に未来の自分自身の記憶が戻るので、時間の違う自分が二人存在する事がない点だ。
このタイムリープのおかげで僕は誰とも同じ時間を過ごせないのだ。どうしてこういう事が出来るようになったのかはわからない。
いや、思いつくのはそういえば小学2年生の時に原因不明の高熱でうなされたことがある。それ以降僕には二つのタイムリープの能力が身についた。
タイムリープに種類があるのかと思う人もいるだろう。けれど、僕にはあるんだ。
一つはいきなりタイムリープをする。何か前触れがあるんだけれど、何かのキッカケで世界が暗転してタイムリープをする。これはいきなりやってくるから大変だ。
そしてもう一つは自分が念じた時。ただ、どちらにしてもどれだけの時間遡るのか僕が決められない。決まった時間、場所に戻るのだ。
これだけを聞くといいことだと思うかも知れない。けれど、このタイムリープにはものすごい問題がある。それはループするんだ。
タイムリープをした時、僕は勝手に「試練」と名付けているが、その「試練」が与えられる。誰に与えられたのかわからないけれどタイムリープにはそれ相当の「試練」が与えられ、そして、その「試練」をクリアしないとずっと時間のループから抜けられないんだ。
そして、いったんループから抜けるとループ前には戻れない。
どれだけ願ったとしてもだ。
そして、このループからの脱出は自分が望んで過去に戻れば戻るほど難易度が高くなる。
だから出来るだけ自分で戻りたいと思わないようにしている。
過去、この試練の難易度があがることに気が付かなくてものすごく大変な思いをしたことがある。
まあ、そのおかげで色んなスキルが身についたのだけれど。ループの抜け方がわからなくて、途方に暮れたことだってある。
あまりあまった時間を使って勉強もした。おかげで、この学区では最難関と言われている高校、風名高校に入学できた。しかも親の経済にやさしい公立だ。
といっても、僕はお金に困ることがない。賭け事は好きじゃないけれど、絶対に負けないからだ。だって、戻ればいいんだからさ。でも、そういう安易な感じで戻ると後がやっかいだ。
あの時は軽い気持ちで親戚のおじさんが良く行く競馬に連れて行ってもらった。
ちょっと喜んでもらえたらと思って数千円の勝ちを選んだんだ。だが、そこからずっとループがはじまる。
勝たない選択をしてもループからは抜けられない。そう、いったん始まったタイムループはなかったことにならないのだ。
何が試練なのかを見極めないといけない。だからあの時は大変だった。おじさんがあせって僕を連れ出してくれたのが抜け道だった。それがわかるまで何回も実験したんだ。
テストの時だってそうだ。安易に戻ってしまったら大変になる。一つのミスも逃さず100点を取らないといけないのが脱出方法だった。
結局いつも以上に勉強をすることになった。そして、一度100点を取ってしまうとそれ以降も続けないといけない。
そういえば、ジャグリングを路上で見て拍手をしてマネしたいと弟子入りした時も最低だった。相手が一日しか時間がないと言うからその一日を何度もループしたのだ。納得をして翌日を迎えてもまた修行に行く日に戻る。
おかげで毎日やり続けていた。けれど、ループからの脱出がわからなかった。この前のおじさんの時みたいに相手が諦めるまでやるのかと思ったらその日のうちにテレビの取材が来て天才ジャグラーとして取り上げられてしまった。そう、あれはまだ小学4年生だった。
自分でするタイムリープに比べればいきなりやってくるタイムリープはまだわかりやすい。
ループ前にキッカケがあるからだ。そう思っていた。
今までは。彼女に、そう青野こずえに出会うまでは。