10 表と裏
「コンラート殿、ようこそおいでくださいました。さあ、こちらへ」
リアンの父、ロークが丁寧に挨拶をした。隣にはリアンの母もいる。コンラートは大人っぽい服装で堂々としている。とても頼りがいがありそうだ。
コンラートとリアン達が何を話していたのか、セロには分からなかった。コンラートが四人だけにしてほしいと頼んだのだ。
暫くして、リアンとコンラートが席を立った。二人はリアンの自慢の温室に入っていった。
その時のリアンの頬が妙に赤い気がして、セロは心配になった。恐らくコンラートのせいで赤いのだろうが、もしも風邪などひいていたらどうしよう、と。
また少しして、温室からリアンだけが出てきた。赤い顔でぼうっとしている。
「お嬢様?大丈夫ですか?お熱でも……」
するとリアンは恥ずかしそうに首を横に振り、満面の笑みでセロを見た。
その瞬間、セロは失望した。この世界の全てに失望した。
「大丈夫よ!ああ、セロ。コンラート様があなたに会いたいって、温室で。なんでも二人でお話がしたいとおっしゃっていたわ」
コンラートが?この俺に?
セロは不思議に思った。しかし次にリアンの顔を見た瞬間、逃げるように温室に向かった。よく彼女の前で涙を流さなかったものだ。
カチャッと音がして、温室の扉が閉まる。中には、興味深そうに花を眺めるコンラートがいた。
「お呼びだと伺いました」
「ん?ああ……先日はすまなかったね、ジョセフを通してリアン様の意向を聞いたよ」
セロは慇懃に返事を返した。
コンラートは急に真面目な顔になり、セロを見た。顔をあげ、セロはまっすぐその目を見つめ返した。無礼だと言われてもおかしくないくらい、挑戦的な眼差しだ。
「すまないが、君のことを調べさせてもらった」
セロの顔色が変わった。コンラートは面白そうにそれを見た。
「セロ=オラン……いや、アレン=ルイス=クロージア=ド=ラ=エスメラルダス……これが君の本当の名前だろう?」
「な……何をおっしゃっているのか……エスメラルダス?本当の名前……?私は……」
セロは気分が悪くなるくらい動悸を感じた。体が火照る。ひきつった笑いになっていないだろうか。
「いや、合っているはずだ。エスメラルダス家の者に聞いた。当時七歳だったアレン=エスメラルダスは義母に追われて家を出た、とね。クレルモン家の者に訊ねると、君がここに来たのはその数日後。しかも稀な黒髪だ」
射るようなコンラートの視線に、セロは目を閉じた。
「いかにも……私はアレン=エスメラルダスです」
やはり、とコンラートは安堵に似た表情を見せた。
「あなたとリアン様は昔、婚約関係にあったと聞きますが、リアン様はこのことは……?」
急に丁寧な口調でコンラートが訊ねる。元の身分からいえば、セロの方が位は高いのだ。
セロは首を横に振った。
「どうかリアン様にはおっしゃらないでください。それが一番良いのです」
「なぜですか!あなたはそれではリアン様を愛していないと!?」
セロは力強い目でコンラートを見た。
「愛している!愛しているからこそだ!私がアレン=エスメラルダスだと名乗り出て……リアン様のお気持ちを引き裂いて、結婚して。それから?」
コンラートは半分口を開けたまま、何も言わない。
「それからどうなると言うのです。私には何もない。権力も金も。名ばかりで生きていけるこの世ではありません」
コンラートは目を逸らした。恐らく自分の発言を恥じているのだろう。頬は僅かに赤い。しかし彼は顔を上げると、再びセロの目をまっすぐ見た。
「とんだ失礼を申し上げました。失礼ついでに伺いますが……私は以前、クレルモン子爵はエスメラルダス公爵家に眠ると言われる財宝を目当てに婚約を迫ったと聞きましたが、それでもあなたはリアン様を愛しておられるのですか?」
セロが眉を寄せた。
「ええ……例え財宝目当てだろうと、私はリアン様を愛しています。たしかに縁談はクレルモン家からでしたが、最終的な了解を出したのは他ならぬ私です」
ですので、とセロは付け加えた。
「ですので、コンラート様はどうか私に代わって、リアン様を幸せにして差し上げてください」
もうこの話は終わりだ、と言わんばかりにセロはコンラートに背を向けた。
「待って……アレン様!あなたは本当にそれでよろしいのですか!」
セロは出口に向かう足を止め、振り返った。優しい笑顔には、どこか影があった。
「はい。もう、十分でございます」
思わず息を飲んだコンラートは、お辞儀をした。
「必ず……必ずリアン様を幸せにします」
「ええ。どうか、頼みましたよ」
全ての感情を殺し、ただ諦めの滲む微笑みの面を被り、セロはその場を足早に去った。




