18話 ひねくれ小学生に友達はいない!
1
自分で言うのもなんだが、俺は可愛げのない子供だったと思う。
無駄に頭が回るせいで、教師の言葉の裏を読んだり、友達の空気に合わせるのを「馬鹿らしい」と思ったり。
孤立していたわけではないが、いつも一歩引いた場所から周囲を眺めていた。
いわゆる痛い子だ。
まあ、こんな小学生と仲良くしたいやつなんて、普通に考えればいない。
俺でもこんな小学生は嫌だと思う。
だが、こんな小学生が変わるきっかけがあった。
小学4年生のある日、帰り道の公園で見かけたのは、あまりにもありふれた、けれど目を背けたくなる光景だった。
「へへっ、悔しかったら取り返してみろー!」
「か、返してよ〜、それは僕の大事なものなんだよ〜」
帽子を取られて泣いている子どもと、それを見て笑っている数人のガキ大将たち。
よくある構図。
よくあるいじめ。
誰も止めない。いや、気づかないふりをして通り過ぎていく。
「泣いてねえで、なんか言えよ。つまんねーやつだな!」
その中の一人、特に体格のいい少年がそう吐き捨てると、泣いている子の肩をぐいと押した。
小さな身体がよろけ、尻餅をつく。
「っ……うぅ……!」
帽子を拾うでも、抵抗するでもなく、ただ泣くだけ。膝を抱えて、俯いたまま嗚咽を漏らすその姿が、妙に胸に引っかかった。
(なんで、何も言わないんだよ。)
俺はその場から目をそらそうとして、できなかった。
(……あー、もう、だりぃなぁ)
口の中で小さく悪態をついて、ポケットに入れていた古い携帯型キーホルダーを取り出した。
ひびの入ったスクリーンが、いかにも「おもちゃ」であることを物語っている。
だが、そんなことはどうでもよかった。
「……はい、はい、そうです、公園の北側。またガキどもがいじめしてるっぽいです。こないだと同じ連中かも」
静かな声で、しかしよく通るように言った。
ぬるりと視線だけを上げ、ガキ大将たちの顔をじっと見る。
「ねぇ、名前教えてくれない? 通報の参考にするから」
少年たちが凍りついた。
「は? ふざけんなよ、なんなんだよお前!」
「え、なんか都合悪いことでもあるの? やっぱり。あー、はい、今逃げようとしてます、はーい、お願いしまーす」
俺が勝手に話を進める中で、ガキ大将たちは顔をしかめ、苛立ち混じりに地面を蹴って逃げていった。
「チッ……なにあれ、うぜー」
「いい子アピールかよ、だせーな」
そう言い残して去る背中を見送り、俺はようやく手の中のキーホルダーをしまった。
泣いていた子の前に歩み寄り、何も言わずに転がった帽子を拾い上げる。軽く叩いて、泥を払う。
拾った帽子のつばには『らいは』と書かれていた。
多分こいつの名前だろう。
そして、ふいにしゃがみ込む。
「……おい。泣くだけなら、犬でもできるぞ」
その声に、いじめられっ子はびくっと顔を上げた。涙の滲んだ目が、じっとこちらを見ている。
主人公はため息をひとつついて、帽子をその子の頭にポンと乗せた。
「べつに、お前のためにやったわけじゃねーけどな。……気まぐれってやつだ。じゃ、これで」
「あ、あの!」
帽子を握りしめ、まっすぐこちらを見ている。
「なんだよ」
早く帰りたいのを止められ、若干不機嫌な返事をしてしまった。
「よかったら、僕と友達になってくれないかな?」
「めんどいからいい」
「即答しないでよ!」
これが俺、沖谷悠斗と楠木来羽の初めての出会いだった。
2
その日を境に、あいつは毎日のように現れた。
朝の登校時間、いつのまにか後ろをついてきている。下駄箱の前、教室の入り口、体育の授業の準備中、そして帰り道。
気がつけば、どこにいてもあいつの姿が視界に入るようになっていた。
「おはよう悠斗!」
「悠斗って隣のクラスだったんだね!来年は同じクラスになれるといいね!」
「悠斗!今日も一緒に帰ろうよ!」
「僕、あのときほんとに嬉しかったんだ」
毎日毎日飽きもせず俺に話しかけてきた。
「……うっとうしい」
ひとりでいることを選んでいたのに、なぜかその自由が少しずつ削られていくような気がして、わざと冷たく突き放すような言葉も言った。
でも、あいつはへこたれなかった。
次の日も、またその次の日も、変わらず笑って話しかけてきた。自分のそっけない態度にもめげず、まっすぐな目で言葉をかけてくる。
あいつは、怖くなかったんだろうか。俺みたいな、何を考えてるのかわからないような奴に。
ある日の放課後、さすがに我慢の限界が来た。
「……お前さ、なんでそんなにしつこくすんの?」
自分でも意外なほど、苛立った声が出た。
目の前の小さな背中がピクリと震え、ゆっくりと振り返る。
けれど、怯える様子はない。
あいつは、まっすぐこちらを見つめてきた。
「だって……悠斗と友達になりたかったから」
「……それだけ?」
「うん。それだけじゃ、だめ?」
即答だった。
言葉に飾り気はなく、疑いもなかった。
俺は、しばらく何も言えなかった。
「だめじゃないの?」と突き放す言葉も、「バカみたいだな」と笑う余裕もなかった。
それどころか、自分がいままでずっとあれこれ考えすぎていたことが、急にどうでもよく思えてきた。
計算。距離感。メリット。関係性。
そんなもん、あいつの前では全部意味がなかった。
「……はぁ、ほんとお前ってバカだな」
そう言って、自分でも驚くくらい自然に口元が緩んだ。
あいつは一瞬きょとんとして、それから顔をぱっと明るくした。
「あー、今悠斗笑った⁉︎」
「笑ってねーよ」
「絶対笑ったって!ほら!」
「あーもう、うっせぇ。早く帰んぞ、来羽」
「じゃあ、友達?」
「仕方ねぇな……そういうことにしといてやるよ」
夏も終わりに近づく夕暮れ時。
俺が見ている風景に、ほんの少しだが明るい色が差し込んだ気がした。




