真っ白な世界
目の前には果てしない真っ白な世界が広がっている。
そうか...僕は
「死んだのか...」
「生きてるよ?」
「うわっと!?」
僕だけだったその空間の中で突然背後に人の気配を感じ思わず声を上げてしまう。
距離を取りつつ振り返ると
「...フィナ...?いや...カルタ...か...?」
服装は学校の制服。
だが、それだけだと判断がつかない。
もし後者だったとしたら...
「怯えなくてもだいじょうぶだよ、レアくん。」
そう呼ばれた瞬間緊張がふっと解けた。
相変わらずの無表情。ちょっとズレた会話のテンポ。抑揚のない話し方。柔らかい雰囲気。
「フィナ。」
間違いない。ここにいるのは...フィナだ。
「どうなってるんだ。僕は死んだのか?リリハは無事か?そもそもカルタの目的って...」
混乱に自分勝手に質問を捲し上げる。
だがフィナは責めたりはしなかった。
確かな熱が体を包み込む。
身じろぎして脱出を試みるもフィナはぎゅっと抱きしめた腕をほどかない。
想定外な出来事が続いて心身が参っていたせいか僕はすぐに抵抗することをやめされるがままになっていた。
「落ち着いて。」
耳元でフィナの声が聞こえる。
髪からしたお菓子みたいな甘い香りが鼻をくすぐる。
「パフェちゃんは、だいじょうぶ。わたしの別の夢空間に退避させたから。そっちのわたしが、ちゃんとしてくれてるよ?」
「そっち...?...夢空間...?」
僕を抱きしめたままフィナはぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
「...わたしの...まほう。人の記憶や、夢の中に入ったり、わたしの夢の中に招いたり出来る。周りのみんなは『記憶介入』って呼んでる。」
「記憶介入...」
「前、生徒会長さんに依頼...された。」
「依頼?」
「わたしの魔法があれば...被害にあった人の記憶から犯人を見つけ出せるって。だから捜査に協力してって言われた。」
「そんなこと一言も......」
「それはわたしがお願いしたから。協力することを誰にも言わないでって。」
「なんで、そんなことを?」
「わたしは人に名前を知られたらその人に魔法を使えなくなる。いざってときに守ってあげられなくなる。」
それは前に聞いたことだ。
「わたしは、人の記憶も、思い出も覗き見ちゃう。そんなのぜったいだめ。触れられたくないこともたくさんあるから。だから、わたしの魔法を知られたら悪い人に捕まるかもしれない...嫌われるかもしれない...だから...」
人と距離をとって関わらないようにしてても寂しさを感じないってわけではない。
距離を縮めることが怖くて自分から縮めることをしなくても、人が離れて行くのはもっと怖いんだ。
「レアくんに魔法が届く前。レアくんをここに移動させた。」
そしてひと呼吸おき次の言葉を紡ぎ出す。
「カルタは...カルタ・キャルメリゼはわたしの...双子の妹。」
「妹!?それって...」
「本当。カルタは学校を恨んでる。みんないなくなっちゃえって…思ってる。」
「なんでそんな...」
少し時間を置いてもフィナがその質問に答えることはなかった。
「カルタは...優秀。どんな魔法も吸い取っちゃう。だからレアくん。」
そう呼びフィナは抱きしめていた腕を解いた。
アーモンド型の瞳には哀しみと覚悟のようなものが見て取れた。
「カルタを止められるのはレアくんしかいないん、だよ。みんな...いなくなっちゃう前に...!わたしは...わたしには...なにもないから...なにもしてあげられないから...!」
スカートをギュッと握る手は震え瞳に涙を浮かべて、だが涙を落とさないように堪えて僕をじっと見つめる。
「わかった。」
「レア、くん?」
「僕が止める。カルタを。」
そう答えることに迷いはなかった。
いつの間にか心には不思議な感情がある。
この感情をなんて言ったかな...
「目を閉じて。じゃあ、いくよ。」
あー、そうだ。
フィナに元の場所へと戻してもらう瞬間、唇に何か柔らかい感触を感じた。
そしてグラッと脳が揺れ再び意識は遠のいていく。
そうだ、この感情はきっとーー
嫌悪だ。




