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「ねえセロ。この世にあんなにも素晴らしい方がいらっしゃるのね」


 まだ顔を赤らめたまま、リアンは夢見心地だ。


「よかったではありませんか、お嬢様」


「ええ、本当に……コンラート様も私を想ってくださっていたなんて、夢みたい!信じられなくて、ほら見て、ここ。私、何回か自分をつねったわ」


 少し赤くなっている腕をリアンが差し出した。手当てするほどの傷ではないな、とセロは心で呟く。

 リアンは急に大人しくなった。


「ねえセロ。私がここを離れたら、あなたはどうする?」


「え?」


 セロはリアンを見た。

 ここを離れる?えっと、それはつまり……?

 真っ白になった頭は、非常に思考が遅かった。いらつくほどにゆっくりと状況を判断する。


「コンラート様がね……おっしゃったの。早ければ三ヶ月後に結婚式をあげましょう、と。私、はいって返事をしたの。あなたは私付きの執事から、お父様付きの執事になるのかしら?」


 本当は夢ではないか、という錯覚と戦いながら、セロは慎重に言葉を選んだ。


「私はお嬢様についてフロレンシア家へ参るわけにはいきません。ここでお嬢様の幸せを願っております」


「そう……私はずっとあなたに世話をしてもらったから、なんだか寂しいわ」


 もういい―――その言葉だけでいい。セロは喜んだ。正直なところ、リアンがここまで自分のことを気にかけてくれているとは思っていなかったのだ。


「さあお嬢様、せっかく良い話が舞い込んできたのです。しょげていては台無しですよ。私と二度と会えなくなるわけでもございません」


 そうね、とリアンは顔を上げた。


「セロ、私ね。許嫁がいたの。小さい頃の話でもう解消してるんだけど、私、本当にその方と結婚しなくて良かったわ。だって、こうしてコンラート様と結婚出来るんですもの」


 セロの表情が一瞬曇った。しかしセロは笑顔でリアンを見た。


「まこと、その通りでございます。結婚など決めてまわれたら、この縁談はご破算になってしまいますものね」


 


 リアンの部屋を出た時、セロは無表情だった。ふっと小さなため息が出る。

 まあ、分かってはいたことなのだし、当然のことでもある。今更何を言うことがあろう?もう何度も諦めたはずだったのに、まだこうやってしがみついていたなんて。未練がましいにも程がある。

 しかし、リアンが結婚しなくて良かったと言った相手、それは紛れもなく自分のことである。良かった、そう、良かったのだと思い込みたい。

 何か便利な薬はないものか、とセロは思った。例えば一発で記憶が吹っ飛ぶような、何もかも忘れられるような便利な薬が。


「セロ」


 振り向くと、そこにはリアンの父、ロークが立っていた。

 ついてこい、とロークは彼を促し、部屋に招き入れた。以前も同じようなことがあった。しかし今回はロークは椅子には座らずに、窓辺に立った。

 セロは黙って従い、まるでただのからくり人形のようだと自分でもそう思った。


「リアンはどうかね」


「はい。コンラート様からのお言葉にとても喜んでおられます。お嬢様から聞きましたが、早ければ三ヶ月後に結婚式を挙げると……きっとコンラート様はお嬢様を幸せにしてくださいますよ」


 溢れ出る気持ちを抑えると、独りでに言葉が流れ出した。


「そうか。……君には、本当にすまないことをした。許してくれ」


 ロークはセロに向かって深々と頭を下げた。


「旦那様、何をなさいます!」


 セロは跪いた。

 ようやくロークが落ち着きを取り戻した時、セロは彼に訊ねた。


「旦那様。私とお嬢様が許嫁関係にあったというのは……あれは、大旦那様が決められたことでしたね」


 ああ、とロークは頷いた。


「そうだよ、私の父が言い出したことだ」


「それは……その、エスメラルダス家に眠る財宝目当てに、ですか?」


 ロークはきょとんとした。


「財宝?」


「ええ。エスメラルダス家当主だけに受け継がれる財宝です」


 さあ、とロークは首を捻った。


「私はそういうものに興味はないしなあ。リアンも知らないんじゃないかね。私の父上はそんなことは一切話してはくれなかったし……わからないよ」


 そうですか、とセロは呟いた。すると、今度はロークが彼に質問をした。エスメラルダス家の財宝とは何か、と。

 セロはロークの耳に口を寄せ、何かを囁いた。途端にロークは愉快そうに笑いだした。


「なるほど……素晴らしい財宝だ。この世の何物とも替えがたい。しかしそれは、エスメラルダス家が所有してこそ価値があるね」





「なんですって、あの子が―――アレンが、生きていると!?」


 悲鳴に近い声を上げたのは、エスメラルダス家現当主レイモンの母だ。


「はい。確かに舞踏会で見かけましてございます」


 答えたのはレイモン付きの執事だ。彼はもともと彼女の執事をしていた。舞踏会にはレイモンの付き添いで行ったのだ。


「レイモンにこのことは……」


「もちろん申し上げてはおりません」


 それを聞いて女性はほっと胸を撫で下ろした。そして急に恐ろしい目つきで窓の外を睨んだ。日が暮れかけた空は雲が多く、いつもより早く暗くなる。


「十五年前に死に損なったのね……いいわ。今度こそ息の根を止めましょう。エスメラルダス家の当主はレイモンであることを思い知らせてやらなくてはね。それに、丁度いいわ。あの人はレイモンに代々受け継がれる財宝の在処を言わなかったというから、きっとアレンは知っているのでしょう。それを聞き出して……アレンを葬れば……レイモンは立派な当主になることが出来る」


 恐ろしい言葉を紡いだ唇は、残酷な微笑みをつくった。

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